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英国とEUの間における判決の相互承認・執行にかかる最新の状況

NO&T Europe Legal Update 欧州最新法律情報

NO&T Dispute Resolution Update 紛争解決ニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 英国による欧州連合(以下「EU」といいます。)からの離脱(以下「ブレグジット」といいます。)後、英国の裁判所において下された判決のEU加盟国における承認・執行(又はEU加盟国の裁判所において下された判決の英国における承認・執行)に関する法的枠組みに関して、実務上の不明確さが指摘されていました。EU域内においては、民事及び商事に関する管轄権並びに判決の承認及び執行に関する規則(以下「ブリュッセル改正規則」といいます。)※1による、簡素かつ迅速な手続を通じた判決の承認・執行を可能とする枠組みが存在するところ、ブレグジットにより、英国は当該ブリュッセル改正規則の枠組みから外れることとなりました。このような枠組みの有無は、例えば、英国企業の資産がEU域内にも所在するという場合に、英国の裁判所において当該英国企業に対して下された判決をEU域内で執行する場面で影響があり、翻って契約における紛争解決条項の検討の際にも考慮する必要があります。

 このような中、2024年1月12日、英国は、2019年民事又は商事に関する外国判決の承認及び執行に関する条約(以下「ハーグ判決条約」といいます。)※2に署名し、ハーグ判決条約は、英国との関係で2025年7月1日に効力が生じました。※3これにより、英国の裁判所において下された判決のEU加盟国における承認・執行(又はEU加盟国の裁判所において下された判決の英国における承認・執行)について、実務上の法的安定性及び予測可能性が担保されることに加えて、判決の承認・執行にかかる手続の迅速化がもたらされることが期待されています。

 本稿では、英国の裁判所において下された判決のEU加盟国における承認・執行(又はEU加盟国の裁判所において下された判決の英国における承認・執行)について、(1)ブレグジット前の枠組みと、(2)ブレグジット以降、英国との関係でハーグ判決条約の効力が発生するまでの状況について整理したうえで、(3)英国との関係でハーグ判決条約の効力が発生したことによる実務上の影響について解説します。

2. ブレグジット前の枠組み

(1)ブリュッセル改正規則

 EU加盟国間においては、原則として、ブリュッセル改正規則に基づく判決の相互承認・執行にかかる枠組みに依拠することができます。ブリュッセル改正規則は、EU加盟国間における判決の承認にあたって認可の手続を不要とするなど、原則として特段の手続を不要とすることで判決の承認手続の簡素化及び迅速化を図るとともに、他のEU加盟国において下された判決の承認が認められない事由を、承認先の国における公序に明白に反する場合などの例外的な場合に限定しています。

(2)ルガノ条約

 また、EUは、民事及び商事に関する管轄権並びに判決の承認及び執行に関する条約(以下「ルガノ条約」といいます。)※4に加盟しているため、ブレグジット前は、英国はEU加盟国としての立場で、ルガノ条約の枠組みに依拠することも可能でした。ルガノ条約は、ブリュッセル改正規則に類似した判決の相互承認・執行にかかる枠組みを定めるものですが、EU加盟国※5だけでなく、アイスランド、ノルウェー及びスイスも加盟国となっています。

(3)管轄合意条約

 これらに加えて、EUは、2005年裁判管轄合意に関する条約(以下「管轄合意条約」といいます。)※6に加盟していることから、※7英国は、EU加盟国としての立場で、管轄合意条約における枠組みに依拠することも可能でした。なお、管轄合意条約が適用される場面は、専属的管轄合意によって選択された裁判所が下した判決の承認・執行に限定されます。

3. ブレグジット以降の状況

(1)ブリュッセル改正規則

 ブレグジットに伴い、英国はEU加盟国でなくなったため、英国との関係では、EU域内におけるブリュッセル改正規則に基づく判決の相互承認・執行の枠組みに依拠することができなくなりました。具体的には、ブレグジットにかかる英国とEUの間の合意に従い、2020年12月31日以前に開始された訴訟において下される判決についてはブリュッセル改正規則が適用されるのに対して、2021年1月1日以降に開始された訴訟において下される判決についてはブリュッセル改正規則が適用されないこととなります。

(2)ルガノ条約

 上記のとおり英国はEU加盟国としての立場を通じてルガノ条約の加盟国でもありましたが、ブレグジットに伴い英国はルガノ条約の加盟国としての地位も失いました。すなわち、ブレグジットにかかる英国とEUの間の合意に従い、英国は、2020年12月31日を末日とする移行期間終了まで、EUが締結している条約に拘束されるものの、移行期間終了後の2021年1月1日より、英国との関係では、ルガノ条約の枠組みに依拠することができないこととなります。

