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ニュースレター

バイデン政権下における米国企業結合法制のエンフォースメントの最新動向のアップデート(2023年)

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※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 2021年1月に発足したバイデン政権は、市場における競争を保護するために不当に競争を害する行為を防ぐべく競争法に基づく企業結合法制のエンフォースメントを徹底的・積極的に進めていくとの方針を発表していました。これは、一定の資産・事業の分離措置等を通じた企業結合取引が積極的に認められてきたトランプ政権の姿勢からの転換を意味していました。それから約2年半が経過し、バイデン政権下での企業結合法制のエンフォースメントの実例が積み重なってきています。本レターでは、競争当局が直近で具体的にどのような方針を採っているのかに触れた上で、競争当局によるエンフォースメントの最近の事例と傾向を紹介します。

バイデン政権発足以降の競争当局の姿勢について

 民主党であるバイデン政権の下では競争法のエンフォースメントが強化されることが見込まれていました※1が、2021年7月、バイデン大統領は競争の促進に関する大統領令を発し、その中で、労働、ヘルスケア、農業、テクノロジー等の幅広い分野における競争法上の問題に対処するための72のイニシアティブを定め、競争当局である米国司法局(以下「DOJ」といいます。)及び連邦取引委員会(以下「FTC」といいます。)に対して、競争法の積極的なエンフォースメントを進めること、水平及び垂直統合に関するガイドラインを見直すこと等を求めました。これを受け、2022年1月18日、FTC及びDOJは共同で、現代において多くの業界で競争相手が少ないこと等を背景に、現在の市場において競争を阻害するような違法な取引を防止するための最新の企業結合ガイドラインを策定すべく、パブリックコメントを募集することを発表しました※2

 その後、2022年1月24日に開催されたニューヨーク州法曹協会の会合において、DOJの反トラスト局長であるJonathan Kanter氏は、バイデン政権下における競争当局の方針として、競争を阻害する可能性のある取引については、競争を完全には保護することができない可能性のある一定の資産・事業の分離措置(divestiture)等の条件で取引を認めるよりも、取引自体を中止させるべきであるとの積極的な立場を表明しました※3。Kanter氏は、競争を維持するための措置としてのdivestitureの内容を確定するためには、市場における競争の程度を正確に把握できることが前提であるところ、競争の概念は静的なものではなく、動的かつ複雑でしばしば多面的なものでもあるため、実際に競争の程度を正確に把握することは困難である(そのため、divestitureで手当てをしたとしても問題解消措置としては不十分であることが多い)ことや、divestitureを条件とする和解を通じて企業結合取引が行われた後、実際には対象資産・事業を譲り受けた買手がこれらの資産・事業をうまく活かすことができないケースがあること等を踏まえ、divestiture等の取引の条件によって市場における競争を維持できるか否かを予測して判断するよりは、市場において既に存在する競争をそのまま保持する(つまり、取引自体を中止させる)ことに注力すべきであると述べました。その上で、和解を通じた解決では法律を進展させることはできない(”settlements do not move the law forward”) ため、ビジネスに対して明瞭性を与えるという意味でも、現在の市場を前提とした法律の適用について裁判所の意見を求めることが重要であり、訴訟遂行のリスクを犯してでも、訴訟の場で裁判所に対して法律の適用についての判断を求め、過去の前例をそのまま現在の市場に適用することについて再考を促すべきであるとの立場を明確にしました。なお、Kanter氏は、DOJの立場として、divestitureを条件とする和解については、動きの少ない市場で単純な事業の切り離しが可能な状況等では選択肢となり得るものの、あくまで例外として取り扱われるべき旨を述べています。

 さらに、2023年3月に開催されたアメリカ法曹協会のAntitrust Spring Meetingでは、競争当局は、現実の市場の状況を踏まえてより積極的・徹底的に競争上の懸念のある取引の中止を求めていく方針を採ることを改めて示した上で、企業結合に関する競争上の懸念を解消するための問題解消措置を競争当局が受け入れるためのハードルは非常に高いこと、競争当局としてHSRファイリングに関して過去10年で最も多くのセカンドリクエストを発行したこと、(以下のとおり実際の訴訟では必ずしも希望通りの結果には繋がっていないものの)反競争的な取引を防ぐという観点からは当局の積極的なエンフォースメントの方針は大部分において成功していること等が述べられました。また、競争当局が最近注目している分野として、HSRファイリングの届出義務を負わないような連続的な競合他社の買収や、プライベートエクイティによるヘルスケア分野での買収(大部分を借入で資金調達していることが多く、長期的な競争能力を犠牲にして短期的な利益を追求するリスクがあるとされています。)が挙げられています。

