深水大輔 Daisuke Fukamizu
パートナー
東京
NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター
ニュースレター
企業犯罪執行の強化に関する米国司法省の新たな指針(2022年10月)
米国司法省による個人版自主報告パイロットプログラムの公表について(2024年5月)
2024年8月1日、米国司法省(以下「司法省」)刑事局は、3年間の試験的プログラムとして、重大な企業犯罪について司法省に通報した者に報奨を与えるWhistleblower Awards Pilot Program(以下「通報報奨パイロットプログラム」)を開始しました※1。報奨金制度の試験的導入については、2024年3月にリサ・モナコ副司法長官が導入を予告※2し、その内容が注目されていましたが、今回のプログラム開始に伴い司法省が公表したガイダンスには、3月当時に公表されていたプログラムの基本方針を具体化した内容に加え、特に企業からの自主的な報告に対するインセンティブを妨げないようにする調整など、企業の立場からみて重要な内容が多く含まれています※3。
通報報奨パイロットプログラムは開始されたばかりであり、詳細な分析は運用の蓄積を待つ必要がありますが、このパイロットプログラムの導入に伴い、国内外から司法省に対して対象犯罪に関する相当数の通報がなされることが想定されます。また、通報報奨パイロットプログラムが通報対象とする4つの分野については、下記3.(1)で詳述するとおり、いずれも日本企業による違反が対象となり得る分野であることから、日本企業としても、このパイロットプログラムを踏まえ、自社の内部通報制度や社内調査プロセスを含むコンプライアンス・プログラムをアップデートすることが肝要です。
そこで、本稿では、通報報奨パイロットプログラム制定の背景やその内容、日本企業への影響等について概説します。
報奨金制度は、犯罪の被害者以外の個人又は主体に対して、不正行為についての情報を提供するようにインセンティブを与えるもので、米国においては、これまで様々な規制分野において報奨金制度が活用されてきました。企業犯罪については、政府・当局と企業との間の情報の非対称性により、政府・当局が単独で企業内で行われる不正を発見し、訴追又は処分することは困難であるという状況があり、報奨金制度は、このような情報の非対称性を埋める手段の一つとして位置づけられています。
このような報奨金制度の具体例として、米国証券取引委員会(以下「SEC」)のWhistleblower program(以下「SEC内部告発プログラム」)は、2010年に制定されたドッド=フランク法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)に基づいて創設された報奨金制度です。SEC内部告発プログラムを利用した通報件数は、2011年の運用開始以降、毎年増加し続けており、2023年度には世界各国から合計18,354件もの内部告発が受け付けられています※4。また、2023年度末までの累計で、約400人の内部告発者に対して、合計で約20億USDの報奨金が与えられています※5。その他に、米国では商品先物取引委員会(CFTC)、金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)等による報奨金制度が存在し、また、連邦虚偽請求法(False Claim Act)の下では、報奨金だけではなく、司法省のコントロールの下で私人である内部告発者に訴訟提起(Qui Tam訴訟)を認める制度も活用されています※6。
2024年3月の方針公表時や今回のプログラム開始時に実施されたスピーチでモナコ氏らが説明しているとおり、司法省としては報奨金制度の価値を認識している一方で、従来の個別の報奨金制度は、その性質上、SECなどそれぞれの機関が管轄する法令に関わる不正行為のみを対象としており、また、False Claim Act 上のQui Tam訴訟については政府に対する不正行為のみが適用対象とされるなど、いずれも制度の適用範囲が限定的でした。司法省は、このような問題意識をもとに、これまでの成功例である他の報奨金制度をモデルとしつつ、これまでカバーされてこなかった重要分野にも報奨金制度の適用範囲を拡大する意図で今回のプログラムを設計しています。
3月の基本方針公表後、司法省は当初予定していた検討期間(3月7日から90日間)よりも多くの期間を制度設計の検討に費やし、その期間中、幅広い専門家(SECなど他の報奨金制度を運営する行政機関、研究者、インハウスカウンセル、企業・刑事弁護分野の弁護士、内部告発者の弁護士等も含む)からインプットを受けており、その結果、8月1日に公表されたプログラムでは、当初の基本方針が一部修正されるなど、コンプライアンス実務への影響も踏まえた内容となっています。
