
深水大輔 Daisuke Fukamizu
パートナー
東京
NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター
本ニュースレターに関連するセミナーのご案内は以下をご覧ください。
NO&T Legal Seminar「グローバル・コンプライアンス・ラウンドテーブル-司法省現役担当官と語る実務対応の最前線-」
(2024年4月4日(木) 16:00~19:00)
「第3回 アジャイル・ガバナンス シンポジウム」
(2024年4月6日(土)13:00~17:30、2024年4月7日(日)10:00~13:50)
2023年10月、Economic Crime & Corporate Transparency Act 2023(以下、「ECCTA」といいます)が国会で承認され、英国における企業犯罪および法令遵守の枠組みについて、ここ数十年で最も根本的な変化をもたらすものとなっています。ECCTAはその適用範囲が広く、域外にも及ぶため、グローバル企業が直面するリスク環境に大きな影響を及ぼす可能性があります。
かつては、英国法における「同一性の原則」(Identification Principle)により、英国の検察官は、取締役会全体(または重要な上級役員)が当該犯罪に関与していることを立証しなければならなかったため、企業の刑事責任(特に英国以外の企業の場合)の立件は困難でした。しかし、2010年以降、いくつかの法律が徐々にその枠組みに変更を加えてきました。ECCTAの成立は、英国における企業の刑事責任の枠組みを大幅に拡大するものであり、英国の法執行の枠組みは、米国のそれに大きく近づくことになります※1。
このプロセスは、贈収賄防止不履行罪を導入した2010年英国贈賄行為(以下、「UKBA」といいます)と、脱税の円滑化を妨げることを怠った企業犯罪を導入した2017年英国刑事財政法(以下、「CFA」といいます)から始まりました。いずれの場合も、法律は広範な域外適用を有しています。
しかし、ECCTAは、とりわけ以下の規律を導入することによって、これをはるかに超えるものとなっています:
これらの犯罪は、英国外の個人または会社の行為に適用されることがあります。
本稿では、ECCTAの要点と、ECCTAの完全施行に備えて企業が行うべき備えについて概説します。以下に述べるように、主要な第一歩は、ECCTAの適用と事業全体で最もリスクの高い分野を特定するために、不正と経済犯罪のリスク評価を実施し、それを踏まえたコンプライアンス・プログラムの整備を行うことです。
世界的な紛争が生じ、世界人口の40%以上を占める40カ国以上が1年以内に国政選挙を実施することが見込まれる状況の中では、規制の変更は不可避となっています。経済の混乱と金融ストレスは、反競争的な行動、法令を遵守しない商慣行、およびクレジット・デフォルト・イベントと倒産の増加等を引き起こす可能性が高いと考えられます。このような環境下でM&A活動に従事し、ストレスを受けた資産を獲得し、競合他社と合併し、新たな市場に参入する場合には、不正の影響を受けた資産等を獲得するリスクが高まることになります。また、内部通報やジャーナリズムの増加、さらに監査役、規制当局、競合他社による監視の強化により、より多くの違法行為が検知されるようになると考えられます。このような状況の下、企業は、ECCTAの影響に積極的に備えることにより、グローバル企業は競争優位を確保し、将来の潜在的な不確実性から身を守ることが期待されます。
このFPFOは、一定の「大規模な組織」(Large Organization: LO)にのみ適用されます。具体的には、以下の3つの基準のうち、グループ全体で2つを満たすものを意味します:
LOの「アソシエイト」(associate)が、LOまたは当該アソシエイトがLOに代わってサービスを提供する第三者に利益を与えようとする各種の経済犯罪のいずれかを行った場合、LOはFPFOに該当することになります。
重要なことは、LOは、たとえ英国外で法人化されたとしても、FPFOの責任を問われる可能性があるということです。法適用の要件として必要となるのは、英国に不正との接点があるということだけです(例えば、英国の被害者、または当該行為の一部が英国で行われた場合)。その結果、例えば、ドイツにいる従業員または委託先等が英国に影響を及ぼす不正行為を防止できなかったことに対して、日本企業が英国において刑事責任を負う可能性があります。
これらの目的のために:
したがって、LOに該当する企業は、たとえ経営者の誰も当該不正行為を認識せず、関与していなくてもFPFOに該当し得ることになります。ただし、企業が当該不正行為の被害者であった場合にはこの限りではありません。
企業が新たに導入されたFPFOに該当すると考えられる事例(個人が企業またはそのクライアントのいずれかに利益をもたらすことを意図して経済犯罪(fraud)を行う場合)には、次のようなものが含まれます:
有罪判決が下された場合、罰金の上限に制限はなく、その制裁金は、関連する量刑ガイドラインに従って計算されることになります。
企業が「合理的な予防手続」(reasonable procedures)を実施した(または、いかなる状況においても、企業が何らかの手続を導入しないことが合理的であった)場合、完全な防御(抗弁)となることに留意することが重要です。「合理的な予防手続」の内容に関するガイダンスは、2024年に英国政府により公表される予定であり、その後、新たな犯罪類型を含む改正法が施行されることになります。
しかし、企業は、当該ガイダンスが公表されるのをただ待っているべきではありません。この指針は、UKBAおよびCFAに関する現行の指針と大幅に相違する可能性は低いと考えられます。したがって、FPFOの施行に備えて適切に準備するためには、企業はすぐにでも対処すべき措置を検討し始めた方が良いと考えられます。企業が関連するリスクアセスメントを実施し、適切な手続を設計し、実施することは、(それが実効的に実施されるのであれば)ある程度の時間を要する可能性が高いこと、また、法律が施行される年度の後半には、適切なアドバイザーから専門的助言を得ることがより困難になる可能性が高いことに留意すべきです。
