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企業不祥事の公表に関する近時の動向(アップデート)

NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 企業内で重大な不祥事が発覚し、まだ社外には広く知られていない場合に、これを一般に公表すべきかどうかは当該企業にとって非常に難しい判断です。もちろん、法律によって公表が具体的に義務づけられている場合もありますが(例えば景表法7条は、違反行為が再び行われることを防止するために必要な事項の実施に関連する公示を命令することができる旨を定めています。)、会社法や金融商品取引法に基づいて開示が求められる不祥事の範囲は必ずしも明確な基準がありません。また、法律上義務づけられていなくても、経営判断としての不祥事を公表するか否かに悩むことも少なくありません。この論点について参考になる裁判例はあまり蓄積がないものの、上場企業の大規模な不祥事の事例が積み重なる中で、近時新たに同様の問題点を扱った裁判例が現れています。そこで、本稿では新旧2つの裁判例の比較に触れつつ、将来不祥事の公表を検討する必要が生じた場合に考慮するべき実務上のポイントについて検討します※1

リーディングケース ~平成18年の事例

 食品販売会社において、食品衛生法上使用が認められていない添加物を使用した商品が販売されていたことを後から認識した取締役らに、その事実を公表すべき義務があると認められた事例として、ダスキン株主代表訴訟事件高裁判決(大阪高判平成18年6月9日、最決平成20年2月12日で確定。以下「平成18年判決」といいます。)があります。

 この事件は、被告が販売する食品に食品衛生法上認められていない食品添加物が混入していたことを一部の取締役が認識していたにもかかわらず、販売を継続するとともにこれを公表しなかったことで損害が発生したとして、取締役・監査役らの善管注意義務違反を主張して株主代表訴訟が提起された事件です。

 この判決では、まず食品の安全性確保が食品メーカーの社会的な責任であることに言及しつつ※2、未認可食品添加物の混入が判明した時点で取締役らにはその事実を公表すべき責任があったと判示しています。その上で、「自ら進んで事実を公表して、既に安全対策が取られ問題が解消していることを明らかにすると共に、隠ぺいが既に過去の問題であり克服されていることを印象づけることによって、積極的に消費者の信頼を取り戻すために行動し、新たな信頼関係を構築していく途をとるしかないと考えられる。」と踏み込んだ判示がなされています。これは食品の安全確保の重要性に鑑みて善管注意義務の具体的な内容として厳しい行為義務を認定したものといえますが、不祥事の公表の判断についても通常の善管注意義務の判断と同様に経営判断原則が適用され、取締役に一定の判断裁量が認められることと矛盾はしないと考えられます。

近時の裁判例

 上記の平成18年判決に加え、同様の論点について、近時大阪地方裁判所が判断を示しました(大阪地判令和6年1月26日。以下「令和6年判決」といいます。)。

1. 不祥事の公表に関する判旨概要

 本事案は、上場会社の子会社が、建築基準法所定の指定建築材料として国土交通大臣に認定された免震積層ゴムについて、認定において定められた技術的基準に適合していない製品を製造、販売していた事案について、出荷停止、監督官庁への報告及び一般への公表の遅れが当該上場会社の取締役の善管注意義務違反を構成する旨を主張する株主代表訴訟です。本判決では、一般論として不正行為の調査途中であっても速やかに公表を行う義務が認められる場合がある旨を判示し、本件においては、取締役らが、大臣評価基準に適合しない製品があることの報告を受け、その事実が認識された時点で「国交省に報告する判断をすべき義務(報告義務)を負うとともに、一般への公表をする判断をすべき義務(公表義務)を負っていたというべきである」としています。

2. 報告義務・公表義務

 本判決は、上記平成18年判決同様、指定建築材料が建物の安全性に関わることを示しつつ、指定建築材料を製造する企業の役員としての善管注意義務を具体化し、報告義務及び公表義務を導いています※3。すなわち、本判決も不祥事の公表に関する取締役の判断裁量を一律に否定したわけではなく、建築基準法の保護法益である建物の安全性ないしその利用者の安全を保護するために必要な措置として、本事案の状況の下では速やかに当該問題を公表し、当該製品(を使用した建物)の利用者に対して安全上の懸念が存在するかもしれない状況に対処する機会を与えることが必要であったことを導いていると考えられます※4

