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なぜ今「スピンオフ」か?~スピンオフ活用に関する論点整理~

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※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1.はじめに

 近時、日本においては株主価値向上を目指した戦略的再編の手段としてスピンオフを公表する企業やアクティビスト・ファンドから特定の事業や子会社株式のスピンオフについて株主提案を受ける企業が見られるなど、市場関係者のスピンオフへの関心が非常に高まっている。

 米国や欧州では、GEやDuPont、Johnson & Johnson等の事例を含め、スピンオフは事業ポートフォリオの再編手段として多くの上場企業に活用されている。一方、日本では、近時の税制改正や産業競争力強化法改正によって上場会社がスピンオフを実施しやすい制度環境が整えられてきたが、現時点に至るまで税制適格スピンオフの実施例は、2020年のコシダカホールディングスによるカーブスホールディングスの株式分配型スピンオフ※1が1件見られるのみである※2

 昨年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、上場会社は、取締役会において決定された事業ポートフォリオに関する基本的な方針や事業ポートフォリオの見直しの状況について分かりやすく示すべきであるとされたのは記憶に新しい(補充原則5-2①)。こうした流れを受け、事業ポートフォリオの最適化については各社でこれまでもさまざま検討が進められてきたところと思われるが、足元の制度環境やアクティビストの動向を踏まえると、スピンオフも1つの選択肢として自社における活用可能性を検討対象とすることが不可欠である。

 そこで、本ニュースレターでは、各社の検討の一助となるよう、各種法令・税制面から、あらためてスピンオフの活用に関する論点を整理する。

2.現行のスピンオフ税制及びその問題点

 スピンオフの方法としては、①既存の子会社の株式を現物配当する方法、②新たに設立した子会社若しくは既存の子会社に対して、スピンオフの対象となる事業を吸収分割で承継させた上で、当該法人の株式を現物配当する方法、③新設分割若しくは現物出資により会社を新設し、その後、スピンオフの対象となる事業を新設分割で承継させた上で、当該新設法人の株式を現物配当する方法などが考えられる(以下では、一般的な用語法に従ってこれらを株式分配と呼ぶ。)※3

 株式分配によるスピンオフは、以下の図表①に掲げる税制適格要件を充足しない場合、スピンオフを行う法人(スピンオフ実施法人)及びスピンオフの対象となる法人(スピンオフ対象法人)株式を受領するスピンオフ実施法人の株主のいずれも課税されることになる。まず、スピンオフ実施法人については、①であれば、スピンオフ対象法人株式を譲渡したものと扱われ、その含み損益に課税され、②及び③であれば、株式分配時における当該含み損益課税に加え、分割又は現物出資に際して、分割又は現物出資の対象となる資産その他権利義務を譲渡したものと扱われ、その含み損益に課税される。加えて、スピンオフによりスピンオフ対象法人株式を受領するスピンオフ実施法人株主においても、スピンオフによって取得する財産(スピンオフ対象法人株式)の時価相当額を基準とするみなし配当課税がなされるほか、スピンオフによって現金といったスピンオフ対象法人株式以外の資産を受領する場合には、スピンオフ実施法人株式のスピンオフ対象法人株式に対応する部分の譲渡を行ったものとみなされて、譲渡損益課税がなされる。スピンオフにおいては、スピンオフ実施法人の株主がもともと保有していたスピンオフ実施法人株式の価値が、スピンオフ対象法人株式の価値と、スピンオフ対象法人を除くスピンオフ実施法人株式の価値の2つに分割されることになるため、かかる課税は非常に大きなインパクトをもたらし得る。

(図表①)株式分配によるスピンオフの税制適格要件※4

完全子会社要件 スピンオフ対象法人がスピンオフ実施法人の完全子会社であること
株式按分交付要件 株式分配によってスピンオフ対象法人株式の全てが交付され、また、スピンオフ対象法人株式がスピンオフ実施法人の株主の持株割合に応じて交付されること
非支配要件 スピンオフ実施法人が株式分配の直前に他の者による支配関係がなく、スピンオフ対象法人が株式分配後に他の者による支配関係があることとなることが見込まれてないこと
特定役員要件 株式分配前のスピンオフ対象法人の特定役員※5の全てが株式分配に伴って退任するものではないこと
従業者継続要件 スピンオフ対象法人の従業者の概ね80%以上がその業務に引き続き従事することが見込まれていること
事業継続要件 スピンオフ対象法人の主要な事業が引き続き行われることが見込まれていること

