塚本宏達 Hironobu Tsukamoto
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
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ニュースレター
米国による1974年通商法301条追加関税の維持及び強化(2024年5月)
2022年8月9日、ジョー・バイデン米国大統領は、米国内での半導体製造、研究開発、労働力育成のために527億ドル相当の予算を投下し、中国との半導体技術競争を念頭に国内半導体関連企業を支援するCHIPS and Science Act of 2022(以下、「CHIPS及び科学法」といいます。)に署名しました※1。CHIPS及び科学法の実施を担っているNational Institute of Standards and Technology(国立標準技術研究所。以下、「NIST」といいます。)内のCHIPS Program Office(以下、「CPO」といいます。)は、2023年2月28日、第一弾の資金機会に関する公告(Notice of Funding Opportunity。以下、「NOFO」といいます。)を公表し、まずは最先端半導体の製造施設を建設、拡張又は近代化するプロジェクトを対象に、2023年3月31日から援助を獲得するための事前申請(任意だが推奨)及び正式申請の受付を開始しました。2023年5月1日からは、現行・旧世代半導体及びバックエンド製造過程向けの正式申請の受付が開始されました※2。2023年内にその他の資金援助対象グループについても、申請の受付を開始する見通しであるとされています。なお、関心表明書(Statement of Interest)は、後述のとおり、今回の第1NOFOに関する全ての申請者からの提出を2023年2月28日から順次受け付けています※3。
CHIPS及び科学法に基づく資金を獲得するためには、申請者は、国家安全保障上の懸念へのコンプライアンスや、財務的又は商業的な実行可能性などの一定の条件等があり、また、国家安全保障上の懸念を防止するためのいわゆる「ガードレール条項」 (Guardrail Provisions) を米国政府との間で合意し、遵守する必要があります※4。
本ニュースレターではCHIPS及び科学法における総額527億ドルの半導体製造企業向けの資金の配分、一般的な申請手続きとそのスケジュール、CHIPS及び科学法による資金を受領するための条件として重視されている項目について解説します。最後に、ガードレール条項に関する商務省の規則案が2023年3月21日に公表され、パブリックコメントに付されていることから※5、その内容について解説します。
半導体における中国との技術競争の中、CHIPS及び科学法は半導体製造と技術力における米国の世界的リーダーシップを確保することを目的としています。527億ドルのCHIPS及び科学法による予算の配分は以下のとおりです※6。
資金は、直接資金(資金交付、協力契約又はその他の取引による)、貸付又は貸付保証の形式によって実施されます。直接資金について、プロジェクト毎に付与され得る金額の一定の限度はありませんが、CPOが対象プロジェクトのファイナンスモデルや予想利益等のあらゆる要因を考慮し、直接資金の額を決定します。現時点で一般的に想定される直接資金の額は、プロジェクトの資本支出(物理的な施設の建設、土地の取得、施設の導入、建設フェーズにかかる労働コスト等)の5~15%とされています。また、融資及び融資保証にも所与の一定の限度はなく、民間の金融市場とは異なる融資条件での実行が可能ですが、民間融資に代替するものではなく、あくまで民間融資を補完するものだとされています。融資については、具体的な条件は、プロジェクトの資金需要やリスク分析に基づいて決定されますが、返済期限は原則15年(最長25年)、コーポレート融資もプロジェクト融資も選択が可能です。融資保証は、申請者と第三者の貸付人(金融機関)との間の交渉により融資条件が決定され、保証限度額は最大でも融資額の8割だとされています※7。
一つの申請で複数の形式の資金インセンティブを含む申請報酬も可能です。CPOは一般的に、今回のNOFOに関して、直接資金及び融資又は融資保証の総額は、当該プロジェクトの資本支出の35%を超えないことを想定しています※8。
なお、申請者は、プロジェクトが所在する州又は地方政府からのインセンティブについて、少なくともオファーを受けていることが正式申請のための要件とされています(当該州又は地方政府からのレターによって証明する必要がありますが、当該インセンティブの受け取りは未了でも問題ありません。)。オファーを受ける必要があるとされるインセンティブとしては、施設の建設又は拡張に関するものと、労働力、不動産コンセッション、半導体研究開発その他商務省が国務省と協議の上適当と認めるインセンティブがあるとされています※9。
CHIPS及び科学法における資金調達フェーズは3つのNOFO(Notice of Funding Opportunity)に分けられます。NOFOごとのフェーズ及びスケジュールの概要は以下のとおりです※10。なお、援助資金の受領者は原則として米国法人に限られますが、例外的な場合に限り、外国法人が認められる場合もあるとされています。
フェーズ | 日程 | 内容 |
---|---|---|
関心表明書 (Statements of Interest) |
2023年2月28日 | 全申請者の受付開始。 |
第1NOFO (「Phase 1」) |
