icon-angleicon-facebookicon-hatebuicon-instagramicon-lineicon-linked_inicon-pinteresticon-twittericon-youtubelogo-not
SCROLL
TOP
Publications 著書/論文
ニュースレター

著作権の侵害が認められない場合における一般不法行為の成否に関する近時の裁判例(バンドスコア事件、将棋YouTuber事件)

NO&T IP Law Update 知的財産法ニュースレター

著者等
田島弘基鐙由暢(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T IP Law Update ~知的財産法ニュースレター~ No.33(2025年8月)
業務分野
※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 著作権の侵害が認められない場合であっても、不法行為に基づく損害賠償が認められるかという点に関して、北朝鮮映画事件最高裁判決(最判平成23年12月8日・民集65巻9号3275頁)は、著作権法6条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、「同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない」と判断し、その後、知的財産権の侵害が認められない場合には、不法行為の成立を否定する下級審裁判例が多く見られていました。もっとも、著作権の侵害が認められないと考えられる場合でも不法行為の成立を認める旨の判断を示した裁判例が近時複数出ており、その傾向にも変化があるところです。

 そこで、本ニュースレターでは、上記論点に関連して不法行為の成立を認めた近時の裁判例をご紹介した上で、不法行為が成立する範囲について検討を加えます。

2. バンドスコア事件(東京高判令和6年6月19日(令和3年(ネ)第4643号))

 本件は、被控訴人(一審被告)が、控訴人(一審原告)の発行したバンドスコア(バンドミュージックについて、ボーカル、ギター、キーボード及びドラム等のパートに係る演奏情報が全て記載されている楽譜)を購入し、それを控訴人に無断で模倣したものを制作してウェブサイトにおいて無料で公開し、同ウェブサイトに広告を掲載して広告料収入を得ていたところ、このような被控訴人の行為が不法行為(民法709条)に該当するか等が争われた事案です。

 本判決は、バンドスコアは著作権法6条各号所定の著作権法による保護を受ける著作物に該当しない※1と述べた上で、北朝鮮映画事件最高裁判決を引用し、不法行為が成立するためには、当該行為について著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情が認められることが必要であると判示しました。

 そして、バンドスコアの制作には、バンドミュージックの楽曲の演奏を聴音してそれを楽譜に書き起こす採譜という作業が必要であるところ、採譜にかけた多大な時間、労力及び費用にフリーライドすることが許されるとした場合、制作者が販売するバンドスコアの売上げが減少し、採譜によるバンドスコアの制作への投資を十分に回収できなくなり、その制作へのインセンティブが大きく損なわれて制作者がいなくなるから、採譜により制作されたバンドスコアの供給が閉ざされる結果になりかねないこと、また、採譜した成果物にフリーライドが許されるとした場合、多大な時間、労力及び費用を投じて採譜の技術を修得しようとする者がいなくなり、ひいては、バンドスコアに限らず、採譜によって制作される全ての楽譜が制作されなくなって、音楽出版業界そのものが衰退し、音楽文化の発展を阻害する結果になりかねないとして、バンドスコアにおける採譜の特殊性を指摘しました。

 その上で、上記事情に鑑みて、他人が販売等の目的で採譜したバンドスコアを同人に無断で模倣してバンドスコアを制作し販売等する行為については、採譜にかける時間、労力及び費用並びに採譜という高度かつ特殊な技能の修得に要する時間、労力及び費用に対するフリーライドにほかならず、営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものであると同時に、害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により他人の営業上の利益を損なう行為であって、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものということができるから、北朝鮮映画事件最高裁判決のいう「特段の事情」が認められると判示しました。