 一方で、上記の税制適格要件を充足する場合※6、スピンオフ実施法人及びスピンオフによってスピンオフ対象法人株式を受領するスピンオフ実施法人株主のいずれも株式分配時に課税を受けることはなく※7、また、スピンオフ実施法人の株主の手元におけるスピンオフ実施法人株式の取得価額が、スピンオフ対象法人株式の取得価額と、スピンオフ後のスピンオフ実施法人株式の取得価額の2つに按分されることになる。したがって、もともと保有していたスピンオフ実施法人株式が、何ら課税されることなく、スピンオフ対象法人株式とスピンオフ後のスピンオフ実施法人株式の2つに分割されたような形になる。

 但し、上記のとおり、税制適格要件の一つとして、スピンオフ対象法人が完全子会社であること(完全子会社要件)が定められているため、昨今ガバナンス上の問題が指摘される親子上場の解消方法としてスピンオフを活用しようとしても、かかる要件を満たさない結果、スピンオフ実施法人及びスピンオフ対象法人株式を受領するスピンオフ実施法人株主のいずれにも課税が生じることになる。

 そこで、経済産業省は令和4年度税制改正にあたって、「段階的に事業を切り出そうとする企業などが活用できるよう、一部持ち分を残したスピンオフや完全子会社以外のスピンオフについても円滑な実施を可能とするための税制措置を講ずる」旨の改正要望を提出していた※8。しかしながら、2021年12月24日に閣議決定された「令和4年度税制改正の大綱」※9において同要望は採用されていない。今後の税制改正の動向を引き続き注視していく必要があるが、当面は現行のスピンオフ税制が維持されることを前提にスピンオフの要否・可否を検討していくことになると思われる。

3.会社法上の諸論点

(1) 現物配当の機関決定

 上記のとおり、税制適格要件を充足するためには、スピンオフ対象法人の株式のみが交付される必要があるため、スピンオフにおいては、現物配当に係る剰余金の配当決議を行うにあたり、会社法454条4項1号に規定する金銭分配請求権のない現物配当として決議する必要があり、原則として株主総会の特別決議が必要となる(同法309条2項10号)。

 しかしながら、産業競争力強化法においてかかる原則の特例が定められており、事業再編計画の認定を受けることで、金銭配当に準ずる決定手続によって現物配当を行うことができる(同法33条1項)。すなわち、金銭配当を取締役会決議にて承認できる旨の定款の定めがある場合は取締役会決議により(同条2項)、かかる定款の定めがない場合は株主総会の普通決議により現物配当を実行することが可能となる。

(2) 分配可能額規制

 スピンオフを現物配当で行う場合には分配可能額規制の適用があるため、当該現物配当を行うに足りる分配可能額が必要となる※10。この際、現物配当の対象となるスピンオフ対象法人株式を時価と帳簿価額のいずれで評価するかが問題となるが、「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準委員会)10項において、株式数に応じて比例的に按分される限り、分割型分割及び株式分配(現物配当)いずれの場合も、帳簿価額をもってその他資本剰余金又はその他利益剰余金(繰越利益剰余金)を減額するとされていることに鑑みれば、帳簿価額をもって評価すれば良いと考えられる。

4.金商法・上場審査上の諸論点

(1) 金商法上の留意点

 株式分配の場合、スピンオフ対象法人株式の交付は、金商法上の募集や売出しに該当せず、株式分配自体については有価証券届出書の提出や目論見書の作成・交付は要しない。一方、スピンオフと同時にスピンオフ対象法人株式の公募・売出しを行う場合、通常のIPOと同様に、スピンオフ対象法人による有価証券届出書の提出と目論見書の作成・交付が必要となる※11。かかる公募・売出しの実施はスピンオフの実施のために制度上必須とされるものではない。しかしながら、上場規則上、上場に際して公募・売出しを行わない場合、申請会社より評価額算定書、元引受証券会社より流通参考値段報告書の提出が必要とされているところ、客観性と透明性ある株式価値のため、公募・売出しを通じた価格発見を活用することが考えられるところである。

(2) 上場審査上の留意点

 スピンオフを実施する場合、対象会社が非上場であると株式の流動性が乏しくなるため、株主の株式売却の機会を確保するために、対象会社の株式を上場させることが必要になることが多いと考えられる※12

