
大久保涼 Ryo Okubo
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
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デラウェア州M&A最新判例アップデート 2024年上半期編(2024年11月)
2024年デラウェア州一般会社法(DGCL)の改正のポイント(2025年1月)
2025年3月25日に、デラウェア州一般会社法(以下「DGCL」といいます。)の新たな改正(以下「本改正」といいます。)が施行されました。
本改正はこの数年の改正の中でも特に重要なものとなっています。従前より、米国においては、会社の設立準拠法としてデラウェア州法が選択されることが一般的でした。これは、デラウェア州では、会社法が整備され、裁判例の蓄積もあることや、デラウェア州裁判所の裁判官は企業紛争に関する高い専門性を有していること等の理由によります。しかしながら、近年、デラウェア州裁判所が、特に支配株主や取締役・役員との利益相反取引の関係で、会社や取締役・役員側に厳しい判決を出しており、また、株主による会社の記録等の閲覧・謄写請求との関係で、会社側の負担を高める判決を出していることから、米国の企業の間ではデラウェア州を避け、他の州に設立州を変更する動きも見られるようになっていました。このような状況を踏まえ、デラウェア州議会は、これらに関する規定を明確化して予測可能性を担保するとともに、会社や取締役・役員側の負担を一定程度軽減する本改正を行いました。本ニュースレターでは、本改正のポイントについて解説します。
本改正前のDGCL第144条(a)は、会社と取締役又は役員との間の取引について、以下の要件のいずれかを満たしている限り、利害関係者との取引であることを理由に無効とされることはないものと規定していました。この規定の仕方から、以下の要件のいずれかを満たすため取引自体が無効にならない場合であっても、当該取引を承認した取締役に信認義務違反に基づく損害賠償請求がなされたり、当該取引が差止め等の衡平法上の救済の対象となる可能性が存在しました。
また、支配株主と会社との取引についてはDGCLには特に規定がなく、判例法理上、原則として完全公正性基準(Entire Fairness Test)が適用されますが、Kahn v. M&F Worldwide Corp., 88 A.3d 635(Del. Mar. 14, 2014)において示された基準(以下「MFW基準」といいます。)を満たせば、経営判断原則(Business Judgement Rule)が適用されるとされていました。MFW基準においては①独立した特別委員会による承認及び②少数株主の過半数の承認が必要とされており、会社側は①②の両要件を満たす必要がありました。このMFW基準は当初、支配株主によるスクイーズ・アウト取引について示された基準でしたが、In re Match Group, Inc. Derivative Litigation, 315 A.3d 446(Del. Apr. 4, 2024)において、デラウェア州最高裁判所は支配株主と会社との間のその他の取引にもMFW基準が適用され、また、特別委員会の全員が利害関係を有さず、独立していることが必要であると判断したことで、会社が支配株主との取引を行う際の負担が増大することが懸念されていました※1。
本改正後の第144条(e)において、これまで裁判例において明確化されてきた以下の用語について、定義が設けられました。
用語 | 定義 |
---|---|
支配株主 (controlling stockholder) |
単独で、又は関係者と共同で、以下の要件のいずれかを満たす者
|
支配株主グループ (control group) |
支配株主でない2名以上の株主が、合意等により、支配株主を構成する場合 |
支配株主との取引 (controlling stockholder transaction) |
(i)会社若しくはその子会社と支配株主若しくは支配株主グループとの間の行為若しくは取引、又は(ii)支配株主若しくは支配株主グループが、一般株主と共有されない金銭的又はその他の利益を受け取る行為若しくは取引 |
利害関係のない取締役 (disinterested director) |
当該行為若しくは取引の当事者でなく、当該行為若しくは取引に重要な利害関係を持たない取締役、又は当該行為若しくは取引に重要な利害関係を持つ者と重要な関係を持たない取締役 |
