
塚本宏達 Hironobu Tsukamoto
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報
NO&T Labor and Employment Law Update 労働法ニュースレター
2023年6月20日、ニューヨーク州議会は、被用者に退職後の競業避止義務を課すことを禁止する法案(以下「本法案」)を可決しました※1。本法案は、今後キャシー・ホークル州知事に提出されることとなりますが、同知事によって承認・署名がなされた場合、署名から30日後(以下「本発効日」)に効力を生じることとされています。これまでニューヨーク州においては、被用者との間で合理的な内容の競業避止義務契約を結ぶことが許容されていましたが※2、本法案では原則として一律に競業避止義務を課すことを禁止しているため、本発効日後は競業避止義務についての実務が大きく変わることとなります。また、本法案により、ニューヨーク州は、カリフォルニア州、ミネソタ州、ノースダコタ州、オクラホマ州に続き、州法によって退職後の競業避止義務を課すことを禁止する5番目の州となります。このような競業避止義務に対する制限は、2023年1月5日付で連邦取引委員会が提案した規則案※3や2023年5月30日付で全米労働関係委員会のジェニファー・アブルッツォ法務顧問が公表したメモランダム※4とも一致した動きであると考えられます。本ニュースレターでは、本法案の概要及び雇用主が今後どのような点に注意すべきかについてご説明いたします。
本法案は、一定の例外を除き、「合法的な職業、取引又はあらゆる種類の事業への従事」を制限する限りにおいて、いかなる契約も無効であるとした上で、雇用主、パートナーシップ又は企業等が、「対象となる個人」(“covered individual”)に対して「競業避止義務合意」(“non-compete agreement”)を求めたり、要求したり又は受け入れることを禁止するものです。そして、禁止対象となる「競業避止義務合意」とは、「雇用主と「対象となる個人」との間の、その契約の当事者である雇用主との雇用終了後に、その「対象となる個人」が雇用を得ることを禁止又は制限する合意」と定義され、また、「対象となる個人」とは、「雇用契約に基づいて雇用されているか否かにかかわらず、他者との関係において、その他者に経済的に依存する立場にあり、その他者のために職務を遂行する義務を負う条件で、その他者のために仕事又は役務を提供する者」と定義されています。以上のとおり、本法案は雇用終了後の競業避止義務合意を広く禁止するものですが、雇用契約に基づく労働者のみならず、個人事業主やコンサルタントであっても特定の雇用主からの収入に大きく依存する場合は本法案の対象に含まれる可能性がある点に留意が必要です。
なお、本法案は、①一定期間の役務(“fixed term of service”)※5のための契約、②雇用主の企業秘密又は機密情報の開示を禁止する契約、又は③「対象となる個人」が雇用中に知った雇用主の顧客に対する勧誘を禁止する契約には適用されない旨を規定しています。したがって、これらに該当する契約については、本発効日後においても引き続き有効であると考えられます。
本法案は、ニューヨーク州法の下、「対象となる個人」が、①本法案に違反する競業避止義務の無効、②かかる競業避止義務の執行に対する差止命令による救済、③対象者一人当たり最高1万ドルの予定損害賠償額(“Liquidated Damages”)、並びに④失われた報酬、損害、及び合理的な弁護士報酬・費用の補償を求める訴訟提起を行うための権利(私的訴権)を規定しています。したがって、「対象となる個人」は、本法案を根拠として一定期間雇用主に対して直接訴訟を提起することができます。
本法案は、本発効日以後新たに締結される契約にのみ適用することとされています。本法案が遡及的に適用されることは想定されておらず、本発効日以後に新たに修正・変更等が加えられない限り、本発効日以前に締結された退職後の競業避止義務を定める契約は、本発効日以後も引き続き有効な契約であると考えられます。他方、本発効日以前に締結された契約が本発効日以後に自動更新された場合に、本法案の対象に含まれるか否かについては、本法案上明確ではありません。
本法案により被用者の職位や報酬レベルにかかわらず原則として退職後の競業避止義務を課すことが一律に禁止されることとなるため、雇用主としては、本発効日後に新たに被用者との間で締結する予定の雇用契約や委任契約等の内容を見直し、退職後の競業避止義務が規定されている場合には、原則としてこれを削除するとともに、懸念される競業行為に対処するためのその他の手段を検討する必要があります。他方、本法案は、これまでニューヨーク州法裁判所によって効力が認められてきた退職後の雇用主の従業員の引抜きを制限する合意や事業売却に伴う競業避止義務については言及しておらず、これらの合意が本法案の効力発生後も許容されるのか不透明な状況にあります。また、退職する被用者と雇用主との間において、当該被用者に対して一定の退職パッケージを支払うことと引き換えに一定期間の競業避止義務を定めた退職合意書等を締結する場合がありますが、このような場合の競業避止義務についても一切効力を認めないこととするのか、本法案は明らかにしていません。したがって、本法案が現状の内容のまま発効した場合、本法案が禁止する競業避止義務の範囲については解釈の余地が残されることとなり、ニューヨーク州の裁判所によって今後どのような解釈がなされるのかその動向を引き続き注視する必要があります。
※2
日本においても、退職後に競業避止義務を課すことは職業選択の自由を侵害しうることから制限的に解されており、裁判例においては、企業の利益、従業員の地位、地域的限定の有無、制限期間、禁止行為の範囲、代償措置の有無を総合的に検討し、合理的範囲において有効と解されています。
※3
本規則案は、独占禁止法の観点からごく例外的な場合を除き被用者に競業避止義務を課すことを一律に禁止するものですが、その詳細は独占禁止法・競争法ニュースレターNo.17「米国FTCによる被用者への退職後の競業避止義務の禁止に関する規則案の公表」(2023年1月)をご確認ください。
※4
本メモランダムでは、被用者に対する競業避止義務が、一定の例外的な状況を除き、連邦法である全国労働関係法(National Labor Relations Act)に違反し得る旨の指摘がなされています。
https://www.nlrb.gov/news-outreach/news-story/nlrb-general-counsel-issues-memo-on-non-competes-violating-the-national
※5
本法案では “fixed term of service”の定義が規定されておらず、解釈の余地が残ります。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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