 また、本判決では、不正行為の調査途中で建物の安全性にどの程度懸念があるのかが不明であり、公表を行えばかえって不必要に混乱を拡大させるおそれがある状況であっても公表の必要性が認められる場合があることを明らかにしています※5

 さらに、具体的な検討の中では、当該製品が技術的基準に適合していない可能性が指摘されて出荷停止が検討されつつも、製品の性能試験の計測値の補正方法によっては基準に適合するといった議論が行われていた平成26年9月の段階では公表義務が認められない一方、従前の補正方法に技術的根拠が乏しく、かつ(基準に適合するという結果が得やすくなると思われる)一定の補正方法を採ったとしても一定数の製品が基準を満たさないことが判明した同年10月の会議時点における公表義務が認定されました。また、基準を満たさない製品の範囲及び原因や、交換対応等の方針・体制を整えた上で公表を行うべきであったという一部被告からの主張については、当時それらの方針がいつ定まるのか見通しが立っていなかったこと、対応が行われる見込みがあったかどうかも明らかでない状況であったこと等を理由に退けられました。

 この判示によれば、複雑ないし大規模で事実関係の調査や不正行為に起因する問題への対応方針の策定に時間を要する場合において、製品の品質が基準を満たしているかどうかといった核心的な問題について結論が出ていない段階で公表を義務づけられるわけではないものの、問題の全体像の把握や対応方針の策定まで公表を遅らせることは必ずしも正当化されず、特にそれらの時期に見通しが立たない場合はその時点で公表に踏み切るべきであるという考え方が示唆されています。

3. 公表義務違反と損害

 令和6年判決では、公表義務の発生前に出荷済みの製品の対応に要する費用や社外調査チームによる調査費用は、公表義務違反との因果関係が認められないとしたものの、会社の信用毀損による2,000万円の損害を認定しました。判決の中では、同社で以前同種の問題が発生して社会的信用の回復が図られていた時期であったこと、公表義務の発生時点で公表を行っていれば少なくとも5件の製品が出荷されなかったはずであることや、出荷停止の遅れが報道の中で批判されていたことが、信用毀損を基礎づける事情として指摘されています。これらの事情は本件固有の事情であり、一般的には公表義務違反に基づく会社の損害を具体的に立証することは令和6年判決を踏まえても容易ではないものと思われます。

4. 平成18年判決と令和6年判決の比較

 公表義務の点について、平成18年判決と令和6年判決を比較すると以下のようになります。

平成18年判決 令和6年判決
公表義務の根拠 善管注意義務
考慮された保護法益 食品の安全性 建物の安全性
公表義務発生の基準 自ら積極的には公表しないという方針を採ったことが善管注意義務違反とされており、公表義務の発生時期について明示的な言及はない。 一般論として、調査の途中においても速やかに何らかの報告・公表をすべき場合もあると考えられる
具体的な公表義務発生のタイミング 未認可食品添加物の混入が判明した時点 出荷済みの製品の少なくとも一部が大臣評価基準に適合しないことが取締役に報告された時点(不適合製品の総数や原因、安全への影響の程度は明らかになっていない時点)
行為義務の内容(公表以外の行為義務との関係) 販売を中止し在庫を廃棄するとともに、その事実を消費者に公表するなどして販売済みの商品の回収に努めるべき社会的な責任があった 可及的速やかに国交省に報告するとともに、一般に向けてかかる事実を公表することが求められるというべき(出荷停止義務は公表義務よりも早いタイミングで認定されている)
公表義務違反と因果関係があると認定された損害の性質 仮に積極的な事実の公表が周到な準備のもとになされた場合には、現実に生じた損害のうち相当程度のものが回避し得た可能性があったものと推認することができる。 会社の信用毀損による損害(市場対応費用や調査費用との因果関係は認められなかった)
認定された損害額 会社の全体の出捐額の2~5%
(「かなり控えめに算定」)
2,000万円

