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トランプ関税政策・関税交渉とその教訓(後編)


【はじめに】

「タリフマン(関税男)」を自称するトランプ大統領は、2025年1月の大統領再任直後、全ての国からの輸入品に対する関税の大幅な引き上げを発表しました。さらに、米国の貿易赤字が大きい国を対象に、「相互」関税の導入を宣言し、世界経済に大きな波紋を広げました。その後、各国との間で関税交渉が相次ぎ、日本も例外ではありませんでした。赤沢亮正担当大臣が複数回にわたり渡米して米国側と協議を行い、2025年7月には日米間で関税措置に関する合意が成立したことが発表されました。こうした第2次トランプ政権下での関税政策は、日本企業にとって重大な影響を及ぼすものでありながら、事前に内容を予測することが難しく、また、一度打ち出した施策も状況次第で見直されてしまうため、対応に苦慮した日本企業も多かったのではないかと思います。本座談会では、通商・関税実務に精通した服部薫弁護士・近藤亮作弁護士と、安全保障・経済安全保障の観点から企業実務に精通する大澤大弁護士が、トランプ政権下での関税政策とその交渉の経緯を振り返るとともに、それらを教訓として日本企業が何を学ぶべきかについても議論します。

座談会メンバー

パートナー

服部 薫

独占禁止法/競争法、下請法等の経済法、国際通商法(各国通商関連措置、アンチ・ダンピング等の貿易救済事案、サプライチェーン、経済安全保障ほか)に知見が深い。

パートナー

大澤 大

M&A・コーポレートを中心に企業法務全般の助言を提供するほか、経済産業省にて外為法等に関わる立案、審査、規制執行、各国との連携強化等に関与した経験を活かし、経済安全保障全般のサポートを行う。近年は輸出管理や経済制裁の社内管理体制の構築支援も行う。

カウンセル

近藤 亮作

国際通商法・国際投資法、各国レギュレーション対応、競争法、紛争解決、コーポレート・M&A、労働法などの助言を提供。経済安全保障の分野での支援も行う。政府機関において内外での国際通商実務経験があり、追加関税問題にも詳しい。

CHAPTER
02

トランプ関税政策の目的と第1次政権との相違点

服部

ここまでは、第2次トランプ政権と各国のディールの状況を簡単に振り返りました。「合意」を見ると、日米関係だけを見ても、通商問題の交渉や駆け引きは始まったばかりだということが分かります。
では次に、そもそも論になりますが、トランプ政権が目指しているもの、その通商政策について、全体像を簡単に説明してもらえますか。

近藤

はい。2025年1月20日の大統領就任当日、トランプ大統領は早速、「米国第一の通商政策メモランダム」を発出しました。これはいわば、今後やろうとしている「施策・措置のカタログ」のようなものでして、第2次政権がやろうとしている施策を非常に網羅的にまとめたものです。実際、これに基づいた政策や措置は、かなり速いペースで次々と発動されています。

大澤

メモランダムの柱は主に3つですね。①不公正・不均衡な貿易への対処、②中国との経済及び貿易関係、そして、③経済安全保障。まさに関税政策から輸出規制、サプライチェーンの再構築まで、アメリカ中心の産業回帰を狙う包括的な枠組みです。

1つ目の柱:不公正・不均衡な貿易への対処

1つ目の柱:不公正・不均衡な貿易への対処

大澤

では、それぞれの柱に基づく具体的な政策についても見ていきましょう。近藤さん、「不公正・不均衡な貿易への対処」について、ポイントは何ですか。

近藤

はい。まず、貿易赤字是正を名目に、世界規模の追加関税措置を掲げた点ですね。「相互」関税として実行済みです。また、関税を歳入源と明確に位置づけて、対外歳入庁を設立するとの点です。もはや、関税自体が一つの目的、財政の柱であるという、非常に強硬な立場の表明と言えます。