 また、本判決は、被控訴人スコアが控訴人スコアを模倣したものか否かの判断に当たり、楽曲を構成する音自体の表記(音高、音価、音色)や音楽の表記(メロディ、ハーモニー、リズム)が一致する部分がどれほどあるか、控訴人スコアの明らかな誤りが被控訴人スコアに引き継がれているか、独自に採譜した場合に一致することが稀な演奏ポジションが一致しているかなどの点を踏まえて、「基本となる演奏情報」がほとんど全て一致し、そのような事象が単一のパートに限られず、バンドスコア全体に及んでいるとすれば、当該楽曲に係るバンドスコアについて模倣性が認められると判断しました。また、被控訴人スコアは組織的に統一された方針の下で制作されていると認められるから、上記事象が1曲にとどまらず、相当数の楽曲に及んでいる場合には、全体として組織的に控訴人スコアを模倣したと認められると述べ、被控訴人スコアと控訴人スコアの具体的な比較検討の結果、模倣を認定し、不法行為の成立を認めました。

3. 将棋YouTuber事件※2

(1) 大阪高判令和7年1月30日(令和6年(ネ)第338号、同第1217号)―王将戦、銀河戦(「第一事件」)

 本件は、YouTubeやツイキャスにおける動画配信者である被控訴人(兼附帯控訴人。一審原告)が、控訴人(兼附帯被控訴人。一審被告)が有料で動画配信する棋戦(王将戦、銀河戦)の実況中継を観戦し、それにより得た棋譜の情報を、中継とほぼ同時に将棋の盤面上に盤面の推移と指し手順の情報を即時に再現する本件動画を配信していたところ、被控訴人は、控訴人がYouTubeの運営者であるGoogle等に対して著作権侵害を理由に本件動画の削除申請を行ったことが被控訴人に対する営業誹謗行為(不正競争防止法2条1項21号)や不法行為に該当するとして、控訴人に対して削除申請の差止め、撤回や損害賠償を求めた事案です。

 控訴人は、上記削除申請では著作権侵害を理由としていた一方で、本件訴訟では、棋譜そのものが著作物に該当するとは主張していないため※3、削除申請行為が「虚偽の事実の告知」に客観的に該当することは争われておらず、本件動画の配信は不法行為に該当するから、被控訴人が主張する営業上の利益は法律上保護された利益とはいえないと主張して争いました。

 本判決は、まず、棋戦の主催者である公益社団法人日本将棋連盟(「日本将棋連盟」)が棋戦を放送・配信する権利を許諾することで収益を上げ、これにより棋戦を主催するための対局料・賞金を含む開催・運営費用を賄っていること、控訴人ら放送配信事業者は、上記権利の許諾を受けて棋戦を有償配信し、これにより許諾料(協賛金・契約金)を回収し、さらに利益を上げようとしているという日本将棋連盟が採用するビジネスモデルの内容を指摘し、これを採用する理由は、将棋はスポーツ競技のように入場者から入場料を徴収することで上記費用を賄うことはできないことから、放送配信事業者を介して対価を徴収し、これにより上記費用を賄うとともに利益を上げ、もって将棋文化の向上発展に寄与しようとしている点にあり、控訴人の収益構造もこのビジネスモデルに組み込まれたものであると述べました。

 その上で、リアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対して無料で提供するという被控訴人による本件動画の配信は、対価を支払って控訴人から棋戦の配信を受けようとする将棋ファンを減少させ、控訴人に対して直接的に損害を生じさせるものであり、このような行為が多数の動画配信者によって繰り返されるなら、上記ビジネスモデルの成立が阻害され、ひいては現状のような規模での棋戦を存続させることを危うくしかねないと指摘しました。

 また、被控訴人は、本件動画の配信により、控訴人から有料で配信を受けていたはずの将棋ファンを減少させ、控訴人に損害を与えることを認識しており、また、被控訴人は、日本将棋連盟のビジネスモデルの在り方を批判し、本件動画の配信を適法とすることで、そのビジネスモデルが崩壊してもやむを得ないような主張をしていたことから、本件動画の配信によりビジネスモデルに組み込まれた控訴人を害する目的すらあったことさえうかがえると述べました。このほか、被控訴人は、控訴人のみならず被控訴人と同様の棋戦の動画配信者と棋戦の配信を巡って競争する関係にあり、一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得し、これを動画配信において利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、これにより控訴人に対して故意に損害を与えている本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成すると認定しました。

