
斉藤元樹 Motoki Saito
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ニュースレター
株式報酬の新展開(ストックオプション・譲渡制限付株式・RSU/PSU)~令和6年度税制改正大綱・近時の金商法関連法令改正を踏まえて~(下)(2024年2月)
株式報酬の新展開2025(ストックオプション・譲渡制限付株式・RSU/PSU) ~近時の租税特別措置法、産競法、金商法改正を踏まえて~(上)(2025年2月)
株式報酬の新展開2025(ストックオプション・譲渡制限付株式・RSU/PSU) ~近時の租税特別措置法、産競法、金商法改正を踏まえて~(下)(2025年3月)
日本企業による自社株式を用いたインセンティブ報酬については、旧来はストックオプションや従業員持株会等が広く定着していたところ、近時は、譲渡制限付株式(RS:Restricted Stock)、譲渡制限付株式ユニット(RSU:Restricted Stock Unit)、パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU:Performance Share Unit)などを中心とする直接交付型の株式報酬や、株式交付信託や信託型ストックオプションなど信託を用いた仕組みなどがみられ、また、ストックオプションについても、税制適格ストックオプションだけではなく有償ストックオプションなど、多様な設計がみられるようになってきている。
企業がいずれの手法を用いるかについては、上場/未上場を含めた当該企業の成長ステージ、株主との利害共有の度合い(いわゆる値上がり型かフルバリュー型か)、会計上の取扱い、ランニングコストの大小など、それぞれの手法が持つ特徴や効果を踏まえた上で選択すべきであるが、これらに加えて、税務上の取扱い、導入会社の開示を含めた手続的負担については大きな考慮要素となることが想定されるところ、直近、これらの取扱いについていくつか重要な改正が公表されている。
本ニュースレターは、ストックオプション、譲渡制限付株式、RSU/PSUについて、直近で公表された法令改正等の内容をまとめた上で、当該改正後に予想される実務等について紹介するものである。
目次:
<以上、上巻>
<以上、下巻>
なお、本ニュースレターで用いられる用語の意味はそれぞれ以下のとおりである。
現行法下における税制適格ストックオプションの枠組みは大要以下のとおりである。
項目 | 要件 |
---|---|
付与の対象 |
発行会社及びその子会社の取締役・執行役・使用人(但し、大口株主を除く) 一定の要件を満たす社外高度人材 |
発行価格 | 無償 |
権利行使期間 |
付与決議後2年を経過した日から10年を経過する日まで (設立5年未満の非上場会社は15年を経過する日まで) |
権利行使限度額 | 年間合計額1,200万円まで |
権利行使価額 | 割当契約締結時の対象株式1株あたりの価額以上 |
譲渡制限 | 新株予約権の譲渡禁止 |
株式保管委託 | 行使により交付される対象株式について金融商品取引業者等による保管等が必要 |
課税 |
行使時の給与所得課税(最大55.945%)なし 交付される対象株式の譲渡時に、権利行使価額と譲渡価額との差額にキャピタルゲイン課税(20.315%) ※税制非適格ストックオプションの場合には以下のとおり。 行使時に、権利行使価額と行使時の対象株式の時価との差額に給与所得課税(最大55.945%) 譲渡時に、行使時の対象株式の時価と譲渡価額との差額にキャピタルゲイン課税(20.315%) |
税制適格ストックオプションについては、上記のとおり課税上のメリットがある一方で、①権利行使限度額が存在することからインセンティブとして十分ではない、②特に非上場株式について株式保管委託の受け手となる金融商品取引業者等が限られるため、新株予約権の発行会社がIPO(新規上場)ではなく他の企業による買収(M&A)というエグジットを行った場合に要件を充足することが困難であり、税制非適格となってしまうといった問題が指摘されてきた。
これを受けて、税制適格ストックオプションに代えて、以下の性質を有する有償ストックオプション(時価発行新株予約権)を使い、同等の課税関係を実現するという手法もある。しかしながら、この手法については、(i)ストックオプションの発行(付与)時に適正な時価(オプション料)の払込みを要するため、付与の対象者が当該金額の払込みを行うことができる者に限られる、(ii)その後発行会社の対象株式の価値が権利行使価額に届かなかった場合には、付与時の払込んだ金銭が損失となってしまうといったデメリットがあり、役職員一般に広く使うのは難しかった。
項目 | 要件 |
---|---|
付与の対象 | 制限なし |
発行価格 | 時価 |
権利行使期間 | 制限なし |
権利行使限度額 | 制限なし |
権利行使価額 | 制限なし(目標とする株式価格など) |
譲渡制限 | 譲渡制限あり |
株式保管委託 | 制限なし |
課税 |
行使時の課税(最大55.945%)なし 交付される対象株式の譲渡時に、払込価額と権利行使価額の合計額と譲渡価額との差額にキャピタルゲイン課税(20.315%) |
このような有償ストックオプションのデメリットを解消するものとして発明されたのが、発行会社のオーナー(もしくは発行会社)が一定の金額を信託会社に信託し、組成される信託の受託者(信託会社)が信託された金銭を用いて有償ストックオプションを購入し(すなわち、役職員は払込みを行わずに)、事後に信託の受益者として指定される役職員が有償ストックオプションを行使して新株を取得するという、信託型ストックオプションであった。しかしながら、信託型ストックオプションについては、国税庁より、行使時に給与所得課税がなされるという見解が出されたことから※1、今後の見通しは不透明な状況である。
