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農林水産法務シリーズ第3回「フードテック/食料安全保障」


座談会メンバー

アソシエイト

宮城 栄司

資源・エネルギー、不動産ファイナンス、プロジェクトファイナンス、J-REIT及び私募ファンドの組成・運営等を含むインフラ・不動産取引全般、その他一般企業法務を取り扱う。近時は、テクノロジー、カーボンニュートラル、農林水産分野等に関する法律問題にも取り組んでいる。

アソシエイト

鳥巣 正憲

ライフサイエンス・ヘルスケア分野を中心に、国内外のM&A、ライセンス、共同研究開発その他の各種企業取引及び規制・官公庁対応等において、幅広くリーガルサービスを提供している。近時は、遺伝子・ゲノム関連技術やデジタル関連技術等を応用した同分野の各種ビジネスへの助言も多く提供している。

アソシエイト

羽鳥 貴広

知的財産に関する国内及び国外の紛争やライセンス契約等の知的財産についての取引や契約などを中心に企業法務についてアドバイスを提供している。また、農林水産分野に関する法的問題への取り組みも行っている。

アソシエイト

今野 恵一朗

銀行、保険会社等に関する金融レギュレーションやキャピタルマーケット等を中心に、企業法務全般についてリーガルサービスを提供している。

アソシエイト

灘本 宥也

テクノロジー関連法務やM&A、コーポレートを中心に企業法務全般についてアドバイスを提供している。

【はじめに】

第2回では、主にスマート農林水産業について議論してきましたが、第3回は前回に引き続きフードテックについて議論していきたいと思います。また、スマート農林水産業やフードテックの分野には様々な目的がありますが、昨今注目を集めている食料安全保障の観点で議論を締めくくる予定です。

CHAPTER
01

フードテック

鳥巣

バイオテクノロジーやゲノム編集技術、デジタル技術などの最先端技術を食の分野に適用し、新たな食品や食品の新しい製造方法等を開発する、フードテックも注目を集めています。

羽鳥

フードテックについては、2020年10月に、産学官連携による「フードテック官民協議会」が設立されており、当事務所弁護士も参加しています。同協議会では、2022年10月までに6回の総会/提案・報告会が開催されるなど、フードテックに関する様々なテーマについて意見交換がなされています。

灘本

フードテックの社会普及のためには、幅広いステークホルダーが参加した議論が重要ですよね。例えば、培養肉等の細胞農業食品については、「日本細胞農業協会」というNPOが細胞農業に関する情報発信やフードテック官民協議会内の「細胞農業CC(コミュニティサークル)」の運営を行っていますが、私も少し関わらせていただいています。

今野

フードテックが必要となる背景としては、気候変動による自然災害の増加や個々人のライフスタイル・価値観の変化等から、「食」に関する課題が顕在化していることが挙げられます。特に、食料不足の問題は深刻です。国連の推計によると、世界の人口は2030年までに85億人、2050年までには97億人に増加すると予測されており、世界全体で見れば食料需要はますます増大していくと予想されています。この97億人の胃袋をどう満たすか?という問題に対して、様々な解決策が考えられています。

鳥巣

主要な解決方法としては、例えば昆虫食や培養肉があると思います。いずれもまだまだ私たちにとって身近な食品ではなく、普及のために議論されるべき点が多いように思います。

今野

昆虫食として議論されているのは、コオロギやバッタといった昆虫を主に食料として利用することです。昆虫を食料とする文化は存在しますが、最近は昆虫を粉末やペーストに加工したものの利用が検討されています。牛や豚といった伝統的なタンパク源の生産には大量の温室効果ガスの発生が避けられない等の理由から、持続可能なタンパク源として昆虫食が注目されています。昆虫食については、本年7月に昆虫ビジネス研究開発プラットフォームが「コオロギの食品及び飼料原料としての利用における安全確保のための生産ガイドライン」を発表するなど、安全性確保への取組みが行われているところであり、生産者に関するルール整備は今後の課題です。

