
塚本宏達 Hironobu Tsukamoto
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報
NO&T Dispute Resolution Update 紛争解決ニュースレター
合衆国法典第28編第1782条(28 U.S.C. § 1782)(以下「第1782条」といいます。)は、米国の連邦地方裁判所が、「foreign and international tribunal」(外国又は国際審判機関)で使用するために、特定の対象者に対して、証言や陳述をするよう命令し、又は、証拠を提出するよう命令することができると定めています。これは、米国外の紛争解決手続のために、米国のディスカバリー(証拠開示)手続を利用できる制度とされています。
この第1782条の「foreign and international tribunal」(外国又は国際審判機関)に、企業間等の仲裁合意に基づく国際仲裁手続(以下「国際商事仲裁」といいます。)や、国家間の投資協定に基づく国際仲裁手続(以下「投資協定仲裁」といいます。)が含まれるかどうかについて、これまで下級審裁判所間で判断が分かれてきましたが、2022年6月13日ZF Automotive US v. Luxshare上告事件(以下「本件」といいます。)において、連邦最高裁判所(以下「最高裁判所」といいます。)は、国際商事仲裁及びアドホック投資協定仲裁には第1782条は適用されないとの判断(以下「本決定」といいます。)を示しました。
本ニュースレターでは、問題の所在、本決定の概要及び実務への影響等について説明します。
第1782条は、連邦地方裁判所が、外国又は国際審判機関で使用するために、特定の者に対し、証言、陳述をするよう命令し、また、文書等の提出をするよう命令することができると定めています。そのような命令の対象となるのは、当該連邦地方裁判所が管轄する地区に居住又は所在する者です(法人を含みます。)※1。この第1782条の「foreign or international tribunal」 (外国又は国際審判機関)に、国際商事仲裁や投資協定仲裁が含まれる否かが本決定以前から争われてきました。
国際仲裁手続では、当事者が合意した一定の範囲で証拠開示手続が実施される場合は多いものの※2、米国のディスカバリー手続のような広範な証拠開示が実施されるケースは多くありません。また、あくまで仲裁手続の当事者に対してのみ証拠開示義務が課せられるのが通常であり、(当事者の子会社などの場合を除いて)第三者に対して証拠開示を求めることはできないとされています。しかしながら、仮に、第1782条に国際仲裁手続も含まれるとすると、(当事者の合意の有無に関わらず)米国の広範なディスカバリー手続を利用できる可能性が生じ、また、仲裁当事者以外の第三者に対しても、証拠の開示、証言、陳述を求めることができるようになることを意味します。そのため、本論点は、国際仲裁実務に多大な影響を与え得るものとされてきました。
本論点について、最高裁判所は、2004年の決定において、傍論ではあるものの、第1782条は国際仲裁手続にも適用される可能性を示唆しました※3が、その後、下級審裁判所においては判断が分かれている状況でした。
本件は、①国際商事仲裁手続に利用するためにディスカバリーを求めたZF AUTOMOTIVE US, INC., ET AL. v. LUXSHARE事件と、②リトアニアを相手方とする投資協定仲裁手続に利用するためにディスカバリーを求めたAlixPartners, LLP, et al. v. Fund for Protection of Investors’ Rights in Foreign Statesを併合したものです。
そこで、以下では、これらの事件の事実経過の概要を記載した上で、本決定の内容について説明します。
香港を拠点とするLuxshare, Ltd.が、米国のミシガン州を拠点とするZF Automotive USを相手方として提起した商事仲裁(仲裁地はミュンヘン、仲裁機関はドイツ仲裁協会(DIS)。以下「Luxshare v. ZF Automotive仲裁」といいます。)に関連して、Luxshareが、ZF Automotive USやその役員から証拠等の開示を求めて、ミシガン州東部地区連邦地方裁判所に対して第1782条に基づくディスカバリーを申し立てました。
同連邦地方裁判所は、この申立てを認め、第六巡回区連邦控訴裁判所はその判断を維持しました。そこで、ZF Automotiveが、Luxshare v. ZF Automotive仲裁は、第1782条の「外国又は国際審判機関」に該当しないと主張して、最高裁判所に上告しました。
リトアニアの銀行の経営破綻及び国有化を契機として、リトアニア・ロシアの二国間投資協定に基づき、ロシアのファンドであるFund for Protection of Investors’ Rights in Foreign Statesが、リトアニアを相手取り仲裁手続(アドホック仲裁)(以下「Fund v. Lithuania仲裁」といいます。)を申し立てました。その後、同ファンドは、米国に居住する関係者(上記リトアニアの銀行の臨時管理人)及び同関係者が代表者を務めるニューヨーク所在のAlix Partners LLPに対して証拠等の開示を求めて、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所に対して第1782条に基づくディスカバリーを申し立てました。
同連邦地方裁判所は、この申立てを認め、第二巡回区連邦控訴裁判所はその判断を維持しました。そこで、Alix Partnersは、Fund v. Lithuania仲裁は、第1782条の「外国又は国際審判機関」に該当しないと主張して、最高裁判所に上告しました。
