鈴木崇 Takashi Suzuki
パートナー
東京
NO&T Restructuring Legal Update 事業再生・倒産法ニュースレター
NO&T Labor and Employment Law Update 労働法ニュースレター
新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響の長期化、為替相場の変動及び国際的な景気減速等の内外情勢の影響もあり、事業環境が急変するリスクが高い情勢にあります。このような外部環境の影響もあって業況が悪化した企業が不採算事業の縮小・廃止を含む事業のリストラクチャリングに伴う人員削減や余剰人員の削減を行う場合、退職勧奨等では十分な削減効果が得られない可能性があり、争訟になった場合には整理解雇に至るまでのプロセスの相当性が問題となるため、最終的な対応としての整理解雇を視野に入れた検討が必要と考えられます。
整理解雇は、労働者の責めに帰すべき事由による解雇ではなく、使用者の経営上の理由による解雇であることから、解雇の有効性をより厳しく判断すべきと考えられています。従来の裁判例においては、一般的には、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③被解雇者選定の合理性及び④解雇手続の相当性等(いわゆる「整理解雇の4要素」)を総合的に考慮した上で、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるか否かによって整理解雇の有効性が判断されています(労働契約法16条)。もっとも、整理解雇の4要素について判断規範を示した最高裁判例はなく、4要素の相互関連性についても明確ではないため、個別のケースごとに慎重な検討が必要となります。
本ニュースレターでは、実務上参考になると思われる整理解雇に関する近時の裁判例を紹介させていただきます。
A事件は、グアム島本拠の航空旅客事業会社Zが、日本の成田ベースを閉鎖し、成田ベース所属の客室乗務員(以下「FA」といいます。)として勤務していたX1らを平成28年5月31日付で解雇したところ、X1らが、当該解雇が無効であるとして、労働契約に基づき労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、未払賃金の支払等を求めた事案です。当該解雇後にZは100%親会社のY1に吸収合併されたため、X1らはY1を被告として訴訟提起しました。
結論として、裁判所は、X1らの解雇について、整理解雇の4要素を検討し、整理解雇の有効性を認めました。整理解雇の4要素に関する裁判所の判断の概要は以下のとおりです。
裁判所は、グアムを本拠とする外資系航空会社であるZとしては、サブベースでしかない日本国内の成田ベースを閉鎖し、成田ベース所属のFAという勤務形態自体を廃止すること等について、経営判断として合理的かつ相当なものであり、必要性もあったとしたうえで、成田ベース所属のFAについて人員を削減する十分な必要性があるとしました。
Zは、成田ベース所属のFAに対して、地上職への配置転換の提案(給与水準はFAとしての年収水準を維持)を行いましたが、X1らは、かかる提案について、ZとFAの職務限定契約を根拠にFAとして引き続き稼働することができなければ解雇回避措置とはいえないと主張していました。
この点について、裁判所は、FAの職務限定契約を締結していたからといって、労働者にあくまでFAとしての就労を請求する権利があるとまでは解されないし、ZがX1らの同意を前提としてFA以外への配置転換を提案することが、解雇回避措置としての相当性を欠くとまで解することはできないとしてX1らの主張を排斥しました。
また、裁判所は、Zが、上記地上職への配置転換の提案に加えて、特別退職金を最終的に20か月分加算して支払う早期退職の提案をしていることから、相当程度の解雇回避措置を講じたとしました。なお、X1らは、グアムベース所属への配置転換や、機材交換の中止や機材統合、仕事等を分け合うワークシェアやジョブシェアをすることにより、解雇を回避することが可能であったと主張していたましたが、裁判所は、いずれの主張も排斥しました。
