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【プライド月間】最新法令・判例を踏まえた、LGBTQ+対応にかかる労務管理のポイント

NO&T Labor and Employment Law Update 労働法ニュースレター

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※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 毎年6月は、プライド月間と呼ばれ、世界の多くの国で、LGBTQ+の権利を考える取り組みが行われています。近時、日本でも、多くの企業でLGBTQ+コミュニティを象徴するレインボーカラーが掲げられる等、プライド月間が根付きつつあるように感じられます。

 この1年間、日本では、いわゆるLGBT理解増進法の制定、トランスジェンダーの権利に関する複数の最高裁判決・決定の言渡し等、LGBTQ+に関わる大きな動きが相次ぎました。本ニュースレターでは、これらの動きを踏まえ、特に、使用者が労務管理上知っておくべき最新のLGBTQ+対応のポイントについて概説します。

2. LGBT理解増進法の制定

 2023年6月23日、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(いわゆるLGBT理解増進法)が公布・施行されました。法の目的は、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資すること」とされ、基本的には法的義務を課すものではなく基本理念を掲げたものと理解されていますが、事業主には以下の2点において努力義務が課されています。

  1. 普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等を行うことにより、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する労働者の理解の増進に努めること(6条)
  2. 理解を深めるための情報の提供、研修の実施、普及啓発、就業環境に関する相談体制の整備その他の必要な措置を講ずるよう努めること(10条)

 これらはいずれも努力義務とされており、現時点では、これらの内容をさらに具体化するための事業主向けの基本計画や指針は公表されていません。また、すでにプライド指標※1等に取り組んでいる企業であれば、急いで追加の取り組みをする必要はありません。

 これからLGBT理解増進法の基本理念にしたがって何らかの施策を検討する企業の場合、4年前に発行されたものになりますが、厚生労働省が令和2年3月に発行した「職場におけるダイバーシティ推進事業」報告書(https://www.mhlw.go.jp/content/000673032.pdf)で、関係団体からの提案や、取り組み事例にかかる企業のアンケート結果等が紹介されており、努力義務とされている情報提供・研修実施・相談体制整備等を考えるうえで参考になります。

3. LGBTに関連する最高裁判決・決定

(1) 経済産業省事件(最高裁第三小法廷令和5年7月11日判決 民集47巻4号2863頁)

<事案の概要>事案の概要は以下のとおりです。

  • 上告人の事情:Xは、生物学的な性別は男性であり、性同一性障害の診断を受けている。女性ホルモンの投与等の医療措置を受けているが、性別適合手術は受けていない。私生活では女性として生活していた。経済産業省の職員として勤務していたが、上司に対し自らの性同一性障害について伝え、続いて省の担当職員に対し女性の服装での勤務や女性トイレの使用等についての要望を伝えた。
  • 経済産業省の対応:Xの要望を受け、経済産業省は、Xの了承を得たうえでXの部署の職員に対してXの性同一性障害について説明する会を開催した。説明会では、X退席後、Xが執務階や一つ上の階の女性トイレを使用することについて参加者の意見が尋ねられた。担当者は、数名の女性職員の態度から、Xが執務階の女性トイレを使用することについて違和感を抱いているように見えた。また、一つ上の階の女性トイレについても女性職員が日常的に使用していると確認された。そのため、Xに対しては、執務階とその上下の階以外の女性トイレの使用を認めることとした。Xは、説明会の翌週から女性の服装等で勤務し、主に執務階から2階離れた階の女性トイレを使用するようになった。
  • 措置要求と人事院の裁定:説明会から3年後、Xは、職場の女性トイレを自由に使用させることを含む、原則として女性職員と同等の処遇を求めること等を内容とする行政措置の要求をしたところ、人事院は、いずれの要求も認められない旨判定した。Xは、当該裁定を不服として訴えを提起した。Xの訴訟での請求は種々あったが、最高裁の審理の対象となったのは、このうち、女性トイレを自由に使わせることを求めた部分にかかる判定である。なお、控訴審は、経済産業省における処遇は、「上告人を含む全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を果たすための対応であったというべきである」から、違法ではないとしていた。

