宰田高志 Takashi Saida
パートナー
東京
NO&T Tax Law Update 税務ニュースレター
相続前に借金をしてマンションを購入し、相続財産の相続税法上の評価額を全体として下げる行為に対し、国税当局が通達上の通常の不動産の評価方法の適用を否定して相続税の課税処分を行う事案が発生し、それにつき昨年最高裁判所もお墨付きを与える判決(最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決;「マンション節税最高裁判決」)を出すなど、マンションの相続税法上の評価については、節税策の存在やその是非など、昨今社会的に注目されていたところです。
国税庁は、この7月21日に、居住用の区分所有財産(建物が構造上独立した各部分により構成されている場合に、その各部分を別個に所有権の対象としている財産。居住用なので、マンションということになります。)につき、これまでの不動産の評価に関する通達とは異なる取扱いを行う通達(以下「本通達」)の案を公開し、パブリックコメントの手続に付しました。
本通達は、パブリックコメントの手続が終了した後、来年1月1日以後の相続、遺贈及び贈与に適用されるように制定される予定ですが、本通達は、以下に説明するように、節税策に影響を与えるというよりは、実は幅広く一般的なマンションにつき相続税の評価額を増加させる効果をもたらし、場合によっては相続税の評価額を倍増させて相続等が発生した場合の課税額を大きく増加させる可能性を生じさせることにより、マンションを所有される方一般に広く影響を与えると思われます。本通達の内容を説明するとともに、どのような影響が生ずるのかを解説します。
本通達の内容は、対象物件につき、本通達がなければ適用されていたであろう財産評価基本通達規定の土地建物の評価方法を適用して算定された価額(以下「現行通達価額」)と市場価格とがどれだけかけ離れているかを示す指標として、一定の率(「評価乖離率」と呼ばれています。)を築年数その他の以下に説明する要素を基に算定した上で、現行通達価額に対し評価乖離率の60%を乗じて相続税の評価額を調整するというものです。ただし、評価乖離率が1以上5/3以下の場合(つまり、評価乖離率の60%をそのまま乗ずれば本通達の適用によりむしろ相続税の評価額が減額されてしまう場合)には、かかる調整を行わず、評価乖離率が1未満の場合には、評価乖離率そのものを乗じて調整する(この場合は現行通達価額が市場価格よりも高くされているとの位置づけなので、相続税の評価額を減額する)ことになります。
評価乖離率は、具体的には、対象物件の築年数、建物全体の総階数、対象物件の所在階及び敷地持分狭小度(マンション敷地が建物面積に対してどれだけ小さいかを示す指数で、具体的には以下に説明)に基づき、以下の計算式で示されます。
評価乖離率=①×△0.033+②×0.239+③×0.018+④×△1.195+3.220
①は、対象物件の築年数で、具体的には建築時から相続、遺贈又は贈与の時期までの期間(1年未満の端数は1年に切り上げるので、最低でも1)となります。
②は、建物全体の総階数を基とした数値で、総階数÷33(1を超える場合は1)となります。なお、総階数には、地階は含まれないものとされています。
③は、対象物件の所在階で、地階である場合にはゼロとされています。
④は、「敷地持分狭小度」で、対象物件の敷地利用権の面積÷対象物件の専有部分の面積で計算します。なお、対象物件の敷地利用権の面積は、典型的には、建物全体の敷地面積に、対象物件に係る敷地権の割合(敷地に対する区分所有者の共有持分割合)を乗じた面積であり、また、対象物件の専有部分の面積は登記上の床面積とされています。
評価乖離率の算定に用いられる4つの要素は、現行通達価額と市場価格を乖離させている可能性のある要素であるということはいえると考えられます。以下、それぞれの要素につき検討します。
まず、対象物件の築年数については、多くの場合、築浅の物件であれば市場価格が高く、築古の物件であれば市場価格が低くなると考えられます。また、建物の現行通達価額は基本的に固定資産税評価額と同じですが、固定資産税評価額の算定にあたっては再建築価格に経年減価補正率を乗じるものの、一般的には固定資産税評価額は経年とともに減価償却を行うかのように減っていくわけではありません。したがって、新築から年数を経るとともに、市場価格が現行通達価額を上回る場合のその差額(以下「価格プレミアム」)が減っていく可能性はあると考えられ、価格プレミアムと築年数の間に一般的には負の相関関係がある可能性は考えられます。築年数に負の比例定数を適用して評価乖離率を算定する本通達の式は、それを反映させたものと考えられます。
