
佐々木修 Shu Sasaki
パートナー
東京
NO&T FinTech Legal Update FinTechニュースレター
本ニュースレターでは、全3回に分けて内容をご紹介しています。第1回及び第3回は以下をご覧ください。
第1回:No.1(2022年3月)「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案の内容(1) ―ステーブルコインの仲介者等に関する規制―」
第3回:No.3(2022年4月)「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案の内容(3) ―高額電子移転可能型前払式支払手段に関する規制―」
2022年3月4日、金融庁は、「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案」(以下「本改正法案」といいます。)を国会に提出しました※1。
本改正法案は、2022年1月11日に公表された「金融審議会『資金決済ワーキング・グループ』報告」※2(以下「WG報告書」といいます。)で示された方向性を踏まえ、資金決済に関する法律(以下「資金決済法」といいます。)、金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)、銀行法、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」といいます。)その他の関係法令を改正しようとするものです。
本改正法案の主な内容は、①電子決済手段等への対応、②銀行等による取引モニタリング等の共同化への対応、③高額電子移転可能型前払式支払手段への対応の3点ですが、本稿では②を取り上げます。
①については、すでに当事務所より配信しておりますニュースレターにて取り上げておりますので、こちら※3をご覧ください。
預金取扱金融機関等及び資金移動業者(以下「銀行等」といいます。)は、為替取引に関して、マネー・ロンダリング及びテロ資金供与防止(AML/CFT)への対策として、犯収法や外国為替及び外国貿易法などの関連法令に基づき、取引時確認、疑わしい取引の届出、及び本人確認等を行うことが求められています。銀行等によるAML/CFT対策としては、2021年8月30日に公表された金融活動作業部会(FATF)による「第4次対日相互審査」の結果も踏まえて、顧客管理に加えて「取引フィルタリング」や「取引モニタリング」(以下、併せて「取引モニタリング等」といいます。)の高度化、効率化が必要であると考えられています。
なお、金融庁「マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」(2021年3月)は、「取引フィルタリング」及び「取引モニタリング」を以下のとおり定義しています。
・ 「取引フィルタリング」:取引前や制裁対象者等リストが更新された場合等に、取引関係者や既存顧客等について制裁対象者等のリストとの照合を行うこと等を通じて、制裁対象者等による取引を未然に防止することで、リスクを低減させる手法。
・ 「取引モニタリング」 :過去の取引パターン等と比較して異常取引の検知、調査、判断等を通じて疑わしい取引の届出を行いつつ、当該顧客のリスク評価に反映させることを通じてリスクを低減させる手法。
WG報告書によれば、取引フィルタリングについては、制裁対象者等が新たに指定された場合には、遅滞なく制裁対象者等のリストを取り込み、取引フィルタリングを行うことが求められますが、各金融機関が個別にリストを取り込む等の対応を行うことは負担が大きいとの指摘がなされています※4。また、取引モニタリングに関しては、顧客属性や顧客のリスク評価に応じた敷居値の設置及びその有効性検証を通じた継続的な改善を行うためのリソースの確保等が課題となっているとの指摘がなされています※5。
これらの指摘も踏まえると、各銀行等は、取引モニタリング等を、これを専門的に行う第三者に委託することが考えられますが、複数の銀行等から委託を受けた者の業務は大規模化する一方、銀行等による委託先の管理・監督の責任の所在が不明確となるおそれがあります。
そこで、本改正では、このような取引モニタリング等を受託する一定の業務について為替取引分析業として規制を及ぼすこととし、許可制を導入しています。以下では、為替取引分析業の定義について紹介した後、許可制の導入、兼業規制、個人情報の適正な取扱い、検査・監督の4点についてご紹介します。
本改正法案は、改正資金決済法2条で、以下のとおり「為替取引分析業」の定義を新設しています(※下線等による強調は筆者らにて追加)。
18 この法律において「為替取引分析業」とは、複数の金融機関等(銀行等その他の政令で定める者をいう。以下同じ。)の委託を受けて、当該金融機関等の行う為替取引(これに準ずるものとして主務省令で定めるものも含む。以下この項及び第四章において同じ。)に関し、次に掲げるいずれかを業として行うことをいう。
上記の定義のうち、第1号及び第2号がいわゆる取引フィルタリング業務、第3号が取引モニタリング業務に該当します。
なお、本改正法案では、基本的に「為替取引」に係る取引モニタリング等についてのみが規制の対象とされています。もっとも、柱書きにおいて、対象となる「為替取引」には、「これに準ずるものとして主務省令で定めるもの」も含まれることとされており、かつ、委託を行う「金融機関」等にも、「銀行等に加えて政令で定める者」も含まれることとなっていますので、どの範囲まで規制の対象が及ぶことになるかは、今後制定される政令及び主務省令に注目する必要があります。
本改正法案では、為替取引分析業が新設されたことに伴い、為替取引分析業に係る規制が導入されていますが、その概要は以下のとおりです。
為替取引分析業を行うためには、原則として、許可を受けることが必要とされています(改正資金決済法63条の23)。もっとも、その例外が定められており、「その業務の規模及び態様が、当該業務に係る金融機関等(その行う為替取引に関し、為替取引分析業を行う者に第二条第十八項各号に掲げる行為のいずれかに係る業務(以下この章において「為替取引分析業務」という。)を委託する者に限る。)の数その他の事項を勘案して主務省令で定める場合であるとき」には許可は不要であるとされています(同条ただし書き)。