競争当局によるエンフォースメントの最近の事例について

 上記のとおりバイデン政権下における競争当局の姿勢は一貫しているものの、かかる積極的なエンフォースメントは実際の訴訟において必ずしも競争当局の思惑通りの結果には繋がっていないのが実情です。以下、競争当局によって取引の中止が裁判で争われた最近の事例をいくつか紹介します。

(1) United States Sugar CorporationによるImperial Sugar Companyの買収

 本件に関して、DOJは、米国南東部における精糖供給市場に関して競合相手が減る等の懸念を理由に取引の中止を求めましたが、2022年9月、連邦地方裁判所は、消費者が容易に別の地域から砂糖を購入可能であり、DOJの主張する関連競争市場の定義は現実の市場を反映できていないこと等を理由に、DOJの主張を斥ける判断を下しました※4

(2) Booz Allen HamiltonによるEverWatch Corp.の買収

 本件に関して、DOJは、国家安全保障局(NSA)に対してシミュレーションサービス等の提供を目的とする政府契約についての競争を脅かす(競合同士の統合によって、NSAが独占的な契約者と契約せざるを得なくなる可能性がある)ことを理由に取引の中止を求めましたが、2022年10月11日、連邦地方裁判所は、競争に対する脅威をDOJが立証できていない(具体的には、今回の取引により競争するインセンティブが失われるとの主張について、取引後であっても自社の評判を維持したり、将来の大きな取引を勝ち取るための実績を積み重ねることに関してインセンティブが働くはずである等)としてその主張を斥けました※5

(3) UnitedHealth Group Inc.によるChange Healthcare Inc.の買収

 本件に関して、DOJは、両当事者がいずれも保険会社向けのクレーム編集ソフトウェアを販売していたことから水平的影響の存在を主張し、また、Change Healthcare Inc.が医療提供者と保険会社の間のクレームや情報を電送するクリアリングハウスのサービスを提供しており、その一方でUnitedHealth Group Inc.が保険会社であり、同社がChange Healthcare Inc.を通じて他の保険会社等の情報にアクセスし、それらの情報を不当に利用して競争を阻害するリスクがあるとして垂直的影響の存在も主張して、取引の中止を求めました。しかし、連邦地方裁判所は、水平的影響については当事者が自発的に提案したChange Healthcare Inc.のクレーム編集事業のプライベートエクイティへの譲渡(いわゆる”fix-it-first”の対応)を通じて解消され※6、また、垂直的影響については、UnitedHealth Group Inc.の子会社が既に多くの情報にアクセスできること、UnitedHealth Group Inc.側に顧客情報を保護するインセンティブが働いていること等を踏まえ、DOJ側の立証が不十分であるとして、2022年9月19日にDOJの主張を斥けました※7

(4) Meta Platforms, Inc.によるWithin Unlimited, Inc.の買収

 本件に関して、FTCは、当該取引がVR専用のフィットネスアプリの市場における競争を害するリスクがあると主張して取引の中止を求めましたが、2023年1月31日、連邦地方裁判所は、FTCの主張する関連市場の定義については認めつつも、当該取引が行われなければMeta Platforms, Inc.がVR専用のフィットネスアプリ市場に参入していたであろうという点についてFTCの立証が不十分である等として、差止めの主張を斥けました※8

(5) Penguin Random House, LLCによるSimon & Schuster, Inc.の買収

 本件に関して、DOJは、出版業界の5大業者のうち最大手ともう一社が統合することになり、当該買収によって、何が出版されるべきか及び作家にどの程度支払われるべきかという点について、出版権の買手側であるPenguin Random House, LLCが作家側に対して過大な影響力を持つことになってしまい、競争を不当に害すると主張しました※9。これに対して、2022年10月31日、連邦地方裁判所はDOJの主張を認容しました※10。本件は、2022年1月にDOJが積極的なエンフォースメントの姿勢を表明して以降、初めてDOJが勝訴したケースとなりました。

 これらの事例を見ると、少なくとも現時点では、競争当局に比べて裁判所の方がdivestitureや行動的問題解消措置に対してより寛容な立場に立つ傾向にあると考えられます。

Assa Abloyの和解事例について

 さらに直近の事例として、Assa Abloy AB(以下「Assa Abloy」といいます。)によるSpectrum Brand Holdings, Inc.(以下「Spectrum」といいます。)の事業の買収についてDOJが差止めを求めたケースが注目に値します。この件では、2023年5月、トライアルの最中に当事者間で和解が成立し、DOJにとっては、2022年1月に積極的なエンフォースメントの姿勢を表明して以降、初めて成立する和解となる予定です※11