大澤

なるほど。もう一つ、「800ドル以下の免税例外措置撤廃」など、越境の電子商取引にも影響が出そうですね。

近藤

はい。これは一見地味ですが、すでに例外撤廃が始まっていて、カバーされる貨物数が甚大なため、影響は非常に大きいです。

服部

米国がアンチ・ダンピング関税や補助金相殺関税を発動しやすくする制度改正も第1の柱に盛り込まれていることが気になりました。

近藤

まさにその点も、今後の注目点の一つでして、現在、中国やベトナムなどがリストされている「非市場経済国(NME)リスト」に、他の国が追加される可能性があります。また、ダンピングの認定をしやすくする改正なども実行される可能性があります。

服部

アンチ・ダンピングは、米国内で輸入品により痛んでいる産業が米国政府に申請することにより、ピンポイントでその産業を救済する効果がありますから、各国拠点から米国向けに工業製品を輸出している日系企業なども注意が必要なポイントです。本来、アンチ・ダンピングのルールはWTOによって共通化されているはずですが、より自国有利な解釈・運用を許容するということでしょうか。日本政府も、こうした伝統的な通商ツールをより積極的に活用できる柔軟性をもち、体制も拡充していってもらいたいですね。

2つ目の柱:中国との経済及び貿易関係

2つ目の柱:中国との経済及び貿易関係

大澤

続いて中国に関する施策ですね。第1次政権のときに米中で経済協定がありましたが、その続きという位置づけでしょうか。

近藤

そういう側面もあります。米国は、中国が合意を履行していないという認識のもと、1974年通商法301条追加関税の再評価に入りました。これはもともと、中国の技術移転強制や知財侵害などを根拠に課された関税ですが、バイデン政権でも継続されてきました。

大澤

中国との交渉は、中国が持つレアアースの高いシェアやその他の様々な要因により、その他の国々と同様には進まないでしょう。そうした状況ではありますが、そのほかに注目すべき点はありますか。

近藤

そうですね。たとえばさらに、中国への恒久的最恵国待遇(PNTR)の見直しも視野に入っています。これはWTO加盟国としての待遇そのものに関わる大きな話でして、米議会では法案も出ているという状況です。

3つ目の柱:経済安全保障

3つ目の柱:経済安全保障

大澤

では、経済安全保障の観点から見た通商政策の方向性はどのように打ち出されたのでしょうか。

近藤

大きなポイントは2つです。一つは「1962年通商拡大法232条措置」に基づく追加関税です。実際に、第1次政権以来の鉄鋼・アルミと自動車・自動車部品、そして新たに、半導体、医薬品、重要鉱物、中型・大型トラック、民間航空機などで調査が開始されています。もう一つは、1977年国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく、不法移民と不法薬物の流入を阻止する名目での追加関税です。これらは、安全保障上の脅威に対する包括的な対策だとされています。ただし、現在、IEEPAの関税措置については国内外で法的な議論が起きており、米国の連邦裁判所では、違法・即時無効の判断が出ている状況ですから、措置の法的な安定性には不確実性が伴っています。

大澤

万が一米国連邦最高裁で「相互」関税が違法で無効だと判断されたら、徴収した莫大な関税収入を返還しなければならない可能性があり、大混乱になりますね。

近藤

同じ認識です。これらは、主に追加関税に関わるポイントでしたが、ほかに、輸出管理なども施策リストに入っていますね。

大澤

はい、輸出管理体制の包括的な修正も項目として盛り込まれており、各社の輸出管理体制に影響を与える可能性がある点でも今後注目しなければならないポイントだと思います。

国際通商ルールとの関係は

国際通商ルールとの関係は

大澤

こういった米国の一方的な政策や措置は、国際通商ルールとの関係を一言で言えば、どのようになりますか。

近藤

主要な問題としては、追加関税は、譲許関税率を超えて関税を課してはならない原則や、各国を平等に扱わなければならないという最恵国待遇原則といったWTOルールに違反します。ですが、米国はWTOの上級委員会を機能停止状態にして、「裁定されない状況」を意図的に作り出してきました。

服部

米国としては、WTO協定の中のGATT21条の「安全保障例外」を非常に広く解釈している。自国が安全保障に関わると判断すれば、関税に関する原則ルールは適用されない、という立場かもしれません。その立場を米国は今後も変えないでしょう。ただ、交渉が妥結し始めたいまのフェーズに至ってみると、もはやその次元を超えて、新しい正しい通商秩序への序章と言えるかもしれません。