通報報奨プログラムの概要や特徴について説明する前に、それを理解する上で有意義な視点として、司法省の企業犯罪政策上の意義について敷衍します。
司法省が通報報奨パイロットプログラムに期待している機能としては、主として2点が考えられます。すなわち、①社内で不正に近い立場の者から良質な情報・証拠を得ることで、司法省が重視する経営層も含めた上位の関与者個人や企業を訴追するための証拠獲得につなげること、②企業がプロアクティブに内部通報を契機とする調査、是正といった対応をし、司法省への自主的な報告の検討を迅速かつ適切に行うように促すことによって、より多くの企業から自主的な報告を促し、企業犯罪の検知、調査、解決につなげることです。
バイデン政権下の司法省は、前政権と比較して、企業犯罪に対してより厳格な態度に転換する方針変更(個人訴追の重視、Recidivistに対する厳しい処分等)に加えて、自主的な報告を促すプログラムの拡大をはじめ、より多くの企業犯罪の自主的な報告を促そうとする取組を強化してきました※7。このような方針の下では、要件の厳格化等の事情により、全体として企業に対するアメよりもムチが強化され、企業にとっては自主的な報告により見込まれるメリットが必ずしも確実かつ魅力的ではないという評価が存在したところ、今回の通報報奨パイロットプログラムは、企業による自主的な報告以外のルートで司法省が企業犯罪を検知できる手段を強化するものといえます※8。同時に、自主的な報告以外のルートで不正が検知される可能性を高めることは、企業の経営陣やコンプライアンス担当者に、企業として自主的な報告をしなかった場合により厳しい処分を受ける現実的なリスクを認識させることにつながり、司法省が本来期待している、企業自身によるプロアクティブな不正リスクの管理(適時・適切な不正の検知、司法省への報告、迅速かつ適切な調査、深度ある原因分析に基づく脆弱性の是正等)を促すことにもなります。さらに、既存の企業に対する自主報告プログラム、加えて、2024年4月に公表された不正に関与した個人に対する自主報告パイロットプログラム※9(以下「個人版自主報告パイロットプログラム」)、今回の通報報奨パイロットプログラムを組み合わせて運用することにより、これらのインセンティブ制度が相乗効果を生むことが期待されています。
通報報奨パイロットプログラムは、司法省が指定する対象分野の不正行為に関するオリジナルかつ真実の情報を自発的に提供した個人に対して、当該情報提供により、没収費用や被害者補償を差し引いた正味の没収資産が100万USDを超える場合に報奨金を提供する制度です。
報奨を得るためには、提供された情報が対象分野として指定された以下の4分野のいずれかに関連している必要があります。この4分野は、司法省刑事局の検察官にとって優先分野であるにもかかわらず、既存の報奨金制度では十分にカバーされていなかった分野です。また、下記具体例のとおり、いずれの分野においても日本企業の違反が問題となるケースが想定されます。
他の報奨金制度に該当する行為を司法省に報告した個人は、本プログラムによる報奨を受ける資格がありません。そのため、他の報奨金制度の対象に該当するかどうかが不明な場合には、司法省は、双方の当局に通報・情報提供することを奨励しています。
通報報奨パイロットプログラムの内容のうち、特に注目すべき特徴として、次のような点が挙げられます。
今回公表された内容のうち、特に重要な点は、企業の自主的な報告を促すプログラム※12を定めるCEPの内容に、今回のパイロットプログラム実施に伴う「試験的な修正」が加えられている点です※13。
従来のCEPの下では、内部告発者が(企業への内部通報ではなく)最初に司法省に通報した場合や単に司法省へ通報する旨の警告のみしたような場合、企業がその後に自主的な報告等による不起訴推定の利益を得ることは期待できませんでした。というのも、その後に続く企業による司法省への報告・開示は、「情報開示の差し迫った脅威(“imminent threat of disclosure”)」に先立つものではなく、「自主的な」報告の要件を満たすことができないためです。しかしながら、今回の試験的修正により、内部告発者が企業より先に司法省に通報した場合であっても、内部通報を受けた企業としては、①内部通報の提出を受けてから120日以内にその行為を司法省に自主的に報告し、②CEPにおいて規定されるその他の要件(調査協力、是正等を含む)を満たすことができれば※14、不起訴推定の資格を得ることができる旨が明確になりました。もっとも、不起訴推定を得るためには、司法省が企業に連絡を取る前に、企業から司法省に対して報告をしなければならないとされているため、不起訴推定を得るための司法省への自主的な報告の事実上の期限は120日未満となるケースもあり得ることには注意が必要です。