灘本

培養肉は、動物の細胞を体外で組織培養して生産される肉のことです。従来の畜産に比べて環境への負荷が小さいことや、広い土地を使わずに安定的な供給が期待できることから、環境保護や食料安全保障の観点からも注目されています。本年3月には東京大学の研究室で日本初の「食べられる培養肉」が作製されるなど、日本での研究も盛んです。培養肉に関する技術としては、あらゆる組織に分化させることができる「多能性幹細胞」を用いる方法や、細胞を“インク”にして3Dプリンターを用いる方法等、様々な方法が研究開発されています。こうした様々な方法により生成された培養肉について、既存の法律における位置づけの問題や、安全衛生面の規制、培養の元となるタネ細胞の保護等、様々な法的な論点が考えられます。

今野

培養肉については、積極的に食べてみたいと感じている消費者も多くはないというニュースも見たことがあります。普及のためには規制や制度の面からの後押しも重要なように思います。

灘本

シンガポールでは、新規食品について安全性評価の枠組みを制定し、すでに細胞農業食品の認可を行っているなど、国際的なルール作りがまさに進んでいる状況ですので、今後の動向を注視しつつ、ルール形成への働きかけや関与を行うことも重要だと考えます。
CHAPTER
02

遺伝子・ゲノム関連技術の利用

灘本

少し前になりますが、特定の栄養素を通常の何倍も多く含むトマトが誕生したという報道がありました。これもまた、フードテックの一つですね。

羽鳥

ゲノム編集技術を活用してGABAというアミノ酸の一種の含有量を通常の何倍にも増やしたトマトのことですね。ゲノム編集技術を活用して肉厚に改良したマダイが開発されたというニュースもありました。バイオテクノロジー、特に遺伝子・ゲノム関連技術を応用した農林水産物も最近注目を集めていますよね。

鳥巣

ゲノム編集技術をはじめとするバイオテクノロジーの進化が、食品をはじめとする農林水産物に新たな可能性をもたらしています。有名なものとしては、2020年にノーベル化学賞を受賞した「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャス・ナイン)」という技術の名前を耳にしたことがある方もいらっしゃるかと思います。それまでとは比べものにならないほど簡単かつ正確にゲノム編集を行えるようにした画期的な手法とされています。

羽鳥

ただ、この「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャス・ナイン)」という技術については、かなり激しい特許紛争が展開され、その結果が現在の実務に一定の影を落としていることがよく知られています。新しいテクノロジーを保護する観点からも、また、これを活用する観点からも、知的財産権の問題には十分に気を配る必要があります。

灘本

遺伝子やゲノムと聞くと、医療分野での応用がまず頭に浮かびますが、農林水産分野でも応用されているんですね。遺伝子組換えを行った大豆などは、食品のパッケージに表示されていますが、遺伝子組換えとゲノム編集は技術的にはどのように異なるのでしょうか。

鳥巣

遺伝子組換えは、他の生物から取り出した遺伝子をゲノムに組み込む技術で、その生物に本来ならば持ち得ない新しい性質を持たせることになります。これに対し、ゲノム編集は人工酵素を使って決まったDNAの配列を切断し、その修復過程でその生物に突然変異を起こす技術で、自然界や従来の品種改良でも起こりうる変化を起こすものです。このような技術の違いから、「遺伝子組換え技術」を用いた食品・農林水産物と「ゲノム編集技術」を用いた食品・農林水産物とでは、安全性や生物多様性に与えるリスクが異なると考えられていて、これらの規制の枠組みも異なっています。例えば、遺伝子組換え食品については、生物多様性保護の観点からいわゆるカルタヘナ法の適用がありますから、必要な措置をきちんと実施できているかなど、十分に留意する必要があります。

宮城

遺伝子組換え食品が流通し始めた頃と同様、ゲノムに変化を加えた食品と聞くと、食べるのが何だか怖いという印象を受ける方もいるかもしれませんが、消費者としては安全性に問題がないかは気になるところだと思います。

鳥巣

安全性の確保は、ゲノム関連技術を応用した食品が持つ課題の一つで、現在も一定の規制も設けられています。食品の安全性についてどの範囲でどのようにチェックするのか、消費者に対してどのように情報を提供するのか、といった点が問題となります。