近藤

私は、第1次トランプ政権が発足した直後から国際通商紛争の実務を政府内で行ってきましたが、第1次政権の当時と、第2次政権の通商施策・措置は、量・質・速度がすべて異次元です。

服部

そうした状況を踏まえると、国際ビジネスを展開する日本企業としても、通商問題をより一層経営課題として中心に添え、企業統治としてもトップダウンと事業を回す現場からのボトムアップの両面で問題をリアルタイムでウォッチし、激変する通商環境に対応していくということが、ますます重要になっていくと思います。
CHAPTER
03

日本企業にとっての教訓

服部

ここまでトランプ関税政策や関税交渉を振り返ってきましたが、それらを教訓に日本企業が何を学ぶべきかについて議論していきましょう。

近藤

ここでは、日米の二国間の問題を少し離れて、2つの視点から考えてみたいと思います。まず一つ目の視点は、米国とEUとの間の合意に象徴される、米国の圧倒的な交渉優位性と、譲歩した国・地域内の政策や体制に与えるインパクトの大きさです。

大澤

米国とEUとの間の合意は、EU域内で強い批判にさらされていますね。

近藤

非常に重要で見逃せない時代の潮目だと思います。EU執行部への批判の中心は、合意の非対称性にあります。米国は追加関税15%を維持する一方で、EUは米国産品への関税を重要セクターについて実質的にゼロにすることを約束しました。また、エネルギーや半導体などの戦略物資を米国から今後3年間で7500億ドル相当購入すること、さらに、6000億ドル相当の民間投資を米国に行うことを約束しました。米国の大幅な関税引き上げの脅威を前に、弱腰で抵抗もせずに屈服したと批判されています。

大澤

ちなみに今回の日米「合意」では、日本は米国に関税の引き下げは約束していませんでした。その点は、日本は持ちこたえたということですね。一方で、米国とEUの合意も枠組み合意にとどまり、詳細は今後の交渉に委ねられている点、そして、譲歩した代償が実際にどこまで拡大するかが未知である点は、日米の「合意」と同じ構図ですね。

近藤

はい。単に合意内容が非対称であること以外に問題なのは、EUによる米国産品購入のコミットメントがエネルギー分野の需給現実と釣り合っていないだけでなく、欧州の脱炭素化政策とも相容れないことです。さらに、EU側が約束した投資を含む決定は、欧州委員会の権限外である可能性さえもあります。それでも、合意をせざるを得なかった。

大澤

その意味では、EUが世界をリードしている環境政策やエネルギー政策などにも、今後、影響が出る可能性がありますね。

近藤

はい。同様に、EU以外にも、米国と取引をした各国の重要産業に関する様々な国内・域内の政策は、影響を避けられないでしょう。

大澤

ちなみに、これほどの譲歩をEUが強いられた背景は何でしょうか。

近藤

EU側は、譲歩を何とか正当化しようとしています。米国との貿易戦争がエスカレートすることによる経済への悪影響の甚大化を回避する必要があった、また、地政学的にロシアの脅威が現実化している中で、米国の対ロシアへの関与を維持してもらう必要があった。そのような説明もしているところです。

大澤

貿易戦争を回避したい、また、自国への安全保障への米国の関与を維持してもらいたい、そういうレベルでは日本の事情とも共通していると言えそうです。米国は、二国間交渉に益々自信をつけていく可能性があります。

服部

それでは、ここまでの一連の追加関税と交渉から学ぶべき教訓を考える上で、もう一つの視点とは、何でしょうか。

近藤

もう一つ抑えたい視点は、より大局的に、世界の国際通商秩序が明らかに変動している、新たな時代に入ってきている予兆が見られるということです。ここでも米国とEUの話を引き合いにしてしまいますが、トランプ大統領とフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が合意したスコットランドの地名を冠して、「ターンベリー体制」の始まりかとも言われています。日本のあらゆるステークホルダー、日本政府と企業、国民が、現状をよく認識して、対策・対応を急がなければなりません。

