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2024年デラウェア州一般会社法(DGCL)の改正のポイント

NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 2024年8月1日に、デラウェア州一般会社法(以下「DGCL」といいます。)の新たな改正(以下「本改正」といいます。)が施行されました。本改正は、主に、West Palm Beach Firefighters’ Pension Fund v. Moelis & Co.※1(以下「Moelis判決」といいます。)、Sjunde AP-Fonden v. Activision Blizzard, Inc.※2(以下「Activision判決」といいます。)及びCrispo v. Musk※3(以下「Crispo判決」といいます。)という3件の最近のデラウェア州裁判所判決で提起されたM&A・会社実務上の問題に対処するものとなっています。

 本ニュースレターでは、Moelis判決、Activision判決及びCrispo判決の内容及びこれらの判決に基づいて改正された主なDGCLの条文について解説します。

Moelis判決:会社と株主との契約における株主の同意権等

 第141条(a)※4は、デラウェア州の会社の事業及び業務は、DGCL又は会社の基本定款(certificate of incorporation)において別段の定めがある場合を除き、取締役会によって又は取締役会の指示の下に運営されると規定しています。そして、判例法上、取締役は当該権限を行使する際に、会社及び株主に対して信認義務を負うものとされています※5

 Moelis判決の事案において、Moelis社は、その創業者株主との間で契約を締結していたところ、同契約には以下の条項が含まれていました。

  1. 会社の取締役会が一定の行動を取るためには、創業者株主の書面による事前同意が必要である。
  2. 創業者株主は、取締役会及びその傘下の委員会の構成員の過半数を選任する権利を有する。

 これらの条項について、デラウェア州大法院(Court of Chancery)は、第141条(a)に定める取締役会の経営権限を不当に制約するものであって無効とする判決を下す※6一方で、これらの条項が株主との契約だけでなく会社の基本定款にも含まれていれば問題にならなかったことを示唆しました※7

 これまで株主との契約に含まれるこのような規定が無効であるという認識は一般的に実務上存在しなかったため、Moelis判決は既存の契約の多くの類似の条項を無効とするリスクを生じさせました。そこで、本改正では、Moelis判決を受けたかかる実務家の懸念に対応するため、会社が行うことができる行為をリストアップしている第122条に次のような改正を加えました。

  1. 第141条(a)の規定にかかわらず、会社は、株主(又は株主候補)との間で、DGCL(管轄選択に関する第115条を除く。)及び会社の定款に違反しない内容である限りにおいて、契約を結ぶことができ、かかる契約には以下の条項を含むことができる※8

    1. 一定の行為を制限又は禁止する条項
    2. 一定の行為を行う前に、一定の者(取締役会、一部の取締役及び一部の株主を含む。)の承認を必要とする条項
    3. 会社又は一定の者(取締役会、一部の取締役及び一部の株主を含む。)による、一定の行為を行う(又は行わない)旨の誓約条項
  2.  会社が、第122条に挙げられている行為(上記(1)の契約締結を含む。)を行うにあたり、かかる行為ができることが会社の基本定款に規定されている必要はない※9
  3. また、本改正は、上記と合わせて、第122条に以下の改正を行いました。

  4. 取締役会の権限を役員又は代理人に委任する契約は、第141条(a)に従う※10

 上記(3)の規定は、取締役会は、会社の定款に基づいて許容されない限り、取締役会の権限を役員や代理人に委任することはできないことを明確化したもので、コーポレート・ガバナンスにおける取締役会の中心的な役割を再確認したものと言えます。

 注意すべき点としては、本改正によっても、取締役会が会社及び株主に対して信認義務を負うことには変わりがなく、取締役が株主との契約を締結することの是非に関する判断や当該契約を履行又は違反するかの判断にもかかる信認義務の適用があることが挙げられます。また、第122条(18)(上記(1))の創設により基本定款に同様の規定を置く必要がなくなったかどうかについても一考が必要です。すなわち、契約にしか規定を置かなかった場合、会社がかかる規定に違反したとき、株主は契約違反の請求による救済しか認められない一方、基本定款にも同様の規定を置いていた場合、株主は、取締役に対して信認義務違反も訴えることができると考えられます。そこで、本改正後も、会社の行為についての拒否権等を欲する株主は、かかる権利を、株主との契約と会社の定款のいずれか又は双方に組み込むべきかを、引き続き検討する必要があると考えられます。

Activision判決:取締役会による契約等の承認決議の対象

 DGCLでは、会社が合併契約を締結するためには、(i)取締役会が合併契約を承認する決議を採択し、(ii)合併契約を締結し、(iii)合併契約又はその簡単な要約を含む適切な通知を株主に送付する、という手続を履践しなければならないとされています※11。また、合併契約には、存続会社の定款の修正案を含めるか、かかる修正は行われない旨を明記する必要があり、株主の承認後にこれらに関する内容を修正することはできないものとされています※12

