
カラ・クエック Kara Quek
アソシエイト
シンガポール
NO&T Dispute Resolution Update 紛争解決ニュースレター
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シンガポール裁判所は、昨年(2023年)、複数の裁判所で暗号資産が「財産」に該当すると判断した。これらの裁判例は、暗号資産が財産上の権利により保護されることを示すものとして、暗号資産の所有者に対し安心感を与えるものである。
これらの裁判例を通じて、所有者が暗号資産を保護するために財産権を行使することができることは概ね明確になったものといえるが、所有者がシンガポールの裁判所で自己の暗号資産の保護を求めることができるか否かについては、未解決であった。シンガポールの高等法院は本年、Cheong Jun Yoong v Three Arrows Capital Ltd and others [2024] SGHC 21(以下「Three Arrows判決」という。)において初めてこの点について判断を下した。
所有者に財産権としての保護を与えるためには、シンガポール裁判所が被告に対して裁判権を持つことが必要とされている。基本的には、被告に対して訴訟上の書面が法律に沿った方法により送達された場合、裁判所は当該事件について裁判権を持つとされる。そして、被告がシンガポール国内にいる場合、原告は被告に対して送達する権利を有するとされる。
他方で、被告が国外にいる場合は、基本的にはシンガポール裁判所が当該事件を審理することについて「適切な法廷地」であるときに限り、送達ができるものとされる※1。財産に関する紛争の場合、当該財産がシンガポール国内に「所在している」ときに、シンガポールの裁判所が当該財産権を行使することについて適切な法廷地であるとされる※2。有形財産であれば所在地を把握することは比較的容易であるが、無形であり、かつブロックチェーンに記録されている暗号資産の場合は、その「所在地」を判断することに困難を伴う。
Three Arrows判決は、裁判所はまさにこの「暗号資産の所在地」という論点について判断した事案である。
Three Arrows判決における被告は、イギリス領ヴァージン諸島に設立された投資ファンドであり、原告は被告に雇用されているポートフォリオマネージャーであった。原告は、自らや友人のために暗号資産関連の投資目的の独立系ファンドを設立することを企図していた。そして、原告は、被告が運営していたプラットフォーム上で独立系ファンドを設立し、その独立系ファンドの資産(以下「DC資産」という。)は全て原告が管理すると、原告-被告間で合意がされていた。しかしながら、その後、被告はイギリス領ヴァージン諸島において清算手続に入ってしまったため、DC資産が被告の所有する資産に含まれ、清算の対象になるか否かについて議論が生じた。
原告は、シンガポール裁判所において被告に対し訴訟を提起し、被告がDC財産を原告のための信託財産として保有していたと主張した。裁判所は、原告からの、国外の被告への訴訟上の書面の送達の申請を認めた。これに対し、被告はシンガポールが紛争を審理するのに「適切な法廷地」ではないと主張し、裁判所の送達命令を破棄するよう求めた。被告の主張の根拠の一つとして、被告は、暗号資産の所在地に関する法が未だ不明であり、DC資産がシンガポールに所在するとは認められないことを主張した。
この点について、裁判所は、暗号資産には物理的な所在地がないため、暗号資産は管理されている場所に「所在」していると、判断した。これは、ブロックチェーンに記録される暗号資産は物理的な存在ではないところ、その資産に対する管理を通じてその存在が最も明確になるからである※3。
そして、これを原則とした場合、更に次の二つの疑問が生じる。すなわち、①暗号資産を「管理」しているのは誰か?②その暗号資産の「管理者」はどこに所在しているか?の2点である。
これらの点について、裁判所は、まず前者の質問に関し、暗号資産の所有者は二つの鍵を持っていることに言及した。すなわち、第一の鍵は「公開鍵」であり、これは銀行口座番号に似た機能があるものである。そして、第二の鍵は「秘密鍵」であり、これはアルゴリズムで公開鍵から生成され、生成後変えることができないものである。そして、ある暗号資産を譲渡するためには両方の鍵が必要であるとして、裁判所は、暗号資産の「管理者」は秘密鍵を持つ者であると、判断した※4。
次に、裁判所は、後者の質問について、暗号資産の管理者の所在地はその者の常居所によるものと判断した。管理者が自然人である場合、常居所はその者が通常居住している場所のことを指し、管理者が法人である場合、常居所はその法人のビジネスを中心的に管理・支配している場所のことを指すとしている※5。
上述の原則に従い、裁判所は、DC資産の秘密鍵を管理している原告はシンガポールに通常居住しているため、DC資産はシンガポール国内に所在していると判断した。それゆえ、裁判所は、シンガポールの裁判所が本件を審理することについて「適切な法廷地」であるとして、被告の主張を排斥した。
英米法上、従前は暗号資産の「所在地」の判断方法について一致した見解・判断はなく、イギリス裁判所の判決においては様々な判断が下されていた※6。これに対し、Three Arrows判決では、シンガポールの裁判所においてこれらの従前の判断を考慮した上で、シンガポール法では「所在地」が秘密鍵の管理者の常居所で決められるという明確な原則が示された。本判決により、暗号資産の所有者がシンガポールの裁判所において財産権を行使する条件がより明確になったものと考えられる。
※1
Rules of Court 2021, O. 8 r. 1(2)(a). 但し、当事者間の契約において国外への送達を許容する合意がある場合は、当該要件は免除される。
※2
Supreme Court Practice Directions 2021, para. 63(3)(i).
※3
Three Arrows at [60].
※4
Three Arrows at [61].
※5
裁判所は「常居所」と「ドミサイル」とを区別している。イギリスの裁判所のいくつかの判決においては、管理者の所在地を「常居所」ではなく「ドミサイル」によって判断するとされている。自然人の場合、その者の「ドミサイル」は出身地又は永住している場所のことをいい、法人の場合、その会社の「ドミサイル」は設立された場所のことをいう。
※6
Three Arrows at [54]-[55].
※「【コラム】日本企業の国際法務と紛争④ ―「コモンローに基づく解除 – Affirmation(追認)」」をPDF内に掲載しておりますので、「全文ダウンロード(PDF)」よりご覧ください。
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