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中国ゼロコロナ政策の終焉と今後の法的問題

NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. 青天の霹靂

 中国では時として突然に、人々に準備を許さずに、必然的に生ずる混乱をいとわず、がらっと異なる政策が導入される――中国の法令と政策の動きについて日々情報収集している日本弁護士としては情けない言い訳ではあるが、2022年12月7日午後、国務院聯防聯控メカニズムが「新十条」を発表し、このタイミングで中国がゼロコロナ政策(「動態清零」)から一気に転換することになるとは、一介の法律家はおろか、内外のほとんどの識者が予想できなかったことも事実である。

 「新十条」では、病院や学校などを除きPCR検査の陰性結果や健康コードの提示を求めない、濃厚接触者に加え無症状や軽症の感染者についても自宅隔離を認める(ただし、濃厚接触者は5日目のPCR検査で陰性、感染者は6日目と7日目にCt値35以上となってはじめて隔離解除とされる)、他方で、感染リスクが高い高齢者や基礎疾患をもつ「重点人群」を分類管理しワクチン接種状況などを確認し、感染したときは優先して病院で治療する、などの措置が規定された。その後、メディアやSNSなどを通じて、中国のファウチとも呼ばれる鐘南山氏はじめ、有名な専門家や医師が「オミクロン株は重症化しないから自宅で隔離していれば大丈夫」、「中国全土で今後人口の70~90%以上が感染することになる」などの見通しを表明し、政策転換にお墨付きを与え、ゼロコロナ政策が染みついた人々の意識を一気に変えようとしていることがうかがえる。

 日常生活においても、オフィスビルやレストラン等に入る際に必要だった陰性結果の提示(直近では、結果判明後48時間以内のPCR検査陰性結果が多くの場所で必要だった)や場所コードのスキャン(濃厚接触者の効率的な追跡のため、店舗や駅などに入る際には掲示されたコードをスキャンすることで訪問記録をつける必要があった)が基本的になくなり、都市間の移動時のPCR検査(「落地検」、「三天三検」)も廃止されるなど、実際、生活上の利便性は飛躍的に向上した。他方で、上記の各施策により、PCR検査を受ける人が大幅に減り、無症状感染者を含む感染者の総数が把握できない状況となっている。死者数についても、新型コロナウイルス自体の症状による死亡のみを計上し、感染により基礎疾患等が悪化し死亡したようなものは含まないものとする旨が発表されたが、これは上海ロックダウン中との運用とも異なっており、実態の認識や分析をますます難しくしている。実際、中国全土の各都市において深刻な感染拡大が継続しているといわれており、上海在住の筆者の身近なところでも多くの感染例を耳にするようになっている。当局専門家によれば、来年3月までに3つの波が起こり、この冬だけで全人口の10~30%が感染するだろうとのことである。感染者の急増に伴い、多くの都市で学校はオンライン学習に移行し、自ら又は家族の感染により職場に出られない労働者が増え、局所的には物流、銀行その他の業務にも影響が出ている例も生じている。ゼロコロナ政策が中国の経済不振の原因との指摘も多かったところであるが、少なくとも短期的には、感染自体や感染に対する恐れによる影響を受けるものと思われる。

2. なぜ今だったのか

 前触れがないわけではなかった。まず、中国の当局関係者も、ゼロコロナ政策を永遠に続けるつもりではなく、経済的な影響などもあるなか、一定の条件を満たすまでの間、中国の人口の生命と健康を守るための暫定的な措置(今年5月のある研究では、ゼロコロナ政策を放棄すれば150万人を超える死者が出るとの結果も出ていた)と位置づけており、あとはそれらの条件がどの程度満足されたところで、どのタイミングで転換が行われるかの問題ではあった。

