
宮下優一 Yuichi Miyashita
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東京証券取引所(以下「東証」)より、2024年5月31日に「グロース市場における投資者への情報発信の充実に向けた対応について」と「上場審査に関するFAQ集」が公表されました。東証では、市場区分の見直しにより、2022年4月からプライム、スタンダード、グロース市場の現在の3つの区分が開始したところですが、その実効性の向上に向けたフォローアップが継続的に行われています。今回の公表はその一環であり、グロース市場の機能発揮のための対応として位置付けられます。
本ニュースレターでは、「グロース市場における投資者への情報発信の充実に向けた対応について」と「上場審査に関するFAQ集」の2つの概要をご紹介します。
2022年4月の市場区分見直し後、東証では「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」が設置され、施策の進捗状況や投資家の評価等を継続的にフォローアップし、追加的な対応等について議論がなされています(直近では2024年5月21日に第16回会合が開催)。
その中で、グロース市場の現状について以下の指摘がなされています※1。
こうした状況を受け、東証ではグロース市場の更なる機能発揮に向けて、以下の施策を推進することとしています。
今般公表された「グロース市場における投資者への情報発信の充実に向けた対応について」(以下「本情報発信ペーパー」)は上記①及び③、「上場審査に関するFAQ集」(以下「本FAQ集」)は上記②に関するものと位置付けられます。
本情報発信ペーパーでは、グロース市場に上場する会社の情報発信の一層の充実を期待する投資者の指摘を受け、投資者への情報発信に関して、情報開示の強化とIR活動の強化の観点から、グロース市場に上場する会社に期待される情報発信のあり方を示しています。
グロース市場は、高い成長可能性を実現するための事業計画とその進捗の適時・適切な開示が行われることがそのコンセプトになっています。その観点から、グロース市場に上場する会社は、新規上場時に「事業計画及び成長可能性に関する事項」(以下「成長可能性資料」)の開示を行った上で、上場後には年に1回以上のアップデートが義務付けられています。
他方で、市場区分の見直しに関するフォローアップ会議では、昨今のIPOは必ずしも「成⻑を実現するためのIPO」とはなっていないのではないかとの指摘がなされていました※2。
この点を踏まえ、本情報発信ペーパーでは、IPOはあくまでも成長の実現のための一過程であり、上場後の成長戦略に照らしてIPOをどのように活用しようとしているのか、「IPOの目的」を記載のうえ、積極的に投資者に示していくことが期待されています。その例として、成長可能性資料の成長戦略の開示項目において、自社の成長戦略やその実現のための具体的な施策(研究開発、設備投資、営業、人員、資金計画等)に関連付けて、IPOの目的を記載することが挙げられています。
さらに、本情報発信ペーパーでは、上場後の開示において以下の点を意識しながら、IR活動を含めて積極的に投資者に発信し、継続的にアップデートを行うことが期待されています。
本情報発信ペーパーでは、成長可能性資料で開示している内容について、説明会・個別面談等も活用しながら、投資者に対して積極的な情報発信を行っていくことが期待されています。また、情報発信の実施状況については、従来からコーポレート・ガバナンス報告書の「IRに関する活動状況」の欄に記載することが求められているところ、本情報発信ペーパーでは、当該欄への記載にあたって、以下の事項について具体的に記載することが期待されています。
成長可能性資料の「作成上の留意事項」の2024年5月31日改訂版では、以上の内容が反映されています。
また、実務上、成長可能性資料は、IPO時のロードショー資料をベースに作成されることが多く、ロードショー資料の作成にあたっては関係者でエクイティストーリー等について綿密な議論が行われます。「なぜIPOを行うのか」という点はエクイティストーリーの構築に際して必然的に議論の対象になるように思われますので、本情報発信ペーパーの内容は、従前のIPO実務にとって大きなインパクトがあるものではありませんが、今回の本情報発信ペーパーで示された点を改めて意識した上で、投資者への示し方を十分に検討することが重要だと思われます。
他方、上場後の成長可能性資料のアップデートやIR活動については、各企業で状況は様々であり、本情報発信ペーパーを踏まえて実務にどのような変化があるかに注目が必要です。
本FAQ集は、上場準備を行うスタートアップにおいて、IPOの支障になるとの理解から、先行投資やM&A等の成長に向けた取組みを見送るケースがあり、スタートアップの成長に資するべきIPOの準備のためにかえって成長が阻害されているという指摘を踏まえて、上場準備を行うスタートアップ経営者が過度に保守的な対応を取る必要がなくなるよう、相談が多いテーマに関して上場審査における考え方を紹介するものとされています。
以下では、本FAQ集の内容を踏まえて、関連すると思われる問題をご紹介します。
Q: 「グロース市場でも黒字化しないと上場できないと聞きましたが、本当でしょうか?」
A: 「赤字上場は可能です。グロース市場において上場までの黒字化を求める制度はありません。主幹事証券会社が高い成長可能性を有すると評価し、赤字であっても投資家に広く受け入れられると判断した結果、赤字上場を行った実績がこれまでにも多く存在します。」
