
井本吉俊 Yoshitoshi Imoto
パートナー
東京
NO&T Competition Law Update 独占禁止法・競争法ニュースレター
本ニュースレターの中国語版はこちらをご覧ください。
2018年12月30日の確約制度の導入以降、確約手続によって事件終了となった事案は2022年1月末現在で8件と順調に増えてきています。一方、以下の【表1】の通り、確約制度の導入後も、確約手続には至らず、調査対象者からの自主的改善措置の提案をうけて、公正取引委員会(公取委)が「審査打切り」※1とする事案も見られます。特に2021年の後半には3件の事案が相次ぎました。
会社名等 | 公表日 | 被疑内容・事案 |
---|---|---|
アマゾン合同会社 | 2019年4月11日 | 優越的地位の濫用の懸念。ポイント利用規約の変更とポイント原資の出品者負担の是非 |
大阪瓦斯株式会社 | 2020年6月2日 | 排除型私的独占、不当廉売、差別対価、拘束条件付取引、取引妨害等 |
日本プロフェッショナル野球組織 | 2020年11月5日 | 12球団に特定選手との契約につき共同取引拒絶をさせている懸念 |
アップル・インク | 2021年9月2日 | アウトリンク禁止に伴う私的独占、拘束条件付取引等の疑い |
株式会社ユニクエスト | 2021年12月2日 | 葬儀社に対する排他条件付取引・拘束条件付取引の疑い |
楽天グループ株式会社 | 2021年12月6日 | 共通の送料込みラインに関する優越的地位の濫用の疑い |
このうち、アップル・インク以降の3つの審査打切り事案につき、公取委は、被疑事実の内容、それが市場に与える影響、改善措置の内容、審査の進捗状況、調査対象者の意向、調査対象者が希望しなければ確約手続には移行できないことなどの案件ごとの個別事情を勘案した結果、調査対象者が申し出た改善措置によって違反被疑行為が解消されると判断して審査を打ち切った旨を述べています(2021年12月15日の公取委事務総長会見)。加えて、審査打切りではなく、より調査を尽くし、場合によっては排除措置命令を発出すべきではないかという記者からの質問に対し、公取委は、必ずしも排除措置命令にこだわらず、「その事案ごとに適切な方法で公正かつ自由な競争を促進するという目的を達成することが重要」、「個々の事案に応じて違反被疑行為を迅速かつ確実に排除するために最も適切な進め方をして措置を採ろうとしている」と述べています(上述の事務総長会見参照)。
このように、確約制度が導入された後も審査打切りの事案も数多く出てきていることを踏まえ、公取委から私的独占、優越的地位濫用その他の不公正な取引方法といった、談合・カルテル以外の独占禁止法違反の嫌疑に基づく調査を受けた場合の出口戦略について検討を加えます。
確約手続は法的処理の一環であり、インフォーマルな事件処理である自主的改善措置を前提とした審査打切りとは異なる一方、両者にはいくつかの共通点があります。確約手続と自主的改善措置を前提とした審査打切りの特徴・相違点を、最も重い措置である排除措置命令も比較対象に加え、以下の【表2】にまとめました(これらの他にも、違反の認定はしない「警告」と「注意」がありますが割愛します)。
排除措置命令 | 確約手続 | 自主改善+審査打切り | |
---|---|---|---|
違反認定 | あり | なし | なし |
効果 | 違反認定に伴い、課徴金対象行為には課徴金賦課を伴う | 排除措置命令・課徴金納付命令の可能性消滅 | なし(法的には公取委は再度調査開始可能) |
手続の流れ | 公取委が意見聴取手続後に発令 |
公取委が確約手続通知 調査対象者が確約計画を作成・申請 公取委が審査、認定して終了 |
調査対象者が自主的措置提案 公取委が適切性・実効性を検証 公取委が審査を終了 |
迅速性 | × | △ | ○ |
公表の有無 | 必ず公表 | 被疑事実と確約計画の概要を公表 | 審査打切りの事実は通常公表 |
公取委事務総長は、アップル・インク以降の近時の3案件につき「審査を打ち切った3件での関係人からの改善措置の申し出というのは、その確約手続に係る措置としての提案というわけでもなく、また、確約手続へ移行することを検討している段階であったものでもないという実態」と説明しています。なお、ユニクエストの件に関しては、公取委が被疑事実の通知をしたりユニクエストから聴取をしたりする前のかなり早い段階でユニクエストから自主的改善措置が提案されていたようです。このように、アップル・インク以降の近時の3事案では、公取委が排除措置命令や確約手続といった具体的な処理方針の決定に至るよりもかなり前の段階で、自主的改善措置が提案されたことがうかがわれます。
確約手続によって終了した事案は2022年1月末現在で8件ありますが、2021年3月26日の日本アルコン株式会社に関する拘束条件付取引の被疑事件の確約認定が最後のものとなっています。他方、2018年12月30日の確約制度の導入以降、自主的改善措置を踏まえて審査打切りとなった事案は、前掲【表1】のとおり、6件存在しており、確かにアップル・インク以降の3事案では審査打切りが相次ぎました。