 なお、本判決は、日本将棋連盟等の主催者が定めたリアルタイムでの棋譜情報の利用制限というルール(ガイドライン)※4について、被控訴人は法的に拘束されないが、被控訴人が侵害されたと主張する営業上の利益は、他の競争者が主催者の定めたルールに従うことで価値が増したリアルタイムの棋譜情報を利用することにより、棋戦を主催・運営するための必要なビジネスモデルが成立している中、他の競争者が従うルールに従わないことで競争上優位に立った上で、控訴人の営業上の利益を侵害することで得た利益であるから、社会通念上、許された自由競争で得た利益ということはできないと判示しています。

(2) 東京地判令和7年5月21日(令和5年(ワ)第22169号)―竜王戦(「第二事件」)

 また、第一事件の被控訴人である動画配信者は、別の棋戦である竜王戦についても、中継とほぼ同時に将棋の盤面上に盤面の推移と指し手順の情報を即時に再現する動画を配信していました。本件は、日本将棋連盟及び竜王戦の主催新聞社(原告ら)が当該配信により営業上の損害が生じたとして、動画配信者(被告)に対して不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。

 本判決は、原告らが、棋譜が著作権法で保護される著作物に当たるとの主張をしていないことを指摘し、北朝鮮映画事件最高裁判決を引用した上で、営業上の利益は、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益に当たるとし、「我が国では各人が自由競争原理の下で営業活動を行うことが憲法22条1項により保障されていることや情報の自由利用の重要性に鑑みれば、他人が取得した情報を許可なく無断で当該他人と競合関係にある自己の営業に利用した場合に、そのことをもって直ちに不法行為を構成すると評価するのは相当でなく、当該他人の営業上の利益を保護する必要性、当該利用行為により被利用者が受ける不利益の内容及び程度、利用行為の目的・態様等に鑑みて、当該利用行為が許される自由競争の範囲を逸脱するといえる場合に限り、当該利用行為は当該他人の営業上の利益を侵害するものであり、上記『特段の事情』があるものとして、不法行為を構成すると解するのが相当である。」と判示しました。

 そして、本判決は、原告らの営業活動において投下された費用及び労力(主催新聞社による契約金の支払、各種PR活動の費用投下、日本将棋連盟による各種調整、賞金等の支払)を認定した上で、原告らが放送事業者からの利用・放送許諾料の徴収で利益を受けているのに対し、被告はYouTubeで配信していることで利益を得ていることから、両者は競合関係にあると述べました。

 その上で、本判決は、原告らは棋譜利用の許諾や棋戦の配信で収入を得ているが、被告による動画配信により収益が減少する関係にあり、棋譜の利用価値が減殺されれば、これに連動して契約金を将来得ることができなくなるおそれや契約金が減額されるおそれがあり、日本将棋連盟の事業収益の約50%は契約金で構成されていることからすれば、被告の動画配信は原告らの営業活動による収益モデルが成り立たなくなるようにするおそれのある行為であると指摘しました。また、被告が利用した棋譜情報は、竜王戦の配信(AbemaTV)、日本将棋連盟の有料中継アプリ等を参照することにより取得したものであることから、動画の配信は原告らが投下した費用及び労力にフリーライドして棋譜を利用したものであり、また、被告の配信は情報鮮度として最も高い対局当日に棋譜の全てを利用しており※5、配信態様は悪質であって、原告らの営業活動に与えた不利益も大きいこと、被告は日本将棋連盟のガイドラインに従わない態度を示し、ガイドラインに基づく利用許諾料の徴収を「カツアゲ」、「悪徳商法」と評価した上、ガイドラインに従う必要がないことを助長するかのような投稿をしており、これも被告による原告らの活動に対する妨害が悪質と評価されるべき事情の一つといえることを指摘しました。

