松尾博憲 Hironori Matsuo
パートナー
東京
NO&T Technology Law Update テクノロジー法ニュースレター
昨今、世界的な注目や投資が加速するメタバースの発展により、人々の生活や経済活動が大きく変化していく可能性が叫ばれる中、あらゆる産業界においてメタバースへの適応、その活用が検討されているといっても過言ではありません。その中でも、感動、興奮、一体感、爽快感等を含んだ「体験」に大きな価値を有するスポーツと、仮想空間において限りなくリアルに近い体験を可能とするメタバースとは、非常に相性が良いといえます。
スポーツ選手、チーム、リーグ、イベント主催者等の多くのスポーツ関係者にとって、今やSNSがブランディング・マーケティングやファンとのコミュニケーションのための必須のツールとなったように、メタバースの活用は、近い将来において、新たなファン体験の創造やファンエンゲージメント向上の仕組みとして、スポーツビジネスのさらなる成功のカギとなる可能性があります。人々の時間、興味、消費を巡り競争が激化するエンターテインメント市場における各スポーツの生き残りのためにも、重要な示唆を含みうると思われます。
スポーツに関連したメタバースの活用方法にはアイデア次第で無限の可能性があるといえ、実際、近時のスポーツ業界では、世界中の様々なチーム、リーグ、イベント等による新たな取り組みが日々ニュースになっていますが、その中でも、比較的早期からメタバースや仮想空間の活用に取り組んでいる例として、下表のものがあげられます。
【メタバース・仮想空間の活用に早期から取り組むスポーツチーム】
チーム(リーグ) | プロジェクト | 内容 |
---|---|---|
ブルックリン・ネッツ(NBA) | Netaverse | キャノンのFree Viewpoint Video Systemを使用し、コート周辺の100台以上の高解像度カメラの映像を元にリアルタイムに3Dで試合を再現。その映像の一部を実際の試合のライブ中継、SNS等で使用。 |
アトランタ・ブレーブス(MLB) | Digital Truist Park | Epic GamesのUnreal Engineを使用し、ホームスタジアムであるTruist Parkを仮想空間上に再現。訪れたファン同士の交流等が可能。 |
ロサンゼルス・ラムズ(NFL) | Virtual Rams House | 6Connexの技術を使用し、仮想空間上にファン同士の交流やコンテンツ提供等のためのハブを設置。 |
マンチェスター・シティFC(EPL) | 仮想空間上のEtihad Stadium | ソニーグループの画像解析・センシング技術やHawk-Eyeのトラッキングシステムを使用し、ホームスタジアムであるEtihad Stadiumを仮想空間上に再現。訪れたファン同士の交流等が可能。 |
福岡ソフトバンクホークス(NPB) | バーチャルPayPayドーム | ホームスタジアムであるPayPayドームを仮想空間上に再現。訪れたファン同士の交流や実際の試合と連動した投球の疑似体験等が可能。 |
これらの取り組みの多くは現時点ではまだ開発・試験段階といえるものですが、そこからわかるように、スポーツビジネスにおけるメタバースの活用として現時点で典型的に想定されるのは、メタバースで再現されたスタジアムをファンのアバターが訪れ、スタジアムを見学したり、友人や他のファンと共に、リアルタイムで現場にいるのと変わらない臨場感で試合を観戦したりと、現実世界での観戦と同等のファン体験を提供するケースです。世界中のファンがどこからでも容易にリアルに近い観戦体験をすることが可能であり、席数の制限もない等、現実世界のような物理的な制約がない点は大きな魅力でしょう。また、観戦のみではなく、仮想スタジアム内で、ファン同士や選手と交流できる場を設けたり、チームの映像・記念品やゲームといったコンテンツを提供したりすることも通じて、ファンエンゲージメントの向上につなげることも企図されています。
上記1.で述べたようなメタバースの活用を想定した場合、関連する法的な留意点は多岐にわたります。例えば、仮想スタジアムの構築・運営については、第三者の知的財産権その他の権利侵害の問題、チーム等の定める利用規約※1に関わる問題等、仮想空間・サービスの構築・利用一般に関わる法律問題が生じ得ますし、ファンによるアバターの使用等については、第三者の肖像権・パブリシティ権の侵害、アバターの人格権侵害や名誉毀損等、メタバースに係る消費者一般に関わる法律問題が生じ得ます※2。
もっとも、本ニュースレターでは、これらのメタバース一般に共通する法律問題ではなく、特に、スポーツ観戦に関わるスポーツビジネス特有の法律問題に関して、メタバースの特殊性を踏まえた留意点を取り上げます。
