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ニュースレター

米国競争法・企業結合ガイドラインの最新案について

NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報

NO&T Competition Law Update 独占禁止法・競争法ニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 2023年7月19日、米国連邦取引委員会(以下「FTC」といいます。)及び米国司法省(以下「DOJ」といいます。)は、13の項目で構成される企業結合ガイドラインの最新案(以下「本ガイドライン案」といいます。)を公表しました※1。本ガイドライン案は、2010年に公表された水平型企業結合ガイドライン及び2020年に公表された垂直型企業結合ガイドラインに替わることが想定されています※2。本ガイドライン案はまだ最終案ではなく、現在パブリックコメントの募集手続(2023年9月18日まで)が進められており、提出されたコメントを踏まえて最終案までに変更が加えられる可能性があります。本ガイドライン案の最終案の公表のタイミングは明らかではありません。

 米国競争当局による競争法の観点からの企業結合の分析は、基本的にClayton ActのSection 7(効果として実質的に競争を減殺するか又は独占を形成するおそれのある企業結合を禁止する規定)に基づいて行われることになるところ、競争当局が発表する企業結合ガイドラインは、禁止対象となる企業結合に該当するか否かを競争当局が判断するための指針となるもので、企業結合の当事者の立場からは、企業結合について競争法上の懸念があるか否か、また、競争当局が企業結合に対してどのような反応を示すのかを予測する上で非常に重要なものとなります。

 本ガイドライン案は、既存のガイドラインを踏襲する部分がある一方で、特にバイデン政権下での競争当局の積極的な姿勢を反映して、これまでのガイドラインの内容を大きく変更する部分も少なくありません。既に、競争当局はバイデン政権下で企業結合審査を厳格化しており、本ガイドライン案による修正部分の中には現在の実務の後追い的な部分もありますが、今後の企業結合審査に多大な影響を与えることが想定されるため、本ニュースレターでは本ガイドライン案の主なポイントを紹介します。

 なお、当事務所では、米国競争当局によるエンフォースメントの最近の状況や2023年7月に公表されたHSRファイリングのフォームの改正案についてもそれぞれニュースレターを発行しておりますので※3・4 、米国における競争当局の最新動向に関する参考資料として、本ニュースレターと併せてご参照いただけますと幸いです。

本ガイドライン案の位置付け

 まず重要な点として、競争当局が公表する企業結合ガイドラインは法的強制力を有するものではなく、裁判所の判断を拘束するものではありません。もっとも、企業結合ガイドラインの内容は実際の裁判において裁判所に好意的に引用される場合もあります。本ガイドライン案の内容が確定し、その後裁判所が実際の裁判においてその内容をどの程度受け入れるのかにもよりますが、本ガイドライン案は、今後企業結合を実施する当事者にとって、競争法上の分析に非常に大きな影響を与え得るものとなると考えられます。

本ガイドライン案における大きな変更点について

 まずは、今回の改正において、既存のガイドラインから大きく変更されたポイントについて説明します。

(水平型企業結合の違法性推定のための閾値の引下げ)

 既存のガイドライン及び本ガイドライン案のいずれにおいても、市場集中度(market concentration)又は市場シェアが一定の閾値を超えた場合には、企業結合の違法性が推定されることが規定されています。市場集中度は、HHI(Herfindahl-Hirschman Index)※5の単位で測定され、既存のガイドラインでは、HHIが1,500から2,500までのやや集中している市場(modestly concentrated markets)の場合、又はHHIが2,500を越える高度に集中している市場(highly concentrated markets)の場合であれば、HHIの増加が100を越えるような企業結合について、競争上の懸念が生じ、しばしば調査の対象になるとされています。そして、高度に集中している市場の場合でHHIの増加が200を越えるような企業結合については、市場支配力を強める可能性が高いと推定されることになります。

 他方、本ガイドライン案の1項によると、①企業結合後にHHIが1,800を越え、かつ、HHIの増加が100を越えるような場合には、当該企業結合は違法であると推定されます。また、②HHIの増加が100を越え、かつ、企業結合の当事者が競合する分野における企業結合後の当事者の市場シェアが30%を越える場合には、当該企業結合について違法性が推定されるとされています。これらの閾値・基準の変更により、違法性が推定される取引の範囲が拡大することが見込まれ、これまでであれば詳細審査がなされなかったような案件でも、これらの閾値・基準を超えた企業結合については詳細な審査がなされる可能性が高くなります。