 本判決は、以上を総合して、被告の配信は、原告らが多大な費用と労力を投下して行った営業活動と競合し、これに重大な悪影響を与える行為であり、利用行為の態様も、原告らが多大な労力及び費用を投下した結果にフリーライドしたものである上、当日に全ての棋譜を利用するという棋譜の利用価値を大きく減殺させる極めて悪質なものであることなどを併せて考慮すれば、許される自由競争の範囲を逸脱しており、原告らの営業上の利益を侵害するものであるから、北朝鮮映画事件最高裁判決の「特段の事情」があり、不法行為に当たると結論付けました。

 損害に関して、主催新聞社に関しては動画1本あたり5万円の利用許諾料相当額の損害が発生したと認定した一方で、日本将棋連盟は有料中継アプリの獲得機会が喪失したと主張したものの、被告による配信により新規会員数が減少したことを裏付ける証拠はないとして損害の発生を否定し、主催新聞社の損害賠償請求のみが認容されました※6

4. 裁判例の検討

(1) 各裁判例の判断の基礎となった事情

 将棋YouTuber事件の第一事件は、北朝鮮映画事件最高裁判決を引用していないため、上記各判決の判断枠組みの関係性は必ずしも明確ではないものの、各判決が指摘した考慮要素に着目して、判断の基礎となった事情をまとめると、次のような表に整理することができると考えられます(なお、将棋YouTuber事件の第一事件と第二事件は、同一の動画配信者を対象とする事件であり、考慮要素として重なる部分が多いものの、異なる指摘もあるため、分けて記載しています。)。

考慮要素 バンドスコア事件 将棋YouTuber事件
第一事件 第二事件
被侵害者側が投下した時間、労力及び費用 採譜及び採譜の技術の修得には、多大な時間、労力及び費用を要する 放送配信事業者は棋戦配信のために、契約金等の多額の経済的負担をしている 主催新聞社は契約金や各種PR活動の費用支出、日本将棋連盟は各種調整、賞金等の支払を行っている
被侵害者の営業上の利益を保護する必要性(侵害者の行為によって受ける不利益の内容及び程度)
  • フリーライドが許される場合、バンドスコアの売上が減少し、投資を十分回収できなくなり、採譜による制作のインセンティブが損なわれる
  • バンドスコアに限らず、採譜によって制作される全ての楽譜が制作されなくなって、音楽出版業界そのものが衰退し、音楽文化の発展を阻害する結果になりかねない
  • 日本将棋連盟が放送・配信する権利を許諾することで収益を上げ、開催・運営費用を賄い、放送配信事業者が許諾を受けて有償配信し、許諾料を回収し、さらに利益を上げるというビジネスモデルが存在する
  • 本件動画の配信は、有償で棋戦の配信を受けようとする将棋ファンを減少させ、これが繰り返されると、上記ビジネスモデルの成立が阻害され、棋戦の存続を危うくさせる
主催新聞社及び日本将棋連盟は棋譜の利用許諾や棋戦の配信で収入を得ているところ、棋譜の利用価値が減殺されれば、契約金の消滅や減額のおそれがあり、日本将棋連盟の事業収益の50%は契約金から構成されていることからすれば、棋譜の利用価値を減殺する侵害者の動画配信は収益モデルが成り立たなくなるようにするおそれのある行為である
営利の目的をもってする競合行為であること(利用行為の目的) 模倣したバンドスコアをウェブサイトにおいて無料で公開して、広告料収入を得ていた 放送通信事業者及び棋戦の動画配信者と棋戦の配信を巡って競争する関係にあり、リアルタイムの棋譜情報を配信に利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、放送配信事業者から有料で配信を受けていたはずの将棋ファンを減少させ、放送配信事業者に損害を与えた 主催新聞社及び日本将棋連盟が放送事業者からの利用・放送許諾料の徴収で利益を受けているのに対し、侵害者はYouTubeで棋譜情報を配信していることで利益を得ていることから、両者は棋譜の内容に関心を有する視聴者を奪い合う関係にあり、競合関係にある
利用行為の手段・態様(公正かつ自由な競争秩序の阻害性) バンドスコアを制作するに当たり、組織的に統一された方針に基づき、採譜者に同業他社のバンドスコアを事前に送付するなどして模倣行為を誘引し、助長した
  • 上記競合関係を認識し、一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得し、これを動画配信において利用することで視聴者にアピールして収益を上げた
  • 他の競争者が従うルールに従わないことで競争上優位に立った上で利益を上げた
動画の配信は被侵害者が投下した費用及び労力にフリーライドして棋譜を利用したものであり、また、配信は情報鮮度として最も高い対局当日に棋譜の全てを利用しており、棋譜の利用価値を大きく減殺させた
害意の存在 故意に、採譜者に対してバンドスコアを模倣するよう指示した 日本将棋連盟のビジネスモデルの在り方を批判し、ビジネスモデルが崩壊してもやむを得ない主張をしていたことから、日本将棋連盟及び放送配信事業者を害する目的すらあった 日本将棋連盟の棋譜利用のガイドラインに従わない態度を示し、ガイドラインに従う必要がないことを助長するかのような投稿をしていた

