
殿村桂司 Keiji Tonomura
パートナー
東京
NO&T Technology Law Update テクノロジー法ニュースレター
メタバースやXRは、2022年も様々な場面で目にする機会が増えたワードとなりました。当事務所のニュースレターにおいても、仮想空間・XRビジネスを巡る法的課題を分析・検討するにあたっての視点を紹介しましたが※1、本ニュースレターでは、当該ニュースレターにおける分析・検討の視点を踏まえ、より具体的にメタバース空間を構築する段階における法的課題を検討したいと思います。
「メタバース空間」といっても様々なものがありますが、空間構築にあたっての法的課題を検討する観点からは、2つのタイプに分類することができます。例えば「都市」に関するメタバース空間で言えば、現実に存在する都市空間を再現するメタバース空間と、現実には存在しない架空の都市空間を制作するメタバース空間の2つに分類されます。前者の代表例としては、KDDI株式会社が企画する「バーチャル渋谷」(図1)が、後者の代表例としては、Meta Platforms, Inc.が提供する「Horizon Worlds」(図2)が挙げられます。
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図1:バーチャル渋谷 | 図2:Horizon Worlds |
https://shibuya5g.org/research/docs/guideline.pdf | https://www.youtube.com/watch?v=02kCEurWkqU |
図1:バーチャル渋谷
https://shibuya5g.org/research/docs/guideline.pdf
図2:Horizon Worlds
https://www.youtube.com/watch?v=02kCEurWkqU
実在都市を再現するメタバース空間については、その都市空間に存在する建築物等の物体に対する現実世界における権利との関係を検討する必要があります。他方、現実には存在しない架空の都市空間を制作するメタバース空間については、実在都市を再現するメタバース空間の構築において問題となるような、現実世界における権利との関係は基本的に問題とならないこととなります※2。このような架空のメタバース空間の構築において主に問題となる法的課題は、サービス提供者又は各ユーザーによって作られるオブジェクトが、バーチャル世界又は現実世界においてどのような権利保護を受けるかという点になります。
以下では、実在都市を再現するメタバース空間を構築するにあたって、検討が必要な法的課題を紹介します。
実在都市を再現する場合、実在する建築物等の都市を構成する物体をメタバース空間上に再現することによって、メタバース空間を構築することとなります。この場合、主な構成要素としては建築物、美術作品、及び屋外広告物が挙げられ、これらをメタバース空間に再現するにあたっては、著作権、商標権、意匠権といった知的財産権が主に問題となります※3※4。これらの法的課題を検討するにあたっては、再現の対象ごとに異なる検討が必要であるため、以下では再現対象ごとに分けて検討します。
メタバース空間における建築物の再現にあたって、理解しておくべき事項は、著作権法における保護の対象となる「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)の対象とその権利内容です。建築の著作物として保護される対象は、建造物によって思想・感情を表現したもののうち、著作物性の要件である創作性を満たすものに限られます。建築物が通常は実用性や機能性の観点からデザイン上の制約を受けるものであることから、裁判例で著作物性が認められた建築物は多くはありません。そのため、都市景観を構成するビルや住宅等の建築物の多くは、建築の著作物としての保護を受けないものと考えられます。
また、建築の著作物は、「建築により複製」すること(及び当該複製物の譲渡により公衆に提供すること)と、「屋外の場所に恒常的に設置するために複製」することの2点以外は、いずれの方法によるかを問わず利用することができる(著作権侵害にはならない)とされています(著作権法46条2号及び3号)。メタバース空間上での再現行為は、「建築により複製」することにも「屋外の場所に恒常的に設置するために複製」することにも該当しないと考えられるため、仮に再現の対象となる建築物に著作物性が認められる場合であっても、メタバース空間上での再現行為は、建築の著作物の著作権者の承諾を得る必要がないこととなります。
注意すべきことは、特に創作性の高い建築物は、「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)にも該当し得る点です。例えば、岡本太郎氏作の「太陽の塔」のように創作性の高い建築物は、建築物ですが美術の著作物にも該当するため、下記2の検討も必要になります。そのため、美術の著作物に該当するような建築物が存在するメタバース空間を構築する場合は、著作権者の承諾を得る、下記2の例外を満たす形で空間を構築する、又は当該建築物を含めない空間を構築することが必要となります。
建築物の中には、外観や内装が立体商標として商標登録されているものもあります。例えば、東京タワーや東京スカイツリーのような特徴ある形状の建築物の他に、著名なコーヒーチェーン店やコンビニエンスストアの店舗の外観も商標登録されています。これら商標登録されている建築物をメタバース空間で再現するにあたっては、商標権との関係を検討する必要があります。
商標権は、出願時に記載される指定商品・指定役務の範囲内で権利が保護されます。そのため、対象となる建築物の指定商品・指定役務において、メタバース空間での再現行為と抵触するものがなければ、当該建築物の商標権者の承諾は不要となります。現状では、建築物を商標登録するにあたって、メタバース空間での利用を想定し指定商品・指定役務を記載している例は多くないものと考えられます。
加えて、商標権の侵害が成立するには、出所を表示させる態様又は自他商品・役務を識別させる態様で他人の商標を使用する必要があるとされています(商標的使用)。商標的使用の該当性は再現された建築物のメタバース空間上での利用方法によりますが、単に都市景観の一部として再現するだけであれば、商標的使用に該当しない場合が多いものと考えられます。