羽鳥

食品輸出という観点からも、日本以外の国や地域における規制も重要になってくると思います。

鳥巣

必ずしも世界共通の規制枠組みが構築されているわけではないというのが現状です。それぞれの国や地域におけるリスクの捉え方や従前の規制の枠組みにも影響されるほか、テクノロジー自体が日々進化し、また様々な研究が行われる中で人や生物に与える影響についての新たな知見が生まれてきており、規制自体もそれに応じて常に見直しが図られているというのが実情だと思います。

灘本

今後の食品・農林水産ビジネスにとって大きな可能性を秘めた分野であると同時に、やはり他の新しい技術と同様に、国内外の法規制・実務について継続してウォッチしていく必要があるということですね。
CHAPTER
03

食料安全保障への影響

灘本

ここまでは最新技術による新たな食品や食品の新しい製造法について紹介してきましたが、最近では安全保障の側面でも食料が注目されています。
最近では中国の習近平国家主席が中国の食料を巡る安全保障の強化に言及するなど、世界情勢の変化により安全保障という言葉をよく耳にするようになりました。国連食糧農業機関の定義によると、食料安全保障とは、全ての人が、いかなる時にも、活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的、社会的及び経済的にも入手可能であるときに達成される状況をいうとされています。

宮城

日本の食料安全保障は、平成11年に制定された食料・農業・農村基本法でも言及されており、古くから議論されています。同法は、①国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、②輸入と③備蓄を組み合わせることによって、食料の安定的な供給を確保するとしています。以前から食糧自給率が他の先進国と比較して低い点が指摘され続けていますが、近年はさらに低下しているところです。

鳥巣

食料・農業・農村基本法については20年ぶりの改正も議論が開始されているところで、食料安全保障の強化も検討課題の一つとして挙げられています。特に新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、食料安全保障上の懸念は高まっており、農林水産省では、2020年には食料安全保障アドバイザリーボードを設置し、今後の食料安全保障対策として講じるべき施策を議論しています。かかる議論を踏まえ、今後の取組みとして、①国内の農業生産の増大、②輸入穀物等の安定供給の確保、③備蓄の促進といった食料の安定的な供給の確保に関する具体的な取組みや、不測時に備えて、定期にリスク分析を行うこととされています。

灘本

そうですね。近時では新型コロナウイルスの感染拡大に加え、ロシア及びウクライナが食料の輸出大国であることなどロシアによるウクライナ侵攻も議論に影響しているのではないかと思います。リスク分析の結果は深刻ですね。

宮城

輸入については小麦や大豆等で価格高騰リスク、野菜や水産物等の燃油の価格高騰等のリスクがあるものについては、重要なリスクがあるとされ、国内生産については、果実、野菜、畜産物等において労働力・後継者不足を理由に重要なリスクがあると評価されています。また、ほぼ全ての品目において温暖化や高温化のリスクがあるとされています。

灘本

農林水産省は、緊急事態食料安全保障指針を定め、生活安定法や食糧法が適用される緊急時における具体的な対策を講じていますが、ここでは引き続き平時の対応について議論できればと思います。

鳥巣

平時の取組みとしては、やはり国内生産力の向上が重要となってくると思います。これまでのとおり、スマート農業の普及による生産性の向上や企業の農業への新規参入は特に重要となります。新規参入を容易にするためには様々な規制を把握するだけでなく、業界についても詳しくなる必要があります。

宮城

今回は触れていませんが、植物工場などの農地を使わない新しい農業の形も重要となりますね。これまで議論してきたゲノム編集等の新たな技術を使った取組みは、食料安全保障の観点からも、食料自給率の向上に貢献すると考えられ、ますますニーズが高まるのではないでしょうか。新規性のある事業については、安全性を確保しつつ新たな技術を導入することになるため、その線引きには難しさが伴います。できること及び行った場合のリスク分析には、技術的な側面とともに法的な側面も重要になるポイントといえます。本日はありがとうございました。
  • 第2回、第3回では、スマート農林水産業やフードテックといった先端分野を中心に今後農林水産分野で更に関心が高まるであろう食料安全保障の点にも触れました。第1回の座談会でお伝えいたしましたとおり、農林水産法務シリーズとして今後もカーボンニュートルや生物多様性などに関する座談会の掲載を予定していますので、お時間のある方はご覧ください。

本座談会は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。