このようなCEP修正の趣旨は、企業によるプロアクティブな不正調査の実施や自主的な報告へのインセンティブを阻害しないようにする点にあります。加えて、司法省としては、企業に対して整備・運用を促しているコンプライアンス・プログラムの価値は十分理解しており、不正リスクについて社内における報告・内部通報の利用を促そうとするコンプライアンス・プログラムにどの程度配慮した設計とするかも重要な論点となっていました。報奨金制度の設計として、例えば、司法省に対する通報より前に社内での報告又は内部通報をしておくことを要件として要求することも可能ですが、実務上は、そのような要件を課すことで、結果として、潜在的通報者が社内での有形・無形の報復・不利益を受けることをおそれ、司法省への通報すらできずに不正が埋もれてしまう懸念があります。そのため、通報報奨パイロットプログラムは、SEC内部告発プログラムの設計もモデルにしながら、事前の内部通報を要件に加える設計ではなく、内部告発者が先に社内で報告・通報することや社内調査に協力することについて報奨金の増額要素として考慮する旨を明記することで、可能な限り、報奨金が企業のコンプライアンス・プロセスを阻害しないようにバランスをとるアプローチを採用したものと評価することができます(考慮要素については下記キで詳述しますが、他にも、社内調査プロセス等を妨害した場合には報奨金の減額要素として考慮するなど企業のコンプライアンス・プログラムを支援するための要素が盛り込まれています。)。
ガイダンスにおいては、報奨を受けるために必要な適格要件が定められており、例えば、犯罪行為に実質的に関与した個人(例:犯罪を計画、指示、開始する、犯罪活動と知りながら利益を享受する等)は適格要件を満たさないことが明記されています。しかしながら、今回公表されたガイダンスには、本年3月に公表された基本方針とは異なり、この適格制限に例外が設けられています。具体的には、不正に関与した内部告発者が、通報対象となった犯罪において果たした役割が最小限(minimal role)である場合、すなわち、関与者の中で明らかに最も有責性の少ない者の一人といえる程度に実質的に限定された関与しかしていない場合※15には、検察官に報奨を与える裁量が認められています※16。
このような犯罪行為に関与した人物に対する支払いを認める取扱いは、司法省の一般的慣行からは一線を画すものとされ、モラルハザードのリスクを指摘する意見もある一方で、不正への関与のあり方は様々であり、一部の不正関与者はしばしば情報源としての価値が高いことを看過すべきではないとの意見もあり、そのような意見の妥協点として、最小限の不正関与者に限定する形で報奨金適格を認める裁量を残したものと考えられます。
ガイダンスでは、司法省が既に当該事件に関して捜査を開始していたとしても、内部告発者が報奨を受け得る点が明らかにされています。具体的には、司法省は、報奨を認めるための要件として、「提供された情報に関連する捜査が既に行われているか否か」に注目するのではなく、提供された情報が「非公開情報であり、それ以前は司法省に知られていなかったか否か」に注目しています。
司法省は、内部告発者が、司法省が軽薄(frivolous)又は詐欺的(fraudulent)であると判断した通報を3回以上行った場合、又は、その他のパイロットプログラムの効果的かつ効率的な運営を妨げた場合には、当該内部告発者に報奨金制度の永久的な利用禁止を課すことができるとしています。
一般に報奨金制度の設計における重要な論点の一つとして、内部告発の質と量のバランスをいかに図るかという点が挙げられます。内部告発には自己のキャリアや生活等を危険にさらすリスクが伴うため、内部告発を促すためには、それに見合うほどの十分かつ確実性のある報奨金を提示することが必要となります。他方、報奨金が不必要に高すぎる場合や濫用的な活用を許す設計となっている場合には、些細な問題や証拠価値の低い情報も含めて、膨大な数の内部告発によって当局の限られたリソースが圧迫され、結果として、重要な事件の解決につながる情報を有効に活用できないおそれがあります。司法省の通報報奨パイロットプログラムは、このようなバランスに配慮し、オリジナル情報を要求し、対象事件を限定している(結果として100万USD以上の没収が必要)ほか、上記のような詐欺的、虚偽の通報、軽薄な通報に対する牽制の仕組みを導入しています。