<判示>

 結論として、最高裁は、人事院の判定は裁量を逸脱しており、違法と判示しました。その理由等はおおむね以下のとおりです。

  • 経済産業省が「上告人を含む職員の服務環境の適正を確保する見地からの調整を図ろうとした」という点は認めた。
  • 一方で、本件をめぐる具体的な状況として、Xが日常的に不利益を被っていること、説明会でもXの女性トイレ使用について数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたとは認められないこと、説明会から判定に至るまで約4年10か月の間に見直しが検討されたとは認められないこと等を認定した。
  • そのうえで、「遅くとも本件判定時においては、上告人が本件庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、上告人に対し…上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかった」として、人事院の判断は「本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するもの」として、著しく妥当性を欠いたものと判断した。

 なお、本判決には、裁判官5名全員の補足意見(渡邉裁判官・林裁判官は共同補足意見)が付されており、いずれも各裁判官の問題意識が具体的に指摘されており、企業が具体的な対応を考えるうえでも参考になります。

<労務管理上のポイント – 職場環境調整の重要性と難しさ>

 本判例は、個別事案についての判断であり、一般的に、自らの性自認に基づいて社会生活を送る権利を尊重し、女性トイレを使用することを認める必要があると判断したと解釈すべきではありません。むしろ、本人と他の労働者との職場環境の調整をすることの重要性と、調整にあたって実務上留意すべき点を明らかにしたものと評価できます。

  • 職場環境調整:本件で、経済産業省は、他の職員との職場環境の調整を図るために慎重に対応したことが窺われます。類似の事案が起きた場合、同じトイレを利用する他の職員への説明(情報提供)・納得のないまま、無制限に使用を許容することは妥当ではないと考えられますし、こうした調整対応(説明会の開催や話合いの機会の提供)を行うことは必須と考えられます。そして、調整対応にあたっては、まず、どの範囲の職員に、どのような説明をするか、本人の希望を聞いて慎重に進めていく必要があります。
  • 具体的な利益状況の検討が重要であること:補足意見を含む本判決で注目されるのは、X本人の具体的な利益状況を詳細に認定したこと、そして、反対利益について経済産業省が考慮したのが、「抽象的・感覚的」な懸念や違和感であったと繰り返し指摘されていることです。つまり、他の職員から特段具体的な懸念や反対意見が出たわけではなく、また、それを軽減するためにさらに対応を取ったわけではなかったことが窺われ、この点が結論にも影響したことが推測されます。言い換えれば、使用者としては、抽象的な懸念や違和感を過度に重視すべきではない反面、周囲から具体的な懸念が示された場合には、それにも配慮することも求められると理解されます。懸念が表明された場合には、双方から具体的な懸念や不利益を聞き取り、記録に残しておくことがまずは重要になるものと思われます。
    また、この事案はあくまでも事例判断であり、この事案特有の具体的状況での判断であり、具体的な利益状況が指摘されている以上、個別の事案特有の事情により、例えば、誰でもトイレが利用可能であるような場合や、問題となる場所が更衣室やシャワー室であれば、検討結果は異なるものになり得るものと考えられます。
  • 理解増進・処遇の見直し:調整の結果、抵抗感や不安感を持つ消極的な意見が述べられ、真摯な姿勢で調整を尽くしてもなお関係者の納得が得られないという場合も考えられ、その場合は、本事件のように、一定の制限を設けることもやむを得ないという判断に傾くことも考えられます(本判決や補足意見も、当初の経済産業省の処遇が違法であったとまでは述べていません。)。しかし、補足意見では、そうした抵抗感や不安感は、トランスジェンダー等に対する理解不足に起因することが大きいと考えられることから、使用者としては、そうした制限を恒常的なものとせず、研修等を通じて周囲の理解増進を図ることや、一定期間を経て、再度関係者の意見を聴いて制限の見直しを随時検討することが求められるといえます。

