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ニュースレター

【From Singapore Office】裁判例紹介: 基本合意書の仲裁合意が、紛争解決条項のない個別販売契約にも適用されると判断された例

NO&T Dispute Resolution Update 紛争解決ニュースレター

著者等
クレア・チョン室憲之介(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Dispute Resolution Update ~紛争解決ニュースレター~ No.27(2024年11月)
関連情報

本ニュースレターは、「全文ダウンロード(PDF)」より日英併記にてご覧いただけます。シンガポール・オフィスの紛争解決チームについてPDF内にてご紹介しております。

業務分野
※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

企業間で締結される商品やサービス提供に関する契約においては、「umbrella agreement」などと呼ばれる包括的な契約の枠組みの中で、同一または関連当事者と複数の個別契約を締結する例が多くみられる。基本契約と関連する別個の下位の契約に関して紛争が発生した場合、どのような紛争解決手続が適用されるかは重要な問題となる。適用される紛争解決手続の不確実性によって、同じ紛争が別々の手続で審理される事態や、判決や仲裁判断の有効性や執行可能性を担保する観点からの課題が生じかねない。

この問題は近時、シンガポール国際商事裁判所(SICC)におけるPertamina International Marketing & Distribution Pte Ltd v P-H-O-E-N-I-X Petroleum Philippines, Inc.([2024] SGHC(I) 19)という裁判例(「本判決」)で取り上げられた。SICCは、本判決において、Memorandum of Understanding (MOU)、すなわち基本合意書に従って締結され、紛争解決条項を含まない個々の販売契約についても、MOUに含まれる仲裁条項が適用されると判示した。

本事案の背景

PertaminaとPhoenixは、東南アジアの石油市場におけるさまざまな取引活動の「umbrella agreement」という位置付けでMOUを締結した。当該MOUにはシンガポールを仲裁地とするSIAC仲裁の仲裁条項が規定されていた。その後、両当事者は、PertaminaがPhoenixに石油製品を供給する旨の一連の販売契約(「個別販売契約」)を締結した。個別販売契約の条件は、取引概要を電子メールで取り交わす方法で締結された。個別販売契約には、仲裁条項やその他の紛争解決に関する条項は含まれておらず、MOUへの言及もなかった。

Pertaminaは、Phoenixに対し、個別販買契約に基づく未払金について、SIAC仲裁を申し立てた。Phoenixは仲裁廷の管轄権に異議を唱え、それ以上仲裁手続には参加しなかった。同仲裁廷は本事案の審理を進め、Pertaminaは1億4,000万米ドルを超える認容額の仲裁判断を得た。

その後、Pertaminaはシンガポールで仲裁判断の執行を認める裁判所の命令を得た。Phoenixは、個別販売契約に基づく紛争は、MOUの仲裁合意の範囲に含まれず、仲裁判断は無効であるとして、執行命令の取消しを申し立てた。

本事案の分析

SICCは、MOUの仲裁合意は個別販売契約に起因する紛争にも適用されると判断し、Phoenixの申立てを棄却した。本判決の主な理由は以下の通りである。

SICCは、「本契約に起因または関連するあらゆる紛争は、仲裁に付され、仲裁によって最終的に解決されるものとする」(“[a]ny dispute arising out of or in connection with this Agreement shall be referred to and finally resolved by arbitration”)という仲裁合意の文言を出発点として分析を行った。SICCは、「起因または関連する」(“arising out of and in connection with”)という文言が広範かつ拡張的であるとし、同様の文言を含む仲裁合意に、仲裁合意のない付随的な合意の下で生じた紛争も含まれるとしたシンガポール控訴裁判所の裁判例にならうアプローチを採用した。

SICCは、本事案において、合理的な事業者は、複数の契約関係から生じる紛争について、ワンストップの判断によって解決されることを意図していると推測されるというコモンロー上の法理を適用した(Fiona Trustの法理)。また、ビジネス上の観点からは、包括契約に仲裁合意が既に含まれている状況で、付随的な契約の交渉を行う際に、当事者としてあえて仲裁条項について「再合意」する必要はないと考え、むしろその代わりに関連する取引の主要なコマーシャル条件または実務的な条件(商品の種類や数量、販売価格、納期など)に注力すると考えられることを認めた。

本判決の前提となる事実を検討した結果、当事者がMOUに規定された商業活動を実施することにより、個別販売契約が成立したと認定された。MOUの条項には、MOUが「各事業国における複数の取引活動の包括契約」(“umbrella agreement of multi workstream activities in each operating country”)として機能することが明記されていた。また、Phoenixが、両当事者の石油製品取引(個別販売契約の対象商品)とMOUとの関連性を認める取引当時のやりとりも確認された。このように、SICCは、MOU、個別販売契約、及び当事者の行動を踏まえても、上記の結論を覆すような事情は無いと判断した。

結論

SICCによる本判決は、MOUに基づく仲裁合意の拡張的な解釈を行い、Fiona Trustの法理を適用するなど、商取引実務の観点に即した判断といえる。これは仲裁の促進に積極的なシンガポールの裁判所の姿勢に合致するものである。

本事案では、当事者の契約関係を取り巻く前提事実が、裁判所の判断を基礎づける中核的な要素となったことに留意を要する。契約の枠組みや包括契約との関連性が低い付随契約を含むケースでは、異なる判断がなされる可能性がある。

本件では、最終的に仲裁判断の有効性が維持されたものの、個別販売契約書において、紛争解決に関する明示的な規定や、MOU上の仲裁合意への言及が欠けており、これに起因する不確実性を解決するために、当事者は多大な時間と費用を費やすこととなってしまった。

本件は、複数の契約関係にある当事者にとって、当事者が選択した紛争解決手続が個別の契約にも明確に組み込まれ、反映されていることを確認するための注意喚起となる。契約の当事者は、異なる法的手続が同時並行で進んでしまうことや、矛盾する結果を招くリスクを最小限に抑えるため、可能な範囲で、関連する契約間において整合的な紛争解決方法を選択、適用することを検討するべきである。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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