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「中国版CFIUS(外商投資安全審査弁法)の概要と運用の現状」
特集「経済安全保障」
2020年12月19日に、中国国家発展改革委員会及び商務部は連名で「外商投資安全審査弁法」(以下「安全審査弁法」という。)を公布し、2021年1月18日から施行されている。同弁法は中国に対する投資を国家安全の観点から審査する、いわゆる中国版CFIUSとして知られており、23条からなる短い法令であるが、外国企業の対中直接・間接投資に幅広く適用されるものである。
同安全審査は、特に近時では、日本企業同士、又は日本企業及び第三国企業(例えば米国企業)間の事業又は株式譲渡においても、対象事業・会社に中国事業・会社が含まれる場合に(つまり、中国にとってはいわゆる外・外取引にあたるが、日本又は第三国の買主による中国に対する新たな間接投資となる場合)、中国における届出及び審査が必要になるかという観点で注目されてきている。施行から2年が経ち、同安全審査の運用の実態は依然としてベールに包まれているところが多いが、審査の実例も出てきていることから、制度の概要、現時点で把握できる運用の現状及び日本企業としての留意点について本稿で概観する。
安全審査弁法は、公布されたタイミングとの関係で米中摩擦との関連性が言及されているが、外国投資を国家安全の観点から審査する(前身となる)規制としては、2011年に施行された「外国投資者による国内企業の買収合併の安全審査制度の実施についての通知」(以下「安全審査通知」という。)が存在する。
しかし、安全審査通知では、安全審査を行う対象を、外国投資家が中国国内の軍需企業等限定された産業を買収する場合に限定しており、外国投資者による中国国内企業持分を保有する外国企業の買収や(いわゆる外・外取引)、持分買収及び資産買収以外の形式による中国企業の支配権の取得(例えば、契約による支配権の取得)は審査対象外とされていたため、実際の適用は極めて限定されていた。これに対して、安全審査弁法では以下のとおり、審査対象が著しく拡大されている。
安全審査弁法による安全審査が求められる「外商投資」は、中国国内で行われる、外国投資家※1による以下のいずれかの方法による「直接的又は間接的な投資活動」である(2条)。
① 外国投資家が単独又はその他の投資家と共同で、中国国内で新規のプロジェクト投資又は企業設立を行うこと
② 外国投資家が企業買収の方法により中国国内企業の株式又は資産を取得すること
③ 外国投資家のその他の方法による中国国内投資
上記①から③までは、規制対象となる外国投資家による投資の範囲を、以前の安全審査通知から拡大するものである。①は中国における直接投資が想定されているが、②は外国投資家が他の外国投資家から中国国内企業の株式又は資産を取得するいわゆる外・外取引など、間接投資も安全審査の対象としている。また、③では「その他の方法」による中国国内投資も規制対象とされており、この点は、VIEスキーム等の契約による中国企業の支配権の取得や、近年増えている中国企業SPAC上場について、海外で設立されたSPACによる中国企業との合併も想定されていると思われる。なお、香港、マカオ及び台湾からの投資についても、安全審査弁法の適用対象になると定められている(21条)。
これらの要件の中で、特に日本企業にとって重要なのは②であり、日本企業が売主又は買主になるグローバルM&Aにおいては、中国企業が直接の相手方当事者でなくても、中国における子会社又は合弁会社など、中国企業の株式又は事業も売却対象に含まれることは珍しくない。その場合、日本企業が買主の場合は、日本企業による②の中国企業に対する間接投資となるし、日本企業が売主の場合は、相手方の第三国企業(例えば米国企業)による②の中国企業に対する間接投資となり、いずれも安全審査の対象となり、取引のボトルネックになる可能性がある。
安全審査弁法によれば、以下の分野に対する外商投資を行う場合には、投資実施前の届出・審査が必要となる(4条)。
① 軍事産業及び軍需産業支援等国防の安全に関連する分野に対する投資、並びに、軍事施設及び軍需産業施設の周辺地域において行われる投資。
② 国家の安全に関わる(i)重要な農産物、(ii)重要なエネルギー・資源、(iii)重大な設備製造、(iv)重要なインフラ、(v)重要な輸送サービス、(vi)重要な文化関連製品・サービス、(vii)重要な情報技術及びインターネット関連製品・サービス、(viii)重要な金融サービス、(ix)重要な技術(キーテクノロジー)その他の重要な分野における投資を行い、投資先企業の実質的支配権を取得すること。
上記①及び②が示すとおり、規制対象となる業種の範囲は広範であり、その外延は明確ではないが、①の「国防の安全」に関連する産業と②のその他「国家の安全」の分野は明確に区別されており、①に対する投資は何ら限定要件がなく安全審査が必要とされるが、②については「重要」に加えて、「実質的支配権の取得」が要件とされており、一定の限定がかけられている。
