
福原あゆみ Ayumi Fukuhara
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欧州オムニバス法案やトランプ政権の動向が示唆する「ビジネスと人権」の行方(2025年4月)
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2023年1月1日以降、原則として、ドイツにおいて3,000人以上の従業員を抱える事業所・支店等を有する企業は、いわゆる「サプライチェーン・デューデリジェンス法(ドイツ語でLieferkettensorgfaltspflichtengesetz。以下「本法」という。)の対象となった。本法は、これらの企業のサプライチェーンにおける人権・環境侵害を防止することを目的としており、企業自身が人権・環境侵害をしないことに加え、サプライヤーに対してもこれを求めていくことを義務付けている。
2024年1月1日以降は、対象企業が拡大され、1,000人以上の従業員を抱える企業にも、本法が適用されることになる。これにより、ドイツに製造部門、管理部門その他の事業所を有する、より多くの多国籍企業が本法の対象となることになる。また、現在審議中のEUコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令もまもなく採択されることが見込まれており、これにより、より多くの企業は中期的に人権・環境デューデリジェンスを実施する必要が生じる。
本稿では、企業が本法を遵守するために必要と思われる点に焦点を当てつつ、本法の適用範囲と、関連性が高いと思われる要件について概要を紹介する。
本法における禁止事項は、人権、労働者の権利及び環境に焦点を当て、これらの侵害を防止するために設計されている。具体的には以下の点が含まれる。
本法は、企業に対し、サプライヤーがこれらの禁止条項のすべてに違反していないことを要求するものではないが、「適切な」努力を尽くすことを要求している。具体的にどういったものが「適切」とみなされるかは、企業の規模、セクター、事業を行っている国などの様々な要素、及び企業とサプライヤーとの間の関係性などにより異なる。
適用される義務や必要となるデューデリジェンスのレベルを決定するにあたり、サプライチェーンは、少なくとも以下の3つのTier(階層)に区分される。
後述するとおり、本法が課す義務はTierによって異なる。ただし、本法ではこの点について単純に形式的なものではなく実質的な分析を要求しており、より間接的な契約関係を人為的に構築することによって、全てのサプライヤーをTier 2のサプライヤーとし、本法のデューデリジェンス義務を制限することを目的とするような悪意ある契約上の取決めは無効とされる(本法第5条1項、第7条1項)。
Tier 0では、企業は最も厳しい義務を負うことになる。これは企業が自社の事業領域については最もコントロール可能であり、それゆえに最も責任を負わなければならないことを前提としている。一方、人権・環境に対する侵害(又は潜在的なリスク)がサプライチェーンの末端に存在する場合、企業は相対的にコントロールが困難であり、これが法的義務の程度に考慮される。このように、対象企業の義務は、上記のTier(階層)により、いくつかのカテゴリに分類することができる。
リスク管理体制は、関連するすべての事業過程において構築されなければならない(本法第4条)。特に、リスク管理の責任について、人権担当者の任命を含め明確に定義されなければならない。
これにより、人権担当者への社内的な報告義務の設定や、人権担当者が職務を遂行するにあたり必要な規定の整備など、社内規程の見直しが必要になることがあると考えられる。
企業は、その事業及びサプライチェーンに存在する人権・環境リスクの種類及びリスクの程度を決定するために、リスク分析を実施しなければならない(本法第5条)。この分析は、少なくとも年1回実施されなければならない。一般的には、関連する取引関係のマッピング、抽象的な基準(国やセクター等)及び具体的な基準(個々のサプライヤーの評判、デューデリジェンスの結果、パフォーマンス等)に基づくリスク決定などが含まれるとされている。この分析の結果は、取締役や調達担当役員等の意思決定者に伝達されなければならない。
また、企業は、苦情処理手続(ドイツ語でBeschwerdeverfahren – 本法第8条)を整備しなければならない。この手続においては、社内向けの手続である内部通報システムと同様に、社内外の者が、人権・環境に関わるリスクや違反を企業に通報することができることを確保しなければならない。企業は、苦情処理手続の基本的なルールを定め、この手続に容易にアクセス可能にしなければならない。申告は秘密として取り扱われ、正当な申告を申し立てた者に報復が行われないようにしなければならない。また、企業は、少なくとも年1回、苦情処理手続の有効性を監査しなければならない。
すでに内部通報システムを有する場合、既存のシステムと新たな苦情処理手続との統合に留意する必要がある。
本法は、企業に様々なリスク予防措置及び軽減措置を取ることを義務付けている(本法第6条)。経営陣は、基本方針として、人権の遵守に関する基本戦略を設定しなければならない。
企業は、基本戦略の基礎として既存の行動規範を利用することができるが、本法は、通常、より詳細な事項を要求しており、特に、本法の下で要求されるコンプライアンスメカニズム、企業に関連する人権・環境リスク、並びにこの点に関する従業員及びサプライヤーの行動に対する経営陣の期待を述べる必要がある。