すなわち、メタバースでの試合観戦等に際しては、現実世界における場合と同様の体験を仮想空間内で実現するために、現実世界と一見して同様の取引等がメタバース内で行われることが想定されます。例えば、観戦するファンとの関係だけを見ても、ファンは仮想スタジアム内への入場のためにチケットを購入し、ショップでレプリカユニフォームを購入してアバターに着用させ、さらに観戦の雰囲気を出すためのアイテムとして仮想ホットドッグと仮想ビールを購入することもあるかもしれません。また、ファンによるスタジアム内での写真・動画の撮影やその利用、迷惑行為等については、仮想スタジアム内においても一定の制限や取締りの対象となりうるでしょう。これらの取引等に関しては、現実世界における同様の取引等に関する契約関係や法律問題を参考にしつつも、メタバースの特殊性に留意し、実際に何が取引されているのか、どのような法律関係が生じるのか等について、個別の取引等毎に整理することが必要となります。
そのため、以下では、スポーツ観戦に関わるチームやリーグの代表的な取引等の相手方といえる、①観客、②選手、③スポンサー、④メディアのそれぞれとの関係に分けつつ、プロスポーツリーグ・チームにおける主要な収入源であるチケット販売、マーチャンダイズ、スポンサーシップ、放映権に係る取引等を中心に、留意点を紹介します※3。
現実世界のスタジアムにおける観戦の場合、チケットを購入した観客と興行主との間の観戦契約に基づき、観客は、興行主に対して、スタジアムに入場させ、試合を観戦させること等を請求できる権利を有します。また、スタジアム内での写真・動画の撮影や利用に関する条件、持込禁止物、禁止行為等については、リーグやチームが定める観戦規約等が通常適用されることに加えて、施設の所有権等を根拠として施設管理者に認められる一定の施設管理権により、スタジアム内の取締りがなされます。
これに対して、メタバースの仮想スタジアムにおける観戦の場合、チケットを購入した観客は、現実のスタジアムのような一定の場所に物理的に入場するための権利を取得するのではなく、仮想空間上でそのコンテンツを利用できるというライセンスを付与されることになると考えられます。仮想スタジアム内での写真撮影や禁止行為等についても、コンテンツの利用規約という形で制限が設けられることになります。興行主は仮想スタジアムの所有権等を有しないことから、これらを根拠とする施設管理権は観念し難いですが、利用規約に違反した利用がなされている場合には、ライセンスの停止や剥奪により強制的にコンテンツの利用をやめさせることも検討し得るでしょうし、そもそも、システム上、それらの禁止行為等ができない仕様とすることで解決できる問題もあると考えられます。例えば、一定の不適切なアイテムは仮想スタジアム内に持ち込めない仕様や、仮想スタジアム内ではアバターが他のファンの迷惑になるような一定のアクションを行うことができない仕様にすることが想定されます。メタバースの仮想スタジアムにおける観戦では、従来のメディアを通じた観戦とは異なり、現実世界のスタジアムと同じようにファン同士の交流も可能になる点が特徴としてあげられるところ、これによって生じ得る不都合への対応も検討しておく必要があります。
また、スポーツイベント、コンサート等の興行のチケットのうち、一定の要件を充たすものは、チケット不正転売防止法※4に基づき不正転売が禁止されていますが、同法の対象となりうるチケット(「興行入場券」)は、「それを提示することにより興行を行う場所に入場することができる証票」と定義されています(2条2項)。そのため、現実世界での観戦と異なり、「興行を行う場所」への物理的な入場を伴わないメタバースでのチケットは、同法の文言上は対象とならないようにも思われますので、今後検討を要するポイントになると考えられます。
仮想スタジアム内外のグッズショップでアバター用のレプリカユニフォーム等のグッズを購入する場合、現実世界と異なり、これらのメタバース内のアイテムは無体物であるデータであるため、有体物のみを対象とする所有権は認められません。購入についても、売買契約ではなく、ライセンス契約としての性質を有すると考えられます。したがって、現実世界におけるグッズの売買とは異なる規律が適用される点に留意が必要となります。
選手の肖像権・パブリシティ権との関係では、通常、出場したプロスポーツの試合が撮影・放送されることについて選手は同意していると考えられますし、多くの場合、リーグや大会の規約、チームとの選手契約、イベントの参加契約等においてもその旨が規定されているでしょう。しかし、メタバースで試合を再現して収益化する場合、現実世界で撮影した映像をそのまま放映するのではなく、再構成・3D化により選手の肖像を利用した全く新たなデータやアバターを生成する等してコンテンツ化し、有償で利用させるものだとすると、従来想定されてきた興行の枠組みや肖像権・パブリシティ権の利用方法とは質的に異なるようにも思われます※5。この点を重視すれば、リーグ、チーム、イベント主催者等によるそのような肖像権・パブリシティ権の利用につき選手が許諾しているといえるかは、規約や選手契約等の内容も踏まえて、個別に検討する必要が生じます。他方で、例えば、選手の肖像を使用したビデオゲームの製作販売と実質的に異ならないと考えれば、そのような選手肖像の使用につきリーグ、チーム、イベント主催者等が許諾する権限を有する限り※6、別途の扱いをする必要はないとの考えもありうると思われます。
