
梶原啓 Kei Kajiwara
アソシエイト
シンガポール
NO&T Dispute Resolution Update 紛争解決ニュースレター
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ニュースレター
【From Singapore Office】SIACの新仲裁規則(第7版)施行 第1回 少額事件へのStreamlined Procedureの自動適用と保護的予備命令制度の導入について(2025年1月)
【From Singapore Office】SIACの新仲裁規則(第7版)施行 第2回 和解の強調と仲裁人の選任に関する規律の拡充(2025年3月)
シンガポール国際仲裁センター(SIAC)は2025年3月25日にSIACの2024年度年次報告を公表した※1。国際的なビジネスを展開する日本企業にとってSIAC仲裁の存在感は近年益々大きくなっている。本稿では、SIACの利用の実態の要点を紹介する。
2024年のSIACの新件数は625件であり、2023年に比べると僅かに減少した。しかし、直近の10年の期間で見るとむしろ右肩上がりの様相であって、直近2年間の値は比較的高水準である。2024年の新件総訴額はこの10年で2番目に高い値を記録した。新件1件当たりの平均訴額は約48億円(42.86百万シンガポールドル)であり、引き続き規模の大きい紛争が多い印象である。2025年1月1日に施行された新しいSIAC仲裁規則は単純かつ比較的少額(1百万シンガポールドル以下)の事件を低コストで短期間に解決する手続(Streamlined Procedure)を新設したため、来年以降、少額の事件がどの程度取り込まれSIACに係属する事件の裾野が広がっていくのかにも着目したい。
新件受任数
2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
271 | 343 | 452 | 402 | 479 | 1080 | 469 | 357 | 663 | 625 |
新件の総訴額の推移
単位:十億シンガポールドル
新件の総訴額の推移
単位:十億シンガポールドル
2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
6.23 | 17.13 | 5.44 | 9.65 | 10.91 | 11.25 | 8.85 | 7.53 | 15.71 | 16.12 |
新件の平均訴額
単位:百万シンガポールドル
新件の平均訴額
単位:百万シンガポールドル
2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
23 | 55.63 | 19.34 | 32.84 | 41.81 | 25.51 | 29.49 | 28.75 | 49.25 | 42.86 |
シンガポールを除く当事者出身国別の件数(申立人側と被申立人側の件数の合計)では、1位韓国、2位中国、3位インドとなった。韓国の順位に関しては、2024年に相互に関連する事件が多数申し立てられた結果であるとの注記が付されている。10年間のランキングを見ると、インド、中国、米国の当事者によるSIAC仲裁の利用件数は毎年多い。特にインドは10年連続でトップ3にランクインし続けている。
2024年の日本の順位は7位である。日本の当事者が関与する案件は、前年から引き続き係属する案件と新件とを併せて54件あり、この10年で最高の数を記録した。内訳として申立人側26件、被申立人側28件である。日本当事者側が訴えられた結果として受動的に仲裁を利用する例ばかりではなく、積極的に仲裁を提起する事案もほぼ同数存在する。それだけ日本企業によるSIAC仲裁利用の実績も蓄積し成熟してきているという見方も可能であろう。
2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 |
インド (91) |
インド (153) |
インド (176) |
米国 (109) |
インド (485) |
インド (690) |
インド (187) |
インド (89) |
香港 (1436) |
韓国 (295) |
2 |
中国 (46) |
中国 (76) |
中国 (77) |
インド (103) |
フィリピン (122) |
米国 (545) |
中国 (94) |
米国 (87) |
中国 (851) |
中国 (227) |
3 |
韓国 (34) |
米国 (42) |
スイス (72) |
マレーシア (82) |
中国 (76) |
中国 (195) |
香港 (80) |
中国 (74) |
インド (160) |
インド (183) |
4 |
米国 (33) |
インドネシア (38) |
米国 (70) |
中国 (73) |
米国 (65) |
スイス (135) |
米国 (74) |
ケイマン諸島(41) マレーシア(41) |
米国 (123) |
香港 (129) |
5 |
オーストラリア (32) |
韓国 (38) |
ドイツ (68) |
インドネシア (62) |
ブルネイ(49) UAE(49) |
タイ (101) |
マレーシア (56) |
香港 (37) |
UAE (59) |
米国 (128) |
6 |
ベトナム (29) |
オーストラリア (36) |
香港 (38) |
ケイマン諸島 (53) |
スイス (44) |
インドネシア (85) |
ベトナム (55) |
インドネシア (28) |
マレーシア (43) |
インドネシア (63) |
7 |
香港 (26) |
マレーシア (28) |
