
大澤大 Oki Osawa
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NO&T International Trade Legal Update 国際通商・経済安全保障ニュースレター
特集
経済安全保障
当事務所は、日本・米国・中国・欧州をはじめとする各国の安全保障貿易管理や経済制裁対応等、貿易取引に関するリーガルサービスを幅広く提供しておりますが、最近では、外国為替及び外国貿易法(外為法)や米国輸出管理規則(EAR)、日米欧英の経済制裁リスト、中国の輸出管理法や反外国制裁法等に関するご相談に加えて、輸出入通関手続、輸出許可後の価格変更等の取扱い、AEO(Authorized Economic Operator)制度等の税関関連のご相談、とりわけインボイスの誤記載等の過誤事案に関するご相談が増加しています。日本企業の場合、従前、この種の事項は、税関当局等と相談しながら対応しており、法律事務所への相談までは行わないことが多かったように思われますが、近時、外為法だけでなく、関税法や輸出入取引法等、外為法以外の輸出入関連法令に関する執行・取締りも強化されていることから、特に過誤事案については、事案の性質・内容等に比して厳しすぎる措置は回避すべく、自社のアドバイザーとして自社の利益を守る観点でサポートしてくれる法律事務所から随時助言を受けて、従来以上に慎重な対応を行いたいとお考えになる日本企業が増えている印象です。
本ニュースレターでは、ご相談が多い税関関連の典型的な過誤事案として、貨物輸出時のインボイスにおける価格や原産地の記載に誤りがあった場合における輸出者にとっての法的リスク等について解説します。
輸出入取引におけるインボイスとは、関税法上は「仕入書」(同法68条)と表記される書類であり、「仕出国の荷送人が仕向国の荷受人に貨物の発送を通知するために作成する書類で、一般に貨物の品名、種類、数量、価格、代金支払方法、当該荷送人及び当該荷受人の住所又は居所及び氏名又は名称等が記載されているもの」をいいます(関税法基本通達68-1-1、68-3-1)。
インボイスは、輸出入取引における最重要書類の一つであり、日本から貨物を輸出する場面では、輸出者は、輸出申告書を提出して、税関長に対して輸出する貨物の品名、数量、価格その他必要な事項を申告し、税関長の許可を取得する必要があるところ(関税法67条、関税法施行令58条)、この輸出申告においては、関税法基本通達以外の通達により提出の省略が認められている場合を除き、輸出申告書にインボイスを添付することが義務付けられています(関税法68条、関税法基本通達67-1-5)。
インボイスは、関税法67条に基づく輸出申告に際して、輸出申告書の添付書類として提出される書類ですから、インボイスにおける貨物の価格の記載に誤りがあった場合、そのようなインボイスを提出して輸出許可を取得して貨物を輸出した輸出者は、輸出申告に際して「偽った書類を提出して貨物を輸出し・・た者」として、5年以下の拘禁刑若しくは1,000万円以下の罰金又はこれらの併科(但し、関係貨物の価格の5倍が1,000万円超の場合には、罰金は当該価格の5倍以下)という刑事罰の対象になる可能性があります(関税法111条1項2号)。また、輸出申告においては、輸出する貨物の価格を申告する必要があり(関税法67条)、輸出申告書の様式においても貨物の価格の記載が求められているところ、インボイスにおける誤った価格の記載に基づいて輸出申告書の価格が記載された場合、その点においても、輸出者は「偽った申告・・をし、又は偽った書類を提出して貨物を輸出し・・た者」として上記刑事罰の対象となる可能性があります。なお、税関長は、犯則の心証を得た場合、情状が拘禁刑に処すべきものであるとき又は犯則者が通告の旨を履行する資力がないときを除き、行政処分として、罰金に相当する金額等を税関に納付するよう通告することになり(いわゆる通告処分。関税法146条1項、2項)、通告の旨が履行されれば、公訴提起を免れ、刑事責任は問われません(同条5項)。
