福井信雄 Nobuo Fukui
パートナー/オフィス代表
シンガポール
NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
シンガポールは外国企業の誘致に積極的な国であるが、その一方で外国人が就労ビザ(Employment Pass、以下「EP」)を取得するのは必ずしも容易ではない。現行制度では、申請者の①給与、②学歴、③職歴(役職)が主要な審査項目になっており、シンガポールの労働省のウェブサイト上で公開されている自己評価ツールでこれらの項目を入力すると、EPが発給されるかどうかを自分で簡易に判定することができる。ただ実際の申請においては、シンガポール人の雇用状況等を含む他の諸要素も考慮される結果EPが発給されない場合もあり、日本側の人事異動が決定したにもかかわらずシンガポール側でEPが下りず、駐在を開始できないといった事態も散見される。
今から約1年前の2022年3月、EP審査の透明性を高める新たな審査基準の枠組みが発表され、現在その導入に向けて詳細な基準の策定が進められている。新たな評価枠組みは以下の2段階の審査から構成されている。
月額固定の給与額は現在も審査項目の一つであるが、2023年9月以降は、労働省が定める最低給与額を下回る場合には、それだけでEP発給の要件を満たさないことになる。具体的な金額は、23歳で最低月額固定給与5,000シンガポールドル(金融セクターは5,500シンガポールドル)とされ、この金額は年齢と共に引き上げられ、45歳以上の場合には最低10,500シンガポールドル(金融セクターは11,500シンガポールドル)と設定されている。
COMPASSと呼ばれる相補性評価枠組み(Complementarity Assessment Framework)が新たに導入されるEP審査の評価枠組みである。①給与、②学歴、③多様性、④現地人雇用の4つの審査項目から構成され、以下の表に記載の通り、項目毎に20、10、0ポイントのいずれかが付与され、4つの項目で合計40ポイント以上取得すればEPが発給されることになる。EPの発給対象者を高度人材に限定し、組織に対しては現地人の雇用創出に留意しつつ特に国籍に関して多様性の高い組織にすることを求めるというシンガポール政府の明確なメッセージが読み取れるものである。
評価項目 | ポイント |
---|---|
① 給与:同じ事業セクターの専門職、管理職、経営幹部職、技術職の給与水準と比較して | |
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20 |
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10 |
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0 |
② 学歴 | |
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20 |
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10 |
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0 |
③ 多様性:申請者の国籍が組織内の専門職、管理職、経営幹部職、技術職に占める割合 | |
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20 |
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10 |
|
0 |
④ 現地人の雇用:同一事業セクターにおける現地人が専門職、管理職、経営幹部職、技術職に占める割合と比較して | |
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20 |
|
10 |
|
0 |
2023年3月末日、労働省のウェブサイトで以下の2つのリストが公開された。
上述の通り、COMPASSの評価項目の1つである学歴に関して、シンガポール政府が定める一流大学を卒業している人材に対しては20ポイントが付与されることになる。今回公開されたリストでは、(ア)学部を問わず20ポイント付与される120の大学と、(イ)特定の学部卒の場合にのみ20ポイント付与される18の大学・高等教育機関が挙げられている。アメリカの27大学を筆頭に各国限定された大学が挙げられており、日本では、大阪大学、京都大学、東京大学、東京工業大学、東北大学の5つの大学が対象とされている。
COMPASSでは、上述の4つの基本項目に加えて、加点項目の一つとして、シンガポールにおいて人材が不足しており外国人の高度人材の必要性が高い職種に対してEP申請が行われる場合、追加で20ポイント(但し、申請者の国籍が、組織内の専門職、管理職、経営幹部職、技術職に占める割合が3分の1以上の場合には10ポイント)が付与されることになる。今回公表されたに不足職種リストにおいては、(i)アグリテック、(ii)金融サービス、(iii)グリーン・エコノミー、(iv)ヘルスケア、(v)情報通信技術、(vi)海運の6分野から27の職種が挙げられている。
このCOMPASSと呼ばれる評価枠組みは、新規のEP申請に対しては2023年9月から、既存のEPの更新に対しては2024年9月からの導入が予定されている。COMPASSの導入により、EP審査の透明性が高まることは歓迎されるものの、新たに追加された国籍の多様性の指標など日本企業の現地子会社が抱える課題に正面から向き合うことも求められることになり、実質的にEP取得のハードルが高くなる企業も少なくないと思われる。
なお、従前から導入されている企業内異動(intra-corporate transferee)の枠組みは、引き続き今回のCOMPASSの適用対象外となるため、家族の帯同ができない等の一定の制約はあるものの、COMPASSでのEP発給が見込めない場合には引き続き選択肢の一つとなる。
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