裁判所は、成田ベース所属のFAについて、他の唯一のベースであるグアムベースへの配置転換の可能性がなく、FAとしての職務限定合意をしていた以上、希望退職や地上職への転換に応じない者全員が解雇の対象となるところ、対象者全員について解雇がなされたことから、被解雇者の選定も合理的なものとしました。
X1らは、成田ベースの閉鎖通告及び解雇通告が唐突である等、解雇手続の相当性も争いましたが、裁判所は、Zが、団体交渉を通じて、成田ベースの閉鎖・廃止に至る諸事情の説明や、早期退職または同一年収水準での雇用維持につき提案及び説明を行っていたところ、X1らが早期退職や地上職への配置転換の選択肢はあり得ないなどと述べて譲歩しなかったため、Zが団体交渉を打ち切ったという交渉経過や、X1らに対する説明内容等を踏まえても、Zの交渉態度等に不誠実な点は見当たらず、Zが交渉を打ち切った時期や控訴人らに対する説明等が不相当であったことを認めるに足りる証拠はないとして、解雇手続の相当性を認めました。
B事件は、証券会社であるY2が、平成30年2月、業績不振を理由にマルチ・アセット運用部を廃止し、当該部の部長として勤務していた従業員(以下「X2」といいます。)を平成31年12月18日付で解雇したところ、X2が、当該解雇が無効であるとして、労働契約上の地位確認及び未払賃金の支払等を求めた事案です。
Y2は、本件の判断枠組について、能力不足解雇の要素もあることに加えて、X2が終身雇用で年功型賃金制度の適用を受ける労働者と異なり、高度専門職であり職種が特定され高待遇を受けている労働者であり、賃金が外部労働市場に適合し、転職によってキャリアアップを重ねてより高い待遇を得ることが想定された労働者であるという特色を踏まえて解雇の効力を判断すべきであり、従来のいわゆる整理解雇の4要素を形式的に当てはめて判断する手法にはそぐわないと主張していました。これに対し、裁判所は、Y2が指摘する本件の特色は、X2に対する解雇が会社側の経営上の必要性から行われたものであるという基本的性質を失わせるものではないから、X2の解雇についても、その有効性は整理解雇の4要素に照らして慎重に判断するのが相当としました。なお、裁判所は、Y2が指摘する本件の特色については、Y2に信義則上求められる解雇回避努力の内容や程度等に関する考慮要素として斟酌しうるため、いわゆる整理解雇の4要素の判断枠組を用いても、適切な解決を図ることができるとしました。
結論として、裁判所は、X2に対する解雇について、整理解雇の4要素を検討し、整理解雇の有効性を認めました。整理解雇の4要素に関する裁判所の判断の概要は以下のとおりです。
裁判所は、Y2証券が、4年以上の時間をかけても成果が上がらなかった事業に更なる予算を投入することは相当でないと判断して、マルチ・アセット運用部を廃止することを決定したものであって、経緯や背景事情も踏まえると、Y2の経営判断が不合理とは認められないとしました。また、裁判所は、X2の解雇時において、人員削減の必要性も認められるとしました。
Y2は、X2と個別面談を行ったうえで合計5つの社内公募のポジションを提示しており、裁判所は、Y2が、Y2またはそのグループ会社内で働き続けることができるように、その意向や適性にできるだけ見合ったポジションを紹介したものであって、解雇回避のために相当な努力をしたものと認められるとしました。
この点、X2は、X2が募集要件を充たさないような社内公募案件ではなく、採用の保証のあるポジションを提示すべきであった等と主張しましたが、裁判所は、他の従業員との公平性を害しかねない特別措置をとることまで信義則上要求することはできないし、採用の可能性がないことが明らかであるとはいえず、少なくとも全く応募しない理由にはならないとして、X2の主張を排斥しました。
裁判所は、マルチ・アセット運用部に所属していたもう一人の従業員は、別部署に異動済みであり、X2の解雇当時、余剰人員はX2だけであったとして、被解雇者の選定についても不合理とは認められないとしました。
