福原あゆみ Ayumi Fukuhara
パートナー
東京
NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター
本ニュースレターの英語版はこちらをご覧ください(一部内容を省略しています。)。
ニュースレター
欧州の企業持続可能性DD指令(CSDDD)案及び強制労働製品・流通禁止の規則案に関する近時のアップデート(2024年3月)
日本政府は、本年9月13日、日本政府として初めてのセクター横断的な人権デュー・ディリジェンスのガイドラインである「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)を策定、公表しました※1。これは、経済産業省が立ち上げた「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」での議論を経てとりまとめた人権デュー・ディリジェンスのガイドライン案(以下「本原案」といいます。)につき2022年8月29日までパブリックコメントを募集し、必要な修正を行った上で、関係省庁が参加する「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」を経て決定されたものです※2。
本原案の概要については、拙稿「人権デュー・ディリジェンスガイドライン(責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン)案の公表」(本ニュースレター第67号)をご覧いただければと思いますが、本稿では最終版における原案からの相違点を中心に紹介します。
本ガイドラインが定める人権尊重の取組みの全体像(人権方針の策定、人権デュー・ディリジェンスの実施、自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済)は本原案から変わらず、人権デュー・ディリジェンスのフレームワークについても基本的に本原案からの変更はありません。
本原案からの変更点のうち企業にとって特に留意を要すると考えられる事項は以下のとおりです。
企業が人権に対して負の影響を与える場面として、自ら引き起こす(cause)、直接・間接に助長する(contribute)、直接関連する(directly linked)の3つの類型が想定される点については本原案と同様ですが、それぞれの定義が以下のとおり明確化されています(本ガイドライン2.1.2.2)。
パブリックコメントにおいてジェンダーの視点を明確にする等の複数の意見が出たことを踏まえ、脚注63に「女性と男性とでは異なるリスクがあり得るということにも留意すべきである。(中略)企業は、ジェンダー平等の視点も踏まえて人権DDを実施することが重要である。」との記載が追加されるとともに、紛争地域における考慮に関しても「紛争等時に性的・ジェンダーに基づく暴力のリスクは特に頻発する」との記載が追記される(本ガイドライン4.1.2.4)など、ジェンダーの視点の重要性を踏まえた記載が複数箇所に追記されています。
紛争地域においては高いリスクに応じた強化された人権デュー・ディリジェンスの必要性が指摘されている点は本原案から維持されていますが、強化されたデュー・ディリジェンスについて脚注71において「強化された人権DDは、例えば、企業が事業を行う紛争等の影響を受ける地域の状況についての理解を深め、紛争等を助長する潜在的な要因等を特定することを通して、事業活動が人権への負の影響を与えないようにするだけでなく、紛争等の影響を受ける地域における暴力を助長しないようにする取組を指す。強化された人権DDにおいて、企業にとっては、サプライヤー等が過去又は現在の紛争等に関係しているかどうかを理解することが極めて重要である。」との追記がなされています。
企業が人権への負の影響を踏まえて対応を行う場合、取引停止が最後の手段として検討されるべきとの考え方は本原案から維持されていますが、特に国家等の関与の下で人権侵害が行われている場合の対応に関し、「日本政府は、企業が積極的に人権尊重に取り組めるよう情報の提供・助言等を行っていく。」との追記がなされる(本ガイドライン4.2.1.3)とともに、脚注79において「現地国の労働法等の法令違反を理由とする解除条項のほか、人権尊重の取組に関する契約上の義務違反を理由とする解除条項を取引先との契約において規定しておくことが考えられる。例えば、取引先に対して自社の調達指針を遵守する義務を課した上で、その義務の不履行が確認された場合には改善措置の実施を要求できることとし、その要求にもかかわらず調達指針を取引先が遵守しない場合には、契約を解除することができる旨を規定することが考えられる。ただし、解除のための契約上の要件の内容にかかわらず、取引停止(契約解除)が最後の手段として検討されるものであることに留意が必要である。」との追記がなされています。
EUでは、これまで欧州委員会により強制労働に関するサプライチェーンのデュー・ディリジェンスのガイダンスを発出するなどの取組みがなされていました※3が、更に、欧州委員会は、本年9月15日、強制労働により生産された製品のEU域内での流通を禁止する規則案を公表しました※4(以下「本規則案」といいます。)。
本規則案は、EU域内で製造された国内消費用及び輸出用の製品、並びに輸入品を対象として、当局が調査に基づき強制労働により製造された製品であることを立証した場合、当該製品のEU市場における流通やEUからの輸出が禁止されるとともに、決定に従わない企業に対しては国内法による罰金の制裁を受けるとしています。
今後、強制労働リスクがある地域や製品に関するデータベースの作成、欧州委員会によるガイドラインの発行が予定されています。また、本規則案は、今後欧州議会及び欧州連合理事会で審議され成立した後、24か月後に施行されることが見込まれます。
報道によれば、日本政府は、本ガイドラインの公表を踏まえて、人権デュー・ディリジェンスに取り組む企業を政府調達で優遇する仕組みを検討するとのことです。また、今後日本企業の人権尊重への取組みは本ガイドラインに沿ってステークホルダーから評価されることから、企業にとっての人権デュー・ディリジェンスの取組みの必要性は更に高まるものと考えられます。
本ニュースレターで紹介した、EUにおける強制労働製品のEU域内での流通を禁止する規則案の公表を含め、日本企業が欧米に製品を輸出する場合や企業が欧州諸国の法規制の適用を直接受ける場合は別途これらの法令を念頭に置いた対応も必要になるため、適宜専門家の助言を受けつつ、リスク評価を行った上で優先度の高い分野から取組みを行うことが重要と考えられます。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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