一方で、財務省及び経産省は、税制適格ストックオプションの使い勝手を改善することを目指してきた。
まず、昨年、税制適格ストックオプションの割当契約締結時における対象株式1株あたりの価額の算定方法に関する通達の改正を行い、対象株式が取引相場のない株式である場合には、一定の条件下において、かかる価額を財産評価基本通達の例によって算定した価額(例えば、純資産価額等を参酌して算定した価額)とすることを認めるに至った※2。例えば、優先株式を発行しているスタートアップ企業については、純資産価額から優先株式に分配される純資産価額を控除した残余の金額ベースで対象となる普通株式の1株あたりの価額を算定することになり※3、非常に低廉な金額となることが見込まれる。そのため、現在の年間1,200万円という権利行使限度額においても多額のアップサイドを取ることが可能となり、十分なインセンティブとなり得ることになった。
その上で、令和6年度税制改正大綱においては、①非公開会社を念頭に、税制適格ストックオプションの行使によって交付される対象株式について金融商品取引業者等に保管委託等することが求められる株式保管委託要件が緩和され、また、②1,200万円という権利行使価額の年間限度額の増額が認められることになり、さらに使い勝手が改善されることが見込まれている。具体的には、2024年4月から施行が見込まれる令和6年税制改正後の税制適格ストックオプションは、以下の形になることが見込まれている(下線部が改正部分である。)※4。なお、同改正の詳細については、税務ニュースレター「令和6年度税制改正大綱:パーシャルスピンオフ税制、ストックオプション税制の改正」もご参照いただきたい。
項目 | 要件 |
---|---|
付与の対象 |
発行会社及びその子会社の取締役・執行役・使用人(但し、大口株主を除く) 一定の要件を満たす社外高度人材 |
発行価格 | 無償 |
権利行使期間 |
付与決議後2年を経過した日から10年を経過する日まで (設立5年未満の非上場会社は15年を経過する日まで) |
権利行使限度額 |
年間合計額1,200万円まで。但し、以下の例外あり。 設立後5年未満の株式会社については、2,400万円 設立後5年以上20年未満の株式会社のうち、非上場会社又は上場後5年未満の会社については、3,600万円 |
権利行使価額 | 割当契約締結時の対象株式1株あたりの価額以上(価額についての改正通達あり) |
譲渡制限 | 新株予約権の譲渡禁止 |
株式保管委託 |
行使により交付される対象株式について金融商品取引業者等による保管等が必要。但し、非上場株式(譲渡制限株式)については、以下の方法で足りる。 「新株予約権を与えられた者と当該新株予約権の行使に係る株式会社との間で締結される一定の要件を満たす当該行使により交付される株式の管理等に関する契約に従って、当該株式会社により当該株式の管理等がされること」 |
課税 |
行使時の給与所得課税(最大55.945%)なし 交付される対象株式の譲渡時に、権利行使価額と譲渡価額との差額にキャピタルゲイン課税(20.315%) |
以上の一連の改正を踏まえると、令和6年度税制改正後のストックオプションの付与実務としては、例えば以下の方向性が考えられる。
まず、アーリーステージのスタートアップ企業など、普通株式の時価が1円など非常に小さい金額となることが見込まれる場合には、税制適格ストックオプションよりも有償ストックオプションが役職員一般に広く有用となり得る。上記のとおり、有償ストックオプションはその付与を受けるために払込みを行う必要があるが、普通株式の時価が非常に低廉であることが見込まれる場合には払込金額も僅少となり得るため、払込みの必要性とその後行使条件が成就しない場合に払込金額が損失となるリスクというデメリットは事実上問題とならない場合も多いと思われる。
一方で、株式時価が大きくなってきた場合や上場後の企業については、有償ストックオプションの払込みの必要性といった上記のデメリットは無視できず、役職員一般には使いづらいともいえる。また、役職員一般を念頭におくと税制適格ストックオプションの行使金額の年間上限額(特に改正後の年間上限額)は事実上問題とならない場合も多いように思われる。そのため、税制適格ストックオプションが有用となり得る。もっとも、創業者やシニアマネジメントについては、払込みを行って積極的にリスクをとりつつ、制限なくアップサイドを取りたいというニーズがあり得る。また、PEファンドが、買収後の対象会社の経営陣に経営にコミットさせる目的で、払込みが必要な手法をあえて選択するということも考えられる。このような場合には、権利行使額や権利行使期間に制限のない有償ストックオプションが、有効と考えられる。
※1
国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」問3
(https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/kaisei/230707/pdf/02.pdf)
※2
国税庁「租税特別措置法通達の解説」
(https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/shotoku/sochiho/kaisei/230707/pdf/02.pdf)
※3
前掲注1の問9
※4
社外高度人材についての改正は割愛する。同改正については、本文記載の税務ニュースレターをご参照いただきたい。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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