2023年3月31日 | 最先端半導体向け、事前申請及び正式申請の受付開始。 |
2023年5月1日 | 現行世代半導体、旧世代半導体及びバックエンド製造過程向け、事前申請の受付開始。 | |
2023年6月26日 | 現行世代半導体、旧世代半導体及びバックエンド製造過程向け、正式申請の受付開始。 | |
第2NOFO(見込み) (「Phase 2」) |
2023年晩春 | 原材料サプライヤー及び装置製造メーカー向け、申請の受付開始見込み。 |
第3NOFO(見込み) (「Phase 3」) |
2023年早秋 | 半導体研究開発施設建設向け、申請受付開始見込み。 |
資金申請のためのステップの概要は、以下のとおりです※11。
米国内の半導体施設の建築、拡張、又は近代化を検討している半導体製造企業及び半導体材料や装置製造企業のみに本CHIPS及び科学法資金に申請する資格があります。日本を含む外国企業も申請可能ですが※12、資金の受領者は原則として米国企業である必要があり、また、資金は米国内で使うことが必要とされています。なお、「懸念外国エンティティ」に資金を供与することは禁じられています(後述)。
CHIPS及び科学法に基づく資金に申請するにあたり、申請者は以下の6つのプログラム優先項目に留意したプロジェクトを作成・準備し、詳細な計画をCPOに提出する必要があります。各事項のうち、①の経済安全保障及び国家安全保障の項目が最も重要であり、申請審査においても最も重視されます※13。
2023年3月21日、商務省は、いわゆる「ガードレール条項」に関する規則案を公表し(官報による公告は3月23日付け。)、60日間のパブリックコメントに付しました。利害関係者からの意見を受け付けた上で、年内には確定的な規則が出される見込みとなっています。
米国政府から資金援助を受けた事業者は、ガードレール条項に同意しなければならず、この結果、主に中国を念頭においた制約に服さなければなりません。すなわち、資金援助を受けた事業者は、商務省に対して、資金を受領した日から10年間にわたり、中国その他の「懸念国※20」(country of concern)において、半導体製造能力の重大な拡張(material expansion。商務省が公表した規則案では、施設の製造能力を5%超増大させる拡張だと定義されています※21。)を伴う顕著な取引(significant transaction。上記規則案では、10万ドル以上の投資(合併、買収その他の取引)、だと定義されています※22。)を行わないことを約束しなければならず※23、この約束に違反した場合、原則として援助資金を全額返還しなければなりません※24。
また、資金援助を受けた事業者が、商務長官が定める国家安全保障上の懸念をもたらす技術・製品に関わることを知りながら、「懸念外国エンティティ※25」(foreign entity of concern)との間で共同研究や技術ライセンスを行った場合にも、原則として、援助資金を全額返還しなければなりません※26。
CHIPS及び科学法においては、「懸念外国エンティティ」は申請者となることができず※27、また、上記のように、資金援助を受けた事業者として「懸念外国エンティティ」と共同研究や技術ライセンスを行うことに制約が生じることになります。
「懸念外国エンティティ」は、既にCHIIPS及び科学法において定義されていましたが※28、同法の授権に基づき、今回の規則案により3つのカテゴリーを追加することが提案されています※29。また、「懸念外国エンティティ」は、同法及び今回の規則案によれば、「[北朝鮮、中国、ロシア又はイラン]によって所有され、支配され又はその管轄若しくは指示に服している」(Owned by, controlled by, or subject to the jurisdiction or direction of a government of a foreign country that is a covered nation)外国エンティティも含まれると定義されていますので※30、この意味が問題となります。
この点、今回の規則案によれば、「によって所有され、支配され又はその管轄若しくは指示に服している」は、①ある法人の発行済み議決権の25%以上が当該エンティティに直接又は間接に保有されている場合には、当該法人は、当該エンティティに「によって所有され、支配され又はその管轄若しくは指示に服している」とされています※31。また、次の場合には、当該自然人又は法人は、外国政府又は外国政党「によって所有され、支配され又はその管轄若しくは指示に服している」とされます。②-1 当該自然人が当該外国の市民、国民又は居住者である場合、②-2 当該法人が当該外国の法律に基づいて組織され又はその主たる事業所を当該外国に有する場合、また、②-3 当該法人の発行済議決権比率の25%以上が外国政府又は外国政党によって直接又は間接的に保有されている場合※32。
これらの用語の定義を仮に前提とした場合、例えば、中国国内で設立された会社は「懸念外国エンティティ」に該当すると考えられるほか、たとえ米国で設立され米国に本社を有する会社であっても、間接的に中国政府や中国共産党が当該会社の発行済議決権比率の25%以上を直接又は間接に保有する場合には、当該米国会社も「懸念外国エンティティ」に該当することになるため、注意が必要となります。