一般論としては、輸出者は、輸入者と異なり、貨物の価格を踏まえて決定される関税を負担する立場にないため、インボイスや輸出申告書における価格の誤記載による直接的な経済的利害関係があるとは基本的に想定されないことに加えて、日本からの貨物の輸出については日本国が関税を徴収するわけではなく、価格の誤記載により日本国に直接的なデメリットが生じることも原則として想定されないことから、輸出時の価格の誤記載については、輸入時の誤記載と比較して、相対的に厳格な措置が講じられにくいと思われます。もっとも、近時、輸出入関連法令に関する執行・取締りが強化されており、現に、日本の中古車をロシア向けに輸出する際の輸出申告において価格を過小申告した事業者に対して関税法上の罰金が科された事例が存在すること※1も踏まえれば、輸出者においても、上述した関税法上のリスクを軽視することはできません。とりわけ、インボイスにおける価格の誤記載が誤記等の事務的なミスに起因するものではなく、例えば、輸入者が関税の回避・軽減や輸入通関手続の簡素化を目的に現実の取引価格よりも低い価格での輸入申告を行うことを意図し、そのような意図に基づき輸入者から現実の取引金額と異なる価格をインボイスに記載するよう働きかけを受けて輸出者が応じてしまった場合等、作為性が認められる誤記載の事案においては、関税法違反として厳格な措置の対象となる可能性が相対的に高く、仮に輸入者からこのような要請を受けたとしても、輸出者として要請に応じるべきではないと考えられます。
また、輸入国の法令・実務運用等にもよりますが、誤った価格の記載のあるインボイスを用いたことで、輸入国の輸入通関手続に支障が生じるなどして輸出取引が正常に完了しないリスクがあります。また、価格の誤記載が発生した原因次第ではありますが、仮に輸入者が現実の取引金額と異なる価格をインボイスに記載することで関税の回避・軽減を狙った場合には、輸出者においても、そのようなインボイスの発行に協力した点をもって、輸入国における関税の脱税の幇助と評価される可能性も、理論的には否定できません。
インボイスにおける誤った価格の記載に基づいて輸出申告書にも誤った価格の記載がなされていたことが判明した場合、税関の通関担当部署(輸出許可を発出した部署)に対して、必要に応じて正しい価格を記載したインボイス等を添えて、価格変更の申請を行うことになります(関税法基本通達67-1-14)。なお、通関業者を通じて輸出申告を実施した場合には、価格変更の申請についても、当該通関業者を通じて行うことが通常です。
この点、税関の通関担当部署は「審理担当部門に通報する等の措置が必要な場合を除き」輸出許可に係る価格変更を行って差し支えないものとされています※2。多額にわたらない価格変更の申請であれば、特段の事実確認なく比較的速やかに価格変更が認められ、価格が変更された輸出許可通知書が改めて発行されているという印象ですが、事案によっては「審理担当部門に通報する等の措置が必要な場合」か否かを判断するための事実確認等を受けることがあります。そのため、特に誤記等の事務的なミスとはいえない価格の誤記載の場合には、価格変更の申請に先立ち、誤記載が発生した原因・理由を詳細に確認した上で、税関の通関担当部署から事実確認等を受けた場合には正確かつタイムリーに説明を行うことができるよう、入念な事前準備を行っておくことが望ましいといえます。
また、インボイスにおける価格の誤記載が輸入者からの働きかけに起因する場合、輸入者の意図・目的等の事実確認を実施した上で、そのような輸入者との取引を継続することについて、コンプライアンスやレピュテーションの観点から問題はないか、また、将来的に輸入国の輸入通関手続の支障になるなどして輸出取引が正常に実行できなくなるリスクはないか、といった観点から慎重に検討することが求められます。
インボイスに原産国の記載がない場合には輸入通関手続を実施できない国が存在することもあり、日本企業が発行する多くのインボイスには原産地が記載されていますが、輸出申告に際して原産地の申告は義務付けられておらず(関税法施行令58条1項参照)、税関所定の輸出申告書の様式でも原産地の記載は必須とされていません。そのため、価格の誤記載と異なり、インボイスにおける原産地の記載に誤りがあったとしても、輸出申告に際して誤った原産地が申告されることは基本的に想定されず、いわゆる虚偽内容の申告を理由とする関税法上のリスクは基本的に観念されないと考えられます。
もっとも、インボイスにおける原産地の記載に誤りがあった場合、そのようなインボイスを輸出申告書の添付書類として提出して輸出許可を取得して貨物を輸出した点において、輸出者は、輸出申告に際して「偽った書類を提出して貨物を輸出し・・た者」に該当し、5年以下の拘禁刑若しくは1,000万円以下の罰金又はこれらの併科(但し、関係貨物の価格の5倍が1,000万円超の場合には、罰金は当該価格の5倍以下)という刑事罰の対象になる可能性があります(関税法111条1項2号)。