 上場審査においては、特に、株式分配の場合については、(既存のスピンオフ対象法人株式をそのまま分配するのではなく)上場前にスピンオフ対象法人に会社分割によって新たに事業を承継させた上で、スピンオフ対象法人株式を分配する場合や、そもそもスピンオフ対象法人が事前に存在しない新設分割による分割型分割の場合(新設分割後にスピンオフ対象法人株式を直ちにスピンオフ実施法人の株主に交付する分割型分割の場合)には、事業継続年数要件の充足や設立前の期間に係る財務書類の作成が論点となる。この点、いずれの場合についても、スピンオフ対象法人株式を円滑に上場させるための上場規則上の手当てがなされている。

 例えば、東証の新市場区分のうちプライム市場とスタンダード市場への新規上場については、「3か年以前から取締役会を設置して、継続的に事業活動をしていること」が必要となるが、上記の株式分配と分割型分割のそれぞれについて、スピンオフ対象法人が承継する事業のスピンオフ実施法人における活動期間を加算して事業継続年数が算出される※13

 また、最近2年間に承継前の期間が含まれる場合、「部門財務情報の作成基準」に基づき、承継事業に係るプロフォルマ財務書類を作成し、「会社分割により承継される事業に係る財務計算に関する書類に対する意見表明に係る基準」に従った監査を受けることで上場審査の提出書類とすることができる※14。但し、このプロフォルマ財務書類は2期分を作成し、監査を受けることが必要となるため、これに要する期間が会社分割を伴うスピンオフを実施する場合の大きな留意点となる。

 その他の上場審査のポイントについては、株式分配か分割型分割かに関わらず、基本的に通常のIPOと共通するが、スピンオフ対象法人が独立した企業となることを踏まえ、スピンオフ実施法人からの独立性をもって健全な事業運営を行える体制となっているか、スピンオフ対象法人単独での安定的な収益基盤が確保されるかといった点を中心に、十全な体制整備を進めることが肝要となる。

5.外国投資家に関連する諸論点

 スピンオフの実施にあたっては、米国証券法上必要となる手続にも留意する必要がある。1933年米国証券法では、非米国企業が合併などのM&A取引に伴い米国株主に証券を発行する場合には、一定の除外事由(たとえば対象会社の米国株主の保有比率が10%以下である等)に該当しない場合、Form F-4と呼ばれる登録届出書を米国SECに提出する必要がある。もっとも、スピンオフの場合の登録届出の必要性については、子会社のスピンオフを念頭に米国SECの職員が見解を出しており(Staff Legal Bulletin No.4)、同見解に記載された要件を充足することで登録届出を不要とすることが可能である。

 しかしながら、そもそもスピンオフ実施法人に米国その他の外国株主が多数いる場合※15には、上記2.及び4.において、我が国の証券市場及び租税法を念頭に議論したのと同様に、外国株主の理解を得るべく、外国市場における流動性を確保するためにスピンオフ対象法人株式を米国等の証券市場で上場させる必要はないのか※16、当該スピンオフが外国株主の居住地国の租税法上の税制適格要件を充足し、外国株主が当該スピンオフに際して非課税(課税繰延べ)の扱いを受けることができるのか、別途検討することが必要と考えられる※17。上記のとおり、中外製薬が米国子会社をスピンオフした際には、現に当該米国子会社株式はNASDAQに上場したほか、スピンオフの例ではないものの、買収対価の一部に株式が用いられた武田薬品工業によるシャイアーの買収に際しては、シャイアーの買収完了直後に武田薬品工業の米国預託証券がニューヨーク証券取引所に上場されている。

6.まとめ

 上記のとおり、現在のスピンオフ税制では、税制適格要件の一つとして、スピンオフ対象法人が完全子会社であることという要件が定められているため、昨今ガバナンス上の問題点が指摘されている親子上場の解消方法としてスピンオフを活用することは未だに困難である。また、スピンオフ実施法人は、スピンオフによって売却対価を得ることなく、スピンオフ対象法人の株式の全てを一度に手放さなければならない点がネックとなることも予想される。