 そこで、2020年4月に英国は改めてルガノ条約への加盟を申請しました。しかし、ルガノ条約への加盟のためにはその既存の加盟国の全会一致の同意が必要となるところ、EUが英国による加盟に反対したため、英国によるルガノ条約への加盟は実現していません。したがって、ブレグジットに伴い、現状では、英国との関係では、ルガノ条約に基づく判決の承認・執行の枠組みにも依拠することができないということになります。

(3)管轄合意条約

 以上のように、英国は、ブレグジットに伴いブリュッセル改正規則とルガノ条約による枠組みからは外れることになりましたが、2021年1月1日、管轄合意条約に加盟しました。しかしながら、まず、上述のとおり、管轄合意条約が適用される場面は、専属的管轄合意によって選択された裁判所が下した判決の承認・執行に限定されます。

 加えて、英国との関係で管轄合意条約が適用されるタイミングについても不明確さが指摘されていました。すなわち、管轄合意条約は、英国との関係では、英国について同条約の効力が生じた日以降に締結された契約に適用されますが、(i)EUが管轄合意条約に加盟しその効力が生じた2015年10月1日以降から、英国は(EU加盟国としての立場と独自の加盟国としての立場を通じて)継続して加盟国であったとみるか、(ii)英国が独自の立場で加盟しその効力が生じた2021年1月1日以降に限って英国は加盟国であったとみるか、いずれの立場がとられるべきか明確でないと指摘されていました。このため、2021年1月1日より前に締結された契約に関して、英国との関係で管轄合意条約が適用されるのか不明確な状況でした。

(4)ブレグジット以降の状況の整理

 このように、英国は、ブレグジットに伴いブリュッセル改正規則とルガノ条約による枠組みからは外れることになったことに加え、管轄合意条約に関しては、その適用範囲が限定的で、さらに、適用時期が不明確という問題がありました。そのため、管轄合意条約が適用されない場面においては、原則として、各国の国内法による判決の承認・執行にかかる手続を経る必要があるという状況でした。

4. 英国のハーグ判決条約への加入

 このような中、2024年1月12日、英国はハーグ判決条約に署名し、ハーグ判決条約は、英国との関係で2025年7月1日に効力を生じました。なお、当初、英国は、ハーグ判決条約がイングランド及びウェールズにのみ適用される旨の留保を付していましたが、その後、スコットランド及び北アイルランドにも適用があると宣言するに至りました。※8また、EUは既にハーグ判決条約に加入しており、(デンマークを除く)EU加盟国との関係では、同条約の発効日たる2023年9月1日に効力を生じています。※9

 ハーグ判決条約は、判決の承認・執行に際して必要な書類や、承認・執行が認められない事由を定めるなどして、(管轄合意条約とは異なり、)広く民事又は商事に関する判決について、条約の加盟国間における相互承認・執行を規律しています。英国及びEU加盟国(ただし、デンマークを除きます。)への同条約の適用により、双方間における判決の相互承認・執行について、一定の法的安定性及び予測可能性が担保されることに加えて、判決の承認・執行にかかる手続の迅速化がもたらされることが期待されています。

 もっとも、ハーグ判決条約においては、外国判決の承認・執行にかかる具体的な手続については、承認・執行が行われる国における法律に従うこととされているなど、原則として特段の手続を不要とするブリュッセル改正規則に基づく判決の相互承認・執行にかかる枠組みほど簡素化された仕組みは取られていないといえます。

5. 終わりに

 上記のとおり、ハーグ判決条約における判決の相互承認・執行にかかる枠組みは、ブリュッセル改正規則における枠組みほど簡素化されたものではありません。

 もっとも、英国は、ブレグジットに伴いブリュッセル改正規則とルガノ条約による枠組みからは外れていたことを踏まえると、従前の管轄合意条約による枠組みに加えて、今般の英国におけるハーグ判決条約の効力発生により、英国とEU加盟国(ただし、デンマークを除きます。)の間における判決の相互承認・執行にかかる法的安定性及び予測可能性が確保され、手続の迅速化が期待されます。なお、ハーグ判決条約については、今後より多くの国が加入する可能性もあるため、今後の動向を注視する必要があります。

脚注一覧

※1
Regulation (EU) No 1215/2012 of the European Parliament and of the Council of 12 December 2012 on jurisdiction and the recognition and enforcement of judgments in civil and commercial matters (recast)

※2
Convention of 2 July 2019 on the Recognition and Enforcement of Foreign Judgments in Civil or Commercial Matters

※4
Convention on jurisdiction and the recognition and enforcement of judgments in civil and commercial matters

※5
なお、デンマークも、(EU加盟国としての立場ではなく、)自らルガノ条約に加盟しています。

※6
Convention of 30 June 2005 on Choice of Court Agreements

※7
なお、デンマークも、(EU加盟国としての立場ではなく、)自ら管轄合意条約に加盟しています。

※9
なお、EUは、EU域内に所在する不動産の非住居用の賃貸借に関してハーグ判決条約を適用しない旨を宣言しています。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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