報奨を得るための要件の一つとして、内部告発者が提供する情報が「オリジナル情報」※17であることが求められています。ガイダンスは、「オリジナル情報」の定義を限定し、企業内の法務、コンプライアンス、又は監査機能を通じて得た情報(役員がこれらの機能の報告を通じて情報を知った場合を含む)はオリジナル情報から除外しており、例えば、以下のような情報が除外される旨が明示されています。
もっとも、一定の例外も認められており、例えば、当該情報の開示が犯罪行為を防止するために必要、又は、通報対象者が調査を妨げるであろうと信じるに足りる根拠がある場合には、上記制約は適用されません。
さらに、その者が企業内の指導者的地位にあることや、コンプライアンス機能を担っていることによって潜在的な不正行為の情報を得た場合であっても、例外として、当該企業の監査委員会、最高法務責任者、最高コンプライアンス責任者、又はその者の上司が不正行為の可能性を知ってから120日が経過した場合には、司法省に対する報告に報奨金の対象としての適格が認められるとされています。
新しい通報報奨パイロットプログラムの下では、個人のみに適格が認められます。したがって、企業が他社について告発をした場合であっても、報奨金を得ることはできません。
ガイダンスには、司法省が内部告発者に対する報奨金額を決定する際に考慮する7つの要素が挙げられています。各考慮要素の概要は以下のとおりですが、特筆すべき点として、上記アのとおり、内部告発者が司法省に報告するより前に社内の内部通報を利用した場合には、報奨金の増額要素とするなど、企業の内部通報、社内調査プロセスを尊重するための要素が盛り込まれています(下記表の下線部参照。)。
また、司法省が報奨を与えることが適切と判断し、かつ、下記のいずれの減額要素も認められない場合、司法省は、正味没収金額のうち最初の1000万USDについて、原則として最大(30%)の報奨金を提示すると明示しています。
ガイダンスによれば、内部告発者が報奨を受ける資格を得るためには、内部告発者が提供した情報によって、少なくとも100万USDの民事上又は刑事上の没収に成功することが必要とされています。また、報奨金の上限は、報奨金額ごとに指定されており、没収された純収入のうち、①最初の1億USDについては30%、②1億USD~5億USDの間の金額分については5%と定められており、③5億USDを超える金額分については報奨金が認められていません。
したがって、内部告発者への賞金の事実上の上限は5,000万USDとなりますが、これは、SEC内部告発プログラムにおける過去の報奨金の金額水準(ほとんどが5,000万USD以下)を考慮して設定されたものとされています。
最後に、ガイドラインでは、司法省が内部告発者に対して、通報の結果受けたあらゆる報復の可能性について報告するように要請しています。司法省は、このような報復に対して、仮に企業がそれ以外の点では協力的であったとしても不起訴推定を与えることを拒否することができ、また、報復者に対して訴訟を提起することもあり得る旨が明示されています。
司法省の通報報奨パイロットプログラムと、報奨金制度の成功例として挙げられることの多いSEC内部告発プログラムを比較すると、以下の表のような共通点・相違点が見られ、多くの要件についてSEC内部告発プログラムがモデルとされていることがうかがえます。
【司法省の通報報奨パイロットプログラムとSEC内部告発プログラムとの比較表】
司法省の通報報奨パイロットプログラム | SEC内部告発プログラム | |
---|---|---|
内部告発対象行為
|
司法省が特定する4分野の違反
|
Federal securities laws違反
|
報奨を受けるための要件
|
|
※自主的、オリジナル情報等の定義は基本的には司法省と共通。また、考慮される要件の設計は異なるものの、SECにおいても偽証罪の宣誓の下で情報提供を求められる点、調査協力を要請される点は共通。
|
報奨金の金額の範囲
|
|
|
報奨金額の判断基準・考慮要素
|
(減額要因となる考慮要素)
|
(増額要因となる考慮要素)
(減額要因となる考慮要素)
|
内部告発の秘匿性
|
|
基本的に共通
|
報復からの保護
|
司法省は、いかなる報復措置であっても、企業犯罪事案の解決の場面において、当該企業や個人の調査協力や調査妨害の評価に際して考慮し、裁量によって、協力クレジット(Cooperation Credit)を否定し、適切な訴訟を提起することもあり得る。
|
|
当局とのコミュニケーション制限 |
|
基本的に共通
|
内部告発者に関する適格要件
|
|
|
内部告発の前提要件(社内の通報プロセスとの優先関係等) |
|
基本的に共通
|
虚偽・不当な内部告発の抑止
|