WG報告書では、「例えば、業務の規模に関しては、国内のシステム上重要な銀行(D-SIBs:Domestic Systemically Important Banks)として、2022年1月現在指定されている預金取扱等金融機関の預金量の規模(2021年3月末現在、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs:Global Systemically Important Banks)に指定されている預金取扱金融機関は除く。)が、約30兆円から約60兆円程度であること等も参考に検討することが考えられる。」※6とされており、大規模に為替取引分析業を行う場合にのみ為替取引分析業の許可が求められることになるのではないかと思われますが、具体的にどのような範囲で為替取引分析業の許可が必要となるかは今後制定される主務省令に注目する必要があります。
なお、許可の基準としては、改正資金決済法63条の25第1項において、以下のとおり定められています(※下線等による強調は筆者らにて追加)。
また、許可を受けるための要件として、株式会社又は一般社団法人であることが求められ、株式会社の場合には、取締役会及び監査役会、監査等委員会又は指名委員会等を置くものであることが求められている点に注意が必要です(改正資金決済法63条の25第2項第1号)。
WG報告書では、取引フィルタリング及び取引モニタリングと関連の無い業務を幅広く営むと、個人情報の適正な取扱いに支障が生じる可能性があると考えられるとの指摘がなされており※7、本改正法案では、為替取引分析業者は主務大臣の承認を受けた場合を除いて、為替取引分析業及び為替取引分析関連業務(為替取引分析業に関連する業務として主務省令で定める業務をいいます。)以外の業務を行うことが禁止されています(改正資金決済法63条の27)。
本改正法案では、為替取引分析業者は、改正資金決済法63条の30において、為替取引分析業に係る情報の漏えい、滅失又は毀損の防止に関する事項を業務方法書において定めることその他の当該情報の適切な管理のために必要な措置を講じなければならないこととされているほか、同法63条の31は、為替取引分析業者の取締役等に対し為替取引分析業等に関して知り得た秘密について秘密保持義務等を課しています。
為替取引分析業者は、個人情報データベース等を業務において使用することになるため、個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます。)に基づく各種規制や監督に服することになりますが、さらに制裁対象者のリストや銀行等から取得する顧客情報等、センシティブな個人情報を含む多くの情報を取り扱うことが予想されることから、個人情報保護法の上乗せ規制として、これらの規定が設けられているものと考えられます※8。
本改正法案では、改正資金決済法63条の32から37において、為替取引分析業者に対する監督規定が整備されており、為替取引分析業者による取引モニタリング等の業務の実施状況やそれに伴う個人情報の取扱いに係る体制整備の状況等について、当局によるモニタリングが行われることになると考えられます。
銀行等が為替取引分析業者に対して取引モニタリング等を委託する場合には、顧客情報等の個人データを為替取引分析業者に提供することになると考えられますが、かかる個人データの提供に関して、本人の同意を得る必要があるか否かに関しては、別途、個人情報保護法やガイドライン等を踏まえて検討する必要があります。特に、複数の銀行等から委託を受けて、当該委託に伴い個人データの提供を受ける場合に、委託先となる為替取引分析業者においてどこまでの利用が可能かは、いわゆる「委託の限界」、「混ぜるな危険」の問題の観点も踏まえて慎重に検討する必要があります。この点に関して、WG報告書では、一般論としてですが、以下のとおり整理されています※9。
① 為替取引分析業者が、(i)各銀行等から提供された個人データを、各銀行等別に分別管理した上で、各銀行等から委託された業務の範囲内でのみ取扱い、(ii)各銀行等の取引等を分析した結果を、委託元の各銀行等にのみ提供する場合
この場合、銀行等の行為は、個人情報保護法23条5項1号(令和4年4月1日施行予定の改正後の個人情報保護法27条5項1号)の「利用目的の達成に必要な範囲内において個人データの取扱いの全部又は一部を委託することに伴って当該個人データが提供される場合」に該当すると考えられるため、銀行等は、利用者の同意を得ることなく、当該個人データを為替取引分析業者に提供することができると考えられます。
② 為替取引分析業者が、銀行等から委託を受けて、当該銀行等の利用者の個人情報を機械学習の学習用データセットとして用いて生成した学習済みパラメータを、他の銀行等からの委託を受けて行う分析にも活用する場合
当該パラメータと特定の個人との対応関係が排斥されている限りにおいては、個人を特定することができないため、当該パラメータは、「個人情報」にも該当しないと考えられ、銀行等は、その利用者の同意を得ることなく、当該パラメータを為替取引分析業者内で共有し、他の銀行等の分析に活用することができると考えられます。
実際に為替取引分析業者に対して取引モニタリング等の委託を行う場合には、上記のWG報告書における整理も参考にしつつ、具体的な委託業務の内容等を踏まえて個人情報保護規制の観点からの検討も必要となるものと思われます。
本改正法案は、為替取引分析業に係る規制を定めていますが、対象となる「金融機関等」や「為替取引」の詳細は政令又は主務省令で定められることになっており、また、どの程度の規模の為替取引分析業を行う場合に許可が必要となるかについても主務省令で定められることになっています。そのため、本改正法案が成立するかという点に加えて、その後に制定される政令や主務省令の内容にも引き続き注意する必要があります。
また、為替取引分析業者に委託するか否かにかかわらず、取引モニタリング等を第三者に委託する場合には、通常は個人データの提供も伴うことになると思われますが、個人情報保護法やガイドライン等との関係で問題がないかという点については慎重に検討する必要があるものと思われます。
※4
WG報告書第1章2.(2)脚注7(4頁)
※5
WG報告書第1章2.(2)脚注9(4頁)
※6
WG報告書第1章3.(1)脚注11(5頁)
※7
WG報告書第1章3.(2)②(6頁)
※8
WG報告書第1章3.(2)③(6-7頁)参照
※9
WG報告書第1章4.(2) 参照
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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