(2) 性別変更申立の生殖不能要件違憲事件(最高裁大法廷令和5年10月25日決定 民集第77巻7号1792頁)

<事案の概要>事案の概要は以下のとおりです。

  • Xは生物学的な性別は男性であるが心理的な性別は女性であり、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(「特例法」)に基づき性別の取扱いの変更の審判を申し立てた。
  • 特例法では、性同一性障害の人が戸籍上の性別を変更するための要件として、①18歳以上であること、②現に婚姻をしていないこと、③現に未成年の子がいないこと、④抗がん剤等の使用や卵巣等の内性器を除去することにより、生殖腺がないか、その機能を永続的に欠く状態にあること、⑤他方の性別の性器に似た外観を備えていることの5点を定めているところ、Xは①②③はいずれも満たしていたが、④は満たしていなかった。

<判示>

 最高裁は④の要件について、「意思に反して体を傷つけられない自由を制約しており、手術を受けるか戸籍上の性別変更を断念するかという過酷な二者択一を迫っている」として、当該要件が憲法第13条(個人の尊厳と幸福追求権)に違反して無効であるとし、原審が認定していない⑤の要件の充足について審理するために差し戻しました。

<労務管理上のポイント – 性的指向・性自認等に関する情報の取扱い>

 本判決そのものは主に行政の対応が問題になりますが、関連事項として、性的指向・性自認等に関する情報の取扱いについて、重要な点を以下にまとめました。

  1. 現行の個人情報保護法上、性自認・性的指向そのものについては、「要配慮個人情報」の定義には含まれていません。他方、性同一性障害等との診断が下りている場合や、上記のような手術・投薬治療を行っているという事情は、医療情報として要配慮個人情報となります。
  2. とはいえ、性自認・性的指向については、機微な個人情報であり、その取扱いには注意が必要です。性自認・性的指向について当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること(いわゆるアウティング)は、「個の侵害」として、パワーハラスメントにあたり得るとされ※2、また、プライバシーの侵害にもあたります。例えば、部下から自らの性自認について説明を受けた上司が、部下の同意を得ることなく人事労務部門の担当者に相談することも、悪意はなくとも、パワーハラスメントとなり得ます。そのため、人事労務管理や職場の環境調整の観点から配慮が必要な場合は、その理由と誰に伝えるべきかを本人と相談し、本人から明確な同意を得ることが必要です。
  3. この他、「相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うこと」は「人格を否定するような言動」としてパワーハラスメントとなり得ます。また、被害者の性的指向・性自認にかかわらず、また、同性に対するものであっても、不適切な性的言動はセクシュアルハラスメントにあたります。

(3) 犯罪被害者給付金不支給裁定取消請求事件(最高裁第三小法廷令和6年3月26日判決)

<事案の概要>事案の概要は以下のとおりです。

  • 犯罪被害者の遺族に支払われる国の給付金の支給を受けることができる遺族として、法は、被害者の死亡時点での「犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」を第一優先順位の者と定めていた。
  • 本件では、被害者と約20年間交際し、同居していた同性のパートナーが、遺族給付金の支給の裁定を申請したところ、支給しない旨の裁定を受けた。下級審では、事実婚関係は、婚姻の届出ができる関係であることが前提となっていると解することが自然であって、「犯罪被害者と同性の者」はそれに該当しないと判断し、請求が棄却されていた。