司法省は、内部告発者が、司法省が軽薄(frivolous)又は詐欺(fraudulent)的であると判断した通報を3回以上行った場合、又は、その他のパイロットプログラムの効果的かつ効率的な運営を妨げた場合には、当該内部告発者に永久的な利用禁止を課すことができる。
|
基本的に共通
|
専門部署 |
専門部署を設置するかどうかは未だ不明(パイロットプログラムについては、刑事局のMoney Laundering and Asset Recovery Sectionが管理している。)。
|
あり(SEC内に内部告発専門部署が設置されている。)。
|
通報報奨パイロットプログラムが対象とする4つの分野には、例えばFCPAのように、司法省が米国外の企業による違反に対する捜査・執行活動に力を入れている分野も含まれています。したがって、従来は米国において証券を発行していないため、SEC内部告発プログラムの対象には含まれなかった企業においても、今回のパイロットプログラムの内容を踏まえて、対象分野に該当する事案については、内部通報の受領から最長120日以内に(それ以前に司法省側から連絡を受けることがあれば、それ以前のタイミングで)司法省に対する自主的な報告の要否を検討、判断する必要があり、そのためのプロセス・体制を確認、整備しておくことが必要と考えられます。
この最長120日という報告期限は、モデルとされたSEC内部告発プログラムと同じ日数が採用されたものですが、実務上、日本国外でのみ実行された外国公務員贈賄事案など、内部通報の内容、証拠収集や関係者ヒアリングの困難さといった事情次第では、120日の期間内には当該通報内容が事実であるか否かの認定、評価が十分にできないケースも想定されます。企業としては、この期間内にできる限り質の高い調査とそれに基づく意思決定を行えるよう、コンプライアンス・プログラムの関連箇所をアップデートし、コンプライアンス部門やリスク管理部門において、調査リソースの拡充、内部通報制度の実効性強化(120日を意識した処理手続のアップデートを含む)、自主的な報告の検討に必要な情報及び関連する意思決定プロセス等の整理や、関連分野に精通した外部専門家との関係構築を進めておくといった対応が重要と考えられます。
通報報奨パイロットプログラム上、司法省は、提供された情報が「非公開情報であり、それ以前は司法省に知られていなかったか否か」に注目しており、司法省が既に認識している、あるいは既に捜査が開始されている不正行為に関連する情報であってはならないといった要件はない点には留意が必要です。というのも、同じケースであっても、複数の内部告発者が司法省に情報提供をした場合、オリジナル情報といった要件をそれぞれが満たす限りは、双方に適格が認められることとなります。具体的には、日本企業において、インド拠点においてFCPA違反が発覚した場合、同様のFCPA違反がタイ、インドネシアなど別の拠点においても発生していたといった情報は、それぞれがオリジナル情報となる可能性があります。したがって、インド拠点の事案について企業が社内調査の上、自主的な報告をして、司法省による捜査を受けていることが役職員に知られた場合には、報奨金を得るために、他の同種不正の可能性についても役職員から司法省への情報提供が増加するといった可能性があります。
最後に、内部通報者に対する何らかの報復や不利益措置、個人が司法省と直接コミュニケーションを取ることを妨げるような行為をした場合(そのようなコミュニケーションを禁止する機密保持契約等)には、不正発覚時に企業が自主的な報告や調査協力をしたとしても協力クレジットが否定される原因となるおそれがあります。
特に日本企業にとっては、通報者に対する報復・不利益措置の防止のための取組の重要性は一般的に理解されてきていますが、従業員との機密保持契約や研修内容等に意図せずに(FCPA等の司法省への内部告発が問題となる違反類型の情報について)司法省への情報提供を妨げる実務が存在しているおそれはあり、そのような実務の有無を改めて確認しておくことは有用と考えられます。
※1
司法省は、今後、通報報奨パイロットプログラムの設計・実施について定期的に評価していくこと、パイロット期間が満了する3年経過時点で、同プログラムの期間を延長するか、何らかの修正を加えるかどうかを判断することを予定しています。
※2
司法省 “Deputy Attorney General Lisa Monaco Delivers Keynote Remarks at the American Bar Association’s 39th National Institute on White Collar Crime” 2024年3月7日
※3