先に述べたとおり、従前、従業員の行動に対して英国法上企業が刑事責任を問われるのは、UKBAのような特定の法律がある場合をのぞき、従業員が企業の支配的な意思(directing mind and will: DMW)を有して行動する場合のみでした。取締役会全体、あるいは当該企業の上級役員だけが、そのDMWを構成することができるとされており、このような上級役員が、関連する不正行為に従事していたことを示す証拠を見つけることは多くの場合困難であり、あるいは関連する不正に直接関与する上級役員はほとんどいないことから、通常、企業を起訴することは困難となっていました。
しかし、2023年12月26日以降は、企業の「上級管理職」によって犯された「関連犯罪」について、実際にまたは表示上その権限の範囲内で行動している場合、当該企業の刑事責任を問うことが可能になりました。
これらの目的のために:
企業(英国外で法人化されている場合でも)は、それがどこで実行されようとも、当該犯罪の管轄の分析に従うことを条件として、上級管理職による犯罪行為に対して責任を負う可能性があります※3。たとえ他の取締役や上級管理職がその行為を認識していなくても、あるいはそれに関与していなくても、新たな枠組みにおいて企業に対して当該犯罪の刑事責任を問うためには、たった1人の上級管理職の行為で十分であることに注意すべきです。
重要なことは、企業が合理的な予防措置を講じている場合であっても、この改革の下では、刑事責任を負う可能性があるということです。しかし、そもそも不正が発生するリスクを低減するためには、このような手続が不可欠となります。
すべての企業に適合する単一のアプローチ(one size fits all approach)は存在しません。企業を守るために必要な措置は、事業を行う場所、方法、および関係者を含め、当該企業が直面する具体的なリスクによって様々です。ある種のリスクは、一定の産業や一定の国で存在し、あるいは馴染みのないマーケットにおける第三者や合弁事業のパートナーに存在することが知られています。
以上を踏まえ、企業は以下のような取組みを行うことが期待されています:
※1
英国におけるこの改革がどの程度企業のリスク環境に具体的な影響を与えるかを評価するためには、英国の関連当局が、今後どの程度企業に対し、(米国で見られるようなインセンティブ設計を用いるなどして)自主的な報告(voluntary self-disclosure)や調査協力(cooperation)を積極的に促すかといった事情も注視していくことが重要となります。この点、とりわけ刑事訴追を回避し、訴追猶予合意(Deferred Prosecution Agreement: DPA)を締結することで、制裁金が50%も減額される可能性があることを踏まえると、英国においても自主的な報告や調査協力を行う理由やインセンティブはある程度存在すると考えられます。もっとも、最近の米国司法省の執行ポリシーと異なり、現状の英国の執行ポリシーの下では、自主的な報告を行ったとしても、刑事訴追を回避し、あるいはDPAを確保できる保証はないことから、関係当局に働きかける前に専門家のアドバイスを受けることが不可欠です。
※2
もっとも、刑事裁判法案は、現時点で立法過程の初期段階にあるCriminal Justice Billが成立した場合には、対象となる犯罪が(附則12 ECCTAに列挙されたものだけではなく)あらゆる犯罪類型へと拡大される可能性があります。
※3
上級管理職の犯罪行為が英国国外で行われる場合、当該会社が英国法上当該犯罪を行ったと評価されるか否かの判断は、問題となっている当該特定の犯罪毎の管轄テストによって定まることになります(管轄テストは、関連する行為毎に同一ではないため、例えば、贈収賄の管轄テストは問題となっている経済犯罪の管轄テストとは異なる可能性があります)。企業に特定の犯罪についての管轄テストを適用する場合、上級管理者ではなく、企業が当該行為を行ったものとみなされます。
※4
この運用には、ポリシーや関連手続が実効性を伴う形で現場に適用されているか否かの効果検証等が含まれます。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
(2025年4月)
福原あゆみ、山下もも子、ニーナ・ニュウコム(共著)
福原あゆみ
塚本宏達、大橋史明(共著)
深水大輔、Daniel S. Kahn(Davis Polk & Wardwell LLP)(共著)
商事法務 (2025年4月)
長島・大野・常松法律事務所 農林水産・食品プラクティスチーム(編)、笠原康弘、宮城栄司、宮下優一、渡邉啓久、鳥巣正憲、岡竜司、伊藤伸明、近藤亮作、羽鳥貴広、田澤拓海、松田悠、灘本宥也、三浦雅哉、水野奨健(共編著)、福原あゆみ(執筆協力)
伊藤伸明、小山遥暉(共著)
(2025年2月)
大久保涼(コメント)
伊藤伸明、小山遥暉(共著)
深水大輔、Simon Airey(McDermott Will & Emery)(共著)
(2024年2月)
佐々木将平
(2024年2月)
服部薫、柳澤宏輝、井本吉俊、森大樹、田中亮平、一色毅、小川聖史、鹿はせる、伊藤伸明、山口敦史、山田弘(共著)
佐々木将平
(2024年10月)
井本吉俊
服部薫、柳澤宏輝、一色毅、清水美彩惠(共著)
小川聖史
服部薫、柳澤宏輝、一色毅、清水美彩惠、田口涼太(共著)
商事法務 (2025年4月)
長島・大野・常松法律事務所 農林水産・食品プラクティスチーム(編)、笠原康弘、宮城栄司、宮下優一、渡邉啓久、鳥巣正憲、岡竜司、伊藤伸明、近藤亮作、羽鳥貴広、田澤拓海、松田悠、灘本宥也、三浦雅哉、水野奨健(共編著)、福原あゆみ(執筆協力)
伊藤伸明、小山遥暉(共著)
伊藤伸明、小山遥暉(共著)
大久保涼、佐藤恭平(共著)