(2) 検討

 北朝鮮映画事件最高裁判決は「特段の事情」の例示として、「規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなど」という被侵害利益の性質に着目した判断をしており、知的財産法が保護する利益とは異なる利益の侵害が認められるのであれば、上記「特段の事情」が存在するということができます※7。上記各判決はいずれも、情報の利用につき著作権侵害を問わないという事情の下で、営業上の利益の侵害が認められることを理由として不法行為の成立を認めていることから、いかなる事情が存在すれば、知的財産法が保護する利益とは異なる利益として営業上の利益の侵害が認められるかを考えるに当たって、上記表における個別事情は重要な判断要素となると考えられます。上記個別事情は、①被侵害者側が投下した時間、労力及び費用、②侵害者側の行為態様、③侵害者側の行為によって受ける被侵害者側の影響に分けて論じることができると考えられるため、以下では個別に検討を加えます。

 まず、上記各判決では、①被侵害者側が時間、労力及び費用を投じたことによる利益(いわゆる「額に汗をかいた」ことによる利益)の大きさを具体的に認定しており、これを不法行為の成立の基礎事情としている点において特徴があります。もっとも、投下した時間、労力及び費用が大きいだけでは不法行為の成立を認めるには足らないと考えられ、現に否定している裁判例も存在します※8。したがって、①の事情の存在は、不法行為の成立に当たっての決定的な事情とはならないと考えられます。

 次に、上記各判決では、上記①の事情に加えて、②侵害者側の行為が「自由競争の範囲を逸脱」しているかという観点から、侵害行為の目的や手段・態様が認定されています。これは、北朝鮮映画事件最高裁判決が、結論において「本件放送が、自由競争の範囲を逸脱し、一審原告の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって、一審原告の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない」として不法行為の成立を否定していることを意識したものと考えられ、「特段の事情」の存否を決するに当たって重要な考慮要素と考えられます。また、その判断に当たって、上記各判決では、営利の目的をもった競合行為であること、利用行為の手段・態様が公正かつ自由な競争秩序を害することや、被侵害者に対する害意の存在といった事情が指摘されており、特に害意の存在は、一般的には、不法行為の成立に必要としない要件であるものの、自由競争の範囲を逸脱したことを裏付ける大きな事情であると考えられます。また、これらの考慮要素を踏まえると、営業上の利益の保護を図り、不法行為の成立を問えるようにしておくためには、第三者による利用に際してあらかじめガイドライン等を作成・公表するなどして、許容される利用方法を明示し、公正かつ自由な競争秩序と主張するための事実的基礎を形成することも望ましいといえます。