(支配的地位を有する会社を含む企業結合)

 既存のガイドラインでは言及がなかった取引類型として、本ガイドライン案の7項は、既に有する支配的地位(dominant position)を確立又は拡大する取引はClayton Actに違反する可能性があると規定しています。そして、ある会社が支配的地位を有しているか否かは、①企業結合の当事者のいずれか又は双方が、価格を引き上げ、品質を下げ、若しくはその支配的地位がなかった場合には得られなかったであろう条件を課したりそのような条件を獲得したりする力を有することについての直接証拠があるか、又は、②企業結合の当事者のいずれかが30%以上の市場シェアを有しているか、により判断されます。

 会社が支配的地位を有すると判断された場合、競争当局は、企業結合の違法性を判断するために、企業結合によって、企業結合の当事者が直面する競争上の脅威を減少させるような、市場の現状に即した仕組みを通じてその支配的地位が確立されるか否かを検討することになります。さらに競争当局は、企業結合によって企業結合の当事者がある市場における支配的地位を他の関連市場にも拡大し、その関連市場における競争を実質的に減殺し得るか否かについても検討します。

(市場の寡占化傾向を促進する企業結合)

 同じく既存のガイドラインでは言及がなかった新たな類型として、本ガイドライン案の8項は、もし企業結合が市場の寡占化傾向に寄与するような場合には、当該企業結合が違法となる可能性があると規定しています。この点について判断する際、競争当局は、当該企業結合が(水平型企業結合か垂直型企業結合であるかにかかわらず)寡占化に向けた著しい傾向のある市場又は業種におけるものか否か、また、既存の市場の集中度又は寡占化傾向の速度を高めるか否かを検討します(例えば、HHIが200を越えるような集中度の著しい変化等)。

既存のガイドラインとの類似点について

 上述のとおり、本ガイドライン案では既存のガイドラインの内容から大きく変更された部分もありますが、既存のガイドラインの内容及び方針を踏襲し、敷衍・発展させている部分もあります。これらのポイントについて以下で説明します。

(企業結合の当事者間の競争の分析)

 既存のガイドラインでは、企業結合が実質的に競争を減殺するか否かを判断するために、企業結合の当事者間の競争の程度を検討することが説明されており、もし企業結合の当事者間に実質的な競争関係が存在する場合には、企業結合の結果当該競争関係が排除されることは反競争的効果を有する可能性があるとされています。

 本ガイドライン案の2項でも、もし企業結合前の企業結合の当事者間の実質的な競争についての証拠がある場合には、競争当局は企業結合が実質的に競争を減殺する可能性があるか否かを判断することができるとされています。そして、同項では、実質的な競争関係があるかを判断するための指標(企業結合の当事者が通常の業務過程においてそれぞれ相手方に対する戦略的考慮や判断を行っているか、顧客が一方当事者の製品から他方当事者の製品に乗り換える意欲を有しているか等)が列挙されています。

(協調的行為による競争の阻害)

 既存のガイドラインでは、関連市場において企業結合後に協調的行為を可能にしたり助長したりするような場合、当該企業結合は競争を害する可能性があるとされています。

 本ガイドライン案の3項でも、関連市場において残りの会社間で協調的行為に及ぶリスクを増加させたり、既存の協調的行為をより安定させ又は効果的にしたりする場合には、当該企業結合は実質的に競争を減殺する可能性があると規定されています。市場の集中度が高い場合には、協調的行為の影響を受けやすい(つまり協調的行為が行われるリスクが高い)とされ、また、関連市場において過去に行われた協調的行為やその未遂の証拠がある場合、当該市場において協調的行為に及ぶことが困難ではないことを示唆するとされています。

(潜在的な競争に対する弊害)