利害関係のない株主 (disinterested stockholder) |
当該行為又は取引に重要な利害関係を持たず、支配株主若しくは支配株主グループ又は当該行為若しくは取引に重要な利害関係を持つ他の者との間に重要な関係を持たない株主 |
重要な利害関係 (material interest) |
取締役の場合:当該行為又は取引の交渉又は承認に加わる際に、取締役の判断の客観性を損なうことが合理的に予想される、会社又は一般株主に帰属しない実際上の又は潜在的な利益(不利益の回避を含む) 株主又はその他の者(取締役を除く)の場合:当該株主等にとって重要な、会社又は一般株主に帰属しない実際上の又は潜在的な利益(不利益の回避を含む) |
重要な関係 (material relationship) |
取締役の場合:当該行為又は取引の交渉又は承認に加わる際に、取締役の判断の客観性を損なうことが合理的に予想される、家族関係、経済上の関係、仕事上の関係、雇用関係その他の関係 株主の場合:当該株主にとって重要である家族関係、経済上の関係、仕事上の関係、雇用関係その他の関係 |
本改正後の第144条(a)により、取締役又は役員との取引(支配株主取引を除きます。)は、以下の要件のいずれかを満たす場合には、衡平法上の救済の対象にも、取締役・役員への損害賠償請求の対象にもならないとされました。
本改正後の第144条(b)により、非公開化取引を除く支配株主との取引は、以下の要件のいずれかを満たす場合には、衡平法上の救済の対象にも、支配株主及び会社の取締役・役員への信認義務違反に基づく損害賠償請求の対象にもならないとされました。
上記のとおり、①又は②の要件を満たせばよいため、MFW基準から要件が大幅に緩和されています。
これに対して、支配株主による非公開化取引については、本改正後の第144条(c)により、上記①及び②の両方の要件を満たすか、③の要件を満たす必要があるとされています。従って、スクイーズ・アウト取引を伴う非公開化取引については、実質的にMFW基準が維持されていることには注意が必要です。
本改正では、特別委員会の設置時に、会社の取締役会が、特別委員会の委員である取締役全員が利害関係を有しないことを決定することとされています(第144条(a)(1)及び(b)(1)参照)。従って、仮に裁判所が後になって委員一部の独立性を認めなかったとしても、特別委員会の委員の過半数について利害関係を有しないと認められれば、特別委員会の承認は有効なものとして認められる余地があることになります。
また、本改正後においては、当該取引に利害関係のある株主によって指名又は承認されたことのみをもって、取締役が利害関係を有するとはいえないと定められている(第144条(d)(3))他、上場会社の場合は、取引所規則に基づいて取締役会が独立性基準を満たすと判断した場合には、当該取締役は利害関係のない取締役と推定されるとされています(第144条(d)(2))。
本改正以前は、判例上、支配株主は、取締役会に対する影響力を行使して会社に行動させる場合、会社及び少数株主に対して忠実義務(duty of loyalty)を負うものとされていました※2。
この点、本改正後のDGCL第144条(d)(5)では、支配株主及び支配株主グループは、①会社又は他の株主に対する忠実義務違反、②誠実でない又は故意若しくは違法であることについて悪意で行った行為又は不作為、又は③不正な固有の利益を得た取引を除き、会社又は他の株主に対して信認義務違反に基づく損害賠償責任を負わないと規定し、支配株主が信認義務違反を負う場合と負わない場合を明確化しました。
上記2.(3)のとおり、支配株主との取引に関して、非公開化取引以外の取引についてはMFW基準から要件が緩和されたことから、会社側としては、支配株主との取引にあたって、利害関係のない取締役による承認又は利害関係のない株主の承認のいずれかの手続を適切に行うことによって、取締役への損害賠償請求等のリスクを低減することができます。もっとも、もし手続に不備があった場合には、従前どおり完全公正性基準が適用されることになります。この点、いずれの手続においても、十分に情報が開示されることが求められていることから、承認の対象となる取引について、取締役又は株主に対して十分に説明を行うことが肝要となります。
また、利害関係のない取締役による承認の方法をとる場合には、少なくとも2名以上の利害関係のない取締役が必要となります。上記2.(4)のとおり、取締役の利害関係の認定は一次的には会社が認定することになっているため、社内において利害関係の認定基準を明確化するとともに、最低2名以上の利害関係のない取締役を確保することが望ましいと考えられます。