 また、上記各判決では、③侵害者側の行為(情報のフリーライド)によって受ける被侵害者側の影響に関して、被侵害者の営業上の利益を保護する必要性や、被侵害者が受ける不利益の内容及び程度という観点から認定がされています。この点に関して、バンドスコア事件では、採譜によるバンドスコア制作のインセンティブがなくなり、採譜により制作される楽譜が制作されなくなり、音楽出版業界が衰退すること、将棋YouTuber事件では、放送配信事業者に対する放送・配信や棋譜利用の許諾料、放送配信事業者を介した有償での配信を通じたビジネスモデルの成立が阻害されること※9が指摘されていますが、両事件で共通するのは、情報のフリーライドを放置した場合、情報の制作や流通に至るビジネス構造が崩壊し、結果としてフリーライドした類の情報が将来にわたって流通しなくなる弊害が生じるという点にあるといえます。この点をもって、上記各判決は、不法行為の成立により当該ビジネスモデルが保護に値するとされたものと評価することも考えられなくはないですが、①投下した時間、労力及び費用が大きいだけでは不法行為が成立しないこと、②自由競争の範囲の逸脱という観点から侵害者の行為態様が問題とされていることを併せ考えると、上記各判決における不法行為の成立は、「対象となるビジネスモデルは保護に値する」といった積極的な評価結果と捉えるというよりは、「ビジネスモデルを巣くう、保護に値しない者を排除する」といった消極的な評価結果(その反射としてビジネスモデルが一定の限度で保護された)と捉えることが適当であると考えられます。

5. おわりに

 上記各判決は、著作権侵害が認められないと考えられる場合において不法行為の成立を認める判断を示したものであり、他の知的財産権の侵害が認められない場合における不法行為の成否も含め、影響を与えるものと考えられます。上記各判決の事案のように、ビジネスモデルにおいて中核となる情報であるが、著作権による保護が図られないものをどのように保護していくかは難しい問題がありますが※10、情報のフリーライダーへの権利行使という観点からは上記各判決は示唆に富むものであり、判断内容を踏まえた適切な対策を講じて、できる限りの権利保護を図る必要があるといえます。

脚注一覧

※1
一般的に、楽曲を採譜した場合には、原作品に創作的付加がなされていない複製にすぎず、二次的著作物とはならないと考えられており、本件でも、控訴人は著作権を含む知的財産権の侵害を主張していませんでした。

※2
本稿で紹介した事案以外の同種事案として、著作権侵害を理由としてYouTube上の動画を削除された者が、当該動画の削除申請を行った放送配信事業者(第一事件の控訴人)に対して、当該削除申請が営業誹謗行為に該当するとして、損害賠償を求めた事件(知財高判令和7年2月19日(令和6年(ネ)第10025号、同第10039号)があります。もっとも、同判決では、放送配信事業者が侵害論を争わず、損害論が主な争点となったことから、第一事件とは異なり、請求の一部が認容されています。

※3
著作権法の立案担当者は、著作権法10条に関する文脈で、棋譜が対局者の共同著作物になるとの見解を示しているものの(加戸守行『著作権法逐条講義 七訂新版』(著作権情報センター、2021年)126頁)、学説上は、棋譜の著作物性を否定する見解が多いところです。

※4
各棋戦における棋譜利用のガイドラインは、日本将棋連盟のウェブサイトで公開されています(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html)。

※5
主催新聞社がガイドラインとともに作成していた運用規則では、棋譜の利用料は、対局日に近ければ近いほど高く、時間が経過したものは安く設定されており、棋譜の全ての利用は対局後2か月後までは原則認めておらず(新聞紙上における観戦記の掲載を優先させるため)、対局当日は、その一部の利用も認めていませんでした。