大澤

具体的にはどういうことでしょうか。

近藤

8月7日に、グリア米国通商代表(USTR)が、非常に興味深い投書をNew York Timesに行いました。グリア氏は、「米国は、関税と、外国市場へのアクセスおよび投資に関するディールを組み合わせて活用することで、新しい世界貿易秩序の基盤を築いた。」と書いています。そしてグリア氏は、これまでは、相手国の関税や非関税障壁を取り除くためには、自国が関税を下げたり非関税障壁を撤廃したりすることで相手国の譲歩を引き出して合意する方法しかなかったと指摘した上で、「トランプ大統領は、この方針を180度転換した。現在、米国は、国内産業の十分な関税保護を確保しつつ、海外におけるこれらの障壁を体系的に排除している。」として、いわば、これまでの貿易秩序を悪者にして、追加関税とディールの手法を正当化したのです。

大澤

グリア氏は、WTO は、「維持不可能で持続不可能な」組織だとも言い切っていますね。

近藤

米国の立場からすればそうなのでしょうが、これはインパクトのある言葉です。もちろん、これは共和党トランプ政権下での、米国一閣僚による言及でしかなく、過大評価はできません。しかし、米国は、国際舞台の中で、新たな貿易交渉結実の実践例を自ら作った上で、現状の国際通商システムを否定するような言及をある意味でここまで明確にしたことは、初めてだったのではないかと思います。

大澤

自由貿易主義は、国際分業や企業の国際ビジネスの安定化にとって、とても重要な基盤であるわけですが、米国がそれと異なる独自路線を取ることを明確にしたことで、ビジネス環境が不安定化し、リスクとなっている訳ですね。

近藤

自由主義やそれを支えるWTO体制の良い価値については、今後も、米国以外の国・地域が強く連携して維持していくことが、引き続き大切になるでしょう。横の連携をする時間を与えなかったことも、米国が交渉を優位に運んだ一因だったと思います。問題は、米国以外で、その価値をどう維持し、同時に、現在の様々な国際通商の課題にどう対処できるか。そういう大事な局面、踏ん張りどころが来ており、政府も企業も、みんなが知恵を絞り、実践して、攻めと守りをして行かなければならない時代だと言えそうです。

服部

今回のようなトランプ大統領の政策の打ち出し方や交渉の進め方を見ると、米国では、通商・関税に限らず、他の分野でも注意が必要かもしれませんね。

大澤

まさにその通りです。今回の関税政策・交渉を通じて改めて感じたのは、トランプ政権下の米国政府の政策というのは、事前に方向性や中身を予測することが極めて難しいうえ、一度打ち出した施策であっても、状況によってはあっさり変更・撤回されるケースが少なくないという点です。こうした傾向を踏まえると、日本企業としては、通商・関税に限らず他の分野でも「一度発表された施策=長期的に続くとは限らない」という前提を持っておくべきだと思います。特に、米国の政策に対応するために多額の投資やコストを要する中長期的な対応を実施する場合には、前提となる施策が短期間で撤回・変更される可能性の有無について慎重に検討することが求められます。

服部

なるほど、施策の予測が難しいというのは、日本企業にとってかなり厳しい状況ですね。

大澤

おっしゃるとおりです。ただし、「予測が難しいから仕方ない」として情報収集や分析を怠ってしまうと、今度は取締役の善管注意義務との関係で問題になりかねません。最近では、企業のインテリジェンス機能の必要性が強調されていますが、少なくとも取締役が経営判断原則による保護を受けられるだけの情報収集と分析は行っておく必要があると思います。

服部

本座談会では、トランプ関税政策を中心に、世界経済の変化、日本企業として国際経済にどのように向き合っていくかについての示唆をいただきました。日本企業は、概して、変化に対しては慎重に検討し判断をするという傾向が強いように思われますが、これまで議論いただいたなかでも「一度打ち出した施策であっても、状況によってはあっさり変更・撤回されるケースが少なくない」という状況があり、これが米国の、それもトランプ政権下だけの現象にとどまるのか、むしろ大なり小なりの影響を各国に与えているように思われます。そのような変化著しい時代に突入しているとも言えるなかで、「まずはやってみる」、そのためにはどの程度の情報を収集し、どのようなリスクを甘受し、甘受しない基準を明確にしておくなど、慎重さに加えた柔軟性・迅速性も重要になってくるように感じられます。

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