田中亮平 Ryohei Tanaka
パートナー
東京
NO&T Competition Law Update 独占禁止法・競争法ニュースレター
NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター
公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)は、2023年12月21日、「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド-カルテル・談合への対応を中心として-」(以下「本ガイド」といいます。)を公表しました※1。
これまでも、排除措置命令の中で再発防止策の策定が求められ、再発防止策の内容について公取委がコメントすることはありましたが、公取委が独占禁止法(以下「独禁法」といいます。)の違反リスクや独禁法に違反した場合の不利益を適切に回避・低減するための仕組み・取組(独占禁止法コンプライアンスプログラム)の在り方について全体像を示した指針はありませんでした。
独禁法違反は、企業として多額の課徴金を課されるリスクがあるだけでなく、刑事罰リスクや株主による代表訴訟等の訴訟リスクを生じさせ、指名停止等ビジネスに与える影響も甚大になりうる点で、取組の必要性が高いといえます。特に、近年は、公取委による立入検査等の摘発活動が活発化しており、取組の必要性がより一層増加しているといえます。
多くの企業では、独禁法違反防止に関する社内規程を定めたり、研修を行ったりするなど、一定の取組を既に行っていると思われます。もっとも、独禁法に関する社内規程等をすでに定めている場合でも、それぞれの企業が置かれているビジネス環境やリスク環境に照らして不十分であったり、運用が形骸化してしまったりすれば、独禁法違反のリスクを実効的に管理することが困難となります。また、実際に独禁法違反行為が確認された場合にリスク管理の仕組みやその運用に深刻な問題があれば、取締役の善管注意義務違反の問題も生じることになります。そのため、本ガイドに沿って自社の取組を整備する、又は見直すことは有用と考えられることから、本稿では、本ガイドの要点を概説いたします ※2。
本ガイドは、独禁法コンプライアンスプログラムを実効的なものとするためには、各会社の実情や独禁法違反リスクの内容に応じて、(1)独禁法コンプライアンス全般に関する施策、(2)違反行為を防止するための施策、(3)違反行為を早期に発見し、的確な対応を取るための施策を実施し、(4)プログラムの定期的な評価とアップデートが行われる必要があると指摘しています。
まず、独禁法コンプライアンス全般に関する施策として下記のような事項が指摘されています。
項目 | 主な目的 | 施策の内容 |
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経営トップのコミットメント |
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自社の独禁法違反リスクの分析 |
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基本方針・手続の整備・運用 |
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組織体制の整備 |
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企業グループとしての一体的取組 |
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また、独禁法違反行為を未然に防ぐための施策として下記のような事項が指摘されています。
項目 | 目的 | 施策の内容 |
---|---|---|
社内ルールの整備・運用 |
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社内研修の実施 |
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相談体制の整備・運用 |
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懲戒規則等の整備・運用 |
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「(2) 違反行為を防止するための施策」を十分に講じていたとしても、独禁法違反を完全に防止することは困難です。違反行為を完全に防止できずとも、違反行為を早期に発見し、迅速に的確な対応(課徴金算定期間の短縮、課徴金減免制度の利用等)をとることができれば、違反行為による不利益や社会的評価の低下は最小限にとどめることができます。
したがって、実務上、違反行為を早期に発見し、的確な対応をとることも極めて重要であり、そのための施策として下記のような事項が指摘されています。
項目 | 目的 | 施策の内容 |
---|---|---|
監査の実施 |
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内部通報制度の整備・運用 |
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社内リニエンシー制度の整備・運用 |
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独禁法違反の疑義が生じた後の的確な対応 |
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独禁法違反リスクは、各企業の事業内容や競争事業者の状況等によって、時々刻々と変化し続けているため、定期的に内容や施策の実効性を評価し直し、必要に応じてアップデートすることが、独禁法コンプライアンスプログラムを実効的に機能させるために必要です。
本ガイドは、企業の独禁法コンプライアンスプログラムを実効的なものとするために実施すべき施策について紹介するものであり、その内容は、基本的に、米国司法省(DOJ)の刑事局(Criminal Division)が2023年3月に改訂・公表した「企業コンプライアンス・プログラムの評価」及び同省の反トラスト局(Anti-trust Division)が2019年7月に公表した「米国反トラスト法(独禁法)違反に対する刑事訴追に関する運用を変更する重要な指針」※3内の評価要素に沿うものとなっています※4。
本ガイドでは、公取委が企業の独禁法コンプライアンスプログラムを評価する際の視点や考慮要素が明示されているため、今後は、独禁法違反事案が生じた際には、当該企業が(結果的に防止できなかったとしても)適切なコンプライアンスプログラムを実施していたか、本ガイドに照らして公取委を含むステークホルダーから評価されることになると思われます。
なお、本ガイドでは、「全ての企業に対して直ちにフルスペックのプログラムを整備・運用することを求めるものではな」く、特に中小企業など独禁法コンプライアンスのためのリソースが不足している企業等では、会社ごとにその会社の置かれた状況、独禁法違反リスクの内容に応じて、優先的に取り組むべき取組から対応することが望ましいとされています。すでに独禁法に関する施策を実施している企業についても、本ガイドを参照しつつ、適宜専門家のアドバイスを受けながら、自社の状況を踏まえてコンプライアンスプログラムをアップデートすることが望まれます。
※2
なお、本ガイドには、公取委がアンケートやヒアリングにより調査した「参考となる取組の例」が記載されています。本稿では、その内容までは立ち入りませんが、取組の具体例として参考になると思われます。
※3
これらの指針の概要については、2024年1月発行「米司法省「企業コンプライアンス・プログラムの評価」のアップデートを踏まえた人事・懲戒制度の見直し」(NO&T危機管理・コンプライアンスニュースレター83号)及び2019年8月発行「米司法省の方針転換―反トラスト局コンプライアンス・プログラム評価指針の公表と独禁法分野におけるDPAの活用」(NO&T企業不祥事・コンプライアンスニュースレター34号)をご参照ください。
※4
米国では、DOJ等の当局が訴追処分の内容や制裁金額を決めるにあたって、連邦量刑ガイドラインや上記でご紹介した米国司法省刑事局や反トラスト局の指針等により、実効的なコンプライアンスプログラムの整備・運用へのインセンティブをより高めるような制度設計となっていますが、独禁法上、実効的なコンプライアンスプログラムが整備・運用されていたとしても課徴金額が減免される制度はありません。また、本ガイドにおいて、実効的なコンプライアンスプログラムが整備・運用されているか否かが公取委による刑事告発の判断要素となるかについての言及はありません。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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