 スウェーデンのストックホルムに本社を持つAssa Abloyがウィスコンシン州に本社を持つSpectrumのハードウェア及び家屋修繕の事業を43億ドルで買収しようとしていたところ、2022年9月15日、DOJは、Assa AbloyとSpectrumが米国における住居用ドア用品の三大製造業者の二社であり、住居用のスマートロック及び高級ドアロックの分野での競争が失われ、価格の上昇、品質の下落等のリスクがあることを理由に、当該買収の差止めを求めてコロンビア地区連邦裁判所に提訴しました※12。その後トライアルの途中でDOJと和解が成立しており、当該和解契約においては、Assa Abloyが、Fortune Brands Innovations, Inc.(以下「Fortune」といいます。)に対して、Fortuneが住居及び複数家族用建物で使用される高級ドア用品及びスマートロックの市場において競争することができるよう関連資産・事業をFortuneに譲渡すること、当該和解の条件の遵守状況を監視するモニタリングトラスティーの選任、製造施設の移転の遅延があった場合のペナルティ、上記市場に関して取引前に存在した競争強度が維持されなかった場合にDOJが追加で問題解消措置を求めることができること等が定められています※13

 前述のとおり、DOJは、競争を保護するための和解を行うよりは問題がある取引については訴訟のリスクを取ってでも積極的に取引自体の中止を求める姿勢を示していたため、今回Assa Abloyのケースで初めて和解に応じたことで、実務上はDOJがフレキシブルに和解に応じる可能性が若干広がったと評価できます。上述のとおり裁判所の判断を仰ぐ機会を増やして現在の市場を前提とした裁判例を増やし、同時に競争当局としての経験も積むという目的を踏まえると、競争当局(特にDOJ)としては今後も引き続き訴訟も辞さない積極的なアプローチを基本路線とすることが予想されますが、実際には、積極的に訴訟を遂行する姿勢で臨むことによって当事者からの最大限の譲歩を引き出しつつ、裁判の状況や当局のリソースに照らし、場合によっては現実的な対応を取る(当事者から受入可能な程度まで譲歩を引き出した上で和解する)ようなケースが今後は増えてくる可能性があると考えられます。

まとめ

 以上のとおり、バイデン政権下では競争当局が一貫して積極的なエンフォースメントの方針を採っており、実際に裁判で争われた事例に照らすと、今後もその姿勢は継続されるものと考えられます。企業結合取引を計画している場合、競争当局の立場、常に変動し続ける市場及び競争状況を踏まえて競争上の懸念にどのように対処すべきかを検討するだけではなく、現在の競争当局の姿勢に照らして、エンフォースメントリスクや訴訟になった場合の戦略についても事前に検討しておく必要があります。そのためには、本レターで紹介したような競争当局の姿勢を理解し、エンフォースメントの最新の事例を分析し、競争当局が何に着目しているのか、当事者に何を求めているのか、裁判所が(現時点において)どのように市場や競争を捉えているのか等を分析することが非常に重要となってきます。

脚注一覧

※4
U.S. v. U.S. Sugar Corp. et al. (case number 21-01644, the U.S. District Court for the District of Delaware)

※5
U.S. v. Booz Allen Hamilton Inc. et al. (case number 1:22-cv-01603, the U.S. District Court for the District of Maryland)

※6
DOJは、プライベートエクイティへの譲渡では取引前と同程度の競争を維持できないために問題解消措置としては不十分であると主張していましたが、裁判所は、当該プライベートエクイティの研究開発への投資の実績、今後の投資計画、ヘルスケア分野での豊富な経験等を踏まえ、当該プライベートエクイティがクレーム編集事業の市場において実質的に競争するために必要な経験を有しているとして、彼らへの譲渡はクレーム編集事業の市場における競争を維持するものであると判断し、DOJの主張を退けています。

※7
U.S. et al. v. UnitedHealth Group Inc. et al. (case number 1:22-cv-00481, the U.S. District Court for the District of Columbia)

※8
Federal Trade Commission v. Meta Platforms Inc. et al. (case number 5:22-cv-04325, the U.S. District Court for the Northern District of California)

※9
なお、本件では、出版物の消費者への販売にどのように影響を与えるかというよりは、作家からの出版権の取得にどのような影響を与えるかという点に焦点が当てられていました。

※10
U.S. v. Bertelsmann SE & Co. KGaA et al. (case number 1:21-cv-02886, the U.S. District Court for the District of Columbia)

※11
当該和解は、法律に基づき、Federal Registerにおいて公表され、60日間のコメント期間を経た上で、裁判所が公共の利益に適合するものであると判断した場合に終結判決として登録されることになります。

※12
U.S. v. Assa Abloy AB et al. (case number 1:22-cv-02791, the U.S. District Court for the District of Columbia)

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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