グロース市場への上場審査基準(形式要件)※4には「利益の額」は定められておらず※5、上場審査基準との関係では、上場前の黒字化は上場に必要な要件ではありません。
本FAQ集において、赤字上場(上場申請期(上場して最初の決算)に経常損失を計上)の近時の事例が以下のとおり紹介されています。
上場日 | 会社名 | 上場申請期売上高(億円) | 上場申請期経常利益(億円) |
時価総額 (初値、億円) |
主な事業内容 |
---|---|---|---|---|---|
2023/4/12 | (株)ispace | 9.84 | -112.87 | 804 | 月への物資輸送サービスをはじめとした月面開発事業 |
2023/6/27 | クオリプス(株) | 0.38 | -4.5 | 127 | 再生医療等製品、特定細胞加工物の研究開発 |
2023/6/28 | ノイルイミューン・バイオテック(株) | 3.19 | -18.32 | 300 | CAR-T細胞療法を主とした新規がん免疫療法の開発 |
2023/6/30 | (株)クラダシ | 30.04 | -1.7 | 86 | ソーシャルグッドマーケット「Kuradashi」の企画・運営 |
2023/9/26 | (株)ネットスターズ | 37.25 | -6.54 | 222 | マルチQRコード決済サービス「StarPay」の提供 |
2023/12/6 | (株)QPS研究所 | 14.47 | -7.09 | 301 | 小型SAR衛星の開発・製造、衛星画像データの販売 |
2023/12/12 | ブルーイノベーション(株) | 12.55 | -2.97 | 77 | ドローン等のデバイス統合プラットフォームの開発 |
2023/12/18 | (株)雨風太陽 | 9.55 | -1.81 | 31 | CtoCプラットフォーム「ポケットマルシェ」の運営 |
2023/12/20 | ナイル(株) | 50.47 | -9.3 | 131 | 自動車産業DX事業、ホリゾンタルDX事業 |
※本FAQ集から当職ら作成
本FAQ集では、「赤字でも上場はできますが、自社のビジネスモデルや事業環境、リスク要因等を踏まえ、成長の実現に向けた取組みの効果やコストを、事業計画に合理的に反映させることが必要です。」という言及があります。
また、東証の新規上場ガイドブック(グロース市場編)では、上場審査において、「短期的な黒字化実現は必要ありませんが」とした上で、上場時点で赤字を計上する計画である場合、販売計画(売上)、投資計画(費用)、資金計画といった観点から、事業計画の合理性の確認を行うこととされており、上場準備会社において赤字上場を計画する際には、そのような観点からの審査に備えた事業計画を策定する必要があると考えられます。
また、本FAQ集では、赤字上場の場合にも投資家が適切に評価を行えるよう、自社の成長可能性やそれを実現するための事業計画を特に丁寧に開示することが期待されています。
この点について、東証が公表している成長可能性資料の開示例において、開示のポイントとして「先行投資型企業、特に、赤字が継続すると考えられる企業については、先行投資を行う期間や投資の規模感(許容する投資額の範囲)、投資効果(投資をどのように回収し、収益化するのか)等について、投資者が見通しを持てるよう、可能な限り具体的な時期・数値を示しつつ説明することが重要」という指摘がなされており、当該開示例にて挙げられている実際の事例と併せて、赤字上場を行う企業における開示内容の検討にあたって参考になります。
Q: 「上場準備中にM&Aを行うと上場できないと聞きましたが、本当でしょうか。」
A: 「上場できます。これまでも上場準備中にM&Aを行っている事例が多くあります。上場準備中にM&Aを実施しないことを求める制度はありません。」
本FAQ集において、上場直前々期・直前期中にM&Aを実施した上でIPOを行った事例が以下のとおり紹介されています。
上場日 | 会社名 | 市場 |
時価総額 (初値、億円) |
主な事業内容 | M&A概要 |
---|---|---|---|---|---|
2023/06/21 | (株)シーユーシー | グロース | 1,286 | 医療機関支援事業、居宅訪問看護事業 |
21/4にメディカルパイロットを子会社化 23/1にネイチャー等を子会社化 |
2023/07/24 | (株)トライト | グロース | 1,133 | 人材サービス、デジタルソリューションサービス |
21/8にHAB&Co.を子会社化 22/1にウェルクスを子会社化 |
2023/07/28 | (株)GENDA | グロース | 556 | アミューズメント施設の運営 |
22/1に宝島を子会社化 その他事業譲受等を実施 |
2023/10/04 | (株)くすりの窓口 | グロース | 173 | 薬局・医療・介護向けソリューションの提供 | 21/4にエーシーエスを子会社化 |
2023/11/16 | Japan Eyewear Holdings(株) | スタンダード | 304 | アイウェアの企画・デザイン・製造・卸及び販売 | 21/8にフォーナインズ等を子会社化 |
2023/12/27 | (株)yutori | グロース | 44 | 衣料品及び雑貨等の企画並びに小売・卸売事業 |
