
大久保涼 Ryo Okubo
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
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ニュースレター
米国HSR企業結合届出規則の改正について(2024年11月)
米国HSR企業結合届出の基準額及び手数料の改定(2025年)(2025年1月)
2025年4月4日、米国ワシントン州において、企業結合取引について業種を問わず州レベルでの事前届出を義務付けるUniform Antitrust Premerger Notification Act(以下「本法律」といいます。)が制定されました※1。本法律の効力発生日は2025年7月27日(以下「本効力発生日」といいます。)とされています。
これまでも、ワシントン州を含む複数の州においてヘルスケア事業等の特定の業種のみを対象とする州レベルでの企業結合の事前届出規則は制定されていました。しかし、本法律は、特定の業種のみを対象とするものではなく、対象を拡大して、ワシントン州内に主たる事業所を有しているか、ワシントン州内で一定の売上げ要件を満たしている企業結合取引の当事者をも対象としています。
本法律は全米で初めて州レベルで業種を限定しない企業結合届出規制が定められたという点で注目を浴びています。そこで、本ニュースレターでは、本法律の内容を紹介すると共に、他州の動向も含めた今後の展望について解説します。
本法律では、本効力発生日以降にHart-Scott-Rodino Antitrust Improvements Act of 1976(HSR法)に基づく企業結合の事前届出(以下「HSRファイリング」といい、その際当局に提出するフォームについて、以下「HSRフォーム」といいます※2。)を連邦取引委員会又は司法省反トラスト局に対して行う場合であって、以下の要件のいずれかを満たす場合には、HSRファイリングと同時に、HSRフォームの写し(及び一定の場合にはHSRフォームと共に連邦取引委員会又は司法省反トラスト局に提出された添付書類の写し※3)をワシントン州の司法長官(Attorney General)に対して提出することが義務付けられています※4。
本法律は、HSRファイリングと同時にワシントン州への届出を義務付けるのみであり、予定されている取引についての州の司法長官の承認は不要です。また、HSRファイリングと異なり取引の待機期間を定めておらず、ファイリングフィーも不要です。また、本法律は、州の司法長官に追加的に何らかのエンフォースメントの権限を付与するものではありません。
当事者が本法律に基づくワシントン州当局への届出を怠った場合、民事罰として違反期間につき一日当たり最大10,000ドルの罰金が課せられる可能性があります※8。
なお、情報の取扱いについて、本法律では、ワシントン州の司法長官が、提出されたHSRフォームや添付書類の写し、ワシントン州当局に届出が行われたという事実等について情報を開示することを原則として禁止しています。もっとも、この原則にはいくつか例外があり、例えば、当該取引が法的手続や訴訟に関連する場合に当該法的手続や訴訟においてこれらの情報を開示すること(但し、行政庁、裁判所又は司法官により登録される保護命令に服します。)や、連邦取引委員会、司法省反トラスト局や本法律と同様の法律を制定している他州の司法長官にこれらの情報を共有することは認められています。
本法律は、2024年に統一州法委員会(Uniform Law Commission)が発行したUniform Antitrust Premerger Notification Act(州レベルの企業結合の事前届出規制に関するモデル法案。以下「モデル法」といいます。)をベースに作成されています(なお、ワシントン州独自の要件として上記(3)が追加されています。)。現在、ワシントン州以外の州(例えば、ハワイ州、コロラド州、ネバダ州、ユタ州、ウェストバージニア州、コロンビア地区、カリフォルニア州、ニューヨーク州等)においても、モデル法をベースに州レベルでの企業結合の事前届出規制の法案が提出されていたり、同様の(又はより広範な)規制の導入が検討されており、今回のワシントン州における本法律の制定を受けて、他州においてもこの動きが加速する可能性があります。
上述のとおり、本法律によってワシントン州司法長官に新たにエンフォースメントの権限が追加で付与されるわけではありませんが、本法律の制定前から、連邦及びワシントン州の反トラスト法に基づき、州の司法長官は、取引に関する調査や取引自体の差止命令を裁判所に求めるエンフォースメントの権限自体は有しています。従って、本法律によってHSRフォームや添付書類のレビューの機会が増えるため、州の司法長官がエンフォースメントを行う端緒が増加し、企業結合取引に関して州当局が担う役割がこれまでよりも拡大していく可能性があると考えられます。
今後、ワシントン州に加えて、州レベルでの企業結合規制を有する州が増えていく場合には、米国においてM&A取引を検討する際に、連邦レベルでのHSRファイリングの分析・検討のみならず、州ごとの企業結合届出の要否の検討も必要になってくると思われます。この場合、州ごとの企業結合届出の提出期限は州により定めが異なり、HSRファイリングのタイミングよりも早い場合もあるので、留意が必要です。今後も州レベルの事前届出規制の動向に注視することが必要です。
※1
https://lawfilesext.leg.wa.gov/biennium/2025-26/Pdf/Bills/Session%20Laws/Senate/5122.SL.pdf#page=1
※2
最新のHSRフォームについては、当事務所発行の米国最新法律情報 No.131/独占禁止法・競争法ニュースレター No.39「米国HSR企業結合届出規則の改正について」(2024年11月)をご参照下さい。
※3
要件(1)を満たす場合には、HSRフォームと共に連邦取引委員会又は司法省反トラスト局に提出された添付書類の提出が常に求められます。他方、要件(2)又は(3)を満たす場合、司法長官からリクエストがあった場合にのみ添付書類の提出が求められます。
※4
なお、取引のうち一方当事者のみが要件を満たす場合、その一方当事者のみがHSRフォーム等の写しを提出する義務を負うことになります。
※5
最新のHSRファイリングの届出基準額については、当事務所発行の米国最新法律情報 No.137/独占禁止法・競争法ニュースレター No.40「米国HSR企業結合届出の基準額及び手数料の改定(2025年)」(2025年1月)をご参照下さい。
※6
Revised Code of Washingtonの19.390.020参照。
※7
この(3)の要件は、現行のワシントン州の事前届出規制(2019年に制定)にあったヘルスケア事業に関する事前届出義務を、内容を一部変更した上で維持するものです。この要件によって、取引当事者の主な事業所がワシントン州内になく、州内の年間売上げが小規模であったとしても、州内でヘルスケア事業に従事している場合には要件を満たすことになるため、州当局が引き続きヘルスケア分野に注目していることを示唆しています。
※8
現行のワシントン州の事前届出規制では、取引のクロージングから60日前までの届出が必要であり、民事罰は違反期間につき一日当たり200ドルとなっています。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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