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「内巻」の中国市場で売る日本企業にとっての福音?― 不正競争防止法と中小企業代金支払保障条例の2025年改正

NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. 中国市場の変化と日系企業の中国事業の転換

 競争の激化する中国市場について「内巻」(過剰な価格競争等により全員が消耗するという意味であり、involutionの訳語とも言われる。)と評されるようになって久しい。例えば自動車業界についてみれば、ここ数年の急速なNEVへの転換とこれに伴う現地ブランド車の台頭、(購入補助金の撤廃をきっかけにその口火を切ったのは米系EVメーカーではあったのだが)今も続く価格合戦により、外資ブランド車のシェアは低下し(2020年64%だったのが2024年には35%)、日系完成車メーカーも苦戦を強いられている。そのなかで、日系の部品や素材のサプライヤーも、元々は日系完成車メーカーの現地工場に供給するために中国進出していたのが、売上低下のあおりをうけ、中国現地メーカーをも顧客として販売する方向へと転換せざるをえなくなっている(あるいは、やむをえず事業の閉鎖や現地株主への持分譲渡等を行うことになる場合もある。)。以前からそのような傾向のあった他の業界についても、近年そのような動きが加速しているようにも思われる。

 中国市場はもともと「甲方」(顧客を意味する。買う側が契約書の甲方(売る側が乙方)となることが多いため使われる表現。)の立場がかなり強い文化があるが、特に最近、消費者市場における過当競争圧力もあって、顧客からサプライヤーに対して取引条件面で厳しい条件がつきつけられることは珍しくない。他社との競合をちらつかされつつ、顧客から詳細な情報も提供しないのに拘束力のある見積もりを提出させられ、これに縛られて、コストを下回る価格での供給を強いられてしまった例もよく聞くし、ギリギリ利益の出る価格で無事受注できたとしても、顧客宛の支払サイトが長期にわたる設定とされていることは少なくない(実際、12ヶ月近い支払期限の商業手当を受け取ったという例も聞いたことがある。)。もちろん、顧客としての中国現地企業は、(分野によっては)世界の先端を走るイノベーションを進めているし、その事業規模の点でも、自らの成長に取り込むという観点で、多くの日本企業にとっては無視できないチャンスである一方で、よほど代替性のない製品やサービスを提供できるような場合を除き、シビアな交渉が必要となる。

2. 法の「空白」とそれへの対応

 上記1.において「甲方」文化の問題を述べたが、サプライヤー保護の面で中国法が不十分な面があったのも事実かもしれない。日本の独禁法において優越的地位の濫用が禁止されているのに対応するものとして、中国の独禁法では「支配的地位の濫用」が禁止されているが、中国の「支配的地位」の認定においては一定の市場シェアが考慮され、適用される場面は必ずしも広くない。日本の下請法にあたるものとして、中小企業促進法等に基づき、法令より一つ下の行政法規として2020年に国務院は中小企業代金支払保障条例を制定、施行していたが、今回紹介する改正より前の旧条例では、大企業が支払う場合の支払期限についての具体的定めはおかれず、業界標準、取引習慣等に基づき支払期限を合理的に約定し、代金を遅滞なく支払うべきものとされるにとどまっていた(旧条例8条2項)。

 国内経済サプライチェーンにおける支払遅延の問題が深刻になり、2024年10月には中国共産党中央弁公庁・国務院弁公庁の連名で「企業代金の支払遅延問題の解決についての意見」を発し、この点についての法整備や監督の強化を要求した※1(なお、中国は米国等との貿易摩擦において、補助金により「過剰生産」を意図的に作り出し、不当に安価な製品を世界市場に輸出し、各国の生産基盤を破壊しているとの批判を受けている。そういう側面も確かにあるだろうが、NEVや再エネなどの分野では各国とも少なからず補助金を出している中、特に中国では政府が採用した産業政策に呼応して民間企業が特定の分野に投資を集中し、過当競争がすぐに発生してしまいがちであるという面もある。それにより国内プレーヤーも疲弊し、政府もその負の影響の対応に回っている、という一例である。この点の分析と解決の方向性については、渡邉真理子教授の研究が示唆に富む※2。)