本改正前のDGCL第220条(b)では、株主は、「適正な目的」(「proper purpose」)があれば、会社の帳簿・記録(「books and records」)の閲覧・謄写が認められていました。この「books and records」という用語は法文上定義されていなかったため、裁判所の解釈に委ねられていました。同条に基づく請求はこれまで、株主による訴訟の前段階における情報収集の手段となっており、従来の裁判例では、取締役会議事録や取締役会資料等の正式な会社の文書が開示の対象となっていましたが、KT4 Partners LLC v. Palantir Technologies Inc., 203 A.3d 738 (Del. 2019)をはじめとした近時の裁判例では、会社が正式な文書を作成せず、電子メールで重要な意思決定を行っている場合、電子メールやテキストメッセージも開示の対象となると判断する等、開示の対象範囲が拡大する傾向にありました。
また、本改正前のDGCLには、閲覧された帳簿・記録の機密保持に関する規定は存在しませんでしたが、裁判所は、その裁量により開示された帳簿・記録について株主に対して機密保持義務を課していました※3。
本改正後は、株主が「帳簿・記録」の閲覧・謄写請求を行うには以下の要件のすべてを満たさなければならないとされました(第220条(b)(2))。そして「適正な目的」も株主としての利益と合理的な関連性を有する目的と定義されました(第220条(a)(2))。
本改正により、開示の対象となる「帳簿・記録」は以下のとおり定義され、開示対象の範囲が明確化されました(第220条(a)(1))。
そして、本改正により、デラウェア州裁判所は、以下の場合に限り、上記の「帳簿・記録」以外の資料の開示を命じることができるとされました。
本改正により、会社は、開示する帳簿・記録について、秘密保持・使用又は配布に関する合理的な制限を課すことができるとされた他、裁判所も同様に機密保持等に関する制限を課すことができるとされました(第220条(b)(3)及び(b)(4)b)。
また、会社は、株主に開示する帳簿・記録のうち、株主の目的に特に関係しない部分については黒塗り(省略)して開示することができるとされました(第220条(b)(3))。
本改正による閲覧請求の要件の厳格化及び開示の対象となる帳簿・記録の範囲の明確化により、会社側にとっては株主による閲覧・謄写請求に対応する手間やコスト等の削減が期待できます。他方で、上記(2)(a)のとおり、閲覧・謄写請求に対応する帳簿・記録が存在しない場合には、デラウェア州裁判所は追加の記録提出を認めることができるため、株主総会・取締役会等の議事録の作成を怠らないことが求められます。
また、上記(3)のとおり株主に秘密保護措置を課すことが認められたことを踏まえ、会社側としては、帳簿・記録の開示にあたって、必要に応じて株主に対して秘密保持を求めたり、閲覧請求の目的と関連しない部分について黒塗りにする等の対応を検討する必要があります。この点、どこまでの制限が合理的と言えるかについては、今後の裁判例等を注視する必要があります。
※1
MFW基準及び裁判例の詳細については、当事務所発行の米国最新法律情報No.130「デラウェア州M&A最新判例アップデート 2024年上半期編」(2024年11月)をご参照ください。
※2
Weinberger v. UOP, Inc., 457 A.2d 701 (Del. 1983)、Kahn v. Lynch Communication Systems, Inc., 638 A.2d 1110 (Del. 1994) 等。
※3
Tiger v. Boast Apparel, Inc., 214 A.3d 933 (Del. 2019) 等。
※4
DGCL第122条(18)は、株主との間で、会社の行為を制限する内容や株主等による事前承認を必要とする内容の契約を締結することを認める規定です。詳細は、当事務所発行の米国最新法律情報No.136「2024年デラウェア州一般会社法(DGCL)の改正のポイント」(2025年1月)をご参照ください。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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