 Activision判決の原告は、MicrosoftによるActivision Blizzard, Inc.(以下「Activision」といいます。)の買収について、Activisionの取締役会が、以下の理由により上記の手続を適切に履践しなかったと主張しました※13

  1. 取締役会で承認された合併契約は最終版のドラフトではなく、また、ディスクロージャー・スケジュール(表明保証の例外を定める開示別紙)も含まれていなかった。
  2. 取締役会が合併契約を承認した後に、取締役会の委員会が合併契約のクロージング前に配当を行うことについて交渉した。
  3. 取締役会が株主に対して送付した通知において、(ア)存続会社の修正定款が含まれておらず、また、(イ)(当該通知に添付されたproxy statement(委任状説明書)には合併契約の概要が含まれていたものの)当該概要が当該通知の本文には含まれていなかった。

 裁判所は、取締役会が承認する合併契約は、基本的に完全なもの(essentially complete)でなければならないところ、本件で取締役会が承認した合併契約には、サイニングからクロージングまでに支払われる最終的な対価の額やクロージング前の配当の有無等の重要な詳細が欠けていると合理的に考えられると判断しました※14。また、上記(3)の理由により本件の株主通知には不備があったと判断を下しました※15

 もっとも、実務においては、取締役会の承認時までに合併契約が完全に最終版になっていないことも多く、特にディスクロージャー・スケジュール等の別紙の最終化は間に合わないことが多いのが実情です。また、通知に添付したproxy statementに記載があればその内容を通知したと考えるのが、実務上の取扱いでした。そこで、Activision判決を受けた実務への対処として、本改正により、DGCLに以下の条項が新たに追加されました。

  1. 第147条:取締役会の承認が必要な契約書、文書又は書類については、承認された時点で最終的な形式又は実質的に最終的な形式(in substantially final form)になっていなければならないとされました。「実質的に最終的な形式」は条文上定義されていませんが、本改正の脚注によれば、重要な条件が(ア)契約書等に記載されているか、(イ)取締役に提示された又は取締役が把握しているその他の情報又は資料を通じて判断できるようにされている、のいずれかでならなければならないとされています。同条はまた、契約書等又は契約書等を参照する証明書をデラウェア州州務長官(Delaware Secretary of State)にファイリング(提出)する義務がある場合、取締役会の承認後ファイリングまでの間に、取締役会は契約書等を追認することが可能で、追認の効果は最初の取締役会の承認時に遡及するとしています。従って、合併契約が当初取締役会によって承認された時点で実質的に最終版であったかどうかが不明確な場合、取締役会は、ファイリング前に最終版を追認すれば、合併契約の無効のリスクを避けることが可能になりました。
  2. 第268条(a):株主が対価の一部として存続会社の株式を受け取らない合併(典型的には、現金対価の合併)においては、取締役会による合併契約の承認を得るために、合併契約において、存続会社の定款に関する条項を含める必要はなく、存続会社の定款変更は存続会社の取締役会の決議によって可能であるとされました。
  3. 第268条(b):合併契約書に明示的に別段の定めがない限り、契約書に含まれる表明、保証、誓約又は条件を修正、補足、限定又は例外とするディスクロージャー・スケジュール等の文書は、取締役会による合併契約の承認との関係では、合併契約書の一部とはみなされないと定められました。
  4. 第232条(g):通知に同封又は添付された文書は、通知が適切に送付されたかの判断にあたり、当該通知の一部を構成するものとみなされることが明確にされました。従って、通知書に添付されたproxy statementに合併契約の要約が記載されている限り、通知書に要約が記載されていなくても、通知書に不備は生じないことになります。

