
辺誠祐 Tomohiro Hen
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ニュースレター
改正公益通報者保護法に関するアップデート―実態調査が示す施行後2年の現状確認と実務対応のポイント(2024年4月)
2025年6月4日、「公益通報者保護法の一部を改正する法律案」が成立し、公益通報者保護法が前回の改正(2020年6月)から約5年ぶりに改正されました。本改正公益通報者保護法(以下「改正法」といいます。)は、公布(2025年6月11日)から1年6か月以内に施行されます。
改正法の中には、「公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済を強化」※1するための措置として、公益通報をした日(行政機関又は報道機関等に対する公益通報の場合は、事業者が当該公益通報を知った日)から1年以内の解雇その他不利益な取扱い(解雇以外の不利益取扱いは、懲戒としてなされたものに限られます。以下「解雇等特定不利益取扱い」といいます。)は、公益通報を理由としてされたものと推定する規定や、公益通報を理由として解雇等特定不利益取扱いをした者に対して刑事罰を定める規定等が設けられています。
改正法において上記のような推定規定が設けられたことによる実務への影響については、改正法施行後の裁判例等の蓄積を注視する必要があるものの、各事業者においては、公益通報を理由とする不利益な取扱いが禁止されることを改めて周知徹底するとともに、今まで以上に、労働者に対する不利益処分の合理性を慎重に吟味することが重要となります。
本ニュースレターでは、このような改正法の動向を踏まえ、「公益通報をしたことを理由とする不利益な取扱い」の該当性について、近時の裁判例においてどのように判断されているかを概説するとともに、改正法施行を見据えた実務上の留意点について検討します。
消費者庁が2024年5月に設置した公益通報者保護検討会は、有識者による合計9回の議論を経て、同年12月27日、「公益通報者保護制度の実効性を向上し、国民生活の安心と安全を確保するための制度の見直しの方向性」についての提言をまとめた報告書※2(以下「本報告書」といいます。)を公表しました。
改正法は、本報告書の提言を踏まえて策定されたものであり、その概要は表1のとおりです。
表1 改正法の概要
項目 | 現行法の規定※3 | 改正法の規定※4,※5 |
---|---|---|
①事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上 | ||
体制整備義務 |
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行政措置・刑事罰 |
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②公益通報者の範囲拡大 | ||
通報者の範囲 |
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③公益通報を阻害する要因への対処 | ||
公益通報の阻害・妨害 | - |
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④公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済の強化 | ||
公益通報を理由とした不利益な取扱いの禁止 |
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刑事罰 | - |
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現行法上は、公益通報者に対して解雇等特定不利益取扱いがなされ、当該公益通報者がその無効確認や損害賠償等を求める訴訟を提起した場合、当該不利益取扱いが「公益通報をしたことを理由として」行われたことについては、公益通報者側に立証責任があります。
一方、改正法の施行後は、公益通報者保護法所定の要件を満たす公益通報を行った役職員に対する解雇等特定不利益取扱いが、公益通報が行われた日(行政機関又は報道機関等に対する公益通報の場合は、事業者が当該公益通報を知った日)から1年以内になされたときは、当該不利益取扱いは公益通報したことを理由とするものと推定され、公益通報したことを理由としていないことを事業者が立証できなければ、当該解雇等特定不利益取扱いは無効となります。
また、上記推定規定はないものの、事業者が実施した解雇等特定不利益取扱いが、公益通報したことを理由としたものと認定された場合、個人と事業者双方に刑事罰が課されることになります。
なお、解雇等特定不利益取扱いの対象者が、公益通報をした労働者であることを事業者が把握していない場合や、公益通報をした労働者自身も当該通報に係る不適切事案に関与している場合等、事業者側に報復目的がなくても、その主張・立証が不十分であると、解雇等特定不利益取扱いが「公益通報をしたことを理由とし」たものと認定されるリスクがあり、留意が必要といえます。
改正法の施行によって、公益通報を理由とする不利益取扱いではないことを事業者側が積極的に立証しなければならなくなることを見据え、近年の裁判例におけるこの点に関する判断のあり方を把握しておくことは有益であり、以下で概説します※7。
小学校の教頭(原告・控訴人)が、当該小学校を設置する学校法人(被告・被控訴人)及びその役員に関して、公益通報者保護法所定の公益通報をしたところ、これを理由に、当該小学校でのいじめ問題への対応を強いられたり、個別面談の実施、職員会議による叱責、自宅待機及び給与不払等の不利益な取扱いを受け、最終的に解雇されたと主張して、損害賠償を請求した事案です。