さらに、企業は、こうした期待を実際に実行するための措置を講じなければならない。具体的には、契約において保証条項を設けること、研修を実施すること、供給契約において監査や管理に関する条項を導入することなどが考えられる。場合によっては、雇用契約の修正も必要となる可能性がある。
企業が、自社の事業領域又は直接サプライヤーにおいて人権・環境侵害又はその差し迫ったおそれがあることを認識した場合、不合理な遅滞なく、違反を予防し、終了させ、又はその範囲を軽減するための措置を講じなければならない(本法第7条)。
自社の事業領域(すなわちTier 0)においては、ドイツ国外又は子会社において発生したものでない限り、違反停止措置を講じなければならず、ドイツ国外又は子会社において生じたものについても、例外的な状況を除き、違反停止措置を講じなければならない。
直接サプライヤー(Tier 1)における違反が直ちに終了させることができないものである場合、企業は、期限の設定等の是正計画を作成しなければならない。このような計画の一環として、企業は、例えば、違反を終了又は最小化するためのアクションプランをサプライヤーと共同して作成し実行すること、違反を引き起こした関係者(第三者や中間サプライヤー等)への影響力を高めるために業界団体等と協力すること、取引関係を一時的に停止することなどが考えられる。サプライヤーと取引関係を終了し又は完全に停止することは、違反が特に深刻であり、軽減措置の実施によって実際の違反の軽減に至らない場合であって、他のより厳格でない手段が利用できず影響力を高めても成功の見込みがない場合にのみ求められる。
Tier 2については、リスク分析、予防、軽減措置は、企業がそのような間接サプライヤーによる人権・環境侵害の事実上の兆候を知っている場合にのみ必要とされる。すなわち、これらの義務は継続的なものではなく、特定の事象に関してのみ適用される。
いずれの場合も、リスク予防・軽減措置の有効性は、少なくとも年1回検証されなければならない。
企業は、デューデリジェンス義務を遵守していることを文書化し、少なくとも7年間この文書を保持しなければならない(本法第10条)。また、この取り組みについては、年次報告書をホームページに掲載しなければならない。
本法は、ドイツ連邦経済輸出管理局(Bundesamt für Wirtschaft und Ausfuhrkontrolle。以下「BAFA」という。)が管轄する。BAFAは、本法違反のおそれがあると判断した場合、自主的に調査を実施する権限を有する。他の規制当局と比べ、現在、BAFAは、非常に積極的かつ現場を見ていることが窺われ、多くの企業に直接アプローチし、本法の遵守状況について照会しているようである。
BAFAは、提出された人権報告書をレビューし、文書その他の情報の提出を命じ、調査を行うことができる。また、法遵守の対策が不十分な場合には、具体的な措置を命じ、制裁金を科すこともある。また、実際の違反(過失によるものであっても)については、800,000ユーロ又は「経済単位」として機能するすべてのグループ事業体の年間総売上高の2%を上限として制裁金を科すことができる。特に大企業グループの場合、非常に高い制裁金になる可能性がある。
さらに、重大な違反が公式に認定された場合(通常、少なくとも175,000ユーロの制裁金を要求されるもの)、企業は、最長3年間、公共調達への参加から排除される可能性がある。
本法の違反により、民事上の責任も生じうる。例えば、消費者は、本法に違反する状況(不十分な開示の状況等)で製品が製造されたことが、最終的な製品の欠陥として認められるべきであると主張する可能性がある。また、競合他社は、本法の違反が不公正な競争上の優位性につながることを理由として、差止請求や損害賠償を請求することも考えられる。最後に、第三者(例えば、人権が侵害された製造スタッフや、汚染された環境の住民)は、不法行為法に基づく差止請求や損害賠償の請求を提起しうる。ドイツが、ごく最近、代表的行動指令(EU指令2020/1828)を実施し、それによって「集団行動」の概念をドイツにもたらしたことを考慮すると、そのような請求が、将来的には、より頻繁に訴訟として争われる可能性がある。さらに、ドイツの労働組合やNGOは、人格的利益の侵害を主張する人々のために請求を行うことができる(本法第11条)。本法に基づく最近の動きのいくつかの例を以下に示す。
個人が自ら訴訟提起をすることを選択しなかったとしても、NGOはBAFAに苦情を申し立てることができ、それが正当であれば、BAFAはその苦情に対処するための措置を講じることができる。このような人権・環境に関する調査・訴訟は、企業のレピュテーションにも大きな影響を与えうる。
以上のとおり、ドイツで1,000人以上の従業員を抱えるドイツ及び外国企業は、2024年1月1日以降、人権及び環境保護に関する措置を強化する必要に迫られている。
したがって、ドイツにおいて重要な拠点等を有する会社は、本法の対象となるリスクがあるかどうかを分析し、上記の義務を遵守する必要がある。
本法の対象となる企業は、コンプライアンスとリスク管理の方策を見直し、修正する必要がある。実務上、最も重要な点は以下の項目の実施であると考えられる。
企業規模が大きくなり、サプライチェーンが複雑になればなるほど、これらの措置はより多くの時間と労力を要することになるため、早期に対応を開始することが望ましい。
※1
ブランドと労働組合の合意であり、2013年4月にバングラデシュのラナプラザ工場ビルが倒壊し、1,133人が死亡し、数千人が重傷を負った事件の後に成立した。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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