平川雄士 Yushi Hegawa
パートナー
東京
NO&T Tax Law Update 税務ニュースレター
評価通達総則6項事件最高裁判決を読む(2022年4月)
相続税の「総則6項」適用の限界とは―近時の裁判例から―(2024年2月)
「宝刀」は折れたのか?―相続税の「総則6項」についての高裁判決と今後の実務(2024年10月)
11月30日の日本経済新聞朝刊に「『タワマン節税』是正検討 評価額、適正水準に上げ」との記事が掲載されています。要は、タワーマンション等の相続税評価額を適正な水準に上げ、相続税評価額と実勢価格との乖離を是正する方策を今後検討するとのことです。この背景として、いわゆる総則6項事件最高裁判決(最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決;「本判決」)の事案においては、相続税評価額が実勢価格の約1/4であったことに触れられています。
もっとも、本判決では、実勢価格による課税処分が適法とされ、国が勝訴したところです。そうであれば、いずれにせよ国は勝てたのだから、特に上記のような是正をせずとも、現状のままで実勢価格で課税処分をすればよく、課税実務はワークするのではないかとも思えます。それにもかかわらず、なぜ上記のような是正が検討されているのでしょうか。
その答えは、本判決の判示内容にあるものと考えられます。以下に説明していきます。
本判決についての一般的な解説は、本判決が出たばかりであった4月に、既に別の当職のニュースレター(「4月拙稿」)にて展開したところですので、そちらも併せてご参照いただくこととしまして、上記の問題との関係では、本判決の以下の説示に着目いただきたいと思います。
とりわけ鍵となるのが、上記の下線部分です。この部分については、4月拙稿において、以下のとおり解説していました(強調は今回)。
今回の最高裁判決に、専ら実務の観点からみて画期的な点があるとすれば、上記1つめの下線部であるといえます。つまり、評価通達の路線価等による評価額と市場価格との間に大きな乖離があるからといって、市場価格による課税(≒総則6項の発動)をしてもよいというわけではないことが明言されました。
本件の地裁・高裁判決は、この乖離の点を、課税処分を正当化する主要な論拠として用いていました。しかし、近時、特に都心部の収益マンション物件については、評価通達の路線価等による評価額と市場価格との間には大きな乖離があるのがむしろ通常かつ一般的であって、この状況は特定の納税者のみについて特別に存する事情ではないから、かかる乖離を理由に評価通達の路線価等によらない市場価格による課税を正当化することには無理がある、と当職としては考えていたところです。当職は、本件の訴訟代理人ではありませんが、上記論拠をもって納税者側で専門家として意見書を提出していました。結論こそ覆すには至りませんでしたが、上記の点のみについていえば、事実上当職の意見が容れられたと理解できるのかどうか、後の調査官解説にて検証したいと思います。
最高裁が着目したのは、やはりというべきか、地裁・高裁同様、相続税負担が著しく軽減されたという結果とその結果を得る意図という点でした。・・・
その後、本判決が判例雑誌に登載され(判タ1499号(2022年10月)65頁)、匿名の解説が付されています。このような匿名の解説は、本判決を担当した最高裁調査官の執筆によるものと実務上一般に認識されているところです。この解説では、上記の下線部分の説示について、以下のとおり解説されています(同67-68頁)。
・・・本判決は、上記の平等原則違反につき事案に即した検討を行い、まず、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるといえるとしつつ、このことは「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」に当たらないとする。・・・原審は上記かい離を重視するようにも見えるが、実質的な租税負担の公平という観点からは、同様のかい離は類似の不動産にも広く存在し得る以上、これを相続する潜在的な他の納税者と同じく通達評価額によったとしても租税負担の均衡が害されることはなく、むしろ、当該納税者についてのみ通達評価額を上回る価額によることは不合理というべきである(このようなかい離は、本来、評価通達の見直し等によって解消されるべきものといえる。)。
本判決は、このような観点から、たまたま相続した不動産の通達評価額が実勢価格ないし課税庁が実施した鑑定による評価額を大きく下回るとしても、これを理由に通達評価額を上回る価額によることは上記の平等原則に違反し許されないとするものと考えられる。・・・
これは、4月拙稿の解説と実質的に同旨をいうものと理解できます。とりわけ、上記の強調部分は、本判決の上述の説示を正しく理解するに当たっては極めて重要な解説であろうと思われます。
上記の解説によれば、何が起こるのかといいますと、通達評価額と実勢価格との大きな乖離はあるが、相続税負担が著しく軽減されるという結果を得る意図は認められないというような事案については、通達評価額によらなくてもよい合理的な理由は認められず、実勢価格による課税は行うことができないということです。要は、事案によっては、本判決と同じようにはいかず、国の敗訴となり得るということです。
この点については、4月拙稿においても、以下のとおり述べていました。
現実的な事例か否かは措いて、まだ相続開始には遠い年齢の健康な富裕層投資家が、相続も何も考えないで純粋に収益性(賃料利回りとキャピタルゲイン)を追求して、また純粋に資本効率の観点から借入れによりレバレッジを掛けて、都心の収益不動産への投資を行っていたところ、同人が急逝して相続が開始したといったような場合において、その投資物件について評価通達の路線価等による評価額と市場価格との間に大きな乖離があり、借入れが債務控除されるからといって、市場価格による課税(≒総則6項の発動)が是認されるということにはならない可能性が高いように思われます。
冒頭に述べた検討は、そのような事態に至る前に、上記の解説が示唆するとおりに評価通達の見直しを行い、タワーマンション等の通達評価額と実勢価格との乖離を是正して、当初から正面から(より実勢価格に近い)是正後の通達評価額で課税を行うことを意図したものと理解することができます。
租税負担の増加はありますが、少なくとも事前の予測可能性を確保するという観点からは有益な見直しであるように思われます。是正はやはり通達の世界でのみ行われるのか、より租税法律主義に忠実に、法令改正で行うということにはならないのか、といった手続の点も含めて、今後の検討の進展に注目していきたいところです。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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