前川陽一 Yoichi Maekawa
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ジャカルタ
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2022年2月、国土庁長官は通達No. HR.02/153-400/II/2022を発出し、全国の地方土地局に対し、土地の権利又は区分所有権の売買に基づく移転登記請求を受けるにあたっては、BPJS健康保険証の写しを確認すべきことを通知した。本稿は、まずインドネシアの社会保障制度を概観した上で、同通達の背景及びその措置の詳細について解説する。
インドネシアにおいては、かつては、全国民を対象とする社会保障制度は整備されておらず、公務員や軍人を対象とした公共部門向けの社会保障制度と一般労働者や自営業者を対象とした民間部門向けの社会保障制度が並立していた。自営業者の加入は任意であった。民間部門の社会保障制度は、国営社会保険会社であるPT JAMSOSTEKによって運営され、労災保障、老齢保障、死亡保障及び健康保険がカバーされていたが、労災保障、老齢保障及び死亡保障は強制加入であるものの、健康保険への加入は任意とされていた。
従前の制度は、公共部門と民間部門との間で保障内容に格差があること、国民皆保険制度でなく加入率が低いこと(全国民の20%以下)などが長く問題視されてきた。そこで政府は、2004年に国家社会保障制度に関する法律を制定し、公共部門と民間部門とに分立していた社会保障制度を一本化し、全国民を対象とする皆保険制度を整備する方向性を示した。2011年には、社会保障機関法が制定され、同法に基づく新たな社会保障機関(Badan Penyelenggara Jaminan Sosial)が2014年1月に発足した。同機関は、インドネシア語の頭文字をとって、BPJSと呼称される。
BPJSは、健康保険部門であるBPJSクセハタン(Kesehatan:「健康」の意)と労働保障部門であるBPJSクトゥナガクルジャアン(Ketenagakerjaan:「労働力」の意)の2つの実施機関により構成される。健康保険に関しては、2014年1月より、国民皆保険制度の運用が開始され、従前は任意とされていた健康保険への加入が義務付けられることとなった。同時に、インドネシアで6か月以上就労する外国人に対しても加入義務が課せられることとなった。2015年7月からは労働保障制度、具体的には労災保障、老齢保障、死亡保障及び年金保障からなるプログラムが開始された。さらに、2021年2月からは、一定の労働者を対象に失業保障が追加されている。
BPJSによれば、2022年2月時点で、健康保険の加入率は人口の約86%に上っている。旧制度下の状況から比較すると大きな躍進と言えるが、国民皆保険制度という観点から見るとなお一層の加入者増加が望まれる。また、政府は2024年までに「健康保険加入率98%」を達成することを目標としている。
こうした事情を背景として、2022年1月、政府は国民健康保険制度の最適化に関する大統領指令2022年第11号を発出し、30の省庁に対して、健康保険の普及促進のためそれぞれ必要な措置をとるべきことを指示した。国土庁長官通達No. HR.02/153-400/II/2022は、大統領指令2022年第11号に基づき発出された具体的な施策の嚆矢である。
措置の詳細は、その後に発出された通達No. 5/SE-400.HK.02/II/2022により以下のとおり明らかになった。
土地の権利又は区分所有権の買主となるインドネシア人、インドネシアで6か月以上就労する外国人、又は法人は、その移転登記手続に際して、健康保険に加入していること(法人にあっては、代表者が健康保険に加入していること)の証明が必要となる。証明の方法は、先述したBPJS健康保険証の写しによるほか、次のいずれかを用いることもできる。
(1) BPJS健康保険アプリの加入状況を表示する画面のスクリーンショット
(2) BPJSクセハタンからの加入状況を確認するSMS画面のスクリーンショット
(3) BPJSクセハタンのウェブサイトの加入状況を表示する画面のスクリーンショット
(4) BPJS健康保険料支払にかかるヴァーチャルアカウントの記録(自営業者のみ利用可)
健康保険に未加入の者、又は加入後に失効した者は、健康保険に加入し、又は有効化するまでは、原則として、土地の権利又は区分所有権の売買に基づく移転登記手続を進めることができない。
かかる通達に基づく措置は、2022年3月1日から有効となっている。
通達は、行政内部における指示を定めたものであるので、法令と異なり、私人に対して直接拘束力を持つものではないものの、通達の名宛人である行政庁が当該通達の指示に従って運用を行うことで、結果として国民生活や企業活動にも影響を及ぼしうる。今回の国土庁長官通達による措置は、個人だけでなく、法人(インドネシアで設立された外資企業も含まれる。)が買主となる場合も対象とされ、土地の利用目的による区別等について特段言及がないことから、例えば事業用目的での売買であっても法人代表者につき健康保険加入の証明が必要となると見られる。
さらに、大統領指令2022年第11号は、上述のとおり30の省庁を対象としているため、今後、他の省庁が所管する行政手続に関しても各省庁から同様の通達が発出される等の対応がとられる可能性がある。日系企業の多くはBPJS健康保険への加入義務化に対応済みと思われるが、今後はその加入状況が健康保険と直接関係しない手続に影響を与えうることにも留意されたい。
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