最高裁判所は、第1782条の沿革等に照らして、「外国又は国際審判機関」とは、国家(governmental)又は国家間(intergovernmental)の審判機関を指し、そのような審判機関に該当するのは、一つ又は複数の国家から権限を付託された審判機関に限られると判断しました。
その上で、最高裁判所は、Luxshare v. ZF Automotive仲裁に関しては、①私人間の契約に基づくものであること、②仲裁人は、当事者が1名ずつ仲裁人を選任した上で、当該仲裁人らが、首席仲裁人を選任していること、③仲裁手続は、民間の仲裁機関であるDISが定めた規則に基づいて行われるものであることなどを指摘し、仲裁人の選任や手続の策定に国家が関与していない以上、仲裁廷に国家の権限が付託されているとはいえず、「外国又は国際審判機関」には該当しないと判断しました。
他方、最高裁判所は、Fund v. Lithuania仲裁について、国家間の条約・協定を根拠とし、国家を相手方とする紛争であることから、「難しい問題である」と指摘したものの、条約は、あくまで国家間の契約であるから、当事者国家が、条約に基づき、国家の権力を仲裁機関に付託したと解釈できるかどうかという解釈問題であると判示しました。
そして、Fund v. Lithuania仲裁の根拠となるリトアニア・ロシア間の投資協定においては、投資先国の裁判所、ストックホルム商業会議所の仲裁機関、国際商業会議所の仲裁裁判所及びUNCITRALに基づくアドホック仲裁の中から投資家が紛争解決手続を選択できる仕組みとなっており、このうちアドホック仲裁については、リトアニア及びロシアが、アドホック仲裁廷に国家の権限を付託しているとは解釈できず、むしろ、アドホック仲裁廷はリトアニアやロシアから独立した紛争解決機関とされていると指摘しました。
以上の点を踏まえ、最高裁判所は、Fund v. Lithuania仲裁の仲裁廷は第1782条の「外国又は国際審判機関」には該当しないと判断しました。
本決定がLuxshare v. ZF Automotive仲裁に第1782条が適用できない根拠として挙げた①私人間の契約に基づくものであること、②仲裁人は、当事者が1名ずつ仲裁人を選任した上で、当該仲裁人らが、首席仲裁人を選任していること、③仲裁手続は、民間の仲裁機関が定めた規則に基づいて行われるものであるという点は、いずれも国際商事仲裁全般に当てはまる特徴といえますので、本決定により、企業間の契約に含まれる仲裁条項に基づく国際仲裁手続に関しては、第1782条を利用することはできないという形で決着がついたといえます※4。なお、実務上、当事者ではなく仲裁機関が仲裁人を選任する場合もありますが、その場合であっても、仲裁機関が民間のものである限り、仲裁廷に国家の権限が付託されているとはいえず、第1782条の適用に関しては本決定と同様の結論となると思われます。
他方、Fund v. Lithuania仲裁に関する判断は、ロシア・リトアニア間の投資協定の解釈に基づく事実判断的性格がより強いといえます。もっとも、一般的に、投資協定において国家がアドホック仲裁廷に権限を付託するというのは想定し難く、よほど特殊な状況を除いては、アドホック仲裁が選択された場合、第1782条は適用されないと思われます。
他方で、投資協定仲裁のうち、投資紛争解決国際センター(ICSID)に基づく仲裁手続が選択された場合に第1782条が適用されるかどうかは、本決定からは明らかではありません。ICSIDは、国家間の条約(ICSID条約)に基づき設置された仲裁機関ですので、同機関の規則に基づき選任された仲裁廷は、「国家又は国際審判機関」と解する余地はあるように思われます。
なお、本決定に関連する問題として、米国連邦仲裁法(Federal Arbitration Act。以下「FAA」といいます。)第7条の解釈問題があります。同条は、米国を仲裁地とする仲裁手続の場合に、連邦地方裁判所が、仲裁廷への出廷・証言を拒絶した者に対して出廷等を命ずることができることを定めた規定です。しかしながら、下級審裁判例の中には、FAA第7条の範囲を拡張的に解釈し、連邦地方裁判所が当事者(や当事者以外の第三者)に対して文書等の提出などのディスカバリーを命ずることができると判示したものがあります。この論点は下級審裁判所において判断が分かれており、実務上の混乱を避けるためにも、最高裁判所による統一的な判断が示されることが望ましいといえます。
※1
例えば日本企業の米国子会社や米国の駐在員なども対象となります。
※2
国際仲裁手続で頻繁に参照されるIBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitrationにおいても、証拠開示手続は規定されています。もっとも、開示の対象となるのは、重要かつ関連性のある証拠に限られており、また、証拠開示申出は、「特定の文書」または、「限定的かつ特定の類型の文書」を対象としなければならないとされるなど、(日本の訴訟と比較すると相当程度広範ではあるものの)、米国のディスカバリー手続と比較するとその範囲は限定的であるとされています。
※3
Intel Corp. v. Advanced Micro Devices, Inc., 542 U.S. 241 (2004)
※4
Luxshare v. ZF Automotive仲裁の仲裁地は米国外(ミュンヘン)でしたが、仮に仲裁地が米国であっても私人間の合意に基づく紛争解決手続であるという点には変わりはなく、結論は左右されないと解されます。なお、仲裁地が米国の場合、そもそも「外国又は国際」に該当しないとして、第1782条の適用を否定する考え方もあり得ます。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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