 このように見ると、平成18年判決と令和6年判決の公表義務の判断枠組みは大きく異ならないものの、令和6年判決ではより詳細に不正行為の公表等の判断に至る経緯が認定された上で、当該事案について不明ないし検討未了の事項がある時点であっても公表義務が発生しうるとしたことが注目に値します※6・7

今後の実務的な対応ポイント

 上記のとおり、令和6年判決は平成18年判決における企業不祥事の公表の判断に関する善管注意義務の判断枠組みを変更するものではないと考えられるものの、調査途中においても速やかに一般に公表することが求められる場合があるなど、取締役にとって厳しい判断が迫られる場合があることを示唆し、具体的な経営陣による企業不祥事対応の検討過程を検証した上で、全容解明に至る前の一時点において不祥事を公表する義務が発生したことを認定しました。他方で、前提事実の調査が終わるタイミングについて見通しが立っている場合に、当該調査の完了を待つことをある程度許容すると思われる文言もあり、引き続き当該事案固有の事情に応じて公表のタイミングを判断していかなくてはならないと考えられます。

 企業不祥事の公表は、株式市場や取引先との関係等企業不祥事のインパクトが一気に顕在化するタイミングであり、取締役としてはなるべく広く正確に事実関係を把握した上、社外からの追及に耐える準備を十分に講じてから公表を行いたいと考えがちです。上記の裁判例は、そのような企業のダメージコントロールを必ずしも全面的に否定するわけではないと解釈できるものの、この問題が取締役にとって一層難しい判断になることには変わりありません。そのような緊急事態においてより適切な判断を下すためには、どのような判断要素に基づいて誰がどのように企業不祥事の公表を判断するのか、平時においてシミュレーションやディスカッションを行うことも有益と言えるでしょう。

脚注一覧

※1
品質不正事案を中心とする従前の企業不祥事の公表実務の考察については、危機管理・コンプライアンスニュースレターNo.24「企業不祥事の公表に関する近時の動向」もご参照ください。

※2
食品の安全性の確保は、食品会社に課せられた最も重要で基本的な社会的な責任である。・・・〔未認可食品添加物の〕混入が判明した時点で、・・・直ちにその販売を中止し在庫を廃棄すると共に、その事実を消費者に公表するなどして販売済みの商品の回収に努めるべき社会的な責任があったことも明らかである。」

※3
「免震積層ゴムである本件出荷品を含む〔製品〕は、・・・建物に作用する地震力を低減する機能を有する指定建築材料として建物の耐震性能の維持に直結する機能を有するものであって、〔製品〕を用いる建物の安全性に関わるものであるから、かかる製品を販売する企業の取締役としては、出荷済みの製品が大臣評価基準に適合しないものであった場合には、可及的速やかに国交省に報告するとともに、一般に向けてかかる事実を公表することが求められるというべきである。」

※4
経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(2019年6月)についても、公表の判断においては「被害の大きさ(人の身体の安全や健康に関わるものか)や影響範囲(不特定多数に及ぶか、継続しているか)等を踏まえ」ることが必要であるとされています(同96頁)。

※5
「大臣評価基準に係る基準違反の内容、それによる影響の程度、改修の方法及び可否等の事情が明らかでないまま不正確ないし不確実な報告・公表をした場合、かえって不必要な混乱を招くなど当該製品や当該製品を用いる建物の安全性に対する信頼を損ねるおそれもあるものの、そのような調査に要するとして長期にわたって報告・公表をしないことは通常は相当ではなく、また、基準違反の内容やそれによる影響の程度等によっては、調査の途中においても速やかに何らかの報告・公表をすべき場合もあると考えられる。」

※6
平成18年判決はそもそも「『自ら積極的には公表しない』というあいまいな対応を決めた」状況であり、いつ公表すべきかが問題になっていなかったためこの点については判断が示されていなかったものと思われます。

※7
本判決では、違法行為を認識した時点から国交省に報告したときまでに3ヶ月経過していることを消極に評価しているようであり、調査に時間がかかるとしても、少なくとも当局には速やかに報告することが求められています。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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