裁判所は、公益通報者保護法3条及び5条における「理由として」との文言は、「一般に、客観的な因果関係ではなく、事業者における意思や動機を指すものと解され」、「事業者が公益通報をしたことを『理由として』解雇等の不利益取り扱いを行ったか否かについては、当該解雇等の主たる動機が、公益通報をしたことに対する報復等を目的とするもの[と](※執筆者追記)認められるか否かにより決することが相当であり、その判断に当たっては、解雇等に至る経緯、解雇等の内容、上記の不当な動機の存在を基礎づける事業者側の言動の有無、他の正当な動機の存在を基礎付ける合理的な理由の有無などの諸事情を勘案すべきものと解される」と判示しました。
裁判所は、原告(控訴人)の主張する不利益な取扱いについて、経緯、合理的な理由の有無、公益通報との関係性、関係者の言動から、いずれも主たる動機が、公益通報をしたことに対する報復等を目的とするものではないと認定しました。
病院のリハビリ科において言語聴覚士として勤務する原告(被控訴人)が、同科において医療保険診療報酬の不正請求に関係する不適切行為(リハビリ実施時間の過大申告)について、病院長や事務局に対し、是正を申し入れたところ、上司らから嫌がらせや誹謗中傷などを受けたとして、当該上司ら及び当該病院を設置・運営する学校法人(被告・控訴人)に対して、損害賠償を請求した事案です。
本裁判例では、「公益通報をしたことを理由とし」たかどうかの判断基準は明記されていませんが、上司ら(被告・控訴人)の各行為に根拠ないし必要性がないことを認定し、「不正行為が行われているとして是正を申し入れたり、リハビリ科管理職の方針に従わなかったことに対する報復として行われたと推認するのが相当」と判示しています。
事業者がリスク情報をより早期に把握し、当該リスク情報への対応を適切に検討するためには、事業者内における内部通報制度の設計・運用において、利用者が報復リスクを懸念することなく安心して通報を行うことができる仕組みを整え、それを利用者に周知することが重要です。
加えて、改正法の施行後は、通報を行った従業員等に対する不利益な取扱いに対してより一層厳しい目が向けられる可能性があります。事業者は、通報を理由とする不利益な取扱いが禁止されること、そして、そのような報復的行為が懲戒処分の対象となり得ることを、社内規程等において明確に定めるとともに、従業員等(特に役員や管理職者)に対する研修等の機会に周知徹底することが必要です。
なお、上記立証責任の転換規定においては、懲戒処分以外の不利益な取扱い(例えば、不当な配置転換や人事権の行使としての降格、業務上の合理性がない過大又は過小な要求等)は、公益通報を理由とするとの推定の対象とはされていませんが、社内規程上の禁止される「不利益な取扱い」には、解雇その他の懲戒処分に限らず、職場内での嫌がらせや合理的な理由のない配置転換等も含まれることを明示しておくなどの対応も検討に値します。
上記で紹介した最近の裁判例に照らせば、公益通報を理由とする不利益処分か否かの判断にあたっては、不利益処分に至る経緯、不利益処分の内容、処分の合理的根拠・必要性等が重要な判断要素となっており、その他、関係者の言動等も含めた総合考慮をして、主たる動機が報復目的といえるかどうかが判断されると考えられます。
そして、改正法において上記立証責任の転換規定が設けられることによる実務への影響については、施行後の裁判例等の蓄積を注視する必要があるものの、事業者は、労働者に対し不利益な取扱い(特に解雇等特定不利益取扱い)を行う場合には、こうした裁判例における判断過程も意識し、その内容の合理性をより慎重に吟味しておくことが肝要です。そこで、以下、労働者に対して不利益な取扱いを実施する際の考えられる実務上の留意点を記載します。
仮に従業員が1年以内に公益通報を行っていたとしても、当該従業員がコンプライアンス違反を行ったのであれば、事業者としては、懲戒処分等の措置を検討する必要があるといえます。
もっとも、かかる処分を講じた場合、上記のとおり、当該処分は公益通報を理由としてされたものと推定されるため、事業者としては、そのような推定を覆すための客観的根拠を有しておく必要があるということになります。具体的には、処分の根拠事実たる懲戒事由及び処分の決定に至るまでの経緯・議論の状況について、しっかりとエビデンスを残すことが求められることになり、留意が必要といえます。
なお、公益通報をした事実は、公益通報者保護法が定める守秘義務(第12条)等により、厳格に情報管理されており、社内でも、それを知る者は限定的であることが少なくありません。そのため、制度設計によっては、不利益処分の決定を行う担当者・担当部署において、不利益処分の対象となる従業員が直近に公益通報を行ったことを知らずに処分を行うことも想定されますが、上記推定規定は、条文上、行政機関又は報道機関等に対する公益通報の場合を除き、事業者側の認識に関係なく適用されることとなっています。したがって、今回の改正を機に、公益通報の対応を行う担当者・担当部署や、懲戒処分に関与する担当者・担当部署等について適切に整理できているか、公益通報対応に関与しないものの懲戒処分に関与する担当者・担当部署への情報共有をどのように行うかなど、自社の制度設計を改めて確認するなどの検討が重要になると考えられます。
また、公益通報をした労働者自身も当該通報に係るコンプライアンス違反に関与している場合については※8、公益通報をしたことではなく、あくまで通報により確認されたコンプライアンス違反の存在を理由に、不利益処分を科すことを検討記録に明確に残すとともに、弁明の機会付与等のプロセスにおいて、対象者に対しても、その旨をしっかりと説明することが肝要といえます(懲戒処分の選択に際し、通報が不適切事案発見の端緒となったことについて、従業員に有利な事情として斟酌することは許されますが、一方で、通報者特定のリスクもあり、実務上は、慎重な対応が求められるところです。)。
