
塚本宏達 Hironobu Tsukamoto
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
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特集「経済安全保障」
2021年11月頃から、ロシアが大規模な軍事部隊をロシアとウクライナとの国境周辺に派遣するなどしてウクライナに対する軍事的な圧力を強めており、両国間での緊張が高まっています。ロシアによる2014年のクリミア半島の実効的支配を受けて、米国をはじめとする各国はロシアに対する経済制裁を実施していますが、ウクライナ情勢の緊迫化を受けて、各国で対ロシア制裁の強化に向けた動きが見られます。ロシアに対する追加制裁が実行された場合には、日本企業も様々な形で影響を受けると考えられますので、本ニュースレターでは、米国、EU及び英国における対ロシア制裁の最新の動向と、追加制裁の発動に向けて検討すべき事項について取り上げます。
アメリカでは、2014年3月以降、ロシアによるクリミア半島の実効的支配を受けて、ロシアに対する制裁を課す大統領令(Executive Order)が相次いで出される等しており、既に一定のロシア政府関係者やロシアの国防・金融・エネルギー部門関係者等に対しては制裁が課されています。今回のロシアによるウクライナ侵攻リスクの高まりを受けて、2022年1月12日、民主党議員はDefending Ukraine Sovereignty Act of 2022(DUSA)を法案として上院に提出しました。DUSAの主要な内容は以下のとおりです。
(1) アメリカの大統領は、2021年12月1日より前の状況と比較してロシアがウクライナに対する敵対的行動を大きくエスカレートしたか、またそれがウクライナ政府を害したりウクライナ領を占拠したりする等のためのものであるかを決定する。これを肯定する決定がなされた場合、以下の制裁措置をとる。
(2) DUSAの制定後、国務長官は、2021年5月19日付で行われたノード・ストリーム2AG(ノード・ストリーム2の運営会社)及びそのCEOに対する制裁の放棄が米国の国家安全保障上最善のものであるかを再度検討する。
DUSA以外に、共和党議員も、ロシアに対するDUSAよりも厳しい制裁を課すPutin Accountability Act等を法案として下院に提出しており、ロシアによるウクライナ侵攻がエスカレートすれば、より多くの関連法案が提出される可能性があります。また、DUSA等の新しい法律が成立しなかった場合でも、バイデン政権は、International Emergency Economic Powers Act、Countering America’s Adversaries Through Sanctions Act(CAATSA)など、既存の法律により与えられた権限に基づき、同様の制裁を発動することができます。加えて、OFACは、2014年に出された大統領令に基づき、ウクライナ情勢に関連してSDNリストに対象者を追加したり、SSIリストにロシアの国防・金融・エネルギー部門関係者等を追加したりすることが可能であり、また、CAATSAに基づいて、ロシアのパイプラインプロジェクトに関与する者や、ロシア関連の制裁の対象者との取引を行う非米国人を対象とした広範な二次制裁を課すこともできます。さらに、バイデン政権は、新たな大統領令を出すことにより制裁を追加することも可能です。
これらとは別に、米国の輸出管理規制(Export Administration Regulations)(EAR)の外国製直接製品ルール(foreign-produced direct product rule)(FPDPルール)が拡大されることも考えられます。FPDPルールは、国家安全保障を理由にEAR上規制されている、米国原産の技術・ソフトウェアの直接製品、又は、当該技術・ソフトウェアの直接製品であるプラント若しくはこれを主要な構成部分とするプラントにより製造された外国製品の、米国外から特定の国又はエンドユーザーへの輸出について、米国商務省の許可を必要とするものです。2020年5月19日、米国商務省は、FPDPルールの範囲を拡大したファーウェイ向け輸出規制を定めました。現状、ロシアには一定のFPDPルールが適用されていますが、ファーウェイ向け輸出規制と同様のより厳しいFPDPルールが適用されることになる可能性があります。この場合、米国企業だけではなく、米国外企業であっても、製品の製造にあたって米国原産のソフトウェア、技術又は設備を使用している場合は当該製品の輸出にあたって米国商務省の許可が必要となる可能性があるため、注意が必要になります。
EUにおいても、2014年以降、様々なEU規則及び欧州連合理事会の決定に基づきロシアに対する制裁が実施されてきました。現在実施されているEUによる制裁措置の概要は以下の通りです。
近時のロシアによるウクライナ侵攻リスクの高まりを受けて、EUにおいてもロシアに対する制裁強化へ向けた動きが見られます。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、2022年2月4日、ドイツの経済紙ハンデルスブラットに対するインタビューに対して、EUがウクライナに対する侵攻を続けるならば、ロシアに対して追加的な制裁措置を行うと警告し、外資へのアクセスを制限することや技術製品を中心とした輸出規制を含む、強固で包括的な金融・経済制裁パッケージを準備していると述べました。また、プーチン大統領やオリガルヒに近い人々への制裁や、人工知能・装備、量子コンピュータ、レーザー光線、宇宙旅行など、代替性が低いハイテク分野における禁輸措置を検討していることも示唆しました。EUによるロシアに対する追加制裁の内容は、これまでのところ具体的には明らかにされていませんが、以下のような措置が課される可能性が想定されています。
