鳥巣正憲 Masanori Tosu
パートナー
東京
NO&T Health Care Law Update 薬事・ヘルスケアニュースレター(法律救急箱)
コロナ禍を経て、新しい医療提供の形であるオンライン診療の普及が進んでいます。オンライン診療における患者側の利便性を高める観点からは、オンラインで行う診療そのものだけでなく、オンライン診療を通じて処方された医薬品を受け取る方法も大事な要素の一つとなりえます。この点、薬機法の令和元年改正によってオンラインでの服薬指導が認められるようになり、オンライン診療で処方された医薬品を薬局から患者の自宅へと配送するサービスについても普及が進んでいます。
そのような中、2024年2月15日に、産業競争力強化法上のグレーゾーン解消制度に基づく事業者からの照会への回答として、オンライン診療を受診した患者へ医薬品を配送するための新たなスキームの適法性に関する厚生労働省の見解が示されました。本号では、上記のグレーゾーン解消制度に基づく照会及び回答の内容と、そこでポイントとなった薬剤師法に基づく規制の内容を紹介します。
本件のグレーゾーン解消制度に基づく照会では、医薬品卸売販売業の許可を有する事業者が、オンライン診療を行う医師の指示の下で、以下の(1)、(2)又は(3)のスキームにより、自費診療領域におけるオンライン診療を受けた患者に対して医薬品を配送することの適法性について確認がなされました。なお、いずれのスキームにおいても、男性型脱毛症(AGA)治療薬、勃起不全(ED)治療薬等の錠剤であって、特別な温度管理等を必要としないものが想定されています。
このうち、(1)院内処方スキーム①に関しては、(a)事業者の営業所における処方対象の医薬品の取り分けの際に処方医師がビデオ通話等の手段で監督を行う方法、(b)取り分けの際の監督は行わず、取り分け後に種類・数量・状態が確認できる写真を複数枚撮影して処方医師に送付の上確認を求める方法、(c)取り分けの際の監督は行わず、取り分け後にビデオ通話で処方医師による種類・数量・状態の確認を求める方法等、複数のパターンが照会対象とされました。
厚生労働省は、上記の各スキームのうち(1)院内処方スキーム①及び(2)院内処方スキーム②については、薬剤師法及び薬機法に照らして消極的な見解を示しました。具体的には、薬剤師法19条及び22条の規定により、医師等が自己の処方箋により自ら調剤を行う場合を除き、薬剤師でない者は販売又は授与の目的で調剤を行うことはできず、原則として調剤は薬剤師が薬局で行う必要があるところ、上記の各院内処方スキームについては実態として院内ではなく別の場所で、卸売販売業者が業務を行っており、医師が自己の処方箋により自ら調剤を行っていると判断することはできないとしました。また、医薬品の卸売販売業者は、業として、医薬品を取り扱う者に対して医薬品を販売することを前提として許可を与えられる業態であり、薬機法34条5項の規定により、その販売先は薬局開設者等に限定されているため、卸売販売業者が患者個人に対して医薬品を販売することはできないとしました。
他方で、上記の各スキームのうち(3)院外処方スキームについては、薬局の開設許可を取得し、薬局及び薬剤師の業務に係る薬剤師法、薬機法の規定を遵守した上で、薬剤師が薬局で調剤を行うことは可能であるとしました。
本件で厚生労働省が消極的な見解を示した各院内処方スキームについては、薬剤師法19条に基づく「調剤」行為を医師が自己の処方箋により自ら行っていると判断できるかがポイントになったと考えられます。薬剤師法上、「調剤」についての明文の定義規定は設けられていません。判例では、調剤とは「一定の処方に従って一種以上の薬品を配合もしくは一種の薬品を使用して特定の分量に従い特定の用途に適合する如く特定人の特定の疾病に対する薬剤を調製すること」を意味するとされています(大正6年3月19日大審院刑二部判決)。他方で、日本薬剤師会からは、「調剤の概念とは、薬剤師が専門性を活かして、診断に基づいて指示された薬物療法を患者に対して個別最適化を行い実施することをいう。また、患者に薬剤を交付した後も、その後の経過の観察や結果の確認を行い、薬物療法の評価と問題を把握し、医師や患者にその内容を伝達することまでを含む。」との見解が示されています(第十四改訂調剤指針増補版)。大正時代と比較すると、医療そのものやそこで使用される医薬品が高度化する中で、薬剤師に求められる役割も多様化している現代において、上記大審院判例の定義をそのまま当てはめることができるかは必ずしも明らかではなく、どのような行為が「調剤」と言えるかの判断は、実際には必ずしも容易ではありません。
この点に関し、厚生労働省が発出している各種通知の中にも「調剤」について明確に定義されたものは見当たりませんが、同省が2019年に発出した「調剤業務のあり方について」(厚生労働省医薬・生活衛生局総務課長通知・平成31年4月2日薬生総発0402第1号)は、「調剤」行為の範囲に関する同省の考え方を一定程度示唆するものとして参考になります。同通知は、調剤業務に関連して薬剤師以外の者に実施させることが可能な業務の基本的な考え方を整理したものであり、概要として、以下のような内容を示しています。
本件のグレーゾーン解消制度に基づく照会に対する厚生労働省の回答では、オンライン診療を受診した患者へ医薬品を配送するための一定のスキームについて、薬剤師法上の「調剤」に関する規制に基づき、その適法性について消極的な考え方が示されました。患者に医薬品を交付するにあたって行う調剤行為には特別な知識や技能が必要であり、それを欠く者が行なった場合には人の生命・健康に危害を及ぼすおそれがあることに疑いはありません。他方で、そのような危害を生じさせないよう担保することを前提に、デジタル技術の活用等を通じて、医療関係者の負担を軽減しつつ患者にとって利便性の高い医療サービスを提供するための工夫が求められる時代であることも確かです。また、今回厚生労働省から消極的な考え方が示されたケースは、現在の法令からすると適法性が認められにくい事例を前提にしていると思われますので、異なったアレンジを採用することによって同種のビジネスモデルについて適法性が認められる可能性もあると考えられます。薬局業務の効率化や外部委託に関する議論も進んでおり、今後、調剤の概念や範囲についてより明確な考え方が示され、医薬品の配送等の場面で事業者が提供することのできるサービスの範囲等についても更に議論が進むことが望まれます。
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