もっとも、②の「実質的支配権」は(i)50%以上の株式保有、(ii)保有株式が50%未満であるが取締役会又は株主総会決議に重要な影響を及ぼす議決権を有する場合、(iii)その他外国投資家が企業の経営、人事、財務、技術等重大な影響を及ぼすことができる場合と定義されており、中国独禁法の企業結合における支配権認定の基準を参考とすると、50%未満のマイノリティ投資であっても、株主間契約における拒否権事項等投資の仕組み次第では、これに該当する可能性が十分ある※2。「重要」性の要件については明確な定義はないが、判断に迷う事例においては、安全審査弁法に規定される(5条)当局への事前照会を行うことが想定されている。
安全審査の申請者が、国家発展改革委員会内に設置される担当部署(「工作機制弁公室」、以下「当局」という。)に対して、投資計画等必要資料を提出することで審査が開始される。当局による安全審査は一般審査(30営業日以内)及び特別審査(60営業日以内)の二段階に分類されるが(8条)、一般審査の前に、当事者が行う外商投資について安全審査の対象となるかの事前照会を行う手続が用意されており、当局は当事者から提出された投資計画等の資料に基づき、15営業日以内に当該投資について安全審査が必要か否かの決定を下した上で、書面で通知することとしている(7条)。審査が必要な場合は、一般審査(30営業日以内)が行われた上で、国家安全に影響する可能性があると判断される場合は特別審査の対象となる。
したがって、規定上の審査期間としては、15営業日(事前照会)+30営業日(一般審査)+60営業日(特別審査)の最大105営業日となる。しかし、審査期間中、当局は申請者に資料情報の補足を求めることができ、補足資料が提出されるまでの期間は審査期間に算入されないと規定されていることから(10条)、事実上、審査期間は当局の裁量次第で大幅に延長される可能性があることにも留意する必要がある。
審査内容に関し、従来の安全審査通知では、(i)国防安全、国防需要の国内製品の生産力、国内サービス提供力及び関連設備施設を含む事項に対する影響、(ii)国の経済の平穏な運行に対する影響、(iii)社会の基本生活秩序に対する影響、(iv)買収取引が国の安全に及ぶキーテクノロジーの研究開発力に対する影響、(v)国の文化安全、公共道徳に対する影響、(vi)国のネットワークセキュリティに対する影響等を審査内容としていたが、安全審査弁法では審査内容に関する具体的な規定はなく、当局に広範な裁量があると考えておく必要があるように思われる。
安全審査が必要となるにもかかわらず届出を行わない場合、①当局は当事者に対して、指定する期限内に届出を行うことを命令できる、②①に基づく届出を行わない場合、当局は当事者に対して、株式、資産の処分等を通じて投資実行前の状態に回復することを命令できる、と規定されている(18条)。
また、未届出のみならず、虚偽の情報提供や情報を隠匿した場合、付加条件の不履行も是正命令等の対象とされている。
安全審査弁法は施行から約2年経過したが、独禁法に基づく企業結合届出等と比較すると、その運用の実態に関する公開情報は極めて限定的であり、当局も審査及びクリアランス状況を公式ウェブサイト上で公表していない。しかし、安全審査が行われた実例が増えてきていることは、M&A取引の際に同審査が必要となった上場企業のプレスリリース等から見て取れる※3。
現状、安全審査のクリアランスが拒否された事例は、まだ1件も公表されていない。しかし、クリアランスの取得に想定外の時間がかかることから、取引の中止が公表された事例は存在する※4。M&A取引当事者の企業としては、安全審査の届出を行うと、審査の過程が不透明であり、審査期間も固定されておらず、長期化するおそれがあるため、届出を躊躇う企業が多いのが現状である。中国における企業結合審査の経験を踏まえれば、実務上、事前照会に関して1か月以上、審査に関して6か月以上の期間がかかることが十分想定される。
この点、上記のとおり、安全審査弁法上、安全審査が必要となるにもかかわらず届出を行わない場合、当局は当事者に対して、指定する期限内に届出を行うことを命令できると規定されており、(独禁法の企業結合届出と異なり)届出の懈怠に関する処罰が特段定められているわけではない。この点を捉えて、届出を事実上任意であると整理して、当事会社自ら進んで安全審査の届出を行わず、当局からのコンタクトがあった場合に(安全審査の要否等の協議を含め)対応することも少なくない。もっとも、この場合、当局からの突如のコンタクトがあったときには取引スケジュールの遅延が起こるのみならず、取引をクロージングできないリスクも高まることから、M&Aの取引契約に中国での安全審査が必要とされた場合を想定した条項を入れておくことが望ましいと思われる。
