
月岡崇 Takashi Tsukioka
パートナー
東京
NO&T Finance Law Update 金融かわら版
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民法の原則によれば、債権の譲渡は確定日付のある証書による通知又は承諾がなければ、その譲渡を債務者以外の第三者に対抗できないとされています。しかし、この通知・承諾を書面で行うことに不便を感じ、書面のやりとりなくしてオンラインの手続だけで完結させたいというニーズがありました。このニーズに対応するため、2021年8月に施行された産業競争力強化法の改正により、一定の要件を満たす情報システムを利用して債権譲渡の通知・承諾がなされたときは、確定日付のある証書によらなくても第三者対抗要件を具備できることとする特例措置が設けられましたが、先頃、この特例措置に基づき、SMS(ショートメッセージサービス)によって債権譲渡の第三者対抗要件が具備できるようになりました。本稿ではこの新たな第三者対抗要件具備の方法を紹介いたします。
民法においては、債権は原則として譲渡することができ(民法466条1項)、債権の譲渡人と譲受人の合意(契約)があれば譲渡できます。しかし、この債権の譲渡を債務者その他の第三者に対抗するためには、このような合意に加え、債権の譲渡人が債務者に通知するか、又は債務者が承諾する必要があり、しかもこの通知・承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができないとされています(民法467条)。このように、譲渡人と譲受人の間で生じた権利関係を第三者に主張するための要件は「対抗要件」と呼ばれ、特に譲渡された債権の債務者以外の第三者に対する対抗要件は「第三者対抗要件」と呼ばれます。
同一の債権を複数の者が譲り受けた場合、その優劣は第三者対抗要件具備の先後で決まります。債権譲渡における通知・承諾を確定日付(当事者があとから変更することの不可能な、公に確定した日付)にかからせたのは、当事者(とりわけ、通知・承諾が後になったほうの譲渡人・譲受人と債務者)が日付をさかのぼらせることにより対抗要件をだまし取ることで第三者(とりわけ、先に通知・承諾があった債権譲渡の譲受人)を害するのを防止する趣旨に出たものであるとされています※1。
確定日付のある証書を作成する方法はいくつかありますが(民法施行法5条)、債権譲渡の場合に実務上よく用いられる方法としては、通知・承諾の書面上に公証人役場で確定日付を得る方法と、内容証明郵便による方法があります。いずれの場合においても、通常の実務上、これらによる場合には紙の証書を準備して送付することになります。
上述の通り、従来、債権譲渡の対抗要件具備には紙の証書が用いられてきました。しかし、技術の発展とともに、社会のあらゆる分野でオンライン化やペーパーレス化へのニーズは高まっています。債権譲渡についても、紙の証書を作ることなく、オンラインの手続だけで対抗要件具備手続を完結できるようにして欲しいというニーズがありました。そこで、2021年8月2日に施行された産業競争力強化法の改正により民法上のルールに対する特例措置が設けられ、一定の要件の下で、紙ベースの確定日付のある証書を作らずに、電子的な方法によって第三者対抗要件を具備する制度が新設されました※2。
改正後の産業競争力強化法11条の2第1項によれば、債権※3の譲渡人や債務者が対抗要件具備のために通知・承諾を行うにあたり、同法に定める認定新事業活動実施者がその認定新事業活動計画に従って提供する情報システムを利用してその通知・承諾がなされたときは、その通知・承諾が書面によってなされたものではないにもかかわらず、民法のルールに沿った確定日付のある証書による通知・承諾とみなすこととしています。この場合、通知・承諾がされた日付をもって確定日付とすることになります。この定めは、債権譲渡のほか、債権質の設定、弁済による代位及び信託受益権の譲渡の通知・承諾の場合にも準用されています。
改正産業競争力強化法に基づく第三者対抗要件具備方法を実際に利用できるようになるためには、事業者が新事業活動に関する計画(新事業活動計画)を作成して主務大臣に提出し、同法の認定を受ける必要があったため、この認定が待たれていました。そのような中、2022年4月27日に、SMSを活用した債権譲渡の通知等に関する事業として、株式会社リンクスから提出された新事業活動計画が同法の認定を受けたことにより、今後は同社のサービスを活用することで、ペーパーレスの方法により第三者対抗要件を具備することができるようになったのです※4。
当該認定にかかる認定新事業活動計画の内容の公表文によれば※5、当該サービスを通じた債権譲渡通知により対抗要件を具備しようとする場合、債権の譲渡人が株式会社リンクスのPDF文書管理サーバーに債権譲渡通知のPDFファイルをアップロードした上で、債務者宛に当該ファイルにアクセスするためのURLが記載されたSMSを送信します。債務者がこのSMSを受信した日時が確定日付として記録されることになります。債務者がこのURLのリンク先にアクセスし、本人認証の情報を入力すると債権譲渡通知のPDFが債務者の端末にダウンロードされ、これを閲覧できるようになるという仕組みです。承諾により対抗要件を具備しようとする場合でも、この仕組みによることが可能とされているほか、債権質の設定、弁済による任意代位、信託受益権の譲渡の場合もこれに準じるものとされています。