司法省 “Department of Justice Corporate Whistleblower Awards Pilot Program” 2024年8月1日
※4
SEC Office of the Whistleblower “Annual Report to Congress for Fiscal Year 2023” (November 14, 2023)
※5
これまでの報奨金の最高金額は2億7,900万USD(2023年5月5日)とされています。
(https://www.sec.gov/enforcement-litigation/whistleblower-program)
※6
報奨金制度を活用しようとする動きは米国に限られるものではありません。例えば、英国では、英国王立サービス研究所(RUSI)が内部通報者インセンティブ・プログラムの実施に関する調査を実施しており、ホワイトカラー犯罪を捜査するSerious Fraud OfficeのNick Ephgrave長官は、内部告発者に対する報奨を支持する考えを表明しています。
”Director Ephgrave’s speech at RUSI 13 February 2024”
※7
例えば、モナコ氏による指令を受けて、司法省刑事局は2023年1月17日に従来の自主報告プログラム(JM9-47.120 – FCPA Corporate Enforcement Policy)を拡大・改訂する形で “Criminal Division Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy”と題するプログラムを公表しています(2024年3月改訂)。刑事局の自主報告プログラムの基本的枠組みは、自らの犯罪について自主的に報告をした企業に対して、満たした要件の段階に応じて、最大で不起訴処分の推定を含む魅力的なメリットを与えることで、企業の自主的な報告を促すものです。その他、バイデン政権下の司法省の方針については、2022年10月発行の「企業犯罪執行の強化に関する米国司法省の新たな指針」(NO&T Compliance Legal Update – 危機管理・コンプライアンスニュースレター No.70)もご参照ください。
※8
モナコ氏は、8月1日の演説において次のとおり述べています。“We’ve been clear about the benefits to companies that do engage in such voluntary self-disclosure. But any company that hesitates to report voluntarily should remember that we have other tools to uncover that misconduct. Thanks to the whistleblower program announced today, we now have a new investigative tool — and a powerful one at that.” 司法省 “Deputy Attorney General Lisa Monaco Delivers Remarks on New Corporate Whistleblower Awards Pilot Program” 2024年8月1日
※9
個人版自主報告パイロットプログラムの詳細については、2024年5月発行の「米国司法省による個人版自主報告パイロットプログラムの公表について」(NO&T Compliance Legal Update – 危機管理・コンプライアンスニュースレター No.90)をご参照ください。
※10
例えば、デンマークに本社を置くDanske Bank A/Sは、特定の高リスクの顧客に対応するために行っていたマネー・ロンダリング対策について虚偽の説明を行い、米国の金融機関と取引を行ったとして、米国金融機関に対するFraudを理由に有罪答弁、20億USDの没収等に合意した例が挙げられます。司法省 “Danske Bank Pleads Guilty to Fraud on U.S. Banks in Multi-Billion Dollar Scheme to Access the U.S. Financial System” 2022年12月13日
※11
FCPA違反に関して、一部の事件はSEC内部告発プログラムの対象でしたが、司法省が訴追する海外汚職事件の多くは、米国内で証券を発行していない外国企業のケースで、SECのプログラムの対象には含まれていませんでした。
※12
自主報告プログラムの内容については前掲注7参照。
※14