 既存のガイドラインでは、現在の市場参加者と潜在的参加者の企業結合は重大な競争上の懸念を生じる可能性があると規定しています。

 本ガイドライン案の4項でも、潜在的な新規参入者を排除するような場合には、当該企業結合は実質的に競争を減殺する可能性があり、集中度の高い市場においてはその弊害の程度が大きいとされています。具体的には二つの場面でその弊害が生じ得るとされており、一つ目の場面は、将来の参入の合理的可能性を排除する場面(actual potential competitionの排除の場面)で、競争当局は、①企業結合の当事者のいずれかが関連市場に参入する合理的可能性があったか否か、そして、②かかる参入が最終的に市場を非寡占化させる実質的な可能性又は他の重大な競争促進的効果を有していたか否かを考慮するとしています。二つ目の場面は、潜在的な競争的圧力を減少させる場面(perceived potential competitionの排除の場面)で、競争当局は、現在の市場参加者が企業結合の当事者のうち一社を潜在的な市場参加者と合理的にみなす可能性があったか否かを判断するとしています※6

(競合相手に対する害を生じる企業結合)

 本ガイドライン案の5項では、企業結合により、競合相手が競争するために使用する製品、サービス又は顧客へのアクセスについてのコントロールを企業結合の当事者に与える場合には、当該企業結合は実質的に競争を減殺する可能性があると規定されています。この判断において、競争当局は競合相手による競争を困難にするような能力やインセンティブを企業結合後の会社が有しているか否かを検討することになります。既存の垂直型企業結合ガイドラインでも、価格を引き上げること等により競合相手のコストを上昇させることについての競争法上の問題について触れられているものの、本ガイドライン案では、伝統的な垂直的な取引関係又は流通取引関係の有無にかかわらず、より広く競合相手が使用する製品、サービス又は顧客へのアクセスについて問題とされています。また、本ガイドライン案では、企業結合の当事者のインセンティブと合致しない、競合相手を保護し、又は競合相手を害しない旨の主張や約束について競争当局が受け入れる可能性は低いことが示唆されています。

 さらに同項では、企業結合の当事者に競合相手の競争上の機密情報へのアクセスを与える企業結合についても、競争を阻害する可能性があるとしています。

(競争を排除するような市場構造をもたらす企業結合)

 既存の企業結合ガイドラインにおいても、垂直型企業結合について、特定の状況において競合相手が市場から排除される可能性について言及されています。

 本ガイドライン案の6項では、さらに踏み込んで、企業結合の当事者の一方の競合相手が必要とする製品に関して、企業結合の他方当事者の市場シェアが50%を越えるような場合には、企業結合の違法性が推定されると規定されています。また、市場シェアが50%を下回る場合であっても、もし追加要素(更なる垂直的統合に向けた傾向の存在、競合相手を締め出す性質及び目的を有する企業結合、関連市場が既に集中していること、参入障壁を生み出すような企業結合等)が認められる場合には、当該企業結合が競合相手の公平な競争の機会を排除すると判断される可能性がある旨規定されています。

その他のポイント

 上記の点に加え、本ガイドライン案では、現在の競争当局の懸念事項・関心事となっている特定の場面や論点についても触れられています。

(連続取引)

 本ガイドライン案の9項では、同一又は関連する事業についての連続した小規模の買収について、仮に個々の買収が実質的に競争を減殺するものではなかったとしても、一連の取引が違法と判断される可能性があるとされています。この判断において、競争当局は、業界の傾向の一部として一連の取引を評価したり、一連の取引のパターンや戦略を検討したりすることになります。

(マルチサイドプラットフォームを含む企業結合)

 本ガイドライン案の10項は、マルチサイドプラットフォーム(二つ以上の異なるグループに対して異なる製品やサービスを提供するプラットフォーム)を含む企業結合について、厳密には垂直型又は水平型の企業結合ではなかったとしても、競争上の問題が生じ得ると規定しています。競争当局が問題になる可能性があると考えている具体的な事例としては、①プラットフォーム運営者が、そのプラットフォーム上での主要な販売者である参加者を買収することで、競合するプラットフォーム運営者が買手となる参加者を勧誘することが困難になるようなケース、②複数のプラットフォームへの参加を促進するサービス(例えば、複数のプラットフォームにおける価格を比較するサービス等)を提供する会社を買収するケース等が挙げられています。また、競争当局はプラットフォーム上の競争の保護にも注目しており、例えば、プラットフォーム運営者がプラットフォーム参加者を買収し、プラットフォーム上で自社の製品・サービスを優遇する差別的取扱いを行うといった競争を阻害する利益相反が生じる場面の問題点にも触れています。

(競合する買手間の企業結合と労働市場)