裁判所は、Y2証券がX2の解雇に先立ち、(i)複数回の面談を行い、マルチ・アセット運用部廃止等の経緯・理由を説明していること、(ii)合計5つの社内公募案件のポジションを提示する等、X2がY2グループ内で勤務し続けることができるようにするための手段をとることができる機会を与えたこと、(iii)解雇まで約1年間、X2に対して更なる面談を求め、上記社内公募案件の紹介と並行して、割増退職金の提案を含む退職勧奨をし、相当期間の生活を保障しながら、外部労働市場を通じてX2の職歴等や希望に添うポジションを社外に見つける機会を提供したことから、解雇手続の相当性を認めました。
C事件は、アラブ首長国連邦に本店を有する航空会社であるY3が、西日本支店の予約発券課(大阪コールセンター)が廃止されることなどを理由として、西日本支店で勤務していたX3らを平成26年9月1日付で解雇したところ、X3らが、当該解雇が無効であるとして、労働契約上の地位確認及び未払賃金の支払等を求めた事案です。
裁判所は、X3らに対する解雇について、整理解雇の4要素を検討し、整理解雇を無効としました。整理解雇の4要素に関する裁判所の判断の概要は以下のとおりです。
裁判所は、他のコールセンターにおいて低廉なコストで多数の業務に対応することが可能となったことに伴い、業務量が大幅に減少した大阪コールセンターを閉鎖したという事情に照らすと、重複する部署を統合し、そのうちの一部を廃止するという経営判断それ自体は、当該企業における経営判断の裁量の範囲で行われるものであることから、X3らの解雇について、人員削減の必要性が全く存在しなかったとまでは認め難いとしました。
もっとも、裁判所は、Y3の経営は安定的なものであり、X3らの解雇後においても、全社社員を対象としたプロフィットシェアの支給や大規模な広告宣伝活動を行っていたことから、X3らの解雇当時、Y3において、人員の削減を行う必要性や緊急性が高かったとは認められないとしました。この点、Y3は、日本路線は巨額の赤字を計上していて経費削減が必要であった旨主張しましたが、裁判所は、日本支社も独立した法人格を有するものでもなく、独立採算制が採用されていたものではないこと等を理由に、人員削減の必要性の有無及びその程度を認定判断する際には、日本路線の状況だけで判断するのは相当とはいえず、全社単位で判断するのが相当としました。
裁判所は、Y3が、X3らの解雇に先立ち、(ⅰ) 1年分の割増退職金の支払(当初5か月分の提示を増額)、(ⅱ)Y3の欠員ポジションの応募、(ⅲ)3名分の営業ポジション及び1名分の貨物関連業務のポジションなどを提案しており、一定の解雇回避に向けた措置を講じているとしましたが、裁判所は、人員削減の必要性が低い上(上記①参照)、X3らの解雇がY3の経営合理化のために行われたものであることに鑑みて、できる限り解雇を回避すべき高度な回避義務を果たす必要があったにもかかわらず、以下の理由から、十分な解雇回避努力がなされているとはいえないとしました。
裁判所は、Y3が、X3らを含む予約発券課等の廃止に伴う13名の対象者に対して、同様の条件提示を行っており、最終的にいずれの条件提示にも応じることのなかったX3らを一律に解雇しているのであるから、解雇の人選については、全体として著しく不合理なものであるとまでは評価できないとしました。
裁判所は、Y3が、X3らの解雇前に組合等と四回の団体交渉及び一回の非公式協議を行っており、同交渉等において、当初の提示案から更にX3らに譲歩した案を提示していることなどの事情に照らすと、X3らの解雇に係る手続が不相当であったとは認められないとしました。
上記(1)から(3)の3つの裁判例について、整理解雇の4要素に関する裁判所の判断の概要は下表のとおりです。
A事件 | B事件 | C事件 | |
---|---|---|---|
整理解雇の有効性(結論) | 有効 | 有効 | 無効 |
①人員削減の必要性 | ○ | ○ | △(低い) |
②解雇回避努力 | ○ | ○ | × |
③被解雇者選定の合理性 | ○ | ○ | ○ |
④解雇手続の相当性 | ○ | ○ | ○ |
裁判所は、整理解雇の4要素の判断枠組み自体は維持しつつも、当該4要素(①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③被解雇者選定の合理性及び④解雇手続の相当性)を事案に応じて適用していると考えられます。