米国※3やオーストラリア※4等、輸入貨物への原産地表示を義務付ける国が存在することもあり、実務的には、インボイス作成時の原産地の情報に基づき、輸出する貨物に原産地の情報を表示する運用がなされることがあります。かかる運用の下では、インボイス上の原産地の記載に誤りがあった場合、貨物自体にも誤った原産地の表示が行われることになりますが、このような貨物の輸出は、輸出入取引法上「不公正な輸出取引」として禁止されている「虚偽の原産地の表示をした貨物の輸出取引」(同法2条2号)に該当すると考えられます。
輸出入取引法が禁止する「不公正な輸出取引」を行った輸出者は、直ちに刑事罰の対象とはならないものの、経済産業大臣から戒告を受ける可能性があり(同法4条1項)、また、日本の輸出業者の国際的信用を著しく害すると認められる場合には1年以内の貨物輸出停止命令を受ける可能性もあります(同法4条2項。但し、輸出者が故意又は過失によるものでないことを証明した場合は除きます。)。さらに、戒告や貨物輸出停止命令を受けた場合、その旨が公表される可能性もあります(同法4条3項)。
また、経済産業省は、近時、2025年5月に「輸出入取引法を知っていますか?」と題する説明資料や「輸出入取引法概説動画」を公表する等、輸出入取引法に関する啓蒙活動を実施するとともに、その執行・取締りを強化しており、輸出入取引法違反が判明した場合には、外為法違反が判明した場合と同様に、輸出した貨物、輸出に至るまでの経緯、違反の発生原因等を詳細に記載した事情説明書の提出を求めて事後審査を行い、違反の内容や原因等に応じた措置を行う運用としているようです。当事務所は、違反の自主申告を行って事後審査を受けた日本企業を数多くサポートしておりますが、事後審査対応は、実務上、比較的細かな事実確認や原因分析まで求められることもあり、担当者に相当な負荷がかかるケースが大半ですので、輸出入取引法に関するコンプライアンスの観点はもちろん、経済産業省がこのような運用を取っていることもご認識いただき、日頃から輸出入取引法違反を起こさないようご注意いただくことが重要です。
日本、ドイツ、フランスをはじめとする36か国が加盟する虚偽の又は誤認を生じさせる原産地表示の防止に関するマドリッド協定においては、虚偽に加盟国を原産地として表示している生産物が加盟国に輸入される場合には差押え又は輸入禁止とする取扱いが定められています。また、マドリッド協定に加盟していない米国においても、原産地を偽った表示は適正な表示への修正を行うことが義務付けられており、修正を行わない場合には、貨物評価価値の10%が追徴課税される、又は外国への積み戻しや廃棄処分が行われる可能性があります※5。そのため、輸入国の法令・実務運用等にもよりますが、インボイス上の原産地の記載の誤りにより貨物自体にも誤った原産地の表示がなされた場合、そのことに起因して輸出取引が正常に完了しないリスクがあります。
本ニュースレターでは、貨物の輸出者の視点から、インボイス上の価格や原産地の誤記載がもたらす関税法、輸出入取引法等に係る法的リスク等について解説しました。関税法や輸出入取引法等、外為法以外の輸出入関連法令についても執行・取締りが強化されていることをご認識いただき、価格や原産地をはじめとするインボイスの正確な記載にご留意いただければと思います。
※1
但し、本文記載の事案は、日本政府による対露制裁の一つである600万円超の高級車のロシア向け輸出の原則禁止を回避するために輸出者が価格の過少申告を行った可能性を指摘する報道が行われています。かかる指摘が正しい場合、価格の過少申告により輸出者にとって直接的な利益が存在する点において、一般的な輸出時の価格の過少申告事案とは異なる特殊性があるといえます。
※2
なお、輸出申告書に記載された価格が20万円未満であり、かつ、本来輸出申告書に記載すべきであった価格も20万円未満である場合や、変更しようとする価格と輸出申告書に記載された輸出統計品目表の所属区分ごとの価格の差が1,000円未満である場合には、価格の訂正を省略することが認められる可能性があります。
※3
19 U.S. Code § 1304 (Marking of imported articles and containers).
※4
Commerce (Imports) Regulations 1940.
※5
19 U.S. Code § 1304 (Marking of imported articles and containers), 19 CFR Part 134 (Country of Origin Marking).
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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