小原淳見 Yoshimi Ohara
パートナー
東京
NO&T Dispute Resolution Update 紛争解決ニュースレター
特集「経済安全保障」
NO&T Dispute Resolution Update ~紛争解決ニュースレター~ 創刊のご案内
当事務所では、このたび「NO&T Dispute Resolution Update ~紛争解決ニュースレター~」を創刊しました。当事務所においては、紛争解決分野を専門的に取り扱う多くの弁護士が、案件に応じた最適のチームを構成し、豊富な経験と専門的知識に基づき、大型案件や複雑な案件にも迅速かつ適確に対応できる体制をとり、困難な紛争案件の解決に取り組んでいます。取り扱う争訟の分野も幅広く、民事商事の争訟から、知財、税務、不動産、独禁、労働、消費者、公害・環境、建設等の争訟において、日本企業及び外国企業に対し、国内・国外での訴訟、仲裁及び調停による紛争解決の業務を提供しています。
本ニュースレターでは、今後、日本国内・国外の紛争解決、訴訟、仲裁、調停に関する様々な法律実務上のトピックをお伝えしてまいります。
昨年2月のミャンマーの軍事クーデター及び今年2月に始まったロシアのウクライナへの軍事侵攻は、海外進出を通じて躍進を遂げる多くの日本企業に、海外投資に伴うポリティカルリスクのマネジメントの重要性をあらためて突きつけました。ロシア制裁、資源の高騰、サプライチェーンの分断、インフレは、コロナで既に疲弊した社会経済に追い打ちをかけ、世界各地のポリティカルリスクを増幅させています。海外投資に伴うポリティカルリスクは、政治や経済が不安定な国や地域に限りません。経済安保や気候変動対策のために、海外投資時に当初予測していなかった制度変更が導入され、投資価値を大いに毀損する事態も発生しています。このようなポリティカルリスクから海外投資を護るのが、投資協定です。
現に、2014年のロシアによるクリミア併合により被害を受けたウクライナ企業は、投資協定仲裁でロシア政府に対する損害賠償が認められ、米国で仲裁判断を執行すべく仲裁判断の承認手続きを開始しています。海外投資を行う際、投資協定による保護が得られるスキームで投資を行うことで、いざポリティカルリスクが顕在化した場合にも、企業は、投資協定仲裁を通じ、国内法や国内裁判では得られない救済を得ることができます。このため、投資協定は、海外投資にかかるポリティカルリスクの対策に不可欠の手段となっています。日露投資協定に基づく保護については、当事務所のニュースレター「ウクライナ危機アップデート- ロシアによる対抗措置から日本企業のロシア投資を護る投資協定」をご参照ください。
近年、日本企業の間でも投資協定仲裁の活用が増え、日本企業の相手国に対する損害賠償請求が認められた事例や、仲裁廷から国側による投資協定違反の裁定を得て、国との間で和解を実現した事例もあります。
投資協定仲裁は、一企業が国と対等な立場で、法律に基づき紛争解決できる有益な制度ですが、国を当事者とするため、通常の商事仲裁と比べても、時間と費用がかかる傾向にありました。今般、投資協定仲裁のための仲裁機関である投資紛争解決国際センター(ICSID, International Centre for Settlement of Investment Disputes)は、投資協定仲裁にかかる費用と時間を抑えるため、仲裁規則を改正するとともに、透明性を高め、かつ、中小企業でも投資協定仲裁が利用できるよう、迅速仲裁制度を新たに導入しました。あわせて、調停による投資紛争解決のニーズをうけ、新たに調停規則も導入しています。
ICSID仲裁は、156ヶ国が加盟するICSID条約に基づく投資家と国家との間の投資紛争の解決のための仲裁手続きで、仲裁手続きの詳細は規則に定められています。今般、2016年から始まった規則改正作業が2022年3月に漸く実を結びました。改正された規則は2022年7月1日に発効し、同日以降に申し立てられる仲裁に適用されます。改正規則は、ICCやSIAC等の主な商事仲裁規則を参照しつつ、より詳細な手続き準則や時間制限を導入する等、画期的な内容となっています。以下、主な改正点を5つ紹介します。
仲裁廷が仲裁手続きを迅速かつ費用効率を考えて遂行する一般的な義務を規定するとともに、仲裁廷による様々な判断のタイミングについて時間制限を導入しました。たとえば、仲裁判断は、当事者の最終的な主張の提出から、240日以内に出すことが求められています。今までICSIDの仲裁判断は、最終主張書面の提出から判断が出されるまで1年以上かかるのが通例でした。今回導入された時間制限は、仲裁廷の最善努力義務を定めたものですが、時間制限を遵守できない場合は、仲裁廷は、判断を行うおおよそのタイミングを当事者に通知する義務があり、手続きの進行に関する当事者の予測可能性が格段に高まります。
今回の時間制限は、当事者による主張のタイミングについても導入され、手続きがある程度進行してから申し立てを行うことで、手続きが遅延、混乱する事態を防ぐのが狙いです。たとえば、仲裁人の忌避申立は、忌避の根拠を知りえてから21日以内、管轄など前提問題に関する手続きの分離申し立ては、投資家による本案の主張書面提出後45日以内に行うことが義務づけられております。
改正規則では、仲裁廷に対し、仲裁手続きの最初に主催する準備会合の他に、争点整理のための準備会合を開催することを義務づけています。今までは、仲裁廷形成後に手続き準則(Procedural Order No.1)を定める準備会合を開催した後は、ヒアリング直前のヒアリング準備のための会合まで、当事者と仲裁廷が顔を合わせることがなく、またヒアリングの準備会合も、主にヒアリングの段取りを取り決めるのにとどまり、争点整理を行わないままヒアリングに突入することもめずらしくありませんでした。今回の改正を受けて、仲裁廷が手続きの途中で積極的に争点整理を行い、手続きが効率化することが期待されます。