UAE (34) |
UAE (51) |
インドネシア(39) タイ(39) |
香港 (60) |
韓国 (46) |
タイ (26) |
インドネシア (42) |
日本 (54) |
8 |
インドネシア (24) |
香港 (27) |
インドネシア (32) |
韓国 (41) |
マレーシア (38) |
ベトナム (52) |
ウクライナ (39) |
韓国(25) ベトナム(25) |
韓国(37) タイ(37) |
UAE (48) |
9 |
英領バージン諸島 (15) |
英国 (27) |
日本(27) 韓国(27) |
香港 (38) |
英国 (34) |
日本 (46) |
UAE (34) |
英国 (23) |
フランス (28) |
英国 (46) |
10 |
マレーシア (15) |
オランダ (19) |
マレーシア(10) 英国(10) |
日本 (30) |
香港 (33) |
ケイマン諸島 (42) |
インドネシア (33) |
オーストラリア (20) |
英国 (25) |
オーストラリア (43) |
日本 | 8件 | 13件 | 27件 | 30件 | 26件 | 46件 | 20件 | 13件 | 16件 | 54件 |
2024年に提起された紛争の分野として挙げられているのは、上位から商品取引(29%)、商事紛争(19%)、会社関係(12%)、海事(11%)、建設・インフラ・エンジニアリング(11%)である(その他が18%)。これらの大きなカテゴリーは基本的に毎年固定であり、加除はされない。会社関係には、ジョイントベンチャーやM&A取引に関する紛争が含まれる。直近の5年で相対的に数が多いのは商品取引に関する紛争であり、2023年には全体の47%を占めたが、2024年においては29%であった。
2024年に385人の仲裁人が選任されており、その国籍は1位シンガポール(120名)、2位英国(90名)、3位インド(31名)である。1位と2位の顔ぶれは例年同じである。2023年はインドとオーストラリアとが同率3位であったが、2024年はインド(31名)がオーストラリア(25名)に差をつけて3位になった。いずれにしても仲裁人の多くはコモンロー圏・英語圏の法域出身の候補者から選任されている。インド企業同士の紛争の解決手続についてSIAC仲裁が選択される例は多く、このことが仲裁人の国籍(及び当事者出身国別の件数)に関しインドが上位になっている要因の一つであると推察される。
仲裁廷が構成される前に選任される緊急仲裁人に対し権利保全や証拠保全の目的で暫定的な救済を求めるための緊急仲裁の制度がある。2024年には21件の緊急仲裁人選任の申立がなされ、その全てについてSIACは緊急仲裁制度の利用を認めている。2023年の11件に比べるとその数は多いが、より長い目で見ると、2017年以降は10~20件程度の間で推移しており、その利用が顕著に増加している様子は見られない。2010年の緊急仲裁制度の導入から同制度の利用例は173件あり、これまでに最も多く同制度が利用されている紛争分野は会社関係(68件)である。緊急仲裁は、2025年1月1日施行の新しいSIAC仲裁規則により補強された部分である。具体的には、相手方当事者に通知することなく暫定的救済を求める保護的予備命令申立(protective preliminary order application)の制度が追加された。今後、緊急仲裁の利用状況の変化が見られれば、それは制度変更のインパクトを示唆する可能性がある。
以上のとおり、最新のSIACの年次報告によれば、SIACを利用する当事者出身国別の件数に関して日本が好順位を獲得するという動きが見られた。ロンドン大学クイーンメアリー校の国際仲裁学部と White & Case LLPが2024年に実施した最新調査においても、SIAC仲裁規則は世界的に、特にアジア太平洋において最も選ばれている仲裁規則の一つである※2。日本企業も例外にもれず、多くの商事取引やプロジェクトの契約においてSIAC仲裁を紛争解決手続として選択し、これを実際に利用している。実務的には、本格的な紛争に至る前のフェーズにおいても、頻繁に紛争を見据えた交渉戦略立案や意思決定が必要になる。そのような場面に備えて、SIACにどのような性質・規模の紛争が係属し、誰が裁くのか(これまではコモンロー圏の仲裁人が大半)、いかなる手続が利用されているのかということの知見を常にアップデートしておきたい。SIACの2024年度年次報告は、新規則施行直前の状況を記録するものであり、来年以降の統計により、新設制度の実績やインパクトも徐々に明らかになると考えられる。少額事件や緊急仲裁による暫定的な救済など、必ずしも大規模紛争の枠にはまらない事件についても、SIAC仲裁がビジネス上の交渉戦略の一手段として期待される場面が益々増える可能性はある。このようなニーズを新設制度がどれほどすくい上げるのかが一つの鍵になる。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
商事法務 (2025年10月)
長島・大野・常松法律事務所(編)、池田順一、松永隆之、鐘ヶ江洋祐、井本吉俊、山本匡、洞口信一郎、田中亮平、安西統裕、水越政輝、中所昌司、鍋島智彦、早川健、梶原啓、熊野完、一色健太、小西勇佑、高橋和磨、錦織麻衣、シェジャル・ヴェルマ(共著)、ラシミ・グローバー(執筆協力)
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商事法務 (2025年10月)
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