具体的には、CEP上、企業は自主的な報告に加えて、完全な調査協力、タイムリーかつ適切な是正措置を講じた場合で、企業が不正による利得を全て吐き出す場合には、加重要素(経営幹部の関与、不正により得た重大な利益、不正の規模が広範であった、再犯であるといった事情)がない限り、不起訴推定を受けられるとされています。加えて、重要な点として、司法省がこれらの要件を判断する際には、当該企業による自主的な報告の迅速さ、内部告発者からの報告を受け取った後(自主的な報告を行う前)に企業が内部通報の正確性を評価し、適切な是正措置を検討するために実施した精査のレベルを考慮する旨が明示されています(司法省がウェブサイトで公表している企業向けFAQ2の回答)。
※15
このように最小限の役割であることを示唆する要素の具体例として、当該関与者が問題となる不正行為のスキームの範囲や構造について理解していないといった事情が挙げられています(司法省がウェブサイトで公表している内部告発者向けFAQ7の回答)。
※16
このような不正関与者は、同時に、司法省が2024年4月に公表した個人版自主報告パイロットプログラムの対象にも含まれます。そのため、ガイダンスによれば、不正関与者から司法省に通報があった場合で、通報報奨パイロットプログラムの要件を満たさないような場合には、司法省は、他の要件を満たす限り、個人版自主報告パイロットプログラムによって不起訴合意(NPA)に値するかどうかを評価することとなります。個人版自主報告パイロットプログラムの詳細については、2024年5月発行の「米国司法省による個人版自主報告パイロットプログラムの公表について」(NO&T Compliance Legal Update – 危機管理・コンプライアンスニュースレター No.90)をご参照ください。
※17
「オリジナル情報」については、当該個人の独立した知識又は独立した分析によって導かれる情報と定義されている。詳細は、ガイダンスⅡ.2.参照。
※18
例えば、当該不正に関わる意思決定権限を有していたか、当該不正を検知・防止できたであろうコンプライアンス体制の不備に寄与していたか、コンプライアンスを軽視するカルチャーを醸成していたか、不正の兆候を示す情報(レッドフラグ)を受領しながら、何らの対応もしなかったといった事情がないかが考慮される。
※19
なお、SEC以外のRelated actionsの成功に繋がった場合にも一定条件下で、SECによる報奨金の対象に含まれる。
※20
通報報奨パイロットプログラム上、没収金額のうち没収に要する費用等が控除された正味金額(Net proceeds)をもとに算定され、支払いの優先順位に関しても、個人の被害者に対する補償等が差し引かれた後にはじめて報奨金が支払われる旨、SECの内部告発プログラムをはじめ他の類似のプログラムで報奨を受ける資格を持つ者がそのプログラムに同じオリジナル情報を報告していた場合には、当該個人は司法省の通報報奨パイロットプログラムにおける適格性が否定される旨が明示されている。
※21
ガイドライン上、司法省が報奨を与えることが適切と判断し、かつ、減額要因も見当たらない場合には、正味没収金額の最初の1,000万USDについては30%を与えるとの推定が明示されている。
※22
具体的には、報奨金によって、SECの連邦証券法を執行し、投資家を保護する能力が高まる程度、内部告発者が良質な情報を提出するよう促すことのできる程度、当該執行活動で問題とされる違反行為の投資家等に対する危険、証券違反の種類・重大さ、発生期間、違反の数等。例えば、法執行による利益が高いとされる例として、多数の投資家を害する現在継続中の不正行為、内部告発者の協力なしには調査・法執行が困難な海外で発生した証券法違反といった例が挙げられる。
※23
報奨金の支払い前には司法省に対して身元を明らかにする必要がある。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
眞武慶彦、丸田颯人(共著)
(2024年9月)
深水大輔、郡司幸祐(共著)
日本経済新聞出版社 (2024年8月)
深水大輔(対談)
深水大輔、勝伸幸、Daniel S. Kahn(Davis Polk & Wardwell LLP)(共著)
大久保涼、逵本麻佑子、小山田柚香(共著)
德地屋圭治、鄧瓊(共著)
松﨑景子
塚本宏達、佐藤恭平、本田圭(共著)
大久保涼、逵本麻佑子、小山田柚香(共著)
塚本宏達、佐藤恭平、本田圭(共著)
(2024年9月)
大久保涼、逵本麻佑子、伊佐次亮介(共著)
塚本宏達、伊佐次亮介(共著)
大久保涼、逵本麻佑子、小山田柚香(共著)
塚本宏達、佐藤恭平、本田圭(共著)
(2024年9月)
大久保涼、逵本麻佑子、伊佐次亮介(共著)
塚本宏達、伊佐次亮介(共著)