しかしながら、こうした近時の動向をもって、確約手続はもはや重要ではなく案件の内容を問わずに審査打切りをメインシナリオにして何事も早期に公取委に自主的改善措置を提案しにいくべき、と捉えるのは早計と思われます。自主的改善措置を前提とした審査打切りは公取委にとってもあくまで例外的な位置付けであると思われること、個別の事例の判断を通じたルール形成や将来の事案における予測可能性の付与の観点から審査打切りのような玉虫色にも見える決着については外部から批判もありうるところであり、公取委にとって立証が比較的容易で社会的インパクトも十分あるケースであれば、やはり、正式処分である排除措置命令や、事件の正式な法的処理の一つと位置付けられる確約手続を使うのが原則形という点は維持されるとみるべきことがその理由となります。
確約手続自体が公取委にとってもそれなりに手続的な負担があることを措いても、排除措置命令に並ぶ法的処理として、やはり確約手続の重要性・有用性は、現状においても失われておらず、とりわけ、課徴金の算定が煩雑になりがちな優越的地位濫用の事案や、課徴金対象行為である排除型私的独占に関する事案において、確約手続での対処での着地を図ることは、引き続き、公取委にとっても、調査対象者にとっても、より生産的な事案解決となることは多いと思われます。
自主的改善措置を前提とした審査打切りはあくまで例外的な位置付けであると思われますが、どういった事件において今後も自主的改善措置を前提とした審査打切りがありうるかについて、公取委事務総長の述べた、被疑事実の内容、それが市場に与える影響、改善措置の内容、審査の進捗状況、調査対象者の意向、といった点がヒントになると思われるため、これらの各要素に照らして検討します。
私的独占、優越的地位濫用その他の不公正な取引方法といった、談合・カルテル以外の独占禁止法違反の嫌疑に基づく調査を公取委から受けた場合の対応としては、まずは、公取委から調査を受けることとなった違反被疑事実を十分に調査、確認し、かつ、違反被疑事実と同様のパターンの行為が隣接商品や別部門でもなされていないか等、内部調査を尽くすのが第一ステップとなります。
その上で、公取委との面談やコミュニケーションを通じて、公取委側の立証の難度の見極め、調査対象者自身の反証の難度の見極めといった立証の観点からの検討を行うのが第二ステップです。また、第二ステップと並行して、自身のビジネスモデル上、確約手続すら許容しがたい、ということでない限り、自主的な改善措置として公取委に何をどこまで提案できるかについても検討を開始すべきでしょう。(4)で検討した要素に照らし、公取委側が審査打切りも考慮に入れる可能性が見込まれる場合には、積極的かつ早期に自主的な改善措置のサウンディングを公取委に行うことも有益と思われます。審査打切りはあくまで例外的なものであるため、たとえ最終的に審査打切りという出口につながらなくとも、そうした自主的な改善措置の検討は、より調査が進んだ段階で行われる、確約手続による事件処理を調査対象者としてめざすか否かの検討とも共通するため、無駄にならないと考えられます。
第一義的には公取委から確約手続に関する通知を受領しなければ調査対象者はそもそも確約手続が利用できないとはいえ、調査対象者が確約手続をめざすか否かは、違反被疑行為が課徴金対象行為であるか否かや確約計画の一環として相手方への金銭回復措置を提案しうるか否かが大きな考慮要素となります。たとえば、優越的地位の濫用の場合、課徴金対象行為である場合の課徴金の算定予測、確約計画の一環として相手方への金銭回復措置を入れるか否か、金銭回復措置を入れるとしてその実行可能性、どのような規模・内容とするかといった点の考慮が特に重要となります。そして、確約手続自体は公取委からの通知があってはじめて利用可能という法形式はとられているものの、確約手続による事案解決が調査対象者としても適切と判断した場合には、公取委に対して、調査対象者側では確約手続が通知された場合にはそれを受け容れる準備があるとのシグナルを適時の段階で積極的に出していくことも選択肢として考える必要があると思われます。
※1
一般に、公取委が違反の疑いがあるとして調査を始めたものの、法的措置や警告を行うことなく調査を終了することを「調査打切り」と言いますが、ここでいう「審査打切り」とは、調査対象者が自主的改善措置を実施することにより、調査対象者が独占禁止法に違反する疑いが解消されることを公取委が認め、当該措置の実施を確認した上で審査を終了することを指すものとします。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
商事法務 (2025年4月)
長島・大野・常松法律事務所 農林水産・食品プラクティスチーム(編)、笠原康弘、宮城栄司、宮下優一、渡邉啓久、鳥巣正憲、岡竜司、伊藤伸明、近藤亮作、羽鳥貴広、田澤拓海、松田悠、灘本宥也、三浦雅哉、水野奨健(共編著)、福原あゆみ(執筆協力)
伊藤伸明、小山遥暉(共著)
(2025年2月)
大久保涼(コメント)
伊藤伸明、小山遥暉(共著)
(2024年10月)
井本吉俊
服部薫、柳澤宏輝、一色毅、清水美彩惠(共著)
小川聖史
服部薫、柳澤宏輝、一色毅、清水美彩惠、田口涼太(共著)
商事法務 (2025年4月)
長島・大野・常松法律事務所 農林水産・食品プラクティスチーム(編)、笠原康弘、宮城栄司、宮下優一、渡邉啓久、鳥巣正憲、岡竜司、伊藤伸明、近藤亮作、羽鳥貴広、田澤拓海、松田悠、灘本宥也、三浦雅哉、水野奨健(共編著)、福原あゆみ(執筆協力)
伊藤伸明、小山遥暉(共著)
伊藤伸明、小山遥暉(共著)
大久保涼、佐藤恭平(共著)