投資家と国との投資紛争の解決は、投資受入国の公共政策にかかわることが多く、仲裁判断の公表が強く求められます。現状、既に多くのICSID仲裁判断が公表されていますが、今般の改正では、更に一歩推し進め、仲裁判断が当事者に送付されてから60日以内に当事者から異議が出ない限り、当事者は公表に同意したと見做され仲裁判断は公表されます。また、当事者が、第三者から仲裁遂行に対し経済的支援を受ける場合(いわゆるThird-Party Funding)には、そのような第三者を仲裁廷及び他の当事者に開示しなければなりません。
ICSID条約に基づく仲裁は、投資家の母国(home state)と投資受入国(host state)の双方がICSID条約の加盟国でないと利用することができません。そのため、home stateまたはhost stateのいずれか一方がICSID条約に非加盟の場合には、別途ICSID Additional Facility規則(ICSID AD規則、ICSID追加的措置仲裁規則)に基づく仲裁手続きが準備されていました。今回の改正では、home state, host state双方がICSID条約に非加盟の場合や、EUなど地域経済統合共同体(REIO, Regional Economic Integration Organization)を当事者とする投資紛争にも、ICSID AD規則を利用できるようになりました。
日本はICSID条約に加盟しているため、ロシアやミャンマーなどICSID条約に加盟していない国との間の投資紛争において、日本企業は従来からICSID AD規則を利用することができました。もっとも、これらICSID非加盟国に対し投資協定仲裁を申し立てる際、従来は使い勝手の良さからUNCITRAL仲裁規則に基づき、ハーグの常設仲裁裁判所(PCA)が仲裁を管理する事例が主流でした。今般、ICSID AD規則が、上記1記載のICSID 規則と同様に整備されたことを受けて、今後はICSID AD規則の活用が増えることが見込まれます。
商事仲裁では、係争額が一定額以下の仲裁において簡易迅速に仲裁手続きを遂行する仲裁規則の導入が進んでいます。ICSIDも、新たに迅速仲裁規則を導入しました。この迅速仲裁規則では、原則単独仲裁人が、通常のICSID仲裁手続きより短い時間制限のもと手続きを遂行し、ヒアリングから120日以内に仲裁判断を出すことが予定されています。この迅速仲裁規則は、通常の商事仲裁と異なり、係争額の多寡によって適用されるのではなく、あくまで当事者が合意した場合に適用されます。投資協定仲裁の費用と時間を抑えることで、中小企業にも投資協定仲裁が利用できるよう配慮した制度です。
改正規則では、ICSIDへの書類の提出は全てオンラインで行われ、仲裁廷も、データが受信できないなどの特段の事情がない限り、提出書類のハードコピーを求めることができません。また、従来ヒアリングは通常対面で行われていましたが、コロナによるオンラインヒアリングの普及とそのメリットを受け、ヒアリングをオンラインで開催するか、対面で開催するかは仲裁廷が判断できると明記されました。
シンガポール条約の発効に代表されるように、調停による国際紛争解決への関心が高まっています。このようなニーズを受け、ICSIDは、新たに投資家と国家との間の投資紛争の解決のための調停規則を導入しました。ICSID仲裁であれば、仲裁申立がICSIDに登録された時点で、仲裁が申し立てられた事実が公表されますが、ICSID調停では、調停が行われたこと自体が秘密に取り扱われます。また調停規則は当事者の合意で変更をすることができ、柔軟な手続きで紛争解決を処理することができます。
投資紛争を調停で解決する動きが広まる中、著名なADR機関であるCentre for Effective Dispute Resolution (CEDR)では、筆者を含む投資紛争解決の実務家が協議を重ね、投資家と国家との投資紛争を調停で解決するためのガイド(CEDR Investor-State Mediation Guide for Lawyers and their Clients)※1を今月公表しました。このガイドでは、国家と投資家との投資紛争の解決に調停人及び代理人として日頃携わる実務家が、自らの経験を踏まえて、調停による投資紛争の解決の考慮事項をまとめておりますので、是非ご参照ください。
企業の海外投資にあたり、めまぐるしく変わる世界情勢に対応するためには、投資の時点から投資協定による保護を確保することが、経営判断におけるリスクマネジメントとして不可欠になってきています。また、投資紛争の解決手続きが整備され、より簡易迅速な制度の導入が進む中、企業の側でも、具体的な投資紛争に適合する紛争解決手続きを選び、早期に紛争を解決することが求められます。
当事務所では、日本企業の投資協定による保護を確保するための投資プラニングを助言するとともに、投資受入国との投資紛争の交渉及び投資協定仲裁の代理を通じて、日本企業の投資紛争の解決を支援しております。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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