※6
本判決に対しては、原告ら被告双方が控訴を提起しています。

※7
北朝鮮映画事件最高裁判決が指摘する著作物の利用による利益とは異なる利益として、公立図書館において著作物が閲覧に供されている場合、当該著作物の著作者は、「著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益」という法的保護に値する人格的利益を有している旨を判示した判例として、船橋市西図書館事件最高裁判決(最判平成17年7月14日・民集59巻6号1569頁)があります。

※8
例えば、スピードラーニング事件(知財高判平成27年11月10日(平成27年(ネ)第10049号))は、原告が作成したキャッチフレーズは、多大な労力、費用をかけ、相応の苦労・工夫により作成されたものであって、法的に保護されるべき利益を有するという原告の主張に対し、著作権法や不正競争防止法は、著作行為や営業行為には労力や費用を要することを前提としつつ、あえてその行為及び成果物のすべてを保護対象とはしていないから、キャッチフレーズに労力や費用を要するというだけでは、上記「特段の事情」があるとはいえないと判示して、不法行為の成立を否定しています。

※9
将棋YouTuber事件の第二事件では、侵害者が情報鮮度として最も高い対局当日に棋譜の全てを利用したという事情が認定されており、侵害者の利用態様は主催新聞社が策定したガイドラインや運用規則において通常許諾していない利用態様であったことも、不法行為の成立判断に影響したものと考えられます。情報の鮮度を重視して不法行為における権利侵害や違法性を認めた事例としては、北朝鮮映画事件最高裁判決の前の裁判例であるものの、ニュース記事見出しの無断複製事案であるヨミウリ・オンライン事件(知財高判平成17年10月6日(平成17年(ネ)第10049号))があります。

※10
筆者らが将棋ファンであることもあり、将棋のビジネスモデルについて付言をしておくと、将棋の棋戦の情報を享受する態様は、情報通信技術の発展やAIの発展に伴い、大きく変化してきたものといえます。すなわち、かつては、棋士による文字での解説を含む棋譜情報を本や新聞雑誌から時間差がある形で知るほかなかったところ、インターネットの普及により、その情報が主催者からインターネット上でリアルタイムに提供されることとなり、その後、これとは別のチャネルとして、放送配信事業者によって、棋譜情報のほか、対局棋士の表情や動作、棋戦場所の状況や、観戦棋士による実況解説を生配信する長時間の放送が行われるに至り、更に近時では、これらのリアルタイムの提供情報に、AIによる盤面や指し手の評価値(有利不利の程度を示す数値)が情報として付加されるようになりました。この変遷において、将棋を指すファンのほか、将棋を観戦するのみのファンが新たに大きく開拓され、棋譜情報は、専門家による解説がなければ理解することが難しい情報から、AIの評価値を通じて万人が楽しめる情報に変容し、棋譜情報自体の価値が相対的に上がっているといえます。もっとも、本稿で述べたとおり、将棋YouTuber事件判決も、棋譜情報そのものが無条件に保護に値すると述べたものではなく、あくまで侵害者の行為がその態様を含めて自由競争の範囲を逸脱するとして不法行為が認められたことにより保護が図られたことからすれば、棋譜情報自体の保護は、保護に値しないフリーライダーを排除する限りで図ることとし、主位的には、著作権による保護が及ぶ放送、解説や観戦記事、又は精度や拡張機能を有するAIの活用といった観点から、ビジネスモデルの保護を図ることが適当であるように思われます。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


全文ダウンロード(PDF)

Legal Lounge
会員登録のご案内

ホットなトピックスやウェビナーのアーカイブはこちらよりご覧いただけます。
最新情報をリリースしましたらすぐにメールでお届けします。

会員登録はこちら

弁護士等

紛争解決に関連する著書/論文

知的財産に関連する著書/論文

知財争訟に関連する著書/論文

民事・商事争訟に関連する著書/論文

決定 業務分野を選択
決定