現実世界のスタジアムと同じように集客の可能性がある一方で、仮想空間であることを活かした柔軟なアレンジやターゲティング※7も可能であるメタバースには、自社の課題解決に適した効果的なアクティベーションの機会を求めるスポンサーと、スポンサーメリットの充実によりスポンサーシップ収入の最大化を目指すスポーツプロパティの双方から、大きな期待が向けられています。
スタジアム内での看板掲出、販促イベント等、現実世界のスタジアムにおける典型的なものは、仮想スタジアムでも同様に実施可能な場合が少なくないと思われます※8。もちろん、仮想空間ならではのクリエイティブなアクティベーションのアイデアも多く生まれてくることが予想されます。スポンサーシップ契約の交渉においては、両当事者とも現実世界とメタバースの相違を意識しつつ、また、特にスポンサーとしてはそのようなアクティベーションの実現が契約上妨げられないよう留意しながら、ケースバイケースでスポンサーメリットの具体的な内容等を詰めていく必要があるといえます。
近年、スポーツの放映権の価格高騰が世界的なトレンドとなっていることもあり、これを獲得した各メディアに与えられる具体的な権利の対象・範囲(地理的な範囲、媒体の種類等)は、契約上、緻密に設計されることが通常です。そして、特に、一定の範囲で独占的な放送・配信の権利を与えているメディアがある場合には、メタバースにおける再現がその独占権に抵触する可能性がある点に留意が必要と考えられます。現実世界のスタジアムで観戦させる(=放送・配信ではない)のとは異なり、メタバースを通じて実質的に試合映像をライブ配信しているものとも捉えうるためです。したがって、新たな放映権取引に係る交渉においては、契約期間中にメタバースでの観戦体験が技術的に実現する可能性も踏まえて、その取扱いを契約上で整理しておくことも検討に値すると思われます。
上記1.及び2.においては、基本的に、スポーツのうちスタジアム観戦というごく一部の体験のメタバースでの再現にスポットライトを当ててきました。しかし、当然ながら、現実世界におけるスポーツの楽しみ方はより幅広いものであり、それに応じて、あるいはそれを超えて、メタバースでのスポーツ体験の可能性は広がっています。
大きな観点で分類すれば、スタジアム観戦のようにスポーツを「見る」ことのほかに、スポーツを「する」ことがあります。すなわち、自身のアバターを通じてプレーに参加し、家族や友人と一緒に楽しんだり、その技術を他のプレイヤーと競ったり、さらにはプロ選手として賞金や報酬を得たりすることも想定されます。これらの場合は、伝統的なスポーツというより、ゲーム又はまさにeスポーツというべきものと考えられ、法律問題としても、従来これらに関して議論されてきたものが基本的に妥当するように思われます。それらの議論をここで取り上げることはしませんが、この場合においても、伝統的なスポーツにおける法的な整理や契約を参考にしつつも、メタバースの特殊性に留意した検討が必要になるといえるでしょう。
※1
これに加えて、もし、チーム等が他社の運営するプラットフォーム上で仮想スタジアムの構築・運営を行う場合には、そのプラットフォームの利用規約も問題となります。
※2
これらについては、当事務所のテクノロジー法ニュースレター2022年4月No.15 殿村桂司=小松諒著「<XR/メタバース Update> 仮想空間・XRビジネスを巡る法的課題―分析・検討の視点と近時の動向―」もご参照ください。
※3
もっとも、スポーツビジネスにおいても、メタバースでは、現実世界での体験の再現のみではなく、仮想空間だからこそできる全く新たな体験やサービスが生み出されることが予想され、そのような新しい体験やサービスについては、現実世界ではありえなかった全く新しい法律問題が生じうる点にも留意が必要です。
※4
正式名称は「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」(平成30年法律第103号)。
※5
これに対して、メタバース内ではスペースの制約がないことを活かして、実際の試合映像をメタバース内で映画館やパブリックビューイングのように単に大画面で鑑賞するというケースもありえますが、その場合は通常の試合映像の放映・配信と質的に大きく異ならないと思われます。
※6
例えば、日本プロ野球では、いわゆるプロ野球肖像権訴訟(第一審:東京地判平成18年8月1日判タ1265号212頁)において、統一契約書16条を根拠に、選手の肖像を利用したゲームソフト等の商品化を許諾する権限が球団に認められています。
※7
例えば、仮想スタジアム内の看板であれば、それを見るユーザーによって表示する広告を変えることも可能と考えられます。
※8
他方で、例えば、スポンサー関係者やその取引先に特別な観戦チケットやロケーション、付随的イベント、食事・宿泊等の複合的なエンターテインメント体験を提供するホスピタリティのうち、食事・宿泊については、性質上、(少なくとも現代のテクノロジーでは)現実世界の体験の再現は難しく、せいぜいアバターを通じて楽しむ限度ということになるでしょう。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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