役職員が、内部通報のために社内の資料やデータ等を収集し、それを社外に持ち出して外部に公開・公表した場合、当該行為が秘密漏洩や名誉毀損に該当することを理由に懲戒処分をすることが考えられますが、こうした懲戒処分の有効性が争われた場合においても、改正法における推定規定が適用される可能性があります。
これまでの裁判例では、通報内容の真実性、通報の目的・手段・態様の相当性等を総合考慮し、当該行為が正当といえるかどうかを基準に懲戒処分の有効性を判断される傾向にあります。上記判例法理が改正法の上記推定規定によっていかなる影響を受けるかについては、改正法施行後の裁判例の傾向を注視する必要があるものの、社内資料やデータの持ち出し等を理由とする懲戒処分の実施に際しては、より慎重な検討が求められることになるといえます。
改正法の施行後においては、自身が懲戒処分の対象となる可能性があることを察知した労働者が、全く根拠のない内部通報を行うなどの濫用的通報を行い、不当に上記推定規定による保護を得ようとすることが想定されます。
そのような濫用的な内部通報であったとしても、対応を誤れば、当該労働者に対する懲戒処分の目的が報復目的であると推認されてしまう可能性も否定できません。特に、そもそも一定の通報が濫用的であるかどうかの判断は非常に困難を伴います。
そのため、濫用ではないかと感じる内部通報についても、会社として適切に調査等の対応にあたるということは大前提とする一方で、濫用的な内部通報は許されないことを、制度上、明確に位置付けるなど、対応の仕組みを検討しておくことが重要といえます。
また、通報事案における通報者に対するヒアリングにおいては、なぜ通報のタイミングがその時期になったのかなど、濫用的な意図がないかについて確認し、慎重に検討することが求められることになります。
そして、仮に上記推定規定により懲戒処分等の有効性が争われた場合には、懲戒処分の検討が内部通報よりも先に行われていたこと等、時系列を明確にすることで、報復目的がないことを主張立証するとともに、場合によっては、内部通報自体が、懲戒処分を免れる目的であり、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」(現行法・改正法第2条第1項)で行われたものと評価できるから、公益通報者保護法の保護の対象から外れ、推定規定の適用も及ばないといった主張を展開することも考えられるところです。
内部通報制度の信頼性向上の観点からは、通報を理由とする不利益な取扱いが禁止されることを周知徹底することが何よりも重要です。
改正法の推定規定が持つ実務上のインパクトは現時点で不明といえ、特に改正法施行当初、事業者は、難しい判断を迫られる場面が多くなることが予想されます。
そのため、事業者としては、労働者に対する不利益な取扱いを実施する場合は、労働法の視点のみならず、公益通報者保護法の視点からも適切性を検討し、必要に応じて弁護士等の専門家の意見も取り入れ、慎重に対応していくことが必要になるといえます。
※1
第217回国会(常会)提出法案資料「公益通報者保護法の一部を改正する法律案(概要)」
※2
消費者庁「公益通報者保護制度検討会報告書-制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて-」(2024年12月27)
※3
2024年4月発行の「改正公益通報者保護法に関するアップデート―実態調査が示す施行後2年の現状確認と実務対応のポイント」(NO&T Compliance Legal Update 89号)
※4
前掲注1
※5
第217回国会(常会)提出法案「公益通報者保護法の一部を改正する法律」及び提出資料「公益通報者保護法の一部を改正する法律案要綱」
※6
本報告書においては、「法において、事業者が、正当な理由なく、労働者等に公益通報をしないことを約束させるなどの公益通報を妨害する行為を禁止するとともに、これに反する契約締結等の法律行為を無効とすべき」と改正法第11条の2の基になったと考えられる提案がなされています。この「正当な理由」については、「事業者において、法令違反の事実の有無に関する調査や是正に向けた適切な対応を行っている場合に、労働者等に対して、当該法令違反の事実を事業者外部に口外しないように求めることなどが考えられる」とした上で、「もっとも、事業者が公益通報者に不利益な取扱いをしようとしている場合や、法令違反の事実の隠蔽や証拠の隠滅等をしようとしている場合などには、事業者において是正に向けた対応を行っているとは言えないため、労働者等に対し、法令違反の事実を口外しないように求めることは正当な理由に該当しない」と指摘されています(本報告書13-14頁本文及び脚注27)。
※7
(1)及び(2)以外で不利益な取扱いが公益通報を理由とすることが争点となった裁判例については、消費者庁「不利益取扱いが通報を理由とすることが争点となった裁判例について」(2024年10月)参照
※8
不正調査、企業風土検証等の一貫で、法務・コンプライアンス部門又は外部法律務所等を窓口としたアンケート・ホットラインの設置を実施することがありますが、こうした窓口への回答も公益通報者保護法上の「公益通報」に該当し得るとの見解も示されています(山本隆司ほか「解説改正公益通報者保護法〔第2版〕」(弘文堂、2023年)128頁)。
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辺誠祐、杉江裕太、堀田昇(共著)
工藤靖
(2025年8月)
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