 これらの改正により、合併契約の承認及び株主への通知に関する現状のプラクティスの合法性がDGCL上担保されたと言えます。

Crispo判決:合併契約に基づく株主の逸失プレミアム及び株主代表の任命

 Crispo判決については、当事務所発行のNO&T U.S. Law Update ~米国最新法律情報~ No.117「デラウェア州M&A最新判例アップデート 2023年下半期編」のI.に詳述していますので、まずはそちらをご参照下さい。同ニュースレターに記載の通り、合併契約においては、2005年のCon Ed判決を受け、買主が合併契約に違反し合併を履行しなかった場合に買主に実質的な損害賠償義務を負わせることにより買主による合併契約違反のリスクを減らす観点から、合併契約に違反した買主に対する、株主の逸失プレミアム相当の損害賠償請求を可能にする方法として、①株主が逸失プレミアムを買主に直接請求するための第三受益者の地位を株主に明示的に付与する、②株主に代わり対象会社を逸失プレミアムについて損害賠償できる独占的代理人とする、③買主が賠償する対象会社の損害に、株主の逸失プレミアムを含むとする、という3つのアプローチのいずれかが用いられるのが一般でした(いわゆるCon Ed条項)。このうち①のアプローチは買主が株主から直接訴訟を提起されるリスクを高めることになるため、合併契約の交渉を難しくする側面があります。そこで、②のアプローチ又は③のアプローチが実務上好まれていたところ、Crispo判決は、上記ニュースレターに記載の通り、②のアプローチについては、契約当事者が一方的に自らを契約当事者ではない第三者の代理人に指名することについて法的根拠がないとして懐疑的な立場を取っているように思われ、脚注において、合併が成功しなかった場合に株主の逸失プレミアムを請求する目的で対象会社を株主の代理人とする内容の規定を基礎定款に追加することが解決策となり得ることに言及しましたが、上場会社にとって株主総会で基礎定款の修正決議をするのは容易ではないという問題がありました。また、③のアプローチについては、原則として、デラウェア州の契約法の理念に照らして法的拘束力を有しない罰金(penalty)の請求条項であるという裁判所の立場が明らかになりました。そこで、このままでは、Con Ed条項が効力を有さず、合併契約を買主が(株主の逸失プレミアムを含まないので少額の損害賠償のみで)簡単に破棄できてしまうというリスクが高まるという懸念が実務家の間に生じていました。

 これを受けて本改正は、第261条(a)(1)を追加し、対象会社は、合併契約にその旨の規定があれば、買主が合併のクロージング前の義務の履行を怠った場合に、他の救済手段に加えて、損害賠償(株主の逸失プレミアム相当額を含む。)を請求することができることを明確化しました。また、これらの損害賠償の支払いを受けた当事者は、当該金額全額を自ら保持することが可能であるものと定めました。従って、対象会社としては株主の逸失プレミアム相当額を損害賠償金として受け取っても、それを株主に分配する必要はないことになります。これは、上記③のアプローチを法的に有効なものと認めたものと言えます。

 また、第261条(a)(2)では、合併契約に、合併契約に定める株主の権利を代理で行使するための株主代表(stockholders’ representative)を任命する条項を含めることができることが明示的に規定されました。そして株主代表には合併の存続会社自体も就任できることを定めています。これは、上記②のアプローチを法的に有効なものと認めたものと言えます。

まとめ

 本ニュースレターに記載した本改正の内容は、いずれも、これまで一般に行われてきた実務の有効性について、裁判所がこれを否定又はこれに疑義を唱えたことを受け、(裁判所の判断を肯定するのではなく)むしろこれまでの実務に法律上の根拠を与えて有効とするための改正でした。場当たり的な法改正であるようにも見受けられるものの、本改正がなされなければこれまでに積み重ねられ得てきた実務上の工夫の有効性が不安定になっていたことから、デラウェア州法に基づいて行われるM&A取引の法的安定性を担保する結果となる本改正は実務家にとっては好ましい改正と言えます。また、類似の実務は日本でも行われているため、日本における実務や立法作業においても参考になると思われます。デラウェア州においては、今後もこのように従前の実務が裁判所に否定され、それを受けて法改正がなされるというサイクルが繰り返されると思われるため、継続的に動向を注視し、合併契約等のドラフティング等に反映していくことが肝要です。

脚注一覧

※1
W. Palm Beach Firefighters’ Pension Fund v. Moelis & Co., 311 A.3d 809 (Del. Ch. 2024)

※2
AP-Fonden v. Activision Blizzard, Inc., 2024 Del. Ch. LEXIS 63

※3
Crispo v. Musk, 304 A.3d 567 (Del. Ch. 2023)

※4
以下条文は全てDGCLの条文を指します。

※5
Arnold v. Soc’y for Sav. Bancorp, Inc., 678 A.2d 533, 539 (Del. 1996)参照

※6
Moelis, 311 A.3d 809, 823 (Del. Ch. 2024)参照

※7
Moelis, 311 A.3d 809, 822 (Del. Ch. 2024)参照

※8
第122条(18)として新たに追加されました。

※9
第122条柱書の改正

※10
第122条(5)の改正

※11
第251条

※12
第251条(b)(3)

※13
Activision Blizzard, 2024 Del. Ch. LEXIS 63, 6参照

※14
同上

※15
Activision Blizzard, 2024 Del. Ch. LEXIS 63, 16参照

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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