次に、建物全体の総階数ですが、総階数が多ければ、敷地面積に対して建物面積が大きくなって土地をそれだけ有効利用できている可能性があり、そうすると、土地に係る現行通達価額はどのような建物がその土地に建てられているかにより影響を受けないのに対し、一般的には市場価格は土地を有効利用していることを反映して高くなっている可能性があるとは考えられます。そうすると、価格プレミアムと建物全体の総階数の間に一般的には正の相関関係がある可能性はあり、建物全体の総階数に正の比例定数を適用して評価乖離率を算定する本通達の式は、それを反映させたものと考えられます。
さらに、対象物件の所在階も、階数が高い場所に存在する物件は一般的には眺望等の面で条件がよいとして市場価格が高くなっているのに対し、基本的に建物の現行通達価額とされる固定資産税評価額は、階層別に補正率を適用して調整する制度が2017年から導入されたものの、未だにかかる条件による市場価格の違いを十分に反映できていない可能性はあります。そうすると、価格プレミアムと所在階の間に一般的には正の相関関係がある可能性はあり、所在階に正の比例定数を適用して評価乖離率を算定する本通達の式は、それを反映させたものと考えられます。
最後に、「敷地持分狭小度」は、対象物件の専有部分の面積に対するその専有部分に対応する敷地部分の面積の割合ですから、使用容積率(現に建てられている建物のために実際使われている容積率)が高ければ低くなります。したがって、「敷地持分狭小度」が低い数値であれば一般的には土地をそれだけ有効利用できていることになると思われます。そうすると、土地に係る現行通達価額はどのような建物がその土地に建てられているかにより影響を受けないのに対し、「敷地持分狭小度」が低い数値である場合、一般的には市場価格は土地を有効利用していることを反映して高くなっている可能性があるとはいえます。そうすると、価格プレミアムと「敷地持分狭小度」の間に一般的には負の相関関係がある可能性はあり、「敷地持分狭小度」に負の比例定数を適用して評価乖離率を算定する本通達の式は、それを反映させたものと考えられます。
評価乖離率の算定に用いられる4つの要素と価格プレミアムとの関係は、一般的には、上記のように考えられるかもしれませんが、例外的な場合も考えられます。例えば、「ヴィンテージマンション」と呼ばれるマンションの存在です。
「ヴィンテージマンション」と呼ばれるマンションの統一的な定義があるわけではありませんが、一般的には、住環境に優れた都心に近い立地や、高級感あふれる仕様などが評価されることにより、築年数を経ても価格が維持され(あるいは、むしろ希少性を評価されて価格が上昇して)、市場価格が非常に高いマンション(多くはいわゆる億ション)について、この呼称が用いられることが多いようです。かかるマンションであれば、築年数を経ても価格が維持されるどころか価格が上昇することもあるのですから、価格プレミアムと築年数の間に負の相関関係は成り立ちません。また、「ヴィンテージマンション」とされるマンションの多くは、低層マンション(総階数は多くても1桁)ですから、総階数が少ないから価格プレミアムが低くなるという関係も成り立ちませんし、所在階についても、そのマンションで最高階の物件でも低い数値に留まるので、所在階が低いから価格プレミアムが低くなるという関係も同様に成り立ちません。さらに、「ヴィンテージマンション」とされるマンションの多くは、敷地の面積に対して余裕のある建物の建て方をしていることが多く、使用容積率が低いため、「敷地持分狭小度」は高い数値となっているのですが、市場価格は非常に高いので、価格プレミアムと「敷地持分狭小度」の間に負の相関関係も成り立ちません。
また、タワーマンションに希少性があった頃(あるいは、今でも希少性がある郊外や地方)においては、総階数や所在階に応じて市場価格が高いという図式が成り立ちやすかった側面はありましたが、都心にタワーマンションが林立し、都心においてタワーマンションに希少性があるとは必ずしもいえなくなった今日この頃においては、都心に存在する低層マンションの方が、希少性を評価されて市場価格が高い傾向もあると考えられます。そうすると、「ヴィンテージマンション」といわれるような長い築年数を経ていないマンションにおいても、総階数及び所在階が価格プレミアムに対して与える影響は、評価乖離率の算式において前提とされているものと異なっている可能性があります。
本通達により、実際のマンションの相続税評価がどのようになるのかについて、試しに首都圏に所在する様々な種類のマンション数十件につき算定してみました。
