福原あゆみ Ayumi Fukuhara
パートナー
東京
NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター
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ESG要素を投資プロセスに組み込むことを公表しているファンドの数は、2017年の203社から2022年には588社に増加し、それに伴いESG関連資産も700億ドルから2960億ドルに増加しました※1。こうした動きを踏まえ、2021年3月4日、米国証券取引監視委員会(SEC)は、いわゆる「グリーンウォッシュ」と呼ばれる、ESG関連のコミットメントについて投資家を欺く事例に対処するため、新たに気候とESGに関するタスクフォース(Climate and ESG Task Force)を設置すると発表しました※2。SECは、タスクフォースが最初にフォーカスすべき点は、現行の規則下において発行体が気候変動リスクを開示する際の重大な齟齬や虚偽記載を特定することであると強調しています※3。タスクフォースは、設立から16ヶ月の間に、後述するとおり、ブラジルの鉱業会社Vale S.A.等に対する大規模な執行に及んでいます。これまでタスクフォースは、一般的な不正防止に関する規制及び2010年気候変動開示ガイドラインに基づく執行に限定されていましたが、後述するとおり、近時、SECによる気候変動とESG関連開示に関する規則案が公表されているところ、これらの新たな規則案はタスクフォースに対し広範囲にわたる強制手段を付与する可能性が高いものと考えられます。同規則案の有効性については米国裁判所で争われる可能性も残りますが、採択後、執行のペースは加速していくものと考えられます。以下、新たな規則案の概要と近時の執行例について紹介します。
SECは、2022年3月21日、気候関連開示と気候関連リスクについての規則案を公表しました※4。当該規則案は、特に、SEC登録企業が、登録届出書及び定期報告書において、事業に重大な影響を及ぼす可能性が合理的に考えられる気候関連リスクや、監査済財務諸表における気候関連指標など、特定の気候関連開示を行うことを要求するものです。また、SEC登録企業は、温室効果ガス(GHG)の排出量も開示しなければなりません。これらの開示要求には、(i) 企業の気候関連リスク管理プロセス、(ii) 気候関連リスクが事業に及ぼすと思われる影響、(iii) 企業のビジネスモデルや戦略に対しての気候関連リスクの影響の仕方、(iv) 気候関連事象が企業の財務諸表に及ぼす影響及び財務上の見積りが含まれます。
温室効果ガスの開示要件について、提案された規則案は、登録者のScope1、Scope2、Scope3の排出量に関する開示を要求しています。ここでいうScope1は、登録者による温室効果ガスの直接的な排出量、Scope2は、電力やそのほかのエネルギーの使用による間接的な排出量、Scope3は取引先などのサプライチェーン全体の排出量とされています。同規則案では、Scope3排出量の開示に関するセーフハーバー(企業にとって重要と判断する場合や企業が排出削減量目標を設定している場合に開示対象とする)と、中小企業に対するScope3排出量の開示の免除が規定される予定です。当該事項は、年次報告書(Form 10-KやForm 20-F)、証券登録届出書(Form S-1)において、2023年の会計年度(2024年度提出)から情報開示することが求められています。
もっとも、SECは2022年10月、規則案に対する多数のコメントを検討する必要があるとして、2022年中に最終版を公表できないことを明らかにしており※5、この遅延は、施行時期に影響を与える可能性があります。
また、SECは、2022年5月25日、投資商品・サービスに組み込まれるESG要素の開示に関する新たな規則案を公表しました※6。同規則案は、登録者をESG戦略の種類ごとに分類し、当該種類に応じた情報開示を目論見書や報告書、パンフレットにおいて行うことを要求するものです。この開示には、特に、企業が達成しようとしている具体的なESG関連目標と、その目標達成の進捗状況の概要の説明が含まれることになります。また、Form N-CENやADV Part 1A(国勢調査型データに関連するフォーム)でのESG関連情報開示も要求されることになります※7。Form N-CENの改訂では、項目C.3(j)を追加し、開示企業に対して、(i) 採用するESG戦略の種類、(ii) 考慮するESG要素(E、S、G)、(iii) ESG戦略を達成するために用いる方法について報告するよう要求しています。この改正案が採択された場合、採択日から1年後に施行され、対象会社はその遵守を求められることになります。
上記2.のとおり新たな規則案が公表される中、SECのタスクフォースによるESG関連の執行状況が公表されています。
2022年4月、SECは、ブラジル・ミナスジェライス州のブルマディーニョ・ダム崩壊事故を受け、ブラジルの鉱山企業であるVale S.A.に対して連邦証券法上の不正行為及び報告規定違反等を理由として損害賠償等を求める訴えを提起しました※8。この事故では270人が死亡し、数百万立方トンの有毒廃棄物がパラオペバ川流域に放流されたとされています。SECは、Vale S.A.が投資家に対し、液状化のリスク(廃棄物によるダムインフラの飽和と弱体化)を認識していたにもかかわらず、安全性の評価として「最も厳しい国際慣行」を遵守し、ダムの100%が安定状態にある旨の不実表示を行っていたと主張しており、本訴訟は現在も係争中です。
また、2022年5月、米国の投資助言会社であるBNYMIA(BNY Mellon Investment Adviser)は、ESGに配慮した取組みに関する虚偽記載の疑いで、150万ドルの制裁金を支払うことに合意しました※9。SECは、BNYMIAが1940年投資顧問法及び投資会社法の特定の条項に違反したと申し立てています。すなわち、SECによれば、BNYMIAは、株式や社債の品質評価を行う「責任投資チーム」を設置し、特定の投資について、ESG品質評価スコアの数値を提供していた一方で、このようなESG品質評価を常に行っているわけではなかった(投資時点でファンドの資産の約25%がESG品質評価スコアを有していなかった)にもかかわらず、報告書には包括的な品質評価を行っているとの誤解を招く記載がなされていたとのことです。
SECによる気候・ESGタスクフォースが設立された以降の執行状況を考えると、これらの新たな規則案が施行されれば、執行のペースはさらに上がると考えられます※10。上記のとおり、気候変動関連開示は2023年会計年度から必要になる可能性があるものの、近時公表された遅延がこのタイムラインに影響を及ぼすものと思われます。一方で、ESG関連の規則案は、採択から1年後に施行される予定となっています。これらの暫定的なタイムラインは、当該規則案に対する法的な異議申立て等により施行日が遅延されないことを前提としており、今後大きく変わる可能性もあることから、これらの規則案の動きやSECの執行動向については今後も注視していく必要があると考えられます。
※8
Securities & Exchange Commission v. Vale S.A.
※10
なお、報道によれば、2021年8月、ドイツ銀行AGの資産運用部門であるDWSグループは、ESG数値の虚偽記載の疑いでSECによる調査を受けており、この調査は、DWSの元サステナビリティ責任者が、DWSがESG統合プロセスに関して投資家を欺いたとの告発をしたところ、解雇されたことに伴うものと報道されています。
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