 上海ロックダウン後、2022年6月28日には、オミクロン株の特質にあわせた第九版新型コロナ防控方案が同メカニズムから出され、濃厚接触者や入国者の隔離措置がもともと「集中隔離14日+自宅隔離7日」であったものを「集中隔離7日+自宅隔離3日」へと短縮するなどの措置がとられたが、ゼロコロナ政策は「動揺せず堅持」するものとされ、実際に、上海ロックダウンの教訓を踏まえて、また各地での感染者の増加に対応するため、上記場所コードの徹底、頻回PCR検査の要求、都市間移動時の各種要求などが各地で執行された。つい先月、11月11日には、濃厚接触者や入国者の隔離をさらに「集中隔離5日+自宅隔離3日」へと短縮する、二次濃厚接触者の追跡は行わない、追加的な行動制限措置(「層層加碼」、国の政策にはないのに、感染拡大の責任をとりたくない各地方政府により時として過剰に追加的な措置が実際には行われていた)は許さないなどの内容を含む「20条措置」を同メカニズムが発表していた。その時点では、新たな党指導部の決定とともに10月に党大会が無事閉会した後、同大会でゼロコロナ政策からの転換が発表されなかった以上は、2023年3月に開催される予定の「両会」までの間は、当該措置が維持されたまま、いくつかの課題(高齢者のワクチン接種率の引上げ、治療薬の準備、医療資源が脆弱な地方を中心に医療体制の整備など)の解決を含めて順次準備がされたうえで、「両会」後に本格的な緩和が実施されるものとの観測を述べる識者が多かった。その後、広州、重慶など複数の地域における感染拡大により、むしろ防疫措置を厳格化する動きさえみられ(たとえば上海では、11月24日より、他の市から上海に来た又は戻ってきた人は、5日が経過するまではレストランやショッピングモールには入館できないとの新たな規制が導入された)、当面は漸次的な緩和すら望めないのではないかと悲観的にみられていた。ただ、さらにさかのぼって振り返ってみると、従前は、党大会後にゼロコロナ政策からの実質的転換があるとの期待が広く共有されていたのであり、結果としてみれば、実際に党大会後に(少し経ってからではあったが)そのような転換がなされたことにはなっている。今回の転換はたしかに突然ではあったが、(最近でこそ丁寧にパブリックコメントなどを実施してから新たな規制を導入することも増えてきたが)中国では、重要で敏感な問題であればあるほど、一気に制度を変えて、後から実務的な対応を補っていくことは少なくないこともまた事実である。

 今回、このタイミングで大きな転換がされた理由や背景についていろいろと推察することもできる。まず、2020年から2022年初頭にかけては、大量検査と追跡、隔離により感染を短期間で封じ込めるゼロコロナ政策が成功し、中国国内にいる限りコロナ前のような自由な生活を送ることができ(「ゴールデンケージ」と呼ぶ人もいた)、多くの産業分野において急速な経済回復も実現し、人々からの強い支持も集めていたことが前提にある。そのうえで、今年3月ころから、オミクロン株に対しては、これまで以上に厳格な制限措置をとっても感染を封じ込めることが難しくなり、経済への悪影響も大きくなり、人々の不満が高まってきたことは確かであろう。他方、今回の転換にあたって、公式説明のように「オミクロン株は感染力は強いが重症になりにくいから」というだけでは、なぜ今だったのかという十分な理由にはなっていないことも事実であろう。上海ロックダウンのときも、現在中国で広まっているBF.7やBA.5とは異なる株(BA.2)だったとはいえ、同じような特徴を持つオミクロン株で、60万人を超えた感染者のほとんどが無症状感染者又は軽症であったが、感染力が強いからこそ、感染爆発を防ぎ脆弱な高齢者等を守るためとして、ロックダウンが実施され、その後も、上記のとおり、より徹底した形でゼロコロナ政策が継続されていたのである。上記の、以前当局関係者がゼロコロナ政策を解除する条件として挙げていた、変異株にも有効な治療薬やワクチン、外国からの流入リスク低減などの条件について、何か画期的な進展や変化があったわけでもない。今の感染拡大状況をみると、何ら準備がされていなかったのでは、単に各地で同時多発的に発生していた感染拡大が封じ込められなくなったのでは、とも疑わざるを得ない。

 とはいえ、これまでは中国は世界経済に悪影響を与え、かつ人権侵害のゼロコロナ政策を直ちにやめるべきと声高に主張していたのに、いざ解除してみたら混乱を招いたことを中国は反省すべきなどと一部報道のように批判してみても、ためにする批判にすぎず、あまり建設的ではない。