①人員削減の必要性については、裁判所は、その前提となる事業の縮小・廃止(部門の閉鎖)に関する企業の経営判断を尊重する旨の判示がみられる一方で、使用者の側の経営の安定性を考慮して、人員削減の必要性及び解雇回避努力が求められる程度を判断する例もあり(C事件参照)、使用者の側の経営状況を踏まえた対応が必要になると考えられます。
また、B事件において、裁判所が、被解雇対象者が終身雇用で年功型賃金制度の適用を受ける労働者と異なり、高度専門職であり職種が特定され高待遇を受けている労働者であり、賃金が外部労働市場に適合し、転職によってキャリアアップを重ねてより高い待遇を得ることが想定された労働者であるという特色についても、Y2に信義則上求められる解雇回避努力の内容や程度等を検討するに当たっての考慮要素として斟酌することができるから、いわゆる整理解雇の4要素を総合考慮する判断枠組を用いても、適切な解決を図ることができると判示した点も注目に値します。裁判所は、労働条件が多様化するなか、事案の特殊性を斟酌しつつも、整理解雇の4要素の判断枠組み自体は維持して解雇の有効性を判断した裁判例といえます。
但し、転職市場からの職務を限定した雇用形態の従業員に関する解雇事案においても、終身雇用型の労働者の場合と同様の論理で整理解雇を無効と判断する裁判例もみられますので、B事件の判断を一般化することもできないと考えられます。
今後、日本における労働市場がさらに変化し、外資系企業だけでなく、日本の企業においても、転職市場の存在を前提に、部門の職種の専門性を重視した厳格な定員管理を行い、職務と成果に応じた高レベルの賃金・処遇制度(いわゆるジョブ型雇用制)を採用する企業が増えれば、整理解雇の場面における裁判所の判断にも少なからず影響を与えると考えられますので、余剰人員の整理を行う必要がある場合には、直近の裁判例等の調査を踏まえた検討が必要となります。
上記(1)とも関連しますが、整理解雇の4要素を日本法人(又は拠点)について検討するのか、グループ全体について検討するのかも、整理解雇の有効性の判断に大きく影響する事項となります。グループ全体を検討対象とする場合、日本法人(又は拠点)の業績にかかわらず、グループ全体の経営状況は安定している可能性や、被解雇対象者の配置転換可能なポジションも多くなる可能性があり、労働者に有利と考えられるため、今後の整理解雇に関する実務においても重要な争点になると考えられます。
A事件では、裁判所は、従業員が労働契約を締結していた子会社(Z)についてY1グループからの業務上の独立性を認め、当該子会社のみを整理解雇の4要素の検討対象とし、結論として整理解雇を有効としました。一方、C事件では、裁判所は、ドバイにおける本社が全世界的な視野に立った上で、各事業部門等に経営判断を行っていること、日本支社も独立した法人格を有するものでもなく、独立採算制が採用されていたものではないことから、グループ全体を整理解雇の4要素の検討対象とし、結論として整理解雇を無効としました。
このように、整理解雇の4要素の検討対象の違いが整理解雇の有効性に関する判断に大きく影響を与えたと考えられますが、そのメルクマールとしては、独立した法人格の有無だけでなく、経営判断等の業務上の独立性の有無も考慮されると考えられます。
以上のとおり、雇用形態の多様化等の社会情勢の変化を踏まえつつも、裁判所は経営上の理由に基づく解雇の有効性判断については整理解雇の4要素の判断枠組を維持したうえで、4要素の検討において個別事案の特殊性を勘案して判断しています。そのため、不採算事業の縮小・廃止を含む事業のリストラクチャリングに伴う人員削減や余剰人員の削減に際しては、最終的に整理解雇をせざるを得ない場合においても整理解雇の4要素を充足しうる対応となるよう、事案の特殊性及び関連する裁判例等を検討したうえで対応していくことが必要と考えられます。
※1
原審は東京地判令和元年4月12日労判1213号31頁。最高裁が、令和4年9月30日、従業員側の上告を棄却したため、整理解雇を有効とした控訴審(東京高裁)判決が確定しました。
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