また、どういったM&A取引に関して当局からのコンタクトが来やすいかについても検討すると、投資活動のうちの中国から見た外・外取引(本稿2.1.②の「投資活動」)であり、かつ、投資先が国防関連ではなく、その他国家の安全関連分野(本稿2.2.②の「投資分野」)である場合は、類型的に見て中国の安全保障に与える影響が大きくないと合理的に整理できることも稀ではないと思われる。この場合も、取引対象となる業種、「支配権」の異動の有無、及び、譲渡先の性質を踏まえた検討が必要となるが、当局から届出を要請されるリスクが低く、仮に要請されたとしてもクリアランスを取得できず取引がクロージングできないリスクは低いと判断して、当事会社自ら進んで届出を行わないとする判断も不合理ではないケースが想定できる。
他方、投資先が国防関連分野(本稿2.2.①の「投資分野」)に関しては、限定要件がないことからも、当局の関心が高いことが窺える。この場合は直接投資のみならず、中国から見た外・外取引であっても十分に留意を要する。一定の規模の大きな取引であれば、公表や中国における企業結合届出等を通じて当局が把握し、届出を要請される可能性が高まるためである。この場合、当事会社間では、事前相談の必要性、事前相談を行う場合の当局への提示方法を含め、届出の要否及び要請された場合の対応について更なる慎重な検討を要することになろう。
当局から安全審査届出を要請される場合には、既に当局は安全審査が必要との心証を相当程度固めていると思われるため、機先を制して事前相談を行うのであれば、当事会社が当該取引について中国の国家安全に対する影響が小さいため、届出が必要ないと考える説得的な理由を準備のうえ、説明しておくことが考えられる。仮に事前相談及び届出を任意に行わないと決定した場合であっても、届出を要請される可能性が高い取引であれば、当局からコンタクトが来た場合に備え、かかる説明を準備しておくのが得策であろう。
この点、より慎重に判断すべき投資分野である「国防」関連の範囲及び外延も問題となる。法令の文言が抽象的であるため、いわゆる武器・兵器に限定して解釈するのは過度に狭くなるおそれがあり、武器・兵器に使用される部品、もしくは使用可能な部品(民生用途及び軍事用途双方の目的に使用可能な、いわゆるデュアルユース品を含む。)についても含まれると解釈する方が安全と思われる。とりわけ応用性が広いプリント基板、半導体等の基礎製品を製造販売する企業の買収については、問題となりやすいと思われ、対象企業に軍事関連の納入先がないか、法務デューデリジェンスで慎重に確認する必要がある※5。
また、忘れてならないのは、国防関連投資については、投資先の業種だけでなく、「軍事施設及び軍需産業施設の周辺地域において行われる投資」という投資地域の要件もある。このため、中国事業に対する直接・間接投資を検討する際は、投資先の業種にかかわらず、同投資先の近辺に中国の軍事施設や軍需品の工場等が所在していないかどうかも、確認する必要がある。
※1
「外国投資家」の定義は外商投資法で定められており、「外国の自然人、企業又は組織」とされている(同法2条)。
※2
特に経営計画、年次予算及び役員指名に関する事項について拒否権を持つと、支配権が認定されやすい傾向にある。
※3
例えば、シンガポール資本の会社であるAsia Pulp & Paper Co., Ltd.の中国投資子会社が上海証券取引所に上場するShandong Bohui Paper Industrial Co., Ltd.(山东博汇纸业股份有限公司)をTOBにより買収しようとした際に、当局より安全審査が必要との通知を受けたので、TOBの実施を延期することを決定した旨を公告している。
(参考:https://quotes.money.163.com/f10/ggmx_600966_6452105.html)
※4
上海証券取引所に上場するYonghui Superstores(永辉超市。同社の株式の20%を保有する最大株主は香港法人)が、(同社が既に30%近く株式保有していた)中国企業(中百控股集团股份有限公司)をTOBを通じて子会社化をしようとした際に、安全審査が必要となったことを契機として、同取引は最終的に中止されている。
(参考:https://static.cninfo.com.cn/finalpage/2019-08-23/1206554780.PDF)
※5
参考になる実例として、上海取引証券所に上場するGuangdong Champion Asia Electronics Co., Ltd.(同社の支配株主は香港企業)がプリント基板を製造販売する中国企業(长沙牧泰莱电路技术有限公司)を買収した際には安全審査が必要とされており、最終的にクリアランスを取得している(参照:https://pdf.dfcfw.com/pdf/H2_AN201906061333913264_1.pdf)。同対象企業となった中国企業のウェブサイトによれば、同社の製品は国防・軍需に応用されているとの記述がある(参照:http://www.mtlpcb.com/about/)。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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