
井本吉俊 Yoshitoshi Imoto
パートナー
東京
NO&T Competition Law Update 独占禁止法・競争法ニュースレター
日本企業が当局からの要請により社内用の秘密文書の提出を余儀なくされることは、法令違反の嫌疑で調査を受けたり、海外の訴訟に巻き込まれたりしない限り、比較的希といえます。しかしながら、複雑な競争上の論点がありうるM&Aを計画する場合、今後、公正取引委員会(以下「公取委」)が、その企業結合審査において内部文書の提出要請をより積極的に活用してくる可能性があります。そして、たとえば、客観性に欠くバラ色の将来予測の記載や買収の意義に誇張した記載がある買収の稟議書を作成していたところ、そうした稟議書が公取委の提出要請にかかり、稟議書内の記載が障害となって公取委の企業結合審査が難航するといった事態も十分ありえます。
以下では、公取委が2022年6月22日に公表した、企業結合審査に際してM&Aの当事者(以下「当事会社」)に対して内部文書の提出を要請する場合の整理の文書を読み解くとともに、今後の留意点についてご説明します。
公取委は、2022年6月22日、「企業結合審査における内部文書の提出に係る公正取引委員会の実務」と題する文書(以下「内部文書要請実務」)を公表※1しました。
これまでも、二次審査案件においてはその審査の過程で公取委から何らかの形で内部文書の提出要請が来ることが多く、また、一次審査で終了する案件であっても、公取委の担当チームの裁量次第で内部文書の提出要請が行われることはありました。そうしたところ、2019年12月に改訂された「企業結合審査の手続に関する対応方針」では、競争状況等に関する「当事会社の認識を確認するために,当事会社の内部文書(例えば,当事会社の取締役会等の各種会議等で使用された資料や議事録等,当事会社が企業結合の検討及び決定に当たり企業結合の効果等について検討・分析した資料,企業結合の検討に関与した当事会社の役員又は従業員の電子メール等)の提出を求めることがある。」との文言が盛り込まれるに至りました。近時においては、異業種間の統合や技術革新の活発な分野を中心に、M&Aがもたらす競争への影響や将来の動向を競争当局はもちろん当事会社も予想しがたく、一定の影響があるとしても具体的にどういった作用機序で競争に悪影響が発生しうるのかという点(Theory of harmとも言われます。)が公取委と当事会社との間で議論になることも多くなってきています。今般の内部文書要請実務の公表は、こうした将来予測や競争への悪影響の可能性の立証材料として、公取委が今後より積極的に内部文書の提出要請に乗り出すことを示唆するものと捉えるべきであり、当事会社としてもこうした変化の兆候に十分に留意していく必要があると考えられます。
内部文書要請実務は、公取委が提出を要請する内部文書の範囲として、以下の文書(紙か電子データかを問いません。以下同様です。)を例示列挙しています。また、当初から必ずしも全項目について提出を要請するわけではなく、初期の提出要請の後、フォローアップの提出要請もありうる旨、多くの案件で内部文書の提出要請の時点から2年程度前からの文書を対象としている旨、M&Aの検討段階以前に作成された文書が対象となることもありうる旨も明記されています。
内部文書要請実務では、上記列挙のような内部文書について公取委が提出要請を出した後でも、「必要性の程度に応じて、当事会社グループ等からの相談に応じた上で、提出を受ける具体的な内部文書の範囲について特定を行う。」(内部文書要請実務の2)とされており、公取委との間で、一定の絞込みのための議論をすることは可能と考えられます。
こうした内部文書の提供要請は、米国等にM&Aの競争法届出を行ったことがある方はなじみがあるでしょう。たとえば、一定の規模のM&Aにつき米国競争当局への事前届出義務を課している米国ハート・スコット・ロディーノ法のもとでは、届出書の提出に際して、おおむね以下の①②③の条件の全てを満たす内部文書※2を必ず届出書に添付して提出することが必要とされており、米国競争当局の企業結合審査の過程では、さらに別途の内部文書の提出要請が来ることもよくあります。
また、欧州委員会への企業結合の届出においても、簡易届出案件でない限り、かなり広範囲の内部文書の提出(「Section 5 documents」と呼ばれます。)が必要となります。
米国競争当局への届出や欧州委員会に通常審査の届出書での届出を行うことが予想される場合、こうした届出時の内部文書提出義務を念頭に、M&Aの検討の当初から法務や外部弁護士が関与した上でM&A検討チームが慎重に文書の作成を行い、届出後の更なる内部文書の提出要請にも対応できるよう、文書の管理場所や検索可能性について意を払った対応が行われることが通常です。今後は、米国や欧州委員会への競争法届出を要さない公取委への企業結合届出案件であっても、比較的複雑な競争上の論点を含むM&A案件、比較的市場シェアが高かったり競争者の数が限定的とも目されかねなかったりするM&A案件や、デジタル分野やIT分野のように技術革新が速く、移り変わりが激しい分野に関するM&A案件に際しては、公取委の内部文書要請を見越して、上記のような米国競争当局・欧州委員会への届出時と同様の対応が必要になるケースの増加が見込まれます。
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