まず、都心に所在するいわゆるタワーマンションでは、特に最上階近くでは評価乖離率が4近くになるところも多くあるなど、タワーマンションへの影響は、想定通り大きくなることが確かめられました。
しかし、マンションには、富裕層の節税策などとは全く縁のない、一般の人々が普通に暮らしているものも多くあります(というよりは、そちらの方が大部分というべきでしょう)。特に、東京23区外に出て都心まで数十キロメートルの距離の通勤の対象となるようなマンションも含め、本通達の影響を調べてみたところ、タワーマンションではないにもかかわらず、大規模なマンションであれば、評価乖離率として比較的大きな値が算出され、築浅であれば都心まで数十キロメートルの距離があっても評価乖離率が3を超える住戸が存在するマンションも多く見受けられました※1。そのように評価乖離率が3を超えてくる水準になると、現行通達価額に対する乗数はその60%になるにしても、相続税の評価額は現行通達価額の約2倍の水準となってきてしまいます。つまり万が一相続が発生した場合に課税対象となる資産であるマンションの評価額が2倍となり、例えば他の資産(例えば金融資産)で基礎控除額に達していれば、課税対象となる相続財産の合計額も2倍とされてしまう(累進課税の故に、税額は単純に2倍ではなく、3倍、4倍にもなり得る)ことになるわけです。
他方、前述の「ヴィンテージマンション」と呼ばれる高級物件についても、不動産業者の「ヴィンテージマンション」を紹介するサイトで検索した多数のマンションについて評価乖離率を試算してみたところ、基本的には評価乖離率が本通達で相続税の評価額が増額される5/3超に達しないものがほとんどで、比較的築浅で高層のもの(築20年余り、1桁台後半の総階数)であって評価乖離率が5/3超になるものであっても、評価乖離率が2まで達するものはありませんでした(つまり、60%を乗ずれば、現行通達価額に対する相続税の評価額の増加額は、せいぜい10%余り)。むしろ、築古で低層のもの(ヴィンテージマンションにおいては、それは必ずしも市場価格が低いことを意味するものではありません。)では、評価乖離率が1を下回り、0.5台になるものまで確認できました。つまり、本通達の適用により、相続税の評価額がむしろ減額され、現行通達価額の半分程度にまでされてしまうヴィンテージマンションもあることになります。
前述の「ヴィンテージマンション」と呼ばれる高級物件の実例における評価乖離率の試算からすれば、現行通達価額と市場価格の乖離を利用して相続財産の相続税法上の評価額を全体として下げる相続税の節税策は、そのような高級物件を用いることにより、本通達の影響をほとんど受けずにすみますし、むしろ評価乖離率が1を下回る物件を用いる場合には、本通達によりさらに節税の効果を増すことになります。
そのようにヴィンテージマンションと呼ばれるような物件を用いた節税策に、本通達では対応できていないことは、2023年7月14日付の日本経済新聞電子版の記事「マンション節税封じ『抜け道』懸念 高級中古や1棟買い」にも紹介されています。
さらに、これも同記事に紹介されていることですが、本通達は、区分所有財産を対象としているため、区分所有が可能な構造を有する建物(いわゆるマンション)であっても、区分所有せずに一棟全体を単独で所有すれば、その適用は回避されます。マンション節税最高裁判決の事案も、一棟全体を被相続人が所有していた事案ですから、同様の節税を行おうとする者は、マンション一棟全体を購入すれば、仮に購入時に区分所有建物であったとしても、購入後に区分所有を解消して、本通達の適用を回避することができます。「ヴィンテージマンション」と呼ばれる高級物件の実例を調べた中でも、現に区分所有されておらず、一の者が単独所有している物件がありました。
他方、本通達は、現行通達価額と市場価格の乖離を利用した相続税の節税策の封じ込めには失敗しつつ、そのような節税策などとは全く縁のない、一般の人々が普通に暮らしているマンションに対し、極めて広範に大幅な増税の効果をもたらします。富裕層の節税策などとは関係のない一般のマンション所有者にとっては、まさに「とばっちり」の状況ということもでき、不合理としかいいようがありませんが、それが本通達の実際の効果となることが予測されます。
