
大久保涼 Ryo Okubo
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
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ニュースレター
米国HSR企業結合届出規則の改正について(2024年11月)
2023年6月27日、米国連邦取引委員会(以下「FTC」といいます。)は、米国司法省反トラスト局と共同で、Hart-Scott-Rodino Act(以下「HSR法」といいます。)に基づく企業結合届出(以下「HSRファイリング」といいます。)の様式及び記載要領の改正案(以下「本改正案」といいます。)を発表しました※1。
この改正案は、HSRファイリングにおける届出要件自体を変更するものではないものの、HSRファイリングにおいて当事者により広範かつ膨大な情報提供を求めるものとなっており、米国におけるM&A取引を実施する当事者にとって手間、時間及び費用の面で過大な負担となり、競争上の懸念の少ない取引であっても取引の迅速なクロージングを妨げる可能性があります。
本改正案はまだ最終案ではなく、60日間のパブリックコメント募集期間の後、提出されたコメントを踏まえて追加で修正が加えられる可能性がありますが、以前当事務所発行のニュースレター※2でも紹介した米国競争当局の積極的なエンフォースメントの姿勢を反映しており、また、企業結合取引を行う当事者の負担に多大な影響を与えるものであることから、大きな注目を集めています。そこで、本ニュースレターでは現時点における本改正案のポイントについてご紹介します。
現行のHSRファイリングの様式は他の国・地域における競争法ファイリングにおける様式に比べると比較的シンプルなものになっているところ、本改正案では、現行の様式で当事者から提供されている情報は不十分であるという競争当局の認識の下、防衛、国際取引、国家安全保障等、これまで他の規制当局が管轄していた分野に関する情報の提供を含め、幅広い情報の提供義務が追加されています。また、本改正案は、競争当局が最近のエンフォースメントにおいて注目している点(例えば、プライベート・エクイティによる買収、連続取引、労働市場に対する影響等)が反映されていることも特徴の一つです。
本改正案の主なポイントは以下のとおりです。
(取引や競争に関する情報の提供)
(提出すべき書類に関する事項)
(その他の情報の提供)
本改正案では、上記のほか、提出者が既に企業結合届出を行っている又は今後行う可能性のある他の国・法域に関する情報(HSRファイリングで提出された情報を当局が他の国・法域の当局と共有するための守秘義務の放棄に関する項目も追加されています。)や、提出者が使用するコミュニケーションシステムやアプリケーション等に関する情報が要求されることも想定されています。
FTCは、本改正案の理由として、ファイリング後の30日間において競争当局が取引を検討する際に直面する情報の格差(例えば、取引の背景や投資の構造等に関する情報が不足している等)を当初から埋めておくべきこと、労働市場や研究開発活動等の競争に関する重要な情報をより適切に捕捉すべきこと、他の国・法域(欧州委員会等)においては当初のファイリング時により包括的な情報提供が求められており、かかるアプローチと整合性を取るべきこと等を挙げています※5。
もっとも、例えば、欧州委員会では、支配権の取得・変更が生じる取引のみが届出の対象となっており、さらに、取引の当事者が一定の全世界売上及びEU域内売上に係る基準(HSRファイリングで求められる取引規模基準や売上・資産基準に比べて高い金額)を超えた場合にのみ届出対象となります。他方、米国のHSRファイリングでは、支配権の移動の生じない取引、その他競争法の観点から重要ではないと思われる取引についても届出の対象となっています。また、欧州委員会の手続では、競争上の懸念を生じる可能性の低い一定の取引については、当事者の情報提供義務が大幅に軽減される簡易化されたファイリング手続を利用でき、また、クリアランスに必要な期間が短縮できる場合もありますが、本改正案では、このような簡易な手続や手続期間の短縮については定められていません※6。
本改正案において新たに要求されている情報は、現行制度であれば、当初のHSRファイリングの後、(主に競争上の懸念が存在するようなケースについて)待機期間やセカンドリクエストにおいて競争当局の裁量で追加で提供が要求されるような種類の情報であり、もし本改正案がそのまま適用されることになった場合には、当初のHSRファイリングの時点で当事者が提供しなければならない情報や書類が膨大になることが見込まれます※7。例えば、通常の業務過程で作成される事業戦略に関する書類として、市場シェアや競合他社等に関する情報が含まれる書類は会社内で頻繁に作成されている可能性があり、(対象期間に制限はあるものの)結果として大量の書類を提出しなければならなくなる可能性があります。また、提出者の資本構成が複雑である場合、マイノリティ出資者やLPを含む関連エンティティの情報の提供は、当事者にとって重い負担となる可能性があります。さらに、日本企業による買収においては、提出が求められる書類の多くが日本語のみで作成されていることが想定されるため、翻訳を作成するための追加の時間及びコストが膨大になることが予想されます。
そして、提供すべき情報の種類や量が拡大することにより、取引実行のタイムラインに影響を与える可能性があります。具体的には、取引の交渉のより早い時点からHSRファイリングの準備を開始する必要が生じることが見込まれます。また、膨大な情報及び書類の提出の負担を軽減させるべく、取引の検討開始後、かなり早い時点から書類作成に注意を払う(不用意・不必要に提出対象となる書類を作成しない)ことも重要になってくると思われます。
本改正案は、積極的・徹底的に競争上の懸念のある取引の中止を求めていくという米国競争当局の現在のエンフォースメントの姿勢を踏まえ、ファイリング後30日間という短い期間で競争法上の懸念の有無を検討するために、ファイリング時に競争に関連する可能性のある情報を包括的に提供させたいという競争当局の意向が色濃く反映された内容になっています。そしてそれは、取引を行う当事者にとっては手間、費用及び時間の面で非常に重い負担となり、取引実行のタイムラインにも影響を与える可能性があります。
本改正案については、上述のとおり、60日間のパブリックコメント募集の手続を経て、その後提出されたコメントを踏まえて最終案が発行されることが想定されています。最終案が発行されるタイミングは明らかではありませんが、2023年末や2024年初頭に発行される可能性があります。本改正案の今後の修正内容や最終案が発行されるタイミングによっては、企業結合取引の際の当事者の負担が大きく変わる可能性があるため、米国における買収取引を検討している場合は、本改正案の今後の動きに注視することが非常に重要となります。
※2
米国最新法律情報 No.90/ 独占禁止法・競争法ニュースレター No.20「バイデン政権下における米国企業結合法制のエンフォースメントの最新動向のアップデート(2023年)」(2023年6月)
※3
HSRファイリングの際に提出が求められる、当事会社のdirectorやofficerにより又はこれらの者向けに作成された、市場シェア、競合他社、市場や競争の状況、シナジー等に関して取引の評価・分析を行うことを目的としたメモ、資料、報告書等を指します。
※4
FTCによると、「supervisory deal team lead」とは、当該人物の肩書のみでは判断されず、取引を機能的に先導するか又は取引についての日常的なプロセスを取りまとめる者であり、また、取引についての最終決定権を有している必要はないものの、取引の評価の作成又は監督について責任を負い、取引についての最終決定権を有する者(officerやdirector等)とのコミュニケーションに関与する者とされています。
※6
本改正案では、2021年2月に一時的に中断された待機期間短縮の制度の再開をするか否かについては言及されていません。
※7
FTCによると、当事者がHSRファイリングの準備に必要な平均時間について、現行制度では約37時間であるのに対して、本改正案の下では約144時間になると見込まれ、そのうち複雑なケース(全ファイリングのうち45%程度)については本改正案の下では約259時間になると見込まれています。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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