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新しい宇宙飛行士選抜と宇宙探査時代


対談者

パートナー

大久保 涼

当事務所宇宙プラクティスグループ代表。主な業務分野は、M&A、プライベート・エクイティ投資、プライベート・エクイティ投資、テクノロジー・宇宙分野などの複雑な企業法務全般である。2010年から宇宙航空研究開発機構(JAXA)契約監視委員会委員。

ゲスト

内山 崇

前回宇宙飛行士選抜ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」フライトディレクタ。2009年技術実証機~2020年最終9号機までフライトディレクタとして、9機連続成功に導く。現在は、新型宇宙船(HTV-X)開発に携わる。

大久保

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2021年11月19日、新たな宇宙飛行士の候補者を募集すると発表しました。 13年ぶりとなる今回の募集では、初めて学歴を不問にする等、多様な人材を確保するために応募資格を大幅に緩和したことが話題となっています。宇宙飛行士の選抜プロセスについては、「宇宙兄弟」でも描かれていたところですが、今回は、実際の宇宙飛行士選抜ファイナリストで、「こうのとり」フライトディレクタであった内山崇氏に当事務所宇宙プラクティスグループの研究会にお越し頂き、宇宙飛行士選抜の実体験と今回の選抜のポイントをテーマに、お話を伺いました。

内山

みなさん、初めまして。まず自己紹介ですが、私は大学院卒業後IHIに入社し、2008年からJAXAで働いています。そして同年から宇宙飛行士選抜試験に参加し、最後の10名まで残ったのですが、残念ながら宇宙飛行士には選ばれませんでした。ちょうどこのころ、ISSへの補給船である「こうのとり」の開発が進んでいて、私はそのフライトディレクタとして実証機から最終9号機までの運用に携わりました。今はHTV-Xという新型宇宙船の開発に関わっています。大久保君とは中高同窓で、2年前国際宇宙会議のIAC(International Astronautical Congress)でばったり会って、こういう縁もあるんだなと思った次第です。

大久保

一昨年のワシントンDCでのIACでしたね。会うのは20年ぶりで、お互い老けてましたが、すぐ分かりましたね笑。では、まず最初に、これまでの日本の宇宙飛行士選抜の歴史を教えていただけますか。

内山

はい。今JAXAで13年ぶりの宇宙飛行士選抜が始まっています。これまでのJAXA宇宙飛行士の変遷としては、第1期募集が1985年で、このときには科学者が宇宙飛行士に選ばれました。そして、スペースシャトルのフライトが続く中で、1992年(第2期)、1996年(第3期)、1998年(第4期)と数年おきに新しい宇宙飛行士の選抜が行われました。この間は、エンジニアの方が中心に選抜されました。もっとも、その後の10年間は、スペースシャトルコロンビア号の事故などの影響もあり、宇宙飛行士選抜はありませんでした。この間、日本は、「きぼう」モジュールや「こうのとり」宇宙船という、ISSを支えるインフラの開発に力を注ぐことにより、ISS計画における日本の存在感を高めていった時期となりました。そして、2008年(第5期)に行われた10年ぶりの選抜が、私が参加した回になります。ここでは、ISSのコマンダーになれる人材ということでパイロットや自衛隊出身の人が選ばれました。米ロの場合、宇宙飛行士になった人材は、軍人やパイロット、次にエンジニア、最後に科学者という順番でしたが、日本は逆の順番を辿ったという特徴があります。今回の第6期募集では、より多様性や発信力がある人、また国民全体で新たな宇宙探査時代に向けた機運を盛り上げられる人が選ばれるのだろうと思います。

大久保

なるほど。では、次に、内山さんが参加された選抜がどのようなプロセスだったか教えて頂けますか。

内山

はい。それでは私が参加した2008年の第5期選抜についてのお話をしたいと思います。当時は、「きぼう」モジュールが打ち上がる前のタイミングで、これから日本もISSの本格運用に入るということで、新しい宇宙飛行士の募集がなされました。この選抜のプロセスですが、963人の応募のうち230名が1次選抜に進み、このうち50名程度が2次選抜に進みました。2次選抜からは、4日間に及ぶ医学検査、1週間にわたる大量の面接など、“ライト・スタッフ“を見極める本格的な審査となり、この結果10名が3次(最終)選抜に進みました。3次選抜では、2週間強に渡って様々な負荷をかけながらパフォーマンスを見るといったことが行われます。具体的には、閉鎖環境施設に閉じ込められるというような試験、NASAに行ってNASAが宇宙飛行士選抜や訓練に使用する設備を使った試験などがあり、最終的に3名の宇宙飛行士候補(油井宇宙飛行士、大西宇宙飛行士、金井宇宙飛行士)が選ばれたということになります。

JAXAの試験はチームスキルを見る試験が多いのですが、NASAでの試験は、個人のオペレーションスキルを見るという試験が多かったです。例えば、船外活動を模擬して、グローブをしてクレーンからぶら下がって一定の作業をするという試験があり、これはオペレーションのセンスを見るためのものだったのだと思います。もっとも、JAXAでも、体中にセンサーを付けて回転するイスに乗るという試験がありました。イスの回転だけであればそんなにスピードも早くないのですが、回っている途中に頭を前後左右に振るよう指示があり、この頭の動きによって三半規管にGがかかってめまいが起こるんですね。そして、その試験が30分続きます。私はこの試験では残念ながら10分程度でドクターストップになってしまいました。