 既存のガイドラインにおいて、競合する買手間の企業結合について需要独占を理由として売手側に対して反競争的な効果を有する可能性があることが指摘されていたところ、本ガイドライン案の11項では、この点に触れつつ、さらに特に懸念される問題として、労働市場における需要独占について詳細に論じられています。もし雇用者(労働市場の買手側)の企業結合により実質的に労働市場の競争が減少する可能性がある場合、それにより、賃金の減少や賃金上昇の鈍化、福利厚生や労働状況の悪化、職場の質の劣化等を招く可能性があるとされています。

(部分的持分の取得)

 既存のガイドラインでも触れられている論点ですが、本ガイドライン案の12項では、持分の一部やマイノリティ持分の取得によっても競争を害する可能性がある旨が規定されています。かかる持分の一部取得が競争上の問題を惹起する可能性のあるケースとして、競争当局は、①かかる取得により買収者が対象会社の競争的行為・振る舞いに影響を与える能力を得る場合(例えば、取締役の選任や予算の決定に関する議決権を取得する場面等)、②買収により買収者自身が競争するインセンティブを失う場合(例えば、競合会社の持分を取得することで、競合会社から配当等の利益を受けることができるために自ら積極的に競争をしなくなる場面等)、③買収により買収者が対象会社を通じて競争上の機密情報にアクセスすることができる場合、を挙げています。

(キャッチオール規定)

 本ガイドライン案の13項は、上記の各項目でカバーされていない企業結合であっても、実質的に競争を減殺したり、独占を形成したりするおそれがある点に言及しています(キャッチオール規定)。

まとめ

 最近の米国競争当局によるエンフォースメントの状況やHSRファイリングのフォームの改正案に関する当事務所の過去のニュースレターでも述べているとおり、バイデン政権下における米国競争当局が、広範な関連情報の提供を当事者に求め、競争上の懸念が生じる可能性のある取引について積極的に中止を求めていくという非常にアグレッシブな立場を取っていることが明確です。本ガイドライン案でも、市場集中度の閾値の変更により違法性推定の場面が拡大したり、伝統的な垂直型・水平型の企業結合ではない取引も対象としたりする等、競争当局の積極的な姿勢が反映されていると考えられます。

 上述のとおり、競争当局が公表する企業結合ガイドラインは裁判所を拘束するものではなく、本ガイドライン案で示された競争当局の指針・立場をどの程度裁判所が受け入れるのかという点については、実際の裁判での裁判所の判断を待つ必要があります。もっとも、多くのケースが競争当局によるレビューの段階で手続を終えることを踏まえると、企業結合ガイドラインにおいて示される競争当局の姿勢を正確に理解することは買収取引を検討している当事者にとっては大変重要であると言えます。

 以上を踏まえ、米国における買収取引を検討している場合や買収取引の両当事者が米国子会社等を通じて米国に一定の売上げがある場合には、競争当局のエンフォースメントの状況やHSRファイリングのフォームの改正案の状況だけでなく、本ガイドライン案の今後の動きについても併せて注視していくことが重要です。

脚注一覧

※2
FTCは、2021年9月に垂直型企業結合ガイドラインを取り消しています(なお、DOJは2020年の垂直型企業結合ガイドラインを取り消していません。)。

※3
当事務所発行の米国最新法律情報No.90/独占禁止法・競争法ニュースレターNo.20「バイデン政権下における米国企業結合法制のエンフォースメントの最新動向のアップデート(2023年)」(2023年6月)

※4
当事務所発行の米国最新法律情報No.95/独占禁止法・競争法ニュースレターNo.23「米国HSR企業結合届出のフォームの改正案について」(2023年7月)

※5
市場シェアの二乗の総和

※6
Federal Trade Commission v. Meta Platforms Inc. et al. (case number 5:22-cv-04325, the U.S. District Court for the Northern District of California)のケースでは、FTCが本項に基づく主張を行っていましたが、裁判所はFTCの主張を理論としては認めつつ、その立証が不十分であったことを理由に差止請求を斥けています。このケースについては、当事務所発行の米国最新法律情報No.90/独占禁止法・競争法ニュースレターNo.20「バイデン政権下における米国企業結合法制のエンフォースメントの最新動向のアップデート(2023年)」(2023年6月)もご参照ください。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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