なお、これらの「懸念外国エンティティ」等の用語は例えば米国インフレ抑制法(Inflation Reduction Act of 2022、IRA)等でも使用されているところ、税額控除等を受けるために満たすことが必要な要件にも関係する重要な用語であり、仮に今回商務省から提案されたCHIPS及び科学法の用語の定義が適用されるとなった場合には、その影響が懸念されます。
527億ドルという資金規模は、CHIPS及び科学法以外にこれまで前例がなく、半導体関連企業にとっては事業競争力の観点から極めて大きな影響がある政策だと言えます。一方で、資金を受領することの引き換えに負担すべき義務や制約も多く、資金を追求すべきかどうかの選択は容易ではありません。
今後の規則の展開に関する情報を正確に集めタイムリーに分析し、米国をはじめ他国の競合相手の動向にも留意しながら、場合によっては政府などとも支援を求めながら、自社の国際競争戦略に活かすことが肝要だと考えられます。
※1
The White House, FACT SHEET: CHIPS and Science Act Will Lower Costs, Create Jobs, Strengthen Supply Chains, and Counter China (Aug. 9, 2022),https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/08/09/fact-sheet-chips-and-science-act-will-lower-costs-create-jobs-strengthen-supply-chains-and-counter-china/
※2
NIST, U.S. Department of Commerce, Funding Opportunity – Commercial Fabrication Facilities FACT SHEET: CHIPS Program Office Launches Notice of Funding Opportunity (Feb. 28, 2023), https://www.nist.gov/system/files/documents/2023/02/28/CHIPS_NOFO-1_Fact_Sheet_0.pdf
※3
NIST, U.S. Department of Commerce, NOTICE OF FUNDING OPPORTUNITY (NOFO) CHIPS Incentives Program – Commercial Fabrication Facilities (Feb. 28, 2023)(第1NOFO), p.7, https://www.nist.gov/system/files/documents/2023/02/28/CHIPS-Commercial_Fabrication_Facilities_NOFO_0.pdf
※4
NIST, U.S. Department of Commerce, Commerce Outlines Proposed National Security Guardrails for CHIPS for America Incentives Program (Mar. 21, 2023) https://www.nist.gov/news-events/news/2023/03/commerce-department-outlines-proposed-national-security-guardrails-chips
※5
Preventing the Improper Use of CHIPS Act Funding, 88 Fed. Reg. 17439 (proposed Mar. 23, 2023) (to be codified at 15 C.F.R. § 231.110), https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2023-03-23/pdf/2023-05869.pdf
※6
Chris Van Hollen, CHIPS and Science Act of 2022 Division A Summary – CHIPS and ORAN Investment, https://www.vanhollen.senate.gov/imo/media/doc/CHIPS%20and%20Science%20Act%20of%202022%20Summary.pdf
※7
前注3(第1NOFO)、9~11ページ参照。
※8
前注3(第1NOFO)、27ページ参照。
※9
前注3(第1NOFO)、7、39及び73ページ参照。
※10
NIST, U.S. Department of Commerce, Key Dates, https://www.nist.gov/system/files/documents/2023/02/28/CHIPS_NOFO-1_Key_Dates_Guide.pdf
※11
前注3(第1NOFO)、11~13ページ参照。
※12
FPC Briefing, U.S. Dep’t of State, Funding for International Partnerships Through the CHIPS Act (Mar. 15, 2023), https://www.state.gov/briefings-foreign-press-centers/funding-for-international-partnerships-through-the-chips-act
※13
前注2(第1NOFO、Fact Sheet)、2~3ページ参照。
※14