3. 法的問題についての影響

 今後日本企業の中国事業において予想される問題やリスクについて若干検討する。

 上海ロックダウンのさなかの5月に配信したニューズレター「上海ロックダウンとその影響、関連する法律問題(中国)」(NOT Asia Legal Update 110号)では、ロックダウンに伴う法律問題について述べたが、今回の転換を受けて若干補足が必要である。まず、新たなコロナ対策方針のもとでは、できるだけ社会の正常な運営を保証するとして、ピンポイントに高リスク地区に指定された場所(上海などでは、そもそもそのような指定すら行われなくなったようにみえる)を除き、人員の流動を制限してはならず、操業停止や営業停止等を行ってはならないとされている。そうすると、ロックダウンなどの「疫情対策措置」が政府当局により行われることは想定しがたいと思われる。他方で、まさにそうであるからこそ、今後、各地で感染拡大が発生し、サプライチェーンや物流の各ステップを担う各当事者による期限通りの契約履行が不可能となる事態は予想されうる。その場合にやはり問題となりうるのは、不可抗力による免責(民法典590条1項)、契約解除(同法563条1項1号)である。また、履行可能性があっても契約の基礎的条件に重大な変更が生じた場合は、(人民法院では実際のところなかなか認められづらいが)事情変更として契約変更や解除を請求しうるとされている(民法典533条)。2020年に最高人民法院が出した指導意見等は引き続き適用されると思われるが、疫情(感染拡大)の不可抗力該当性と、契約の履行に与えた影響(因果関係)については、個別具体的な認定がなされるものとみられるところ、これまでと異なり、政府によるロックダウンなどの明確な「疫情対策措置」が実施されないとすると、感染発生時に各企業が行った操業停止や減産などの対策措置が果たして正当であったのか、代替策がなかったのかなどの事情が検討の対象となり、これまで以上に不可抗力や事情変更を証明することは難しくなると予想される。

4. 2022年の振り返り、来年に向けて

 ユーラシアグループのイアン・ブレマー氏は今年初め、2022年の世界10大リスクの1番目として「中国のゼロコロナ政策の失敗(No zero covid)」を挙げ、mRNAワクチンを採用した先進国ではパンデミックは第1四半期末には「エンデミック」になるのに対して、中国では大規模なロックダウン措置が必要となり、それによるサプライチェーンへの世界的悪影響が生ずる、そしていずれ中国もゼロコロナ政策を放棄せざるをえなくなる、などと予想していた。氏の予想はおおむね当たっていたことを認めざるを得ない。もっとも、今年、強い副反応を伴う現行mRNAワクチンの複数回接種にもかかわらず、同じく変異株の変異によって、その効果は大幅に低下し、既感染者の再感染も起こり、いわゆる集団免疫は結局実現できず、日本を含む先進国においても爆発的感染拡大は続き、多数の死者が発生してしまった点においては、予想は外れたのではあるが。

 中国も、ゼロコロナ政策を放棄して終わりではなく、他国と同様の課題を同様の方法で解決しなければならない立場に立ったに過ぎない。方針転換後の中国では、早く一回感染してしまって波を乗り越えようなどという向きもあるが、今後何度も波は来るのであろうし、米国において百万人規模で就業能力が失われたなどとも報じられる、後遺症の問題も無視することはできない。

 2022年、在中企業にとっては、米中対立以上にゼロコロナ政策に基づく厳格な防疫措置による不確実性が最大のビジネスリスクとして認識されていた。今後、感染拡大等による混乱を伴いつつも、そのような不確実性が解消されるであろうことをまずは歓迎したい。他方、海外からの入国者の隔離緩和策については、様々噂されている話はあるものの、現時点で上記「20条措置」から特に変更はない。この点も近い将来緩和され、2023年以降、ビジネス面でも外交面でも、中国との国際的な往来が回復し、日本や日本企業との間でも、机上の仮定に基づく敵対的対立ではなく、建設的な対話と包摂的な問題解決、新たな事業などに結びついていくことを期待したい。この3年間で失われたものはあまりに大きい。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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