エンニャー・シュー Annia Hsu
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シンガポール
NO&T Dispute Resolution Update 紛争解決ニュースレター
本ニュースレターは、「全文ダウンロード(PDF)」より日英併記にてご覧いただけます。シンガポール・オフィスの紛争解決チームについてPDF内にてご紹介しております。
2023年3月27日付け判決において、シンガポール高等裁判所は契約中の調停条項に従い紛争を調停に付託するよう被告に命じた。こうした調停条項の特定履行命令は、裁判所の裁量によってのみ発せられる衡平法(エクイティー)上の救済であり、稀である。このようなエクイティー上の救済は権利として当然与えられるものではなく、典型的には、救済を求める当事者にとって損害賠償が十分ではない場合にのみ認められる。当事者の合意に基づく紛争解決メカニズムの選択については、調停であれ仲裁であれ、これを尊重するシンガポール裁判所の姿勢が本判決によって改めて明らかになった。
Maxx Engineering Works Pte Ltd v PQ Builders Pte Ltd [2023] SGHC 71(以下、「本判決」という)において問題となった下請契約中の紛争解決条項は次のとおりである。
54. 本件下請契約に基づき、若しくはこれに起因・関連して、又は本件下請工事に基づき、若しくはこれに起因・関連して当事者間に紛争が生じた場合、両当事者は、交渉によって当該紛争を解決するよう努めなければならない。交渉が決裂した場合、両当事者は当該紛争を、その時点で効力を有する調停規則に従ってシンガポール調停センターにおける調停に付託しなければならない。なお、本条項に従った調停を先行して実施することは、いずれかの当事者による仲裁付託の前提条件ではなく、次の第55項に基づき仲裁に付託する当事者の権利は調停への付託があったとしても影響を受けない。
55. 本件下請契約若しくは本件下請工事に基づき、又はこれに起因・関連して、当事者間に、本件下請契約の存否、有効性、若しくは解除に関するものを含む紛争が生じた場合で、当該紛争が第54項によっては当事者間で解決されなかった場合、両当事者は、当該紛争を、いずれかの当事者が仲裁提起の書面通知を相手方に送付してから14日以内に両当事者の合意する一人の仲裁人による仲裁に付託するものとする(中略)。仲裁地はシンガポールとし、当該仲裁はその時点での改正を含む仲裁法(第10章)の適用を受けるものとする。
上記第54項は、当事者は調停を経ずとも紛争を仲裁に付託することができることを示唆しているようにもみえる。実際、被告であるPQは、紛争を調停に付託することなく、上記第55項に基づき仲裁に付託した。これに対し、原告であるMaxxは、シンガポール高等裁判所に訴えを提起し、上記第54項を根拠として、PQに対して調停を義務付ける命令を求めた。
高等裁判所は、「調停に付託しなければならない(shall refer the dispute for mediation)」という文言に「shall」が用いられていることから、交渉が決裂した場合には当事者は紛争を調停に付託する義務を負うと判断した。本件事案の下では、第54項が適用され、PQは紛争を調停に付託する義務を負うこととなった。
裁判所はさらに特定履行命令を発出すべきかどうかを次の要素に照らし検討した。
最初の三つの要素について、裁判所は、損害賠償は原告の救済として不十分であり調停合意のふさわしい代替とはならず、PQにとって著しい困難が生じることや調停が無駄になる可能性については証拠がないと判示した。加えて、シンガポール調停センターに調停に合意する確認の連絡をすること、調停日時を連絡すること、事案の要約を調停人に提出することといった具体的なステップの存在を考慮すると、特定履行が命じられた場合にPQがそれらのステップを遵守したかどうかを判断するに当たって特段の実務上の困難も認められなかった。
さらに、裁判所は当事者に調停を命じることは適正かつエクイティーに適うと判示した。その理由として、裁判所は、両当事者がそれぞれ調停による利益を享受する立場にあること、すなわち調停によって余計なリーガルコストや遅延を負担することなく紛争を解決する機会を得ることを指摘した。裁判所は当事者による調停の選択を尊重したものといえ、これは友好的な紛争解決を推進する裁判所の方針にも合致する。
本事案は、当事者が既に仲裁手続の最中にあった事案であり、さらに調停は仲裁開始の前提条件とされていないにもかかわらず、調停を義務付けた本判決は特筆すべきものである。訴訟や仲裁がどの段階にあるかを問わず調停は有用かつ効率的な紛争解決手段となり得るものであるというシンガポールの各種紛争解決機関の強固なスタンスが、本判決によって改めて打ち出された。今後は、調停付託条項に「shall」のような義務的な文言を入れるかどうか、契約当事者は交渉の中で慎重に検討する必要がある。なお、契約中に義務的な文言がなかった場合でも、当事者が調停にかかる時間とコストを考慮した上でなお調停に同意するのであれば、調停の選択肢はいつでも利用可能である。
シンガポールは、調停のためのインフラ、トレーニングプログラム、調停の利用を支える法制に多くのリソースを投下し、訴訟・仲裁に代わる有効な紛争解決手段として調停を推し進めてきた。例えば、シンガポール調停センターは5400件超の調停を処理し、そのうちの70%以上が和解で終結している。また、シンガポール国際調停センターには、異なる国籍・文化を持つ当事者同士の国際調停を処理することのできる国際調停人のパネルが存在する。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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