
洞口信一郎 Shinichiro Horaguchi
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東京
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インドの人口増加と経済発展に伴い、インフラ整備等が急ピッチで行われ、近年、分譲/賃貸住宅、オフィス、商業施設、物流施設などの不動産マーケットが拡大している。日系企業にとってもインドの不動産マーケットは東南アジア等と並んで有力な投資先となっており、堅調に推移している。もっとも、インドの不動産法制は日本とは異なる点も多く、不透明な部分が多いと感じている日系企業も存在するであろう。そこで、本稿では、インドの不動産法制のうち実務でもよく問題となる不動産登録制度とその調査(デュー・ディリジェンス)について、日本との差異を示しながら概観していきたい。
日本において不動産の登記制度が存在するように、インドにも不動産の登録制度が存在する。インドにおける不動産登録制度は、The Registration Act, 1908(1908年登録法)に基づき、一定の不動産取引※1について、原則として、取引文書の締結から4ヶ月以内に、当該不動産が所在する副登録所(Sub-Registrar)での登録が必要とされ、権利譲渡は登録によってのみ有効となるとされている。
日本において不動産登記制度は物権変動の「対抗要件」として機能しており、登記をしなくとも所有権の移転等の物権変動は効力が認められるのが原則であるが、インドにおける不動産登録制度は物権変動の「効力発生要件」として機能しているため※2、当該物権変動の効力を発生させるために登録が必須となる。
日本の不動産登記制度が不動産登記簿において対象不動産に関して過去の権利変動が一覧できるような形になっているのとは異なり、インドの不動産登録制度は不動産取引における一定の文書(譲渡証書等)が登録される形となっている。そのため、インドでは、不動産取引の際、いわゆる不動産譲渡契約又は不動産賃貸借契約などの取引を証する契約書とは別に、不動産登録に必要となる譲渡証書又は貸借証書が作成されることが多い。また、インドでは原則として締結後4ヶ月以内に登録しなければならず、登録免許税や印紙税も登録時に支払わないといけないため、取引の実行前提条件に時間がかかるものや条件充足に不確実性が存在する場合には、前者を予約契約として締結し、前提条件が充足された段階で譲渡証書又は貸借証書を締結し登録するという取扱いがなされることがある。
書式や内容の粒度に差異はあるものの、誤解を恐れずにあえて言えば、日本においても不動産売買契約とは別に司法書士が登記申請のために登記原因証明情報を作成することがあるが、それと同様に、2種類の文書が作成されると想像すれば分かりやすいかもしれない。
インドにおける不動産登録は所轄の登録局に赴き、譲渡証書等の登録申請をする必要があり、登録申請から完了までの期間も登録局によってまちまちである。日本の不動産登記の場合もオンラインや郵送での申請を除けば所轄の法務局にて申請する必要があるため、その点はそれほど差異はないものの、日本の登記申請から完了までの期間は法務局が繁忙期か否かで多少変動するが概ね1週間から2週間程度であるところ、インドにおける不動産登録完了までの期間は変動幅が大きく、登録を担当する法律事務所との密なコミュニケーションが要求されるところである。
不動産の権原についてデュー・ディリジェンスを行う場合、日本では、対象土地の不動産登記事項証明書の権利の一部である甲区欄を確認することによって、当該対象土地の所有権がどのように移転してきたか、現在の所有名義人が誰かが分かる。もちろん、理論的にいえば、当該登記事項証明書の記載が対象土地の所有権の帰属について公信力を与えるものではないため、当該登記事項証明書から確認できる所有名義人の記載をもって対象土地の所有権が所有名義人に帰属していることを断言できるものではない。しかし、対象土地が当該所有名義人に帰属していることにつき疑いを惹起する特段の事情がない限り、実務上、当該所有名義人が対象土地の所有権を有していると推認しうると考えるのが通例である。
これに対して、インドの不動産登録制度は、上述したように、日本のように特定の対象不動産について過去の権利変動が一覧できる形ではなく、不動産取引における一定の取引文書(譲渡証書等)を登録する形になっているため、調査の対象となる土地の権利について確認するには、理論的には、その原始的な取得者から現在の所有者まで権利移転が有効かつ適式になされているかを当該土地に関して登録された取引文書を逐一確認しなければならない。もっとも、対象土地に関して登録された取引文書の全てを過去に遡って確認するのは非現実的かつ非効率であるため、一定の合理的と思われる期間に絞って調査することが一般的である。かかる期間については、過去30年分とされることが多いが、絶対的な基準ではなく案件によってまちまちである。対象土地の履歴や用途などを踏まえた上で、合理的な期間に限定していくことが肝要である。
また、登録されている不動産に関する取引文書は英語ではなく現地語で記載されている場合が多く、さらに不鮮明な場合や電子化されていない場合も少なくない。このため、合弁契約等のサポートを依頼する現地法律事務所とは別に、対象不動産が所在する州の法律事務所をリテインして当該デュー・ディリジェンスを行うことが多いが、当該文書の判読や探索等に時間を要することも多く、こういった点も考慮して取引スケジュール等を組む必要がある。
上述したとおり、インドにおける不動産デュー・ディリジェンスのハードルは高いため、Title Insurance(権原保険)を用いることができないか検討される場合がある。Title Insuranceとは、概要、不動産取引に伴い対象不動産の権利の瑕疵が事後発覚した場合の損害をカバーする保険であり、インドと同様に取引証書の登録という仕組みを有している米国において、不動産取引において広く用いられている保険である。しかしながら、インドでは一部類似の保険が導入されているものの、登録されている実際の取引文書の質や数、保険会社の経験値などが理由で一般化まではされていないと認識されている。インドにおける不動産のデュー・ディリジェンスのハードルを下げるためにもTitle Insuranceの普及が待たれるところである。
このようにインドにおける不動産登録制度やその調査は日本と違うところも多いが、他方、かかる差異を押さえることによって理解しやすくなる部分が存在するのも事実である。インド当局も不動産登録制度の改善を課題の一つとして認識しているため、かかる改善にも注目したい。
※1
100ルピー以上の価値を有する不動産に係る権利の譲渡、発生及び消滅について、並びに1年以上の期間の定めを有する不動産賃貸借について、登録が義務とされている。
※2
The Indian Stamp Act, 1899(1899年印紙税法)により、一定の取引文書については印紙貼付義務が課されており、印紙税が支払われていない場合、一定のペナルティを課されるとともに、当該文書は証拠として認められず、当該契約は執行できないとされている。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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