さて、先ほどJAXAはチームスキルを見るという話をしましたが、世界で唯一、選抜試験で閉鎖環境施設を使っていまして、これは日本がチームスキルに重点を置いている証左と思います。この施設は観光バス2つくらいが繋がった形になっていて、その中で10人が24時間監視の下、共同生活を行いながら課題をこなしていくことになります。実際この試験をやってみて不思議だったのが、候補者はライバルであるはずなのですが、むしろ共同作業により共通の目標達成を目指したことから、非常に仲が良くなって、ワンチームにまとまったということがありました。1日のタイムスケジュールとしては朝6時起床で24時就寝。その間規則正しい分刻みのスケジュールが設けられていて、そのような忙しい中での精神・心理的安定性、コミュニケーションスキルなども見られます。与えられる課題の例としては、2班に分かれて宇宙飛行士を癒やすロボットを作れというお題がありました。このときは、サプライズで、作業の途中に世界の要人が見学に来たので英語で何をしているか中間プレゼンするようにと言われました。そして、ロボットの試作品やプレゼンについて試験官から講評があるのですが、めちゃくちゃに酷評されます。私の班はペットのようなロボット犬を作ったのですが、犬に見えないとか、無重力でどうやって使うんだなど散々な言われようでした。そして、そうやってこきおろされたあと、それを受けてチームとして無理難題な指摘に対し、どう対応し、どう改良して完成まで漕ぎつけられるか、といったチームパフォーマンスが見られていたのだと思います。

もう一つ、鶴を100羽折るという課題がありました。この課題の目的は、短い時間内にひたすら単純作業をするというもので、私たちの前回の第4期選抜では、ホワイトパズルだったそうです。みんなで課題に取り組んだのですが、そのうち「10人が100羽折ると千羽鶴だね」「安全祈願になるね」という話になり、「宇宙飛行士に選ばれて最初に宇宙に行く人が、みんなの夢・想いとして宇宙に持って行こう」という約束をしました。6年後に最初に宇宙に行った油井宇宙飛行士が、実際にこの全員分の鶴をISSに持って行ってキューポラ内で舞わせてくれたのはいい思い出です。

大久保

今回の選抜で選ばれた宇宙飛行士は、Gatewayなど月周回軌道・月面ミッションに参加することが想定されますよね。

内山

そうですね。Gatewayでも、ISSと同じく国際協力の下プロジェクトが進められています。JAXAは、ESAと共同で居住モジュールを提供するのと、HTV-Xによる物資輸送を提供する予定です。そして、今回選抜される宇宙飛行士は、月面に初めて立つ日本人となる可能性があります。JAXAは、月面に活動拠点を構築するプロジェクトを進めており、このような月面の活動拠点での活動においては、これまで宇宙開発と縁がなかった様々な分野の企業も含め、宇宙分野に参入していくことが想定されます。たとえば、TOYOTAとJAXAで有人与圧ローバーを作る計画があります。これらの企業が宇宙で技術を研ぎ澄まして、それをまた地球や地球の環境保護に還元していくというサイクルができればいいなと思っています。

大久保

元々JAXAで働いていたという経験が宇宙飛行士選抜試験にどう役に立ったか、また逆に宇宙飛行士選抜試験の経験が今のJAXAでの経験にどう役に立っているか、を教えて下さい。

内山

そうですね、まず最初の点について、宇宙飛行士がどういうものであるかを予め知っていたという点ではプラスだったのですが、他の候補者は先入観なく純粋に入り込めたのに対して、自分は宇宙飛行士とはこういうものだというような先入観があったことで、逆にネガティブに働いた面もあったように思います。2点目の、宇宙飛行士選抜試験の経験から得られたものはたくさんあって、特に、目指すべきゴールが明確には分からない中で、自分で具体的なゴール設定に落とし込んで、努力して、何が足りないのかを自分で考えて、がむしゃらに宇宙飛行士を目指したというプロセスが、これは宇宙飛行士を目指す場合に限らず当てはまると思いますが、とてもいい経験だったと思いますし、また、その経験を共にした、こういう機会がなければ出会えなかっただろう異業種の仲間たちに出会えて、今でも交流が続いているというのが、その後の人生の大きな財産になっていると思います。

大久保

今年はブルーオリジンやヴァージンのサブオービタル旅行、SpaceXのオービタル旅行、さらには前澤友作氏のISS旅行と、民間人による宇宙旅行も話題になりましたが、宇宙船に普通の人が乗るための訓練/準備は今後どのくらい楽になるものでしょうか。

内山

誰もが宇宙に行ける時代が来るためにはその点は非常に重要だと思います。国レベルで進めているものについては、失敗できないので、どうしても訓練はどんどん厳しくなっていくもので、職業宇宙飛行士になるには年単位の訓練が必要です。が、民間人が宇宙に行く場合の最低限のラインは、別途考えないといけないです。サブオービタル旅行の訓練は数日で済むと聞いています。やはり緊急対応についての訓練は最低限必要となりますが、それ以外の部分は簡素化が可能で、今後は職業宇宙飛行士との明確な役割分担が進んで、民間人が宇宙に行くための準備の負荷は減っていくと思います。

大久保

本日は、大変興味深いお話をどうもありがとうございました。

本対談は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。