(1) 中小企業代金支払保障条例の改正

 上記方針を受け、国務院は2025年3月24日に中小企業代金支払保障条例の改正を行い、同年6月1日より施行した。同改正では、大企業に対しても支払期限を貨物又はサービスの引渡日から原則60日以内としなければならないこととされた(商業手形等の非現金決済の方法による場合も、当該方法を利用して実質的に代金の支払期限を延長することはできない。)。例外的に契約に別段の定めがある場合はそれに従うものとされたが、業界規範、取引習慣に従って合理的に約定しなければならないとされた。また、(大企業が第三者(最終商品の需要者など)から代金が支払われることとなっている場合において)当該第三者からの支払完了を支払条件とすること(いわゆるpay when paid条項)も禁止され、これに反する契約条項は無効となる旨、最高人民法院が見解を示した。また、取引の一部について当事者間で紛争が生じた場合であっても、その他の部分の履行に影響を及ぼさない場合には、紛争に関連しない部分については大企業側は速やかに代金支払義務を履行しなければならないとされ、関係のない事項を理由に支払を拒み又は遅延させる(逆にいえば支払をテコに当該事項について自らの主張を中小企業側に認めさせる)ことはできないものとしている。

 上記法改正を受け、自動車業界においては、おそらく政府部門からの強い働きかけに基づき、OEM17社が施行直後に「自動車産業公平競争市場秩序保護誓約書」に共同署名し、サプライヤーに対する支払は60日を超えないものとする旨を相次いで表明している。とはいえ、報道によれば少なくとも現時点では、必ずしも60日以内の支払とする条件変更が徹底されているわけではないようである※3。執行面では、同条例上、通報制度や処罰規定もおかれ、7月には工業情報化部が全国中小企業への債務不履行・代金遅延に関する苦情プラットフォームにおいて自動車業界に関する専用の窓口を設置したことも報道されている。今後の執行が注目される。

 同条例の保護を受ける中小企業とは、中国国内で設立された中型企業、小型企業及び微型企業をいい、中小企業にあたらない企業が大企業であるとされており、この分類については業種ごとに売上げや従業員数による基準が決められている。いずれの分類に当たるかは、契約締結時点での企業規模により決まることになっており、中小企業はこれに該当する旨を契約に際して告知する必要がある。とはいえ、日系サプライヤーによっては顧客と関係をもつ(場合によっては大企業ではない)現地代理店を介して取引を行う場合(多くの場合、顧客-代理店、代理店-サプライヤーでバックトゥバックの契約を締結する。)もあり、そのような場合においても直接顧客との契約関係をもたない日系サプライヤーが保護を受けうるかなど疑問は残る。

(2) 不正競争防止法の改正

 さらに2025年6月27日には、不正競争防止法の改正が全人代常務委員会で可決され、同年10月15日から施行されることになっている。今回の改正においては、混同行為及び商業賄賂行為について改正されたほか、プラットフォーム事業者に関する規制、また、同法の域外適用についての明文を設けるなど比較的重要な改正がされたが、本稿の目的では、同法においてはじめて優越的地位の濫用の規定がおかれたことが重要である。

 すなわち、改正法15条では、「大規模企業等の事業者は、自らが有する資金力、技術力、取引ルート、業界内の影響力等の優越的地位を濫用し、中小企業に対して、著しく不合理な支払期限、支払方法、契約条件、違約責任等の取引条件を受け入れさせたり、商品の納入、工事の完成、サービスの提供に関する対価の支払いを遅延させたりしてはならない。」と定め、これに違反した場合には期限を定めた是正命令又は過料の対象となる(同法31条)。ここでいう大規模企業等は、独禁法でいう支配的地位を有していることを要しないが、上記中小企業代金支払保障条例と同じ分類によるかは法文上明らかではない。「優越的地位」の判断基準も現時点では明らかではない。また、今回の改正に先立つパブリックコメント版では、より広範な行為を対象としていたが、最終的には上記行為類型に限定され、契約における不合理な条項や支払遅延に焦点があてられている。より詳細な規定は上記中小企業代金支払保障条例にも規定があるものの、法律レベルで規定がおかれたことにより、より執行が強化されることが予想される。

3. おわりに

 いずれの法改正についても、「甲方」(顧客)側に立つ日系企業にとっては、現地サプライヤーとの取引に関する支払条件の設定をはじめとする契約条項を見直す必要がある。他方で、上記1.で記載したように、競争の厳しい中国現地企業への販売に取り組む日系サプライヤーやサービス提供事業者にとっては、(もちろん、早く払ってもらえる代わりに値下げが要求される可能性もあるし、不可欠性、優越性を有する選ばれる企業でなければ競争の中で勝ち残っていけないことには、変わりはないのであるが)公正な取引条件で、日系企業の良質な製品等を売っていくための法的基盤が整備されうるという側面もあり、今後の動向に期待したい。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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