このSMSを利用した対抗要件具備が可能になることにより利便性は大幅に高まる可能性があります。ただ、これは新たに設けられた方法であるために、留意すべき点もあるように思われます。とりわけ、架空請求やフィッシングのおそれについてはこの特例措置に関する経済産業省のウェブサイト※6においても注意喚起がなされているところです。
この点、このサービスにおいては、SMSに債権譲渡人や債務者自身の氏名・名称が記載され、また経済産業省のウェブサイトからはこのシステムを提供する事業者名の確認ができるほか、株式会社リンクスのウェブサイト(当該ウェブサイトへのリンクもSMSに記載されます。)では発信者の名称、発信元番号及びURL記載ドメインが公表されるといった手当てにより、SMSを受信した債務者が、この特例措置を利用した通知であることを確認する方法が用意されています。
とはいえ、このサービスを利用して対抗要件を具備することを予定している事業者(債権譲渡人)は、可能であれば、自らの顧客である債務者に対して、債務者宛の債権を第三者に譲渡する可能性があることや、その際にはSMSにより第三者対抗要件を具備するであろうことを、このSMSの文面のサンプルも示しながら予め周知しておくことが、対抗要件具備時においてフィッシングとの誤解を招かないために望ましいように思われます。
他方で、事業者によっては、自社とは無関係の者が自社を装ってこのようなSMSを顧客に送付することの懸念もあるかもしれません。そのような意味でも、顧客(債務者)宛の債権を譲渡してSMSで第三者対抗要件を具備する可能性のある事業者であれば上記と同様の情報の周知が有用でしょうし、またそのような予定のない事業者の場合、自社が顧客向けにそのようなSMSを発信することはない旨を周知しておくことが考えられます。
このSMSを用いた債権譲渡の通知等の方法の整備により、特にB to C取引により生じた債権など個人を債務者とする債権について、紙ベースの確定日付のある証書によることなく比較的容易に債権譲渡の第三者対抗要件を具備する道が開かれました。例えば個人向け債権のファクタリング取引や債権流動化取引、あるいは多数の債権の質入れ・譲渡担保における第三者対抗要件の具備に活用したり、更に進んでこれらの取引全体を完全にオンラインの取引にしたりするといったことが考えられます。
また、この改正産業競争力強化法に基づく第三者対抗要件を活用した新サービスは、今後も増えていくものと思われます。2022年3月29日には同法に基づく新技術等実証制度(規制のサンドボックス制度)による、ブロックチェーン技術を活用した電子的取引における第三者対抗要件に関する実証が2件認定されています※7。これらはセキュリティトークンとしての信託受益権の譲渡に関し、ブロックチェーン技術を活用した情報システムが同法の特例措置で要求される要件を充足することの確認・分析を行うものであり、将来的には同様のシステムを用いたサービスが提供されるようになることが期待されます。
なお今回紹介したサービスは債権譲渡の第三者対抗要件をSMSにより具備するものですが、債務者が個人ではなく法人である場合(B to B取引により生じた債権の場合)、企業向けの通知にSMSを使うことは必ずしも一般的ではありません。とはいえ企業向けの売掛債権についても、ファクタリング取引や譲渡・質入れといった取引は日常的に行われています。そこで法人向け債権の譲渡においてもオンラインで第三者対抗要件を具備しやすくできるように、SMSとは異なる通信手段(例えば電子メール、あるいはネットバンキングや会員向けウェブサイトのようなシステムの中でメッセージを送付する方法など)により第三者対抗要件を具備する仕組みもニーズがあるかもしれません。今後も、この産業競争力強化法による特例を活用した多種多様なサービスが、多くの事業者により提供され、利便性が高まっていくことを期待したいと思います。
※1
潮見佳男『プラクティス民法 債権総論』(第5版補訂)514頁
※2
この産業競争力強化法の改正内容の詳細については、月岡崇『債権譲渡の第三者対抗要件具備について確定日付のある証書による通知・承諾を不要とする特例措置』(NO&T Finance Law Update 金融かわら版 2021年10月 No.76)をご参照下さい。
※3
この譲渡の対象となる債権は、既に発生しているもののほか、未発生の債権も含まれます。
※4
法務省『産業競争力強化法に基づく「新事業活動計画」の認定について』(2022年4月27日)及び経済産業省『産業競争力強化法に基づく新事業活動計画を認定しました~SMSを活用した債権譲渡の通知等に関する事業~』(同日)参照
※5
このサービスの正確な内容の理解のためには、脚注4に記載のプレスリリースと、当該プレスリリース別紙の認定新事業活動計画の内容をご参照下さい。
※6
経済産業省『債権譲渡の通知等に関する特例に係る新事業活動計画の認定』記載の『本特例措置を利用した通知等に関する留意点』参照
※7
法務省『産業競争力強化法に基づく「新技術等実証計画」の認定について』(2022年3月29日)及び経済産業省『規制のサンドボックス制度に係る実証計画を認定しました~ブロックチェーン技術を活用した電子的取引における第三者対抗要件に関する実証~』(同日)参照
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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