 しかしながら、我が国においては、スピンオフの実施に際して税制面・手続面のハードルは既に相当に解消されている状況にあり、例えば、自社グループ内のシナジーが低く、独立の企業体とすることでコングロマリットディスカウント解消等によって総体としての企業価値の向上が見込まれる事業については、スピンオフによる切り出しが有効な選択肢となり得る。自社グループの事業ポートフォリオの最適化の検討に際しては、昨今の活発なアクティビストの動きも見据えつつ、こうした選択肢の可能性について検討を進めることが望まれる。同時に、切り出しに適しない事業がある場合には、当該事業が自社グループの事業戦略に占める重要性やシナジー効果を精査のうえ、それを積極的に情報開示した上で、投資家との建設的なコミュニケーションに生かしていくことが期待される。

脚注一覧

※1
当事務所所属の弁護士 新木伸一、水越恭平及び石井裕樹は本件に法務アドバイザーとして関与した(「コシダカによる本邦初の適格株式分配を利用したスピンオフ上場の解説」(旬刊商事法務 2020年4月5日号)27頁)。

※2
それ以前には、税制適格スピンオフではないものとして、2002年に中外製薬がロシュ社とのアライアンスに伴って実施した米国子会社株式のスピンオフ事例がある。

※3
その他のスピンオフの方法としては、新設分割後に分割承継法人株式を直ちに自らの株主に交付する分割型分割による方法がある。脚注6も併せて参照されたい。

※4
法人税法2条12号の15の2、12号の15の3、同法施行令4条の3第16項

※5
社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者を意味する。

※6
より厳密には、新設分割後に分割承継法人株式を直ちに自らの株主に交付する分割型分割のスピンオフにも同様の税制適格要件が定められているが、分割型分割の場合、①下記4(1)のとおり、スピンオフ対象法人が上場日と同日に新株発行による資金調達を行うことができないと考えられること、②新設分割によって承継できない許認可の対応が困難となり得ること、③上場会社がスピンオフを行う際には、株主がスピンオフによって取得したスピンオフ対象法人株式の取得価額の計算に必要な情報を証券保管振替機構にスピンオフの実行日の2週間前までに行う必要があるところ、新設分割については、新設分割により移転する純資産が分割法人(スピンオフ実施法人)の当該新設分割直前の純資産に一定の調整を行った金額に占める割合を通知する必要があり、実務上対応が困難であることなどを理由に、あまり使用されることはないと考えられるため、割愛する。

※7
株式分配に先行する分割又は現物出資についても、スピンオフ実施法人とスピンオフ対象法人とが内国法人であり100%親子会社の関係(完全支配関係)にあることを前提とすると、株式を対価として行われる限り適格組織再編の要件を充足すると考えられる。

※8
2021年8月31日経済産業省「令和4年度経済産業省税制改正要望について」https://www.meti.go.jp/main/zeisei/zeisei_fy2022/zeisei_r/index.html

※10
なお、分割型分割の場合には、分配可能額規制など剰余金配当に係る会社法の規律の一部は適用されない(同法792条、812条)。

※11
一方、分割型分割の場合、組織再編の実施に関して有価証券届出書の提出が必要となる。また、この場合、事前にスピンオフ対象法人(新設分割設立会社)が存在していないことから、スピンオフと同時の公募による新株発行を実施することはできないと考えられる。

※12
前述のコシダカホールディングスがカーブスホールディングスをスピンオフした際には同社株式は東京証券取引所に、上記脚注2記載の中外製薬が米国子会社をスピンオフした際には当該米国子会社株式はNASDAQに上場している。また、上記産業競争力強化法の認定を受けるためには、スピンオフ対象会社の株式が遅滞なく上場予定であることが要件となる(財務省・経済産業省告示第1号(平成26年1月17日)八ホ)。

※13
有価証券上場規程205条3号、211条6号、同施行規則212条3項1号、3号(なお、条文番号は2022年4月4日に施行される改正後のものを記載している。以下同じ。)。

※14
例えば、スタンダード市場及びプライム市場について、有価証券上場規程204条2項本文、210条2項本文、同施行規則204条1項12号、218条1項。

※15
その他に、スピンオフ対象会社が外為法上の事前届出業種を営む場合、スピンオフ対象会社株式の分配を受ける外国投資家側の事前届出の必要性についても配慮する必要がある。

※16
米国株主を含む非居住者株主がいかなる方法によりスピンオフ実施法人の株式を保有しているかにもよるものの、スピンオフ対象法人株式が日本の証券市場でのみ上場する場合には、振替株式としてのスピンオフ対象法人株式の非居住者株主に対する交付方法が別途問題となり得る。

※17
例えば、米国について、内国歳入法典368条(a)(1)(D)、355条。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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