そのように不合理というべき本通達の効果を受ける納税者においては、もし本通達の適用により算定される相続税の評価額が市場価格を上回ることになれば、本通達の適用により算定される相続税の評価額ではなく、市場価格を相続税の評価額として適用すべきことを主張できるでしょう。ただ、本通達の適用により算定される相続税の評価額が市場価格を上回るまでには至らなくても、本通達の規定の合理性を争える可能性はあります。すなわち、通達に定められた評価方法が合理的でなければ、その通達に定められた評価方法による評価はできないと解されていることからすれば、通達に原則的な評価方法とは別に特別規定による評価方法も定められている場合において、原則的な評価方法の合理性は否定されないが特別規定による評価方法に合理性が認められないときには、原則的な評価方法を適用すべきことになると考えられます※2。つまり、本通達の場合には、本通達の規定による評価に合理性がなければ、財産評価基本通達に規定される評価(すなわち路線価等を用いた評価)が適用されるべきことになると考えられます。
本通達が、現行通達価額と市場価格の乖離を利用した相続税の節税策の封じ込めに失敗していることだけでは、本通達の規定による評価の合理性は必ずしも否定されないかもしれません。しかし、評価乖離率の算式については、当然合理性が問われますし、たとえ仮に評価乖離率の算定に用いられる4つの要素と価格プレミアムとの関係について、一般的には本通達の評価乖離率の算式のような関係が成り立つとしても、例外的な事情がある場合にも一律にその算式を当てはめて評価を行う合理性があるのかどうかという問題があります。すなわち、本通達の評価乖離率の算式は、それら4つの要素と価格プレミアムとの間の相関分析によって導き出されたものではないかと推測されますが、相関分析は、あくまで統計的に平均値としてそのような関係がある(例えば、所在階が1階上がるごとに市場価格が平均的に1.8%ずつ上がる)ということを示すに過ぎず、実際の各物件についてそのような関係が成り立っていることを示しているわけではありません。そうであるにもかかわらず、例えば、隣接して同様の高さのマンションが建ち並び、高層階であっても眺望等の条件がよくなることは一切ないというような個別の事情を考慮せずに、一律の数式で評価を決めてしまってよいのかという問題があります。
また、そもそも区分所有財産だけを対象に評価の調整(多くの場合は上方修正)を行うことの合理性も問われます。土地の路線価がその市場価格を必ずしも反映せず、路線価と市場価格の差額の開差が問題であるというのなら、一戸建ても同様に評価の調整を行うべき理由がありますし、ましてや一棟買いされたマンションも同様の評価の調整を行うべき理由があるといえます。そうであるにもかかわらず、居住用の区分所有財産だけを対象として、評価の調整を行うことが合理的かどうかは、争う余地があるでしょう。
さらに、たとえ仮に本通達の制定に際してその基礎とされた事情からは、本通達の規定による評価の合理性が認められたとしても、事情の変更により本通達の規定による評価の合理性が認められなくなる可能性もあります※3。本通達の規定の合理性は、本通達において評価乖離率の算定に用いられる4つの要素と価格プレミアムとの関係に依拠していると考えられますが、どのような事情により価格プレミアムが生ずるのか(あるいは大きくなるのか)は、市場における評価の話しですから、大きく変わっていく可能性が高いと考えられます。例えば、タワーマンションが陳腐化し、低層マンションの方に価値が認められる方向性が強まるというようなことが考えられます。評価乖離率を求める算式については、本通達において適時見直しを行うものとはされていますが、実際の状況(見直しの有無及び適否を含む。)によっては、評価乖離率の算式が事情の変更により合理性を失うことになる可能性も考えられるでしょう。
※1
そのような評価乖離率3を超えるような住戸の存在するマンション(タワーマンションではないもの)としては、横須賀、厚木、川越、大宮、浦和、つくば及び千葉に存在するものを見つけましたが、網羅的に調べたわけではありませんので、他にも存在する可能性はあります。それらのマンションは、専有面積60~90平米台の典型的なファミリーマンションで、特別なプレミアムがつくような要素は一切見受けられませんでした。
※2
当職が納税者の訴訟代理人として勝訴判決を勝ち取った東京高裁平成25年2月28日判決では、非上場株式の評価について、株式保有特定会社に係る評価方法という特別規定の評価方法を適用する合理性が認められなかったが故に、原則的評価方法である類似業種比準方式が適用されています。
※3
前記註の東京高裁平成25年2月28日判決では、通達規定の制定当時における合理性は認められたものの、その後の事情の変更により当該通達規定は合理性を有しなくなったとして当該規定による評価が否定されました。
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