
大久保涼 Ryo Okubo
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
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セミナー
小林鷹之議員及び立法担当官と語る経済安全保障の最前線:セキュリティ・クリアランス制度(重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律)の概要と企業実務に与える影響を中心に
ニュースレター
セキュリティ・クリアランス制度下での人事労務管理(前編) ~従業員の新規募集・採用時の留意点~(2025年2月)
セキュリティ・クリアランス制度下での人事労務管理(後編) ~既存従業員の取扱い・業務委託時の留意点~(2025年3月)
特集
経済安全保障
2024年4月9日、経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス※1に関する「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」案(以下「セキュリティ・クリアランス法案」又は「本法案」といいます。)が、衆議院本会議で賛成多数で可決されました。今後、参議院で審議が行われる予定であり、政府は今国会での成立を目指しています。本法案は、政府が保有する経済安全保障上重要な一定の情報に対する民間事業者のアクセスの可能性を拡げるものであり、民間事業者における政府情報の活用も期待されます。
当事務所では、2024年5月29日にADVANCE企業法セミナーを開催し、初代経済安全保障担当大臣として経済安全保障推進法の成立等に尽力された小林鷹之衆議院議員をお招きして制度案(セミナー開催日までに本法案が成立した場合は制度)の概要や制度創設の背景等についてご講演いただいた上で、セキュリティ・クリアランス制度が施行された場合の実務上の影響や企業に求められる実務対応等について、立法に関わった内閣官房経済安保法制準備室参事官の小新井友厚氏とガバナンス、労働法、経済安全保障、通商法、米中法実務に豊富な知見を有する当事務所の弁護士が、企業内の組織体制構築と国際取引実務の観点からパネルディスカッションを行う予定です※2。
本ニュースレターでは、当該セミナーに先立ち、民間事業者に関係のある部分を中心に、本法案の概要を説明します。
本法案は、主として、①保護の対象となる「重要経済安保情報」の指定、②セキュリティ・クリアランスを前提とした個人(行政機関の職員及び民間事業者の従業員)及び民間事業者に対する情報の厳格な管理・提供ルール、③罰則という3つの構成からなっています。
出典:内閣官房「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」 13頁
本法案において保護の対象となる「重要経済安保情報」とは、(1)行政機関の所掌事務に係る「重要経済基盤保護情報」であって、(2)公になっていないもののうち、(3)その漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿する必要があるもの、と定義されており(第3条第1項)、本法案に係る有識者会議の議論では、機密性の高いサイバー脅威・対策等に関する情報やサプライチェーン上の脆弱性関連情報等が念頭に置かれていました※3。「重要経済安保情報」の指定及び解除に関しては、政府により運用基準が定められることとされています(第18条第1項)。なお、安全保障に関わる秘密の確保に係る他の法令との関係では、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法が定める「特別防衛秘密」(同法第1条第3項)及び特定秘密保護法に定める「特定秘密」(同法第3条第1項)に該当する情報については、引き続きこれらの法令によりカバーするものとして「重要経済安保情報」から除かれる一方、防衛省が調達する装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する法律(防衛生産基盤強化法)上の「装備品等秘密」(同法第27条第1項)と重複する情報は「重要経済安保情報」としてカバーするものとして「装備品等秘密」から除かれています。
また、「重要経済基盤保護情報」及びその定義中に登場する「重要経済基盤」は、以下のとおり定義されています。「重要経済基盤」は、重要インフラの提供体制や重要物資のサプライチェーン等を意味しているところ、ここでいう重要インフラや重要物資の範囲は、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)に基づく基幹インフラ役務の安定提供確保の制度や重要物資の安定供給確保の制度と類似の表現を用いて定義されており、経済安全保障推進法とも一定の調和が図られています※4。
「重要経済基盤保護情報」(第2条第4項)
「重要経済基盤」に関する情報であって、次に掲げる事項に関するものをいう。
「重要経済基盤保護情報」(第2条第4項)
「重要経済基盤」に関する情報であって、次に掲げる事項に関するものをいう。
「重要経済基盤」(第2条第3項)
「重要経済基盤」(第2条第3項)
なお、「重要経済安保情報」指定の効果は、政府との間で秘密保持契約(第10条。下記3.(1)参照)を締結した上で、「重要経済安保情報」として提供を受けた者に対して及ぶものであり、例えば、民間事業者が政府に提供した情報が「重要経済安保情報」に指定されたとしても、当該民間事業者やそこから情報提供を受けた者は、「重要経済安保情報」として情報を保有するに至ったものではないため、本法案に基づく適性評価義務や罰則はかからないと解釈されています。
出典:内閣官房「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」 14頁
行政機関の長から「重要経済安保情報」の提供を受けることができる民間事業者(以下「適合事業者」といいます。)は、我が国の安全保障の確保に資する活動を行う事業者であって、重要経済安保情報の保護のために必要な施設設備を設置していることその他政令で定める基準に適合するものと定義されており(第10条第1項)、具体的な要件の詳細は政令を待つ必要があります※5。また、適合事業者の認定に関しては、政府により運用基準が定められることとされています(第18条第1項)。
また、適合事業者が「重要経済安保情報」の提供を受けるためには、行政機関との間で、以下の内容を含む契約を締結する必要があります(第10条第3項)。その上で、適合事業者は当該契約に従い、「重要経済安保情報」の適切な保護のために必要な措置を講じ、その従業者に当該「重要経済安保情報」の取扱いの業務を行わせる必要があります(第10条第4項)。
契約に定める必要がある事項(第10条第3項)
契約に定める必要がある事項(第10条第3項)
「重要経済安保情報」の取扱いの業務は、行政機関の長が以下の事項に関する調査(第12条第2項)の結果に基づいて行う適性評価において、「重要経済安保情報」の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者に限って行うことができるとされています(第11条第1項)。適性評価における具体的な調査方法として、提出された質問票の確認、人事管理情報による確認、本人面接や上司への質問、公務所・公私の団体への照会等が想定されていますが※6、適性評価の実施に関しても、政府により運用基準が定められることとされています(第18条第1項)。
調査内容(第12条第2項)
調査内容(第12条第2項)
適性評価は、評価対象者が適性評価を受けることに同意した場合に限って行われます(第12条第3項)。また、適性評価の結果や、評価対象者の同意がないことを理由として適性評価が実施されなかったことは、適合事業者に対して通知されますが(第13条第2項)、適合事業者が「重要経済安保情報」の保護以外の目的で通知内容を利用し又は提供することが禁止されています(第16条第2項)。「重要経済安保情報」を受け取る可能性のある民間事業者においては、労働法や昨今のDiversity & Inclusion等の潮流等の観点も慎重に考慮に入れつつ、当該情報に触れ得る従業者についての対応を検討する必要があります(この点に関しては2024年5月29日のADVANCE企業法セミナーでも扱う予定です。)。
「重要経済安保情報」の取扱いの業務に従事する者(当該業務に従事しなくなった者も含みます。)が、その業務により知り得た「重要経済安保情報」を漏らしたときは、5年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金(これらが併科される場合もあります。)の対象となります(第22条第1項)。また、法人に対する両罰規定も設けられています(第27条1項)。更に、未遂罪も処罰の対象となるほか(第22条第3項)、漏えいが過失による場合でも、1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金の対象となる点には注意が必要です(第22条第4項)。なお、過失犯には両罰規定の適用はありません。
本法案が成立した場合、民間事業者にとって、国際的な共同開発や外国政府の調達等への参加を通じたビジネス機会の拡張や、日本政府が収集した情報を活用することで自社の技術発展等につなげることが期待されます。他方、適合事業者としての認定を受けるための具体的な要件は政令に委ねることとされているため、特に「重要経済安保情報」へのアクセスが必要と見込まれる民間事業者においては、かかるアクセスが必要となり得る業務や部署・従業者の範囲等を整理したり、防衛装備庁「防衛産業保全マニュアル」において求められている体制整備等も参照したりしつつ、引き続き本法案の動向を注視する必要があります。特に、セキュリティ・クリアランスの取得に必要となる物的な施設設備の整備には一定の時間・コストを要する可能性がある点や、当該企業における株主構成や役員構成といった組織的要件が考慮されることとなった場合、今後外国投資家から出資や役員を受け入れるに際して、セキュリティ・クリアランスの観点から一定の影響が生じる可能性がある点にも留意する必要があります※8。また、個人(従業者)に対するクリアランスに関して、クリアランスを取得できなかった従業者に対する処遇やクリアランスを取得した従業者に対する特別な待遇がどの程度許容されるのか等、労働関連法令やプライバシーの観点とも整合した対応について、今後慎重に検討することが求められています。
※1
「セキュリティ・クリアランス」とは、国家における情報保全措置の一環として、政府が保有する安全保障上重要な情報として指定された情報に対して、アクセスする必要がある者のうち、情報を漏らすおそれがないという信頼性を確認した者の中で取り扱うとする制度をいいます(「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」(内閣官房)13頁)。
※3
第7回有識者会議「事務局説明資料」(内閣官房、2023年10月11日)5頁によれば、「重要経済安保情報」には、概ね次の類型のうち機密性が高い情報が該当するとされています。
※4
「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案の概要」(内閣官房、2024年2月27日)
https://www.cas.go.jp/jp/houan/240227/siryou1.pdf
※5
有識者会議「最終とりまとめ」(内閣官房、2024年1月19日)においては、民間事業者に対するクリアランスに関して、情報を物理的に保全するための施設等の物理的管理要件に加えて、当該民間事業者の株主構成や役員構成といった組織的要件についても確認・評価する可能性が示唆されており、今後制定される政令において組織的要件に係る規定が設けられる可能性があります。
※6
前掲注1、17頁参照。
※7
「重要経済基盤毀損活動」には、以下のいずれかの活動が該当することとされています。
※8
前掲注5、8頁では、「国内においても、現行制度の運用や主要国の例も参照しつつ、我が国の企業等の実情や特定秘密保護法、外国為替及び外国貿易法、会社法等との整合性も踏まえながら、実効的かつ現実的な制度を整備していくべきである。」との指摘がなされています。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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