<判示>

 最高裁は、法で列挙される支給対象について事実婚の配偶者を掲げた趣旨について、婚姻届を出していないため民法上の配偶者に該当しない者でも、「犯罪被害者との関係や共同生活の実態等に鑑み、事実上婚姻関係と同様の事情にあったといえる場合には、犯罪被害者の死亡により、民法上の配偶者と同様に精神的、経済的打撃を受けることが想定され、その早期の軽減等を図る必要性が高いと考えられる」からであるとし、この点については、「そうした打撃を受け、その軽減等を図る必要性が高いと考えられる場合があることは、犯罪被害者と共同生活を営んでいた者が、犯罪被害者と異性であるか同性であるかによって直ちに異なるものとはいえない。」と述べて、原判決を破棄し、事件を原審の名古屋高等裁判所に差し戻しました。これは、同性パートナーが「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当し得ると判断したものと理解されます。

<労務管理上のポイント – 同性パートナーの扱いについて>

  • 社内規程の見直し:「配偶者」を対象としている各種社内規程(特に事実婚も対象としているもの)については、同性の同居しているパートナーも「配偶者」に含まれると解釈されると主張する労働者が出てくることも想定されます。そこで、今後、現行規程を前提としてどのように運用するか、また、同性パートナーの扱いを規程において明記するか否かを検討する必要があります。もっとも、同性パートナーを明確に排除するような規程変更は、不利益変更となり得ることに留意が必要です。
    最初のステップとしては、まずは見直しが必要と考えられる規程・条文を洗い出すことが必要になります。具体的には、出産・育児に伴う育児休業・育児短時間勤務等、家族の傷病を理由とする介護休業、慶弔見舞金や慶弔休暇の付与、社宅への入居等の規定が想定されます。また、見落としがちなものとして、従業員が死亡した際の死亡時退職金も問題となります。通常、第一位の支給対象者は、事実婚を含む配偶者とされていることが多いためで、本判決と同様に、支給対象者に同性のパートナーを含むかという点が論点になり得るためです。死亡時退職金は、金額も大きく、また支給時には従業員本人に対してその意思の確認や状況確認ができないという難しさがあり、トラブルにつながるおそれがあります。
  • 法令改正・運用への注視:今後、犯罪被害者給付金以外にも、「事実婚の配偶者」を対象とする法令・制度について、「事実婚」に、同性間の事実婚パートナーを含む運用とすることの是非について検討が進められると考えられます。法令の見直しが進めば、健康保険の被扶養者や、介護給付金の受取等、労務管理にも大きな影響があり得るので、動向に注視が必要です。

4. おわりに

 LGBTQ+対応に関しては、同性パートナーを持つ場合にも法律上の配偶者と同等の福利厚生を認める企業もある等、法令や判例よりも実務的な対応が先行することが多く、そうした企業の動きが裁判例を引っ張ってきたという側面もあります※3。そして、企業の労務管理の現場では、これまでは意識されてこなかった論点への対応や綺麗事では済まない現実的な利益調整に苦慮することもあるように思われます。

 最高裁判例や法令・ガイドラインは、大きな指針を示したり当該事例の判断を提示したりするもので、すべての個別事例に対応できる方針が示されるものではありませんが、現場の問題に対応するにあたり、基本的な考え方や考慮すべき要素を示すものとして参考になります。裁判例の積み重ねにより、規範が明確になっていく途上にあるといえるのではないかと思います。

脚注一覧

※1
「企業・団体等の枠組みを超えてLGBTQ+が働きやすい職場づくりを日本で実現する」ための評価指標。Policy(行動宣言)、Representation(当事者コミュニティ)、Inspiration(啓発活動)、Development(人事制度・プログラム)、Engagement/Empowerment(社会貢献・渉外活動)の5つの指標で評価される。https://workwithpride.jp/pride-i/

※2
厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」

※3
いわゆる「同性婚」を認めない現行法の違憲性が問われている一連の裁判の中で、札幌高裁は、同性婚の法制化に賛同する企業等が360を超えていることを「社会の流れ」として認定し、これも一事情として、同性間の婚姻を認めない現行の法令が憲法24条に違反すると判示しました(札幌高裁判決令和6年3月14日)。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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