英国では、ウクライナ情勢の緊迫化を受けて、従前の対ロシア制裁の枠組みを変更する改正法として、The Russia (Sanctions) (EU Exit) (Amendment) Regulations 2022(ロシア制裁規則2022)が2022年2月10日付で成立・施行されました。
従前、英国では、2020年12月31日以降、EU離脱に伴い、英国独自の法規制であるSanctions and Anti-Money Laundering Act 2018及びそのsecondary legislationであるRussia (Sanctions) (EU Exit) Regulations 2019(ロシア制裁規則2019)に基づき、ロシアに対する制裁が実施されてきました(これらはEU離脱前のEUによる制裁関連規制の代替法案として成立したものであったため、その内容は基本的にEUによる対ロシア制裁と一致していました。)。今般成立・施行されたロシア制裁規則2022は、ロシア制裁規則2019を改正し、英国政府が制裁対象者を指定する際の基準を拡大しています。具体的には、改正前においては、ウクライナの不安定化又はウクライナの領土保全、主権若しくは独立の弱体化に関与している者のみを制裁対象として指定することができると定められていたのに対して、ロシア制裁規則2022では、ロシア政府から利益を得ること又はロシア政府を支援することに関与した者、具体的には、以下に列記する者を制裁対象として指定することができるものとされました。
ロシア制裁規則2022は、制裁対象として指定する基準を拡大したにとどまり、現時点では、新たな基準に基づく制裁対象の追加指定は行われていません。また、上記の基準に該当する者が必ず制裁対象として指定されるわけでもありません。もっとも、従前の基準と比べると、より広い範囲の個人・法人が制裁対象として指定されうる改正となっているため、それを踏まえたリスクの検討と準備が必要となると考えられます。
ウクライナ情勢に関する今後の見通しは不透明ですが、ロシアによるウクライナに対する侵攻が現実となった場合には、各国におけるロシアに対する追加制裁が猶予期間を置かずに直ちに実行される可能性が高いと考えられます。そのため、企業としては、顧客・サプライヤーとの取引を予め見直して、米国におけるDUSAなど各国で検討されている対ロシア制裁によって影響を受けるものがないかチェックしておき、制裁が発動された場合に素早く対応できるようにしておくことが重要だと考えられます。また、社内で制裁の状況についてモニターするグループを設置したり、制裁が発動された場合に社内でどのようなステップを取るのかを事前に検討したりすることも考えられます。制裁の対象になり得る企業と取引がある場合には、制裁が発動された場合に当該企業との契約を解除できるような規定(いわゆる制裁条項)が契約上含まれているかという点の確認も必要だと考えられます。
制裁発動時の対応策を検討するうえでは、ロシアによる対抗措置の可能性も考慮する必要があります。現在、ロシアにおいては、大手国有企業やシステム上重要な銀行に関してストレステストを実施するなど、ロシアに対する制裁の発動に向けた準備を進めているものの、米国やEUに対する具体的な対抗措置については公には議論されていません。もっとも、2018年6月に成立・施行された連邦法No. 127-FZ(米国及び諸外国の非友好的行動に対する対抗措置に関する連邦法)では、ロシアが米国その他の非友好国に対して直ちに対抗措置を取ることができると定められており、また、米国その他の非友好国の市民、法人、これらにより直接又は間接に支配されている法人に対して、次の措置を行うことが可能とされています。
更に、同法は、ロシア大統領に対して、その裁量で上記以外のいかなる制裁を課す権限をも付与するとしています。
また、2020年6月に成立した連邦法No. 171-FZでは、外国の制裁の対象となった法人が関わる紛争や、かかる制裁を原因とする紛争について、ロシアの裁判所が専属的管轄権を持つと定められました。その後のロシアにおける裁判例も踏まえると、当事者間でロシア以外の国の裁判所や仲裁を紛争解決手段とする契約上の合意がある場合であっても、制裁対象となったロシア人・ロシア法人との紛争についてはロシアの裁判所が管轄権を持つと判断される可能性(すなわち、外国の裁判所における判決や仲裁機関における仲裁判断がロシアにおいて執行できない可能性)が考えられます。そのため、追加制裁の対象となったロシア法人との間で紛争が生じるリスクがある場合には、この点についても留意が必要となります。
これらに加えて、ロシアでは、現在、対ロシア制裁を促進又は遵守した者に対する刑事責任及び行政責任を導入する法律が国会において審議されています。仮にこれが成立した場合には、対ロシア制裁に従うことで刑事責任又は行政責任が課されるリスクが生じることになりますので、ロシアにおける今後の立法動向にも注意が必要だと考えられます。
*ロシア法に関する記述部分については、ALRUD Law Firmから提供された情報に基づきます。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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