NIST, U.S. Department of Commerce, Vision for Success: Commercial Fabrication Facilities (Updated Feb. 28, 2023), https://www.nist.gov/chips/vision-success-commercial-fabrication-facilities
※15
NIST, U.S. Department of Commerce, Funding Opportunity – Commercial Fabrication Facilities FACT SHEET: Catalyzing Private Investment, https://www.nist.gov/system/files/documents/2023/02/28/CHIPS_NOFO-1_Catalyzing_Pvt_Investment_Fact_Sheet.pdf
※16
前注15参照。
※17
NIST, U.S. Department of Commerce, Environmental Compliance (Updated Mar. 31, 2023), https://www.nist.gov/chips/environmental-compliance
※18
NIST, U.S. Department of Commerce, Funding Opportunity – Commercial Fabrication Facilities FACT SHEET: Building a Skilled and Diverse Workforce, https://www.nist.gov/system/files/documents/2023/02/28/CHIPS_NOFO-1_Building_Skilled_Diverse_Workforce_Fact_Sheet_0.pdf
※19
NIST, U.S. Department of Commerce, Funding Opportunity – Commercial Fabrication Facilities FACT SHEET: Spurring Regional Economic Development and Inclusive Economic Growth, https://www.nist.gov/system/files/documents/2023/02/28/CHIPS_NOFO-1_Economic_Opp_Fact_Sheet.pdf
※20
基本的には中国、ロシア、イラン及び北朝鮮を指しますが、米国商務長官が、米国国防長官、米国国務長官及び米国国家情報長官と協議の上、米国の国家安全保障又は外交に対して悪影響を与える行為に従事していると認定した国も該当することとされています(15 U.S.C.§4651(7)、10 U.S.C.§4872(d))。
※21
前注5、§231.111 Material expansion参照。
※22
前注5、§231.121 Significant transaction参照。
※23
15 U.S.C.§4652(a)(6)(C)(i)。但し、一定の例外が規定されています(同(ii))。
※24
15 U.S.C.§4652(a)(6)(E)(iii)
※25
15 U.S.C.§4651(8)
※26
15 U.S.C.§4652(a)(5)(C)
※27
15 U.S.C.§4652 (a)(2)(C)(v)
※28
前注25参照。
※29
具体的には、以下のエンティティが追加指定されています。① Entities included on the Bureau of Industry and Security’s Entity List、② Entities included on the Department of the Treasury’s list of Non-Specially Designated Nationals (SDN) Chinese Military-Industrial Complex Companies (NS–CMIC List)、③ Entities identified in the Federal Communications Commission’s list of Equipment and Services Covered By section 2(a) of the Secure and Trusted Communications Networks Act of 2019 as providing covered equipment or services。
※30
15 U.S.C.§4651(8)(C)。また、前注5、§231.106(c) Foreign entity of concern参照。
※31
前注5、§231.112(a) Owned by, controlled by, or subject to the jurisdiction or direction of参照。
※32
前注5、§231.112(b) Owned by, controlled by, or subject to the jurisdiction or direction of参照。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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