意匠権の保護は、従前は「物品」(動産)に限定されていましたが、2020年4月から建築物や内装のデザインも意匠登録の対象となっているので、意匠権との関係も検討する必要があります。意匠権は、デザインを保護するものであり同一又は類似の意匠を保護するものですが、侵害行為である意匠の実施は「意匠に係る建築物の建築、使用、譲渡若しくは貸渡し又は譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為」であり、メタバース空間上に建築物を再現することは、現実世界の建築物の使用態様とは異なる面があるため、同一又は類似の意匠を使用したとは言い難いと思われます。
実在都市を再現する場合、都市に実在する彫刻等のアートをメタバース空間上に再現することが考えられます。この場合、検討が必要となるのは著作権との関係です。彫刻等のアートは、美術の著作物として保護の対象になり得ます。美術の著作物には、絵画・彫刻のようなものの他に、商標やシンボルマークも対象に含みますので、建物や看板に創作性の高い商標・マークが含まれる場合には注意が必要となります。実在都市を再現するにあたり、著作物性が認められるこれらの対象物を再現する場合は、原則として著作権者の承諾を得る必要があります。承諾を必要としない例外としては、以下の2つが考えられます。
第一に、公開の美術(著作権法46条)の該当性が考えられます。同規定により、原作品が屋外の場所に恒常的に設置されている美術の著作物は、原則として自由に利用することができるとされています。例外的に、同条1号(彫刻の増製・その複製物の譲渡)、2号(建築による複製・その複製物の譲渡)、4号(もっぱら販売目的での複製・その複製物の販売)に規定されている場合は著作権侵害に該当する可能性がありますが、メタバース空間上への再現行為は、いずれにも該当しないと考えられるため、原作品が屋外の場所に恒常的に設置されているものであれば、当該美術の著作物の著作権者の承諾を得る必要はないこととなります。他方、屋外の場所に設置されているものが原作品ではない場合や、再現するメタバース空間が屋外の場所だけでなく施設内を含み当該施設内に美術の著作物がある場合には、この規定は適用されないこととなります。
第二に、付随対象著作物の利用(いわゆる写り込み)の規定(著作権法30条の2)の適用可能性が考えられます。同規定は、写真の撮影や録画等の複製伝達行為を行うにあたって、主たる対象に付随して対象となる著作物は、当該著作物が軽微な構成部分となる場合は、著作権者の利益を不当に害しない限り、正当な範囲内で利用することができるとするものです。つまり、再現対象となる美術の著作物は、実在都市の再現という行為を行うにあたって、再現対象とする都市に付随して再現対象になるとして、当該規定の適用により、美術の著作物の著作権者の承諾を不要とする議論が考えられます。この規定の適用については、都市という全体に対して著作物は一部に過ぎないため軽微かつ付随的であり適用可能であるとする考え方と、メタバース空間においては当該著作物を視野の大部分に投影することも可能であるため軽微ではない又は付随的ではないため適用できないとする考え方があり得ます。いずれの立場でも、著作権者の利益を不当に害しないか、正当な範囲内での利用かという点については検討が必要となり、メタバース空間における再現内容及び当該メタバース空間の利用方法から個別具体的に検討しなければならない点に注意が必要です。
建築物を再現する際に、当該建築物に屋外広告物が設置・掲示されている場合があります。屋外広告物は、それ自体が創作性のあるものである場合、設置・掲示場所である建築物と離れて、別個に著作物として保護される場合があります。そのため、屋外広告物も再現対象とする場合、当該屋外広告物についても建築物とは別に権利侵害の有無を検討する必要があります。屋外広告物が著作権法の保護を受ける場合、美術の著作物としての保護を受けることがほとんどとなりますので、著作権との関係は上記2と同様の検討となります。
広告物には、企業ロゴや商品名のような登録商標が含まれている場合もあります。そのような広告物を再現する際には、商標権との関係を検討する必要があります。検討内容としては、上記1(2)と同様になりますが、実在都市の景観再現のために広告物を再現する場合は、商標的使用に該当しない場合が多いものと考えられます。
メタバース空間の構築に関して、メタバース空間の主な構成要素としての建築物、美術作品、及び屋外広告物の再現に関する法的課題は、上記のように整理できるものの、規定の適用可能性が明確でない部分や、構築されるメタバース空間の内容・利用方法によって権利者の承諾の要否が左右される部分があるため、今後も、政府や民間の検討会における議論の動向も注視しつつ、構築するメタバース空間ごとの個別的な検討が必要となる点に留意する必要があると言えます。
※1
NO&T Technology Law Update ~テクノロジー法ニュースレター~ No.15『<XR/メタバース Update> 仮想空間・XRビジネスを巡る法的課題―分析・検討の視点と近時の動向―』(2022年4月)
※2
もっとも、実際には現実世界と完全に切り離すことも難しく、メタバース空間の一部において現実世界を再現する要素がある場合は、当該要素について実在都市を再現するメタバース空間と同様の検討が必要となります。
※3
上記に挙げたものの他に、不正競争防止法(例えば、商品等表示規制(2条1項1号・2号)など)に抵触しないか否かが問題となる場合も考えられます。
※4
なお、センサーなどを通じて取得した現実世界のデータをもとに、サイバー空間上に現実環境を「双子(ツイン)」のように再現する「デジタルツイン」の構築においても、都市を再現対象とする場合は同様の問題が生じ得ます。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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