22/4にKANDORのファッションブランドを事業譲受 22/8にA.Z.Rを子会社化 |
※本FAQ集から当職ら作成
本FAQ集では、①M&Aの影響を踏まえた事業計画の策定やM&A対象を含むグループ全体の管理体制の整備を適切に行う必要があること、②主幹事証券会社の引受審査や監査法人の会計監査に手戻りが発生すると上場日程が変わってしまうリスクがあること、③M&Aを実施する場合に必要となる対応についてIPOのアドバイザー等と事前に十分なコミュニケーションをとることが重要であることが指摘されています。
過去のM&Aの進捗・成果や、今後のM&A戦略は、事業計画やIPOにおけるエクイティストーリーの重要な要素になるとともに、有価証券届出書・有価証券報告書の「事業等のリスク」への記載の検討が必要になることも多いと思われ、IPO時の開示・マーケティング及び上場後のIRにおける位置付け・影響も考慮し、上場準備段階から、関係者と十分な連携を取る必要があると思われます。
Q: 「予算と実績の乖離は上場審査で問題になりますか?」
A: 「乖離だけを問題視することはありません。予算が合理的に作られていれば、その後に予実が乖離したこと自体を問題視することはありません。乖離が生じた後の対応が重要です。」
本FAQ集では、「上場審査においては、仮に予算と実績が乖離した場合、適切な時期に、原因分析を踏まえた予算の策定方法等の見直しや事業計画の修正を行えているかを確認します。」として、予実乖離が生じていた場合における確認ポイントが挙げられており、新規上場ガイドブック(グロース市場編)の記載と併せて、参考になるものと思われます。
下記④とも関連して、本FAQ集では、取引所が重視するのは、「予算が当たるかどうか」ではなく「予算を含む事業計画が合理的に策定されているか」、「その内容が適切に開示され、その後実績が乖離した場合には適時に修正されるか」という点であることが述べられています。
Q: 「上場すると、業績予想は必ず特定値(1本値)で公表しなければならないのでしょうか?」
A: 「特定値以外の開示も可能です。業績の見通しが立てづらい場合、一定の範囲(レンジ)での開示や非開示とする会社もあります。特定値での開示を求める制度はありません。」
本FAQ集では、「予測困難な要素によって業績が大きく左右される場合など、かえって特定値での開示がミスリードになるような場合は、前提条件を付して一定のレンジで業績予想を公表したり、業績予想を非開示にする代わりに業績面以外の事業計画や業績の進捗状況を丁寧に開示するなど、投資家の理解が進むよう、業績予想の出し方について工夫をすることも考えられます。」と指摘されています。
また、新規上場ガイドブック(グロース市場編)においては、上記同様の指摘のほか、「特定の数値による策定が困難である場合には、その理由を具体的に示した上で、数値を未定と開示したうえで具体的な数値が開示可能となった段階で更新することも考えられます。」と、一旦非開示とした上で更新する方法についても言及されています。
なお、本FAQ集では、「業績予想の内容はIPO時のバリュエーションにおいても重要な要素となりうるため、その開示方針については事前に主幹事証券会社ともよくご相談ください。」と付言されており、実務的にはこの点も重要だと思われます。
既上場企業においても、①事業の特性から合理的な業績予想が困難なため業績予想を非開示とした上で、それに代えてある一定の前提をもとに策定した見込値を参考情報として開示する例、②協業先との協議が継続していることを理由に、売上高予想のみをレンジ形式で開示し、各段階利益予想については追って開示する例、③同じく売上高予想のみをレンジ形式で開示し、新規事業の進捗に応じて機動的な投資判断が必要となることから、各段階利益の具体的な金額予想は非開示とする例といった、レンジ形式・非開示の組み合わせともいえる方法での開示等、様々なパターンの開示が行われており、上場準備企業においても参考になるものと思われます。
上記のとおり、東証からの今回の2つの公表はグロース市場の更なる機能発揮に向けた施策の一部であり、その他の施策の状況についても注視が必要です。特に「上場基準のあり方」については、グロース市場の新規上場基準や上場維持基準を引き上げることについての検討が継続される予定であり、その内容によってはグロース市場への上場準備会社や上場会社等に大きな影響がありうると思われます。
※1
統計の対象期間等の詳細は、2024年5月21日付第16回会合資料1を参照。
※2
2023年12月18日付第13回会合資料3
※3
本情報発信ペーパーでは、直前事業年度における実施状況として、参加した投資者の属性(個人/機関投資家、国内/海外の別等)、主な対応者、重点的に情報発信を行った事項、質疑応答の状況のほか、投資者向け説明会を行った場合にはその動画や書き起こしの公開状況(ウェブサイトのURL等)等を記載することが示されています。
※4
有価証券上場規程217条各号参照。
※5
これに対して、プライム市場の上場審査基準には(a)最近2年間の利益の額の総額が25億円以上であることまたは(b)最近1年間における売上高が100億円以上、かつ、上場日における時価総額が1,000億円以上となる見込みがあること、という定めがあり、スタンダード市場